シリーズ

世界の穀物戦略2008―日本の食料安全保障を考える

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農業者の人的被害が深刻か食料供給への懸念も

中国・四川大地震・ミャンマー・サイクロン被害

 世界の穀物需給が激変するなか、食料生産に不安をもたらす大災害がアジアを襲った。世界的な価格高騰はバイオエタノールの増産による需要の変化や、ドル安の進行による投機マネーの穀物商品市場への流入などが指摘されているが、農業にとっては自然災害はつねつきまとう不安要因。地震とサイクロンはそのことを改めて認識させたのではないか。両国とも農地や灌漑施設の被災による食料生産への打撃の詳細はまだ明らかではないが、いずれも農業者自身が被災しており今後の影響が懸念されている。

中国・四川大地震
米と豚肉の大産地襲った大地震 国民への心理的影響も

中華人民共和国

 5月12日に中国四川省を襲った大地震。5月28日の中国国務院の発表では死者は6万8000人を超えた。
 四川省は中国の食料生産にとって重要な省だ。米の生産量は1300万トンを超え、小麦440万トン、トウモロコシ510万トンなど(06年)、穀物生産では中国で第5位だという。また、畜産物生産では国内第3位で、なかでも豚はトップ。07年度の豚出荷頭数は9911万頭で前年比で5.2%増えている。省外への出荷は117万トンと前年比22%増と各省から流通市場に出荷される量全体では3分の1を占める。
 中国社会科学院農村発展研究所の曹斌研究員によるとこれまでの中国国務院の発表では、10万ha程度の水田が灌漑設備の被害で今年の米作付けができずトウモロコシなど他作物への転換が必要だと伝えているという。
 ただ、四川省全体では被害を受けた農地は0.5%程度、全国では0.03%程度にとどまる。
 (株)農林中金総合研究所の阮蔚主任研究員は「今回の被災地は山間部が中心のため米生産など穀物への影響は限定的ではないか」とみる。他省へつながるメイン道路は幸いなことに遮断されるような被害は受けておらず、また中国全体で米、麦、トウモロコシとも在庫は豊富で価格上昇を抑制する力はあるという。
 一方、畜産物への影響は米などにくらべれば大きい。25日発表のデータでは、被災地で処分された豚は152万頭、牛6万頭、羊18万頭でそのほか鶏など1260万頭と合わせ合計1400万頭の被害となっている。
 もっとも年間の豚出荷頭数が9000万頭を超えることを考えると被害は小さいものの、昨年来の豚肉価格高騰を抑制しようと産地では増産しており、その影響で4月に入って価格に下落傾向が出てきたが震災被害を折り込んで高値が維持されることも考えられるという。その点では生活への影響が懸念される。
 「中国人の頭のなかでは四川省は食料の主産地というイメージ。心理的な影響は間違いなく出てくる」。
 一方で農家にとっては自然災害への保険制度が必要だという意識が広まるきっかけになるの可能性もあるという。とくに畜産経営は四川省内に大規模企業があり震源地近くの温氏集団という企業は大きな損害が出ていると伝えられている。大規模な自然災害にをきっかけに、何らかの補償制度がなければ増産意欲にもつながらないと制度整備の議論が起きるのではと阮蔚研究員は指摘する。
 また、震災を理由に食料確保のための輸出規制は継続されるという見方もある。ただし、国内価格の抑制策が続くと農家には不満がたまり、生産へのインセンティブが働かず減産も懸念されるなど政策への影響も考えられるという。
 いずれにしても食料生産への心配はまだ明らかではないか、多くの農家が被災していることを考えると農業生産を担う人的被害がもっとも懸念される。

ミャンマー・サイクロン被害
デルタ地帯の水田が大きな被害、10%で水害

ミャンマー

 5月2日のサイクロン被害からちょうど1か月になるミャンマー。これまでの報道では死者は7万7000人となっている。
 ミャンマーの人口は5300万人、国土は日本の1.8倍の68万平方km。米の生産量、消費量とも世界7位となっている。
 今回のサイクロンが通過したのはバゴー、ヤンゴン、エーヤワディ地方でイラワジ・デルタと呼ばれる米の主産地。
 同国の農村調査も行っている松田正彦立命館大学国際関係学部准教授によると水田面積は600万haほどで、このうち200万haで乾期作付けも行い計800万haで約2000万トンの米を生産している。
 イラワジデルタでの生産量はこのうち半分を占める。以前はもっと割合が高かったが内陸、山間地でもできるだけ米の作付けを増やそうとしているという。水田への被害について松田准教授は「今のところ100万ha程度の水田が大きな影響を受けていると聞いている」。
 4月の乾期作の収穫には影響がなかったが、これからの雨期作のための種籾の流出、農耕のための水牛の死亡、堤防施設の被害など米生産への懸念材料は多い。
 農家の平均耕地面積は2.5ha程度だが、全体で800万haで生産量は2000万トンだから単収は1haあたり3トン以下と低く、生産性向上が課題となっている。ただ、松田准教授によると一部ではすでに肥料の過度な投入によって持続可能性に疑問符がつくような地域もあるという。
 1960年代の社会主義政権成立で、政府は民間業者には米の輸出許可は与えず自給政策をとってきた。国際価格より米価が低かったことから、国際価格との連動による米価上昇を避け安定策をとった。生産も栽培計画が強制的に各地に割り振られているという。
 「米は社会不安を起こさないための政治的作物」(松田准教授)だが、研究者のなかには生産性が向上しないのはこうした強制的な栽培計画のためと指摘する声もあり、松田准教授も現地では農家の収入増加のために米以外の豆、野菜など取り組む動きも積極化しているという。
 農家の人的被害も大きく同国の米生産への影響が心配されるが、今回、国際的な援助活動の受け入れを政府が表明したように「政府はデルタ地帯の稲作復旧に強い意志で臨むだろう」という。

(2008.06.06)