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省力化を実現した水稲育苗箱処理剤−防除の基本はより効果的な薬剤選択から−
省力化を実現した水稲育苗箱処理剤
−防除の基本はより効果的な薬剤選択から−

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環境にやさしい農業の実践を

東北農業研究センター 上席研究員 農学博士 中島敏彦

◆的確な種子消毒と育苗箱処理は環境にやさしい病害防除法 ズリコミ圃場、一関市(H...

◆的確な種子消毒と育苗箱処理は環境にやさしい病害防除法

ズリコミ圃場、一関市(H19) (写真提供:東北農業研究センター
ズリコミ圃場、一関市(H19)
(写真提供:東北農業研究センター)

 水稲苗の病害には種子伝染性の病害が多く、いもち病、ばか苗病、ごま葉枯病、もみ枯細菌病、苗立枯細菌病、褐条病等があります。また、種子伝染性の病害ではありませんが、播種後育苗期の病害として、ムレ苗や糸状菌類による苗立枯病等土壌伝染性の苗立枯病があります。ですから、稲作栽培において、苗半作といわれるほど苗づくりが重要なことは病害防除の観点から見ても肯けます。近年は、有機農業や減農薬栽培において、種子消毒を省いたり不的確な処理や不適切な育苗を行ったために、ばか苗病、ムレ苗、ピシウム菌やフザリウム菌による苗立枯病等が多発したり、育苗期にいもち病に感染した苗を本田移植することで発生する「持ち込みいもち」を多発生させたり、ばか苗を本田にもちこんで多発生させたり、あるいは種場近辺でばか苗病を発生させ原種の廃棄をした等の問題が新聞を賑わしています。的確な種子消毒や育苗箱処理剤による防除は、種子伝染性の病気の伝染源をなくし、育苗期の病害を防除することにより、本田での発生を抑えることから、エコロジカルで環境に優しい病害防除法の一つといえます。的確な種子消毒を行い、汚染種子からの伝染を予防したり、育苗期に病害防除剤を処理することにより、健苗育成や本田水稲の健全栽培が可能となります。

◆2つの種子消毒法 化学、生物・物理が

 種子の消毒法には、化学農薬消毒法と生物的・物理的消毒法があります。化学農薬消毒法には、(1)湿粉衣処理、(2)浸漬処理、(3)吹付処理、(4)塗沫処理があります。(2)の浸漬処理法には、a)高濃度短時間浸漬処理、b)低濃度長時間浸漬処理とがあります。一般農家では(1)(2)の方法が用いられ、(3)(4)は、大量種子消毒法が可能であることから、種苗・育苗センター等で実施されています。
 生物的消毒法は、微生物農薬による消毒法が中心で、水稲種子消毒用微生物農薬には、いもち病、ばか苗病、もみ枯細菌病、苗立枯細菌病、褐条病に防除効果を有するトリコデルマ菌やタラロマイセス菌剤等の微生物農薬があります。微生物農薬の使用にあたっては、冷暗所(10℃以下)に保存し、封を切ったら使い切ること、よく振って均一な状態で使用し、浸種温度は12℃以上、催芽温度は30℃以下で行うこと、他の化学薬剤(ベノミル剤、ペフラゾエート剤、プロクロラズ剤、トリフルミゾール剤等)との混用または体系処理は避ける等の注意が必要です。物理的種子消毒法は、温湯浸漬法がよく知られています。これまでの温湯浸漬法は風呂の残り湯を使用したことからあまり効果的ではありませんでしたが、早坂ら(1999年)により、高温度・短時間管理および温湯処理後の迅速かつ十分な冷却処理を行うことで有効な防除効果が得られることが判明しました。現在、温湯浸漬消毒では、58℃20分、60℃10〜15分あるいは63℃5分の熱湯浸漬後、素早い冷却、その後、浸種・催芽・播種する方法が指導されており、いもち病、ばか苗病、苗立枯細菌病に効果があることが知られています。現在では、温湯浸漬消毒を簡単・確実に行える催芽機(湯芽工房)も市販されています。

◆育苗箱処理剤には感染予防にも効果が

穂いもち(首いもち) 葉いもち病斑
穂いもち(首いもち) 葉いもち病斑

 いもち病では、穂いもちが一番恐ろしいのですが、穂いもちの伝染源は葉いもちで、葉いもちの伝染源は苗いもちや被害残渣・ワラ等です。近年、的確な種子消毒ができなかったり、育苗中に前年被害ワラ等からの感染により、育成苗でのいもち病の発生がみられます。箱処理剤はそのような感染予防にも効果があり、また、本田移植後も初期感染防除効果もあります。秋田県では、イネの残渣・持ち込みいもち等の葉いもち伝染源対策を広域に実践すれば本田でのその後の防除を省略できる(深谷ら、2002年)という考えから、安全・安心プロジェクトを実施しており、昨年もいもち病の発生は少なかったとのことでした。
 化学農薬消毒実施時に注意しなければならないことは、2006年5月29日からポジティブリスト制が導入されましたので、正規に登録されている農薬を用い、ラベルや説明書をよく読み、正しい薬剤処理をすることです。周辺圃場・他作物に、薬剤が、飛散するのを防ぐには粒剤、就中、箱処理剤は好ましい薬剤といえるでしょう。近年開発された長期残効性の箱育苗処理剤は、その省力性から使用が急激に伸びています。現在では、箱剤処理時期も、移植3〜当日のみではなく、播種時覆土前、覆土処理、床土混合処理、緑化期処理が可能になっています。育苗箱処理剤としては、殺虫・殺菌の複合剤が多く販売されています。また、薬剤耐性菌の存在についても注意をする必要があります。近年、育苗箱処理剤のカルプロパミド剤耐性菌が出現し、現在では多くの県において耐性菌出現が報告されています。これまで報告されている水稲病害の耐性菌には、ベノミル水和剤に対するいもち病菌、ばか苗病菌、カスガマイシン液剤に対するいもち病菌、褐条病菌、オキソリニック酸剤に対するもみ枯細菌病菌、苗立枯細菌病菌等が報告されています。これまで、安価で、長期に使用され、耐性菌出現のなかったフサライド剤が製造中止となりましたので、今後、耐性菌出現誘導のない薬剤開発が望まれます。薬剤耐性菌の有無等については、各都道府県の病害虫防除所が把握していますので、そちらに問い合わせてください。

◆稲の生育状態を把握し基本は総合防除から

 病害防除の基本は総合防除です。総合防除とは、病害が発生し難いように、抵抗性品種の活用、圃場衛生や伝染源の減少に務め、常発地域では、効果的な薬剤による予防防除を心がけます。また、栽培している稲の生育状態を十分に把握し、病害の発生を抑制する栽培法を行い、病気の発生を確認したら、効果的な薬剤選択を行い、処理を的確に行い防除することです。近年国民の食に対する意識が向上しており、それらの要望に応えられる農業をおこなっていくためには、総合防除を実践し、環境に優しい農業をおこなうことが必要でしょう。

(2008.04.08)