シリーズ

新たな協同の創造をめざす 挑戦するJAの現場から

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三次の農産物は毎日80Km走る JA三次

シリーズ7 JA三次(広島県)
人口6万人の元気を120万人都市へ
圏外にアンテナショップ、13店舗

 広島県北部に位置する三次市。古くからのコメどころだが、山間ではピオーネやアスパラガスなどの生産も盛んで、三次ワインも特産品の1つだ。地域の農業・集落を守るため、JA三次は圏外の大消費地にも目を向けた営農・販売戦略を採り、農産物を毎日80Km走らせているという。片道1時間半あまり。産直品とともにトラックに乗り込み、人口6万人の三次市から120万人が住む大消費地へと向かった・・・。

JA三次の集約倉庫。併設の米粉工場は、今年10月2日に竣工式が行われた。

(写真)JA三次の集約倉庫。併設の米粉工場は、今年10月2日に竣工式が行われた。

 

◆トラックを待ってにぎわう店内      JA三次


 午前11時30分。ほぼ全ての商品カゴはカラになっているが、店内にはいっぱいのお客さんがいた。無料サービスのお茶や試食の漬け物などを口にしながら、それぞれ世間話をして笑顔が絶えない。
 しかし裏口が開くと同時に、店内は瞬く間に戦場と化した。我先にと争うお客。
「ただいま、三次からのトラックが到着いたしました。朝採りの新鮮な農産物ですよ」
 と軽快な店内放送とともに、運び込まれたカゴはすぐカラになってしまった。商品を並べるヒマもないほどの大盛況ぶりである。
 広島市安佐南区中須にあるJA三次のアンテナショップ「三次きん菜館」では1日2回、80km離れた三次から産直品が配送され、店内に並べられる。それを知っている多くのお客さんは、11時ごろから配送のトラックを待つのが日常的風景となっているのだ。
 JA三次のアンテナショップは現在15店舗あり、広島市内に13店舗、三次市内に2店舗、つまりそのほとんどはJA三次の圏外にある。JA三次管内には11の集荷場があり、そこに集まった農産物を地区別に午前便と午後便にわけて、市内へ輸送しているのだ。
 生産者には出荷しやすく、消費者には1日に2回も新鮮な産直品が届くと双方に評判だ。

 


◆市内の直売所を守るために


広島市安佐南区中須の「三次きん菜館」 そもそも、アンテナショップを圏外に出店するという選択は何故生まれたのか。
 1つは管内の直売所などと競合しないため、2つめには生産者の手取りを向上させるためである。
 現在、三次市内には道の駅、温泉施設、青空市などすでに20数カ所の直売所があり、大きいところでは年間1億円ほどの売り上げがある。しかし三次市の人口は6万人ほどで消費者の購買力は限られているため、JAが直売事業をやってしまうとそれら既存の直売所をつぶしてしまう可能性があった。
 また、管内のみの直売では結果的に生産者の手取りはあがらない。管内での販売場所が変わるだけで、販売総額には上限があるからだ。しかし圏外で販売すれば、確実に生産者の手取りはプラスになる。
 これらの理由から、大消費地である人口120万人の広島市内でアンテナショップを出店することに決め、2001年9月に第1号店となる「三次きん菜館」をオープンした。
 もともとコメどころである三次には、稲作単一経営の生産者が多かったが、「JA三次アンテナショップ生産連絡協議会」を組織し栽培から荷姿まで指導した。発足当時は参加者396人だったが、今年は遂に目標だった1000人を突破。09年8月現在で、下は20代から上は93歳まで、実に1013人が登録している。
 アンテナショップ全店舗の総売り上げも右肩上がりで、年間6億円に達する勢いだ。

(写真)広島市安佐南区中須の「三次きん菜館」

 

◆生産者と消費者のつながりをどうつくるか

 

「三次きん菜館」店内。80km走ってきたばかりの産直品を多くのお客が待ち構えている。 一方、管内に直売所がないことのリスクも大きい。
 まず1つは非常に経費がかかること。毎日片道80kmで1日のべ4便を出荷するため、年間数千万円の輸送コストがかかる。都市の中心部は、店舗の賃貸料も高額だ。
 しかし経費以上に大きな問題は、生産者と消費者のつながりが作りにくいことである。
 普通の直売所と違い、生産者は直接農産物を持ち込まないので消費者とのふれ合いができないし、他との農産物の比較もできない。「どんな商品が人気か」「どんな農産物が多く出ているか」といったマーケティングにつながらないため、生産する作物の選択、パック詰めのやり方、値付けにいたるまで、生産者が競争し鍛えられる環境になりにくいのである。
 「三次きん菜館」立ち上げ時から店長を勤める三原利男さんは、課題克服についてこう語る。
 「とにかく、売れ残りや売れ筋商品を生産者にキッチリ伝える。そうして生産者には、時期をずらして栽培するなどしてもらいたい。お店としては、売れ残りをより少なくするため、店独自で加工品を作るなどして廃棄を減らす努力をし続けたい」。

