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SU抵抗性雑草簡易検定キット「発根法ITOキット」

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現場で、誰でも、簡単な検定法を開発した日植調

SU剤メーカーの社会的責任としてキットを開発 デュポン

 難防除雑草をいっそう効果的に防除するデュポン社のSU(スルホニルウレア系除草剤)・ベンスルフロンメチル関連剤の登場は、画期的なできごとだった。登場から20年余がたち、近年はこれに抵抗性を示す雑草が発現。対策剤も開発・普及展開しているが、ほ場の雑草が抵抗性かどうかを的確に判断し、除草剤を適切に選択する必要があった。そのために(財)日本植物調節剤研究協会(日植調)は、現場で容易に検定できる「発根法」を開発。デュポン社は宮城県古川農業試験場の協力を得てこれを誰でも使える「簡易な検定キット」に成長させた。

 除草剤の歴史を振り返りながら、SU剤とその抵抗性雑草の問題、そして抵抗性雑草を検定するキット開発の周辺を取材し、まとめた。

◆水稲は雑草防除から

 雑草被害について日植調の横山昌雄事務局長(当時)は「雑草は作物群落の中にあって生産構造を変え光、養分、水分などの生育要因を奪い合う競合により、作物の光合成能力などの生理機能を低下、形質の変化などにより、収量や品質の低下を招く」、「虫や病気の害のように急激なものとして現れないものの、どのような条件下でも必ず発生し、多大な害をもたらす特徴がある」と指摘する(シンポジウム『病害虫と雑草による影響を考える』講演要旨より)。
 さらに直接的な収量や品質低下という被害だけではなく、「農作業の障害、収穫物への雑草やその種子の混入による品質の低下、害虫や病原菌の宿主」など、間接的に被害をもたらすことがあることをも指摘する。
 雑草を防除しないとどうなるのか。横山氏らの試験データによると、水稲の場合、収穫時まで雑草を防除しないと平均で42%減収し、最大では92%減収になったという。初期防除を行わないだけでも24%減少したと報告されている(前掲)。

発根法ITOキット

◆除草剤が重労働作業を軽減

日植調 竹下孝史専務理事
日植調
竹下孝史専務理事

 こうした経済的損失や品質低下を防ぐために、生産者は昔から雑草防除に多大な労力と時間を費やしてきた。まだ、農業機械も除草剤もない昭和20年代半ばには、雑草防除のために10a当たり年間50.6時間もかけていたという。夏の炎天下での草取り作業は大変厳しく過酷な重労働だった。
 昭和25年頃から除草剤2・4―Dが普及され、これ以降省力的な除草が可能となる。その後、各種の除草剤が開発され、発生する雑草に対応した除草剤を使うことで全般的な防除が可能となり、昭和50年代半ばには、除草時間は5.9時間にまで低減された。
 その一方で、除草剤の連用使用による問題点を解決すべく、使用回数の減少による除草剤使用量の削減と省力化を目指した開発に日植調は取組み、土壌処理でも一年生雑草と、当時の主要多年生雑草に1回の処理で十分な効果をあげる一発処理剤(当時は「体系是正剤」といった)を開発する。それがクサカリン粒剤(ピラゾレートとブタクロールの混合剤)やオーザ粒剤(ナプロアニリドとブタクロールの混合剤)等だった。
 クサカリン粒剤は発売5年目の昭和61年に普及面積が56万haに、オーザ粒剤は発売4年目の昭和60年に11.5万haに普及し、生産者の除草作業の軽減化に貢献した。しかし、適用対象の多年生雑草であっても発生の多いほ場や、対象外の、例えばクログワイ、オモダカ、セリ、シズイなどの発生の多い東北地域では十分な効果をあげることができなかった。

◆難防除多年生雑草に有効なSU剤の登場

ITO キット講習会風景
ITO キット講習会風景

 そうしたなか、昭和62年に初めて、水稲用に開発されたスルホニルウレア系除草剤(SU剤)であるデュポン社のベンスルフロンメチルの混合剤が登場する。
 米国デュポン社で開発されたベンスルフロンメチル(DPX―84)は、昭和56年から当時のデュポン ジャパンリミテッド農業科学研究所で本格的な試験展開を開始。その結果、水稲に対して安全性が高く、ヒエを除く一年生雑草に加え、ほとんどの多年生雑草に有効だという結果をえた。
 そして翌年から日植調での委託試験を開始し、昭和62年に日本初のSU系一発処理剤として、ウルフ(DPX―84+ベンチオカーブ)、プッシュ(同+ジメピペレート)、ザーク(同+メフェナセット)、ゴルボ(同+プレチラクