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世界の穀物戦略2008―日本の食料安全保障を考える

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「平時」の食料自給率の向上こそ不測の事態への備えになる

農林水産省 食料安全保障課・末松広行課長に聞く

 世界の食料価格の高騰が止まらない。自国の食料確保のために輸出規制をする国や、暴動が起きるなど食料のひっ迫が世界を揺るがしている。日本の農政も「新農政2008」で「食料事情の変化に対応した食料の安定供給体制の確立に向けて」を掲げ食料安全保障の確保を全面に打ち出した。今回は「世界」と「日本」の食料安保をどう考えるべきか、最近の食料事情への認識と、それをふまえた政策のスタンスについて、この4月に新設された農林水産省食料安全保障課の末松広行課長に聞いた。

◆「お金さえ出せば買える」時代ではない

末松広行課長
末松広行課長

 ――最初に食料安全保障課設立の背景と業務内容をお聞かせください。
 農林水産省では昨春あたりから、今後の国際的な食料状況は変わり、国としても世界の食料が不足することも前提とした政策をきちんと進めなければならないのではないか、と考えていました。これまでのようなお金さえ出せば食料を世界から調達できるという時代は変わってきつつある、世界のなかの食料事情を日本もよくふまえて政策を考えていかなくてはならないということです。そのため省内全体を見ながら、個々の政策と国際的な食料事情とを整合させていく部署が必要だろうと、この食料安全保障課をつくる準備してきたわけです。
 仕事の内容は3つです。1つは世界の食料需給をきちんと把握する。分析に基づいて予測するということです。2つめは食料安全保障という観点から、いざというときの対応を今から検討しておくということです。そして3つめが、そもそもこうした世界的な食料不足の事態になれば、やはり国内の農業生産がしっかりしていることが大切ですから、自給率向上に向けての施策を整合性をもって進めていくことが担当です。
 もちろん農林水産省の仕事全体が食料安全保障、自給率向上のための仕事でもあるわけですが、この課では全体的な統轄といいますか、省内の政策の調整を果たしたいと考えています。

◆問われるわが国の行動 危険な国際分業論

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 ――食料をめぐって暴動が起きるなど深刻化する最近の世界的な情勢をどう捉えれていますか。
 昨年の後半から世界的に穀物価格が急激に上昇していますが、そこには2つの要因があります。1つは投機資金の流入による高騰、もう1つは食料貿易は自動車などと違って非常に限られた量しか貿易に回っていないために、少し需給が変動しただけでも価格の大きな変動につながるという問題です。
 こうしたなか世界人口の増大に対してこのままでは食料が足りなくなるという構造も見えてきた。したがって食料貿易への投機資金流入という面ではこれからも食料価格の高騰、下落はあると思いますが、構造的に食料不足になるという点は、世界の食料生産を地道に上げていかない限り解決しない。
 最近は米の国際価格が大変な勢いで上がっていますね。これは米はトウモロコシや大豆、小麦にくらべて、貿易に回されている量がさらに少ないからで、その点でいっそう価格に影響が出やすいということです。ただし、こういう状況になってみて、とくに米について分かるのは、“日本は米は自給しているので影響がない”ということです。
 要は、国内できちんと作っていればこうした国際的な高騰にさらされることはない、国内できちんと生産していない国が困っているという単純なことだ、と改めて分かったのではないか。
 また、食料をめぐって暴動が起きている国がいくつもありますが、それは食料を他国に依存しているから国際価格の高騰が国民生活に直接影響を与えるということです。所得の低い国ほどその影響が大きく出ますから、この問題からは、日本は自分のことだけ考えて買い漁ればいいというものではないということも分かってきたと思います。
 よく国際分業を主張する人がいますが、国際分業という名のもとに食料生産を他国に委ねるのは危険だということです。危険という意味には2つあって、1つはわが国にとっても輸出規制をされてしまえばお金があっても買えないということですし、もう1つは日本が買ってしまうことによって食料が行き渡らなくなる国や地域が出てくるという、この両方の面で問題だということです。

食料をめぐる抗議運動地域

◆重要になる「世界」と「日本」の食料安保の視点

 ――食料安全保障の確保に向けた基本的な視点として何が重要でしょうか。
 今までは世界の食料安保とわが国の食料安保は別のものだという考え方もあったかもしれません。しかし、先ほど話したように世界と日本はつながっていると認識しなければいけない。世界に食料不足で苦しんでいる人がいるなかで、日本だけ飽食でいられるというのはありえない。途上国に対しての協力も必要ですが、同時に日本は世界の食料安保にマイナスになるようなことをしてはいけないということがよく見えてきたのではないか。
 では具体的に何をすればいいか。海外から調達することが途上国の食料安保に悪影響を与えるとすれば、基本的な食料についてはある程度国内で生産することが大切だということです。そのことがよく分かってきた。
 もちろん農産物貿易を全部否定するわけではなく、各地の特徴ある食料を使って国民が豊かな食生活を送ることは大切なこだし、そもそも100%自給を達成するのは難しいですから貿易に委ねる部分はある。しかし、いざという時のことをふまえると、自給率は上がっていたほうがいいということです。
 食料安全保障を考えるというのは、平時、つまり円滑に貿易ができるときのことを考えるのではなくて、不測の事態のときにどのように食料供給できるのかということですね。
 ただし、いざという時にきちんと食料供給するということは、それは平時から不測の事態への対応へと移らなくてはならないということですから、そのときに自給率が高いほうが輸入の途絶などに対する体制をとりやすい。こういう面から平時の自給率向上に地道に取り組むことが非常に大切になるということだと考えています。

◆水田の利活用が日本の役割

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 ――「21世紀新農政2008」では食料安保の確保を全面に打ち出しました。国内政策のポイントはどこですか。
 私たちが最近考えているのは日本はせっかくある水田をもう少し活用することが大切だということです。
 それならお米を無制限につくればいいではないかということを言う人がいますが、無制限につくれば価格が暴落してしまいますから、そこは需要に合わせて生産することが必要です。
 ただし需要をどう増やしていくかも大切になってきました。もちろんごはんで食べてもらうのがいちばんで、そのための需要拡大には引き続き努力していきますが、一方で米粉にするなどいろいろ加工をして食べることを追求していくべきではないか。最近は技術的な点もずいぶん解決されてきましたし、後は横流れをさせないとか、効率的に加工品を作るといったことが実現していけば米の需要拡大につながると思います。
 それから水田を使うという意味では飼料用米も大事です。飼料用米の生産はいざという時に水田の力を保持しておくことにもなるわけですから。
 ――飼料政策も食料安全保障上、重要な課題ということですね。
 そもそも家畜というのは英語でライブストック(Livestock)と言うように、生きている食料の貯蔵庫ともいえます。
 家畜を食肉などにして食べるのは、飼料にしている穀物をわれわれがそのまま食べるよりも家畜に食べてもらって、その家畜を食べるほうが食生活にバリエーションが出ることになるからですが、それは家畜がわれわれの食料のバッファー役を果たしているともいえると思います。つまり、いざというときには経済状況に応じて飼料用穀物を直接食べるということもできる。不測の事態のときには畜産をなくすのかと思われると困りますが、状況に応じてどう食料を確保していくのかを考えておくことは重要なことで、その意味で飼料用米を含めた水田の活用が大事だということです。
 ただ、これはそう簡単なことではなくて、飼料用米で得られる収入はまだまだ主食用にくらべて低いという仕組みになっていますから、そこをどうするか、いろいろな検討をしていかなくてはならないと思います。

◆国民の期待に応える国内生産の拡大を

 ――現行基本法では食料の安定供給のためには、『国内生産の増大』を基本とし、『輸入』と『備蓄』を適切に組み合わせることが必要とされています。ただし、お話を伺っていると基本法制定当時と現在では、この3つの政策上の位置づけを改めて認識し直す必要があるということでしょうか。
 輸入については安定的な供給方法ではないということを認識しなくてはいけないということです。国内生産がいちばんいいし、輸入を考えるにしても多元化などいろいろなことを考えなくてはならない。輸入とは、黙っていてもできるものではないという認識が必要になってきたのだと思います。
 備蓄についてもその重要性は非常に高まっていて、不測の事態に陥れば食料生産体制をいろいろ変えていかなくてはならないわけですが、そのときにはある程度、備蓄がないとうまくいかない。その点で備蓄の意味を今日的に位置づけることも重要です。
 国内生産については、国際的な食料価格の上昇のほかに中国製冷凍ギョーザ事件のような問題もあって、国内で生産することの重要性への理解が非常に進んで来ていると思います。いろいろな国から輸入すればいいというのではなくて、いざというときのためにも国内生産は大切だし、安心・安全を確保するためにも大切だという意識が高まってきている。
 その期待の高まりに対応して日本農業がさらに発展していくためには、今の期待に応えて国民の求める食料を生産するしか道はないわけです。
 そこで生産を拡大してこういう期待に応えていくために何が必要かといえば、安定的な取引など、今まで困っていた問題を解決できるチャンスでもあります。とくに農業団体としては農産物をどう売るかという課題に応えることではないでしょうか。たとえば、JAがあるまとまとりを作って生産して安定的に供給していくような契約をしていくこと、とくに業務用の農産物の部分で自給率が下がっているわけですから。また、消費者への広報も大切です。国としても国産農産物は安心・安全で品質がいいと考えていますから、それを自信を持ってPRしていきたいと思います。

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【著者】農林水産省 食料安全保障課・末松広行課長に聞く

(2008.06.06)