(写真)「三次きん菜館」店内。80km走ってきたばかりの産直品を多くのお客が待ち構えている。

 


◆集落を元気にして農地を守る


 JA三次が集落農場型農業生産法人、いわゆる「集落法人」の設立に携わり始めたのは2004年だ。
 同年3月に県下のJAでいち早く担い手対策専門部署をつくった。その中で、地域農業活性化のために農地を守り、法人を中心にして販売力や生産基盤を強化しようと、JAも出資者の1人として地域づくりに参加する形での生産法人の設立を始めた。
 当初は「法人化することでJA離れが加速するのではないか」と危惧する声もあったが、「経営を強化して集落が栄えれば、農地も守られる。そのためにも、JAと法人が共存共栄してともに成長することが必要だ」と、運動を始めた。
 04年当時、管内の集落法人数は8だったが、翌年には3増えて11となり、その後も集落合意などの話し合いを支援する中で年間3〜4法人が増え、現在では管内23法人を数える。

JA三次管内に広がる集落農場型農業生産法人

(表)JA三次管内に広がる集落農場型農業生産法人

 


◆法人同士のネットワークづくりも活発に

 

三次きんさい米をPRする看板 広島県では農林水産業活性化6カ年計画をつくり、2011年までに県内の法人数を410にしようという目標を立てている。現在の広島県全体の法人数は160あまりだ。目標はかなり高い数字だが、JA三次営農経済部は「行政は数値目標を定めているが、いかにしてJAと集落とのパートナーシップを築くかが大事。法人を設立して終わりではなく、しっかり自立経営できるようになるまで、コメの契約買取をしたり経理、管理指導の研修を開いたりして、一緒に成長していきたい」という。
 集落法人には施設利用料の軽減や肥料農薬の利用奨励などの優遇もしているが、法人側でもJAに頼ってばかりではない。新しい販売先や新作物の導入などを検討し、06年7月には「法人大豆ネットワーク」を設立した。
三次産大豆にこだわる佐々木豆腐店の商品 現在11法人が参加し、機械の共同利用や情報共有などのネットワーク化を進めている。地元大豆でこだわり豆腐を作る加工業者とも連携し、新しい流通システムの構築などをしている。
 ほかにも農産加工品ネットワークもある。水田放牧やアスパラガス生産など、コメづくり以外でも法人同士の間で具体的なアイディアも出ており、今後もさまざまな形で発展することが期待される。

 

(写真)上:三次きんさい米をPRする看板
     下:三次産大豆にこだわる佐々木豆腐店の商品

 


組合長に聞く
  ―わがJAの挑戦

「集落をなんとしても守りたい。」

JA三次代表理事組合長 村上光雄

JA三次 村上光雄代表理事組合長 ◆新時代への課題は世代変化への対応


 ――JA三次は全国でも珍しく、圏外にアンテナショップを多数出しています。設立の経緯などをお聞かせください。
 アンテナショップを立ち上げた主な目的は3つあります。
 まず1つめに、海外からの農産物に対抗できるような手段をもつ産地をつくりたいということです。広島県は、農家1戸あたりの平均耕作面積が80a。これでは海外で2000haとか3000haで耕作している大産地にはかなわない。また広島の食料自給率は23%、野菜にいたっては11%しかありません。農業全体が衰退して、零細農家も多い。こういったことからも、少々高くても買ってもらえるような安全安心新鮮なものを直売できるシステムをつくり、生き残りを図ろうと思いました。
 2つめは、体にあった農業を推進したいということ。三次市の農業従事者は高齢化がすすみ、7割近くが65歳以上です。さらに女性でも新規就農の若者でもできて、所得を少しでもあげるためには、少量多品目に切り替えて販売できるようにしなければなりません。
 3つめはアンテナショップを圏外に出した理由にもなりますが、地元の農業や直売所を守るためです。三次市の人口は6万人ほどですから、いつか管内での販売だけでは限界がきて頭打ちになるでしょう。販売量が限られれば、組合員の出荷を制限しなければいけなくなるかもしれません。それらを回避するためにも、圏外の消費地で出店することにしました。
 アンテナショップの出店はJA三次の死活を賭けた試みで、本当に大丈夫かという不安の声もありましたが、組合員さんにも喜んでもらえてるし、職員のがんばりもあって今までやってこられています。おかげで9月には8周年を迎えました。
 ――JA三次は集落法人の設立を推進していますが、これについてもお聞かせください。
 これもやはり、地域農業を守るためです。
 集落というのは農協の原点で、地域の核です。集落がガタガタになったら農協は困るし、集落に存続してもらわないと農協組織や事業は衰退します。集落がつぶれても農協が残るということはあり得ません。集落をなんとしても守るというのが第一目標。
 最初は「法人の経営が悪くなったらJAが損失をかぶるのか」「JAの思うようにやろうとしているんじゃないか」と、内外から疑問もあがったが、「JAが全て指導するのではない。組合員と一緒になって考え、組合員とJAは互いに出資しあっているというギブ・アンド・テイクの関係で、協力しようということだ」と納得してもらった。組合員の方でも、法人化はリスクもあるがJAが入ってくれれば安心できる、と歓迎されています。
地域とともに元気な集落づくりをめざす村上組合長(左) 法人化することで農地が虫食いにならずに済むし、新規就農の受け皿や、大規模化の促進にもつながります。転作で大豆を作ったり、園芸野菜を始めたり、水田放牧をしたりと、地域の歴史にしたがって色々なタイプの経営の可能性が出てくるのがいいところですね。
 農地を100%法人でカバーできるとは思いませんが、全体の3〜5割を法人にできればよいと思います。
 ――第25回JA全国大会では「新たな協同の創造」がテーマとなっていますが、新しい時代にむけたJAの課題はどこにあるとお考えですか。
 時代が変わって、組合員の気持ちも多様化してきました。今までの常識の中でものを考えてもダメなので、それぞれのJAでそれぞれの地域にあった取り組みをしていかなければいけません。
 一番の課題は世代交代への対応でしょう。若い人たち向けのイベントをやったり、組織化を支援したり、女性部を中心に子どもの食育教育を実施したりという活動をしています。子どもとの結びつきを強めることで、地域から喜ばれ、少しずつ農協とのつながりを深めていくことが大事だと考えます。

 

(写真)地域とともに元気な集落づくりをめざす村上組合長(左)

 

 

☆今村奈良臣のここがポイント☆

全国のJAの皆さん、JA三次に学ぼう

 全国のJAの皆さんがJA三次に学んでほしいことが3つある。第1は女性の活力が素晴らしいことである。正組合員の女性比率が40%を越え全国トップである。第2に農業の6次産業化の推進をJAがリーダーシップをとりつつ早くから推進してきたことである。第3はJAが集落営農の組織化を早くから推進しその法人化とネットワークを作り上げたことである。
 この3つの推進力が、本文ならびに村上組合長のインタビューに具体的に出されている。
 広島市内の直売所きん菜館を皮切りに、今では15店にわたるアンテナショップを広島市内の新天地に展開して順調な成績を上げるとともに、JA三次管内の地元の直売所と客を奪い合うようなみじめなことを一切していない。
 きん菜館を私が数年前初めて訪ねた折、ここでお米をペットボトルに入れて売っているのに驚いた。目の前でハイヒールを履いた若い女性が軽々と小脇に抱えて買った。その女性に私はなぜ買ったか聞いた。「冷蔵庫に入るし虫は入らないし袋詰めよりはるかに始末が良い」と。その後、私は全国の多くの直売所を見てきたが、ペットボトルで米を売っていたのはきん菜館だけであった。
 野菜にしても豆腐にしても、その多彩な販売品は女性のエネルギーで供給されており、生産・加工・販売という農業の6次産業化を推進しているエネルギーの源泉はJA三次管内の女性にあると痛感している。
 そして、JA三次の女性の皆さんは、自らの仕事の内容が一目で分かるような美しい名刺を持っている。パソコンによる手作りが多いが、「名刺は情報発信の原点」という私の呼びかけに呼応して名刺を多くの女性が持っている。
 兼業化、高齢化の激しいJA三次管内で、集落営農の組織化、そしてその法人化の展開、さらに特に大豆の作付け、生産、加工という6次産業化のネットワークの推進は、今後の地域農業のあるべき姿を見せてくれているように思う。全国のJAの皆さん、JA三次の切り拓いてきた道に大いに学ぼうではありませんか。

(2009.10.05)