特集

水稲除草剤の新たな有効成分ピラクロニルをめぐって
水稲除草剤の新たな有効成分ピラクロニルをめぐって

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課題解決型の剤としてSU抵抗性雑草にも効く
期待される多様な働き

座談会
(財)日本植物調節剤研究協会 事務局長 横山昌雄氏
同協会研究所 研究企画部長 林伸英氏
協友アグリ(株) 専務取締役 大塚範夫氏
同社開発普及部長 池田芳治氏

 水稲除草剤に「ピラクロニル」という新たな有効成分が昨年末に登場した。ノビエはもとより、様々な水田雑草に効果を持つことなど、各方面から注目されている成分である。そこで、これを機会に田の草取りに始まる水田除草の変遷など、あれこれの話題をにぎやかに語ってもらった。JA全農と共同開発した協友アグリだけでなく、客観的評価の立場から(財)日本植物調節剤研究協会の横山事務局長らに加わってもらって様々な話題へ進展した。

除草剤開発は日進月歩。さらなる革新が期待される
除草剤開発は日進月歩。さらなる革新が期待される


時代のニーズに対応したピラクロニル
自信をもって生産者に提案

◆省力化を追求して

横山昌雄氏
横山昌雄氏

 ――昔のコメつくりは田の草取りが大変でした。だから腰の曲がった人が多かった…まず、そんな話からお願いします。
  民俗資料館などを見ますと、雁爪という手に持って草を取る道具の展示などがあります。それからゲタをはいて足で草取りをする道具もありました。これは這わなくてもよいから少し楽です。その後は手押しの除草機が使われるようになります。道具は少しずつ進歩していました。
 ――やがて道具に代わる水田除草剤の出現となります。
 横山 剤の開発の流れを見ると、最初の剤は効果の面などから2、3回に分けてたくさんの雑草を防除していました。それが今は一発剤で処理できるようになりましたが、日本植物調節剤研究協会がそれを手伝わせてもらっています。
 剤型も以前は3キロ粒剤が主でしたが、省力・省資源を目的にそれを3分の1にしても同様に効く1キロ粒剤を提案してメーカーさんにつくってもらいました。
 さらに省力化を目指し、10アール当たり10個のパックを畦から投げ込むだけの画期的なジャンボ剤を提案し、実現しました。これなら10アール当たり5、6分の作業ですみます。
 水田除草剤に求められるものは省力化です。農水省統計では昭和20年代、10アール当たり50時間以上かかった草取りが今は1.5時間ほどに激減しました。ジャンボ剤やフロアブル剤なら30分はかからないという実態です。
 ――薬の効かない雑草も出てきましたね。
 横山 初期の除草剤はどうしても特定の草種が残りました。とくに、多年生雑草など地下茎や塊茎で増えるものにはあまり効かないのです。
 中でもウリカワとかミズガヤツリなどが残りました。中期剤との体系で防除していましたが、ウリカワによく効くピラゾレートという有効成分と、初期剤の有効成分を合わせて一発剤を作りました。
 その後にSU(スルホニルウレア系という成分グループ)剤が出ました。SU剤は低成分で多くの難防除雑草に効く画期的な成分で、現在でも水田雑草の一発除草に大きな貢献をしています。しかし、これを長期間使ってきたことによってSU抵抗性雑草が広がりつつあります。

各種雑草

◆広がる抵抗性雑草

林 伸英氏
林 伸英氏

 ――ちょっと詳しくSU剤の説明をして下さい。
 横山 この剤には、特定の植物に作用がなくて、他の植物だけを枯らす性格があります。抵抗性雑草は日本より早く海外で出ました。しかし日本には、いろんな組み合わせの一発剤があって混合化されているから抵抗性雑草はどこかで淘汰されてしまうだろうと見られていましたが、そうではなかったのです。
 ――SU抵抗性雑草にはどんな草種があるのですか。
 横山 ホタルイ、コナギ、アゼナ、ミズアオイをはじめ、たくさんの草種に広がっています。防除対策もとられています。
 ――メーカーの対策としてはどうですか。
 大塚 SU抵抗性雑草に効く有効成分を加えていくことになり、成分数が多くなってしまいます。
 池田 SU剤から白化剤にまた戻ってくるという回帰現象も北海道あたりで見られます。
 ――SU抵抗性雑草にも幅広く、高い効果を示す協友アグリのピラクロニルが最近登場して大きな期待が寄せられています。
 池田 ピラクロニルはJA全農と私どもが共同開発した原体です。昨年末から今年の2月にかけて、ピラクロニルを含有する除草剤が登録となりました。初期除草剤の『ピラクロン』(1キロ粒剤、フロアブル)、『ピラクロショット』(1キロ粒剤、フロアブル)、初期一発処理除草剤の『サンシャイン』(1キロ粒剤、ジャンボ)、初中期一発処理剤の『ピラクロエース』(1キロ粒剤、フロアブル、ジャンボ)があり、今後もピラクロニルを含む新しい剤が登場する予定です。
 ――植調はピラクロニルをどう見ていますか。
  いろんな顔を持っている成分だと思います。使い方によって多様な働きをするところが面白いですね。初期剤として単剤で使える上に、既存のSU剤の一発剤に加えることで、SU抵抗性雑草対策としての働きもします。さらに最近の白化剤と組み合わせることにより、これまでSU剤でなければ防除できなかった難防除雑草の領域にまで入っていけると思います。
 除草剤の世界では1+1は2とはなりません。3になることもあります。2つの有効成分を組み合わせて混合剤とすることにより、それぞれの効果を足しただけでは得られない優れた除草効果が発揮されることがあります。これを相乗性と言っています。ベンゾビシクロンなどの白化剤とピラクロニルの組み合わせでは、このような相乗性があると言われています。
 現在、水田で防除の難しい問題雑草は何かと聞かれたときには、大きく分けて4つあると答えています。1つは先ほどからあがっているSU抵抗性雑草。2つ目は畦畔から葡萄茎を伸ばして本田内に侵入するイボクサやアシカキなどの葡萄性雑草、3つ目として田面の高いところに残りやすいクサムネやアメリカセンダングサなどの大型広葉雑草があげられます。
 そして、オモダカやクログワイ、コウキヤガラなどの難防除多年生雑草も減っていませんので、これが4つ目です。一発剤だけに頼ってきたことで増加してしまったこれらの雑草の防除には、初期剤などを組み合わせた体系処理や、SU剤とは異なる作用性を持った除草成分の活用が必要となります。こういった部分で、ピラクロニルには大いに期待しているわけです。

