シリーズ

「農協改革の課題と方向―将来展望を切り拓くために」

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第11回 一県一農協構想の是非を考える

・相対立する二つの見解
・胎動する一県一農協づくり
・一県一農協の問題点と広域合併農協の弱点

 本連載も、残された回数は、今回を含めて2回になってしまった。心残りになっている重要課題は幾つもあるが、特に提起したい課題を見極め、絞り込む必要がある。

◆相対立する二つの見解

 どうしても書いておきたい、と考えたテーマの一つが、今回の“一県一農協構想の是非について”である。この問題に関しては、去る3月7日に開催された農協研究会(当農協協会が事務局を担ってくれている)での議論が印象に残っている。当日の研究会のテーマは「農協の存在意義と新しい展開方向」であったが、議論の中心は一県一農協問題であった。この研究会の議論が筆者の心の引っ掛りにもなっているので、その点から話を起してみたい。
 一つは、関東のA県の高名な農協常勤役員から、“同県中央会が、実現に邁進していた一県一農協構想をストップさせることができた”、という発言であり、2つは、農業ジャーナリストのB氏から、“現場では、一県一農協でなければ農協は生き残れない、という考え方が強くなっている”、との発言であり、期せずして相対立する見解が提起されたことである。さらには、九州のC県で一県一農協づくりに努力して来られた同県中央会の役員OBからは、筆者を名指しで、一県一農協づくりを推進しようという大きな会合に講師として招いたのに、その趣旨に合わない話をされたと、罵声を浴びせられたことである。
 筆者は、その発言で20年以上も前のことを思い起したのだが、事務局からは事前に何の趣旨説明も、発言要請もなかったことだけは間違いない。そのことを3月の研究会では釈明しなかったし、したいとも思わなかった。筆者は今日に至るまで一県一農協論に賛意を表したことは一度もない。

◆胎動する一県一農協づくり

 しかし、一県一農協づくりへの動きは急速に強まって来ていると判断せざるを得ない。何よりも、先の第25回JA全国大会決議の内容がその道筋を示しているように思えてならない。「大会決議」は、「?.協同を支えるJA経営の変革」の第3の柱として「JAグループの事業伸長と効率経営に向けた対応」を提起し、「各JAの枠組みを超えて、県域等を単位として、あたかもひとつのJAであるかのような機能集約を行うことで効率的な事業運営体制を確立します」とある。まさに「JA・中央会・連合会が一体となり、県域戦略として実践」しようというわけであり、さらに「事業にかかる勘定やリスクをJAから連合会に移転し、JAは事業の受託者として窓口機能、顧客対面機能等を発揮するパターン」まで例示されている。さらにまた、「次の合併構想の実現に向けて着手している県域においては、早急に合併を実現し」と、一県一農協づくりを促進する考え方が明記されたのである。
 「大会決議」は、県域戦略の実践、さらには一県一農協の実現、が効率的な事業運営体制の確立、延いては“事業伸長と効率経営”に繋がるというのだが、果たしてそうなのか。全中が「大会決議」でここまで言う限りは、その理論的・実証的裏付けが求められるのではないか。
 私共の農業開発研修センターにも、幾つもの中央会から、一県一農協づくりを進めたいので、助言・指導してほしい、との要請をいただいて来た経緯がある。私共は、必ず“何故一県一農協ですか”とその取り組み理由を質して来た。答えは不思議なほど共通しているのである。一つは、県中が立案し組織合意を得ているはずの広域合併が全面実現していないため、事業・経営体制の整備の立ち遅れが目立つ弱小・不振農協が出てきていること、もう一つは、計画通り広域合併農協づくりを進めたが、その広域合併農協が問題だらけで合併の成果を出してくれていない場合が多い。いずれにせよ、ガラガラポンで一農協にまとめる以外に道がない、と言うのである。次の質問は、“合併構想が実現できない、あるいは広域合併農協がうまくゆかない原因を分析・検討しましたか”であり、さらに“一県一農協がうまくゆくと考える根拠は何ですか”と畳み掛けると、ほとんど明確な回答は返って来ない始末である。

◆一県一農協の問題点と広域合併農協の弱点

 一県一農協への疑問点ないし問題点は、先のA県のJAグループが組織討議実施期間(平成19年11月〜20年1月)を設けて取り組んだ組織討議の「意見集約結果」に全面的に示されている。この組織討議なかりせば、同県における一県一農協推進の気運は鎮静化しなかったであろう。一県一農協の基本問題は、農協の協同組織体としての本質確保を困難にし危うくすることである。具体的には総代一人当たり、役員一人当たりの組合員数が途方もなく大きくなり、総代・役員の代表度は著しく低下する。地区本部制などによって協同組織体的性格を確保しようとしても、強化されざるを得ない事業本部制との相克の中で、一県一農協運営は、遅かれ早かれ危殆に瀕するであろう。その最大の要因は、一県一農協まで組織の規模と範囲が拡大すれば、農協の最大の強みである“組織力”(農協への組合員の結集力、協同力、相互扶助力)が早晩ゼロになってしまうからである。
 確かに農協を取り巻く環境変化は、“厳しさ増す一方”といっても過言ではない。指導機関である全中や県中が、事前事前に警告を発し、各農協に的確な対応を促そうとする努力は高く評価されなければならないだろう。しかしそれが、個々の農協の主体的努力を助長するのではなく、各農協の組合員・役職員の思いが、多かれ少なかれ疎外されざるを得ないような、さらなる合併の迷路に陥ることを阻止できないものか、と思い悩むこの頃である。
 筆者は、各県で取り組まれて来た数農協〜10数農協の広域合併農協づくりについても、どちらかと言えば冷やかに見つめて来た。事実、その大半は広域“合体”農協であり、新しい可能性を秘めた本物の広域合併農協は意外に少ない、と見て来たのである。各県中央会の専門家が、新たな可能を求めて“さらなる合併を”という気持になるのは故無し、としない。しかし“さらなる合併”を考える前に、広域合併の一部の優良事例と多くの不出来な事例とを分ける基本要因を分析・検討し、折角苦労して作り上げた広域合併農協の指導・改革に立ち上ってほしい。
 その基本要因は、常勤役員の識見・力量の格差である。全中・県中が、多くの広域合併農協のもう一段の改革を進めることができないでどうするのか。さらに問われているのは、広域合併農協の機能を支える連合会の役割発揮であろう。

【著者】藤谷築次
           京都大学名誉教授

(2009.12.15)