シリーズ

「農協改革の課題と方向―将来展望を切り拓くために」

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第7回 提起したい「全国大会議案」への5つの疑問

・「大転換期に突入したJA」とは?
・「新たな協同の創造」とは
・「JA経営の変革」をめぐる二つの疑問

 今回は、これまでの本連載で提示した筆者の見解を踏まえて、いささか気になっていた「第25回JA全国大会議案」の検討を行ってみたい。

 もとより限られた紙数で全面検討できるはずもないので、特に気がかりな点に絞って筆者の所見を述べることとする。
 その前に、「大会議案」を通読して印象深かった点を3点指摘しておきたい。
 1つは、すぐ後で検討するように、今回の「議案」のタイトルでもあり、主題とも考えられる「大転換期における新たな協同の創造」という表現に、農協陣営の鮮烈な危機意識を感じとることができたことである。その2つは、「農業の復権」と「地域の再生」ならびに「JA経営の変革」という農協運動の3つの基本課題を見据えて、新しい展開の糸口を探り出そうとする強烈な意欲が感じられたことである。そしてその3つは、第二の基本課題である「地域の再生」について、農協の取り組み方向が体系的にかつ具体的に提示されたことである。

◆「大転換期に突入したJA」とは?

 このように評価できる点もあるのだが、疑問に思う点も少なくない。ここでは5点に絞って問題提起してみたい。まず第一の疑問点は、「大転換期に突入したJA」を“環境認識”として提起しているのだが、大変わかりにくい。中身を読むと、農協を取り巻く環境変化の中で、農協の“重点取り組み事項(3つの基本課題)”は何かを提示していることはわかるのだが、「大転換期に突入したJA」をどう理解すればよいのか。それは“環境の大転換期(大変化期という意味か)をJAが迎えた”(A)という意味なのか、それとも“JAが大転換すべき時を迎えた”(B)という意味なのか、がきわめてわかりにくいのである。
 おそらく(A)、(B)両面の意味が込められているのであろうが、そうであれば、“JAの大転換”とは何を意味するのか、が問われることとなる。そういう肝心の点がわかりにくいのは「大会議案」としては頂けない、と言うべきである。

◆「新たな協同の創造」とは

 第二の疑問点は、これも「大会議案」のキーワードとなっている「新たな協同の創造」の意味と狙いをどう受け止めるべきか、である。「これまでの組合員間の協同を再構築し、さらに強化していくとともに」とはあるが、「(1)多様な農業者による新たな協同」「(2)農業者を含む地域住民、地域の関係者による新たな協同」「(3)多様な農業者と消費者・地域の関係者との新たな協同」という三種の“新たな協同”をより前面に打ち出しているように思われる。また、このような”新たな協同”を「JAを起点に、JAグループが一体となって」支援し、「多様な人・組織が多様な方法で連携・ネットワークを構築し、協同の力を発揮していくことを目指します」としているが、提示されている「概念図」を含めて、きわめてわかりづらい。
 要するに、「協同」という言葉を安易に使いすぎているのではないか、という疑問である。「協同」は、基本的には“人と人との協同”であって、人と組織や機関との協同は本来あり得ない。「協同」と“連携”や“ネットワークの構築”とは峻別すべきである。「協同」は、同質の立場と目的意識の共有ができる人々の間でしか成り立つ話ではない。
 “連携”や“ネットワークの構築”についても、確実に成果を挙げうるシステム構築は容易なことではない。「消費者との“連携”による農業の復権」と言うが、どんな“連携”の仕組みづくりをするのか、具体的イメージは全くと言っていいほど湧かない。「消費者と生産者を結ぶ安全・安心“ネットワークの構築”」についても同様である。この点については、農協陣営の事業システムとして、具体化すべき課題ではないか。
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 今農協陣営として、「協同」を強化・再構築すべきは、農業経営と地域農業の保全・活性化のための“組合員間の協同”であり、もう1つ重視すべきは、“農協の組合員と一般地域住民との協同”ではないか。後者の「協同」は、これからいよいよ大切になる“住みよい、安心できる、活力に充ちた地域づくり”の基本であり、“新しい協同”と呼ぶに値する取り組みである。
 このことは、本「大会議案」の第二の基本課題である「JAの総合性発揮による地域の再生」の重要な取り組み方策であるが、この課題への農協の取り組み条件の基本は、「生活その他事業」の厳しい収支改善基準の見直しのはずではないか。この点を全く明示していないことが第三の疑問点である。

◆「JA経営の変革」をめぐる二つの疑問点

 農協経営の変革なくして、「農業の復権」と「地域の再生」への取組強化はあり得ないはずで、農協陣営が取り組むべき基本中の基本課題だと考えられるが、この点をめぐる第一の疑問点は、「県域戦略の策定・実践」という“効率経営”に向けた新しい対応策である。この取り組みは、農協運動実践の本舞台であり、系統農協の主人公であるはずの現場農協の主体性の喪失と、連合会・中央会の単なる手足となってしまう危険を孕んでいる。“大転換期”が暗示しているように思われた、“農協の協同組合性への回帰”とは似ても似つかぬ対応方策と言わざるを得ない。
 第二に指摘したいことは、あまりにも問題提起が遅すぎた、という意味での疑問点なのだが、それは経営トップの「変革リーダーシップの発揮」の重要性と、そのようなトップマネジメント体制整備に向けての各種トップ層の“登用基準”づくりの提起である。核心的課題が提起されたことを評価したいが、遅きに失し過ぎている。多くの広域合併農協が“合体農協”の域に脱することができず、低迷している根本原因はここにある。そのことが一県一農協等への更なる大規模合併への新しい流れを作り出していることに、筆者は恐れをなしている。

【著者】藤谷築次
           京都大学名誉教授

(2009.07.23)