剤型別一発剤処理のウエイト

◆ユニークな除草成分

大塚範夫氏
大塚範夫氏

 池田 いろんな活用場面があり、もっと違う使い方があるかも知れませんし、それを追求していきたいと考えています。
 ――どのように普及していきますか。
 大塚 ピラクロニルは課題解決型の除草成分であり、同成分を含有する除草剤は自信を持って提案できるものと思っています。雑草に困っている各地域の農家にうまく対応させていけます。
 10年ぶりの自社原体であり、日本の水田除草に貢献できる成分だと確信しています。この剤の特性が発揮できる時期あるいは地域に大切に使ってもらって育てていきたいと考えています。
 現在も新しい有望な除草成分が複数社で開発されていますが、ピラクロニルはこれらとも全く異なる本当にユニークな成分です。
 ――自社成分は10年ぶりとのことですが、協友アグリの経歴を少し紹介して下さい。
 大塚 前身は八洲化学です。八洲の設立は昭和13年ですが、平成16年にJA全農が八洲化学に追加出資、住友化学が住化武田農薬の系統販売事業部分を分割、八洲化学に吸収させる事により、協友アグリが設立されました。
 30数年前の八洲時代には、マメットSMという中期除草剤を上市、60万ha迄普及面積が拡大、“一世を風靡した”とまでいわれましたが、横山事務局長のお話の通り、初期剤+中期剤の複数回の除草剤散布から一発処理剤に除草体系の主流が変わってきている中、普及面積は減少の一途でした。協友アグリの設立により住化武田農薬の水稲一発処理剤が導入され、新しい分野への普及にも注力出来るようになってきました。
 そんな過程も踏まえながら、ピラクロニルを是非、営農に役立てていきたいと思っています。

◆確保される安全性

池田芳治氏
池田芳治氏

 ――農薬成分数と安全安心については。
横山 農薬はそれぞれが安全性を確保するためのデータを持っておりますから、大げさにいえば成分数は10でも20でも、いくつあっても安心です。
 しかし1つの成分を開発するだけでもばく大な費用がかかりますから、メーカーにとっては開発コストを抑えるために成分数は少ないほうが良いのです。
  成分数が増えてもトータルの成分量は減るということがしばしばあります。作用の違う成分を組み合わせて混合剤にすることにより成分量を減らし、より多くの草種をカバーできます。成分数が多いか少いかは安全性に関係ないのですよ。
 とは言っても、使われた農薬の成分名が米袋に列記される時代です。安全は保証されていても消費者の安全を手早く得るためには、成分数は少ない方が良いと考える人も多いと思います。
 そのためには1つの成分で出来るだけ幅広い種類の雑草に効果のある成分が求められています。今後は、新規成分の開発などにより、除草剤の有効成分数はやや減少する傾向に向かうことも予想されます。
 池田 環境問題と安全安心は全く別問題です。成分数で安全を議論するのはナンセンスです。成分数を限定するという動きには、コメを産地銘柄米として売り込む戦略上それが必要だという事情もあります。
 ――話は戻るようですが、田の草取りと水稲除草剤が持っている意味などについてお願いします。
 横山 草取りは中耕と同じように稲の成長を良くするという説がありますが、「必ずしもそういうことはない。根を切ってしまうので生育が悪くなる」と山口大学の元教授は書いています。だから根を切らないで草取りができる除草剤が出現したことによって「稲の生育がよくなった」といっています。
 ――最後に、除草剤の変遷と、ピラクロニルへの思いなどをひとこと語って下さい。
 池田 私の経験では、1つの変革はピラゾレートという有効成分が出て、ウリカワのじゅうたんができていたようなところが解決されたと記憶しています。
 次の段階ではSU剤の様々な難防除雑草に対する効果に驚きました。初期剤でセリが枯れるのを見た時です。しかも低成分だというのです。当時の感覚では、そんな剤が出てくるとは考えられなかったのです。ピラクロニルは多くの種類の水田雑草に有効で、効果の発現も速く、安全性も高い事から雑草防除の場面において大きなインパクトを与える成分になりえると考えています。
 大塚 水稲除草剤の進歩は日進月歩であり、さらなる革新が期待されています。ピラクロニルがその一助となり、元気な日本農業と農家の夢をかなえるものと確信しております。
 ――ありがとうございました。

水稲用除草基礎データ

財団法人日本植物調節剤研究協会(東京都台東区)
 植物調節剤(除草剤、生育調節剤、同資材)の開発利用の研究を推進し、その成果を普及する公益法人。昭和39年発足。事業は試験受託研究調査機関誌発行その他。

協友アグリ株式会社(神奈川県川崎市)
 平成16年設立。資本金22.5億円。筆頭株主は住友化学。次いでJA全農など。社員数250人。事業は農薬・農業用資材の開発・製造・販売。研究所は長野。工場は山形、長野、福岡。同社の前身は八洲化学。

(2008.03.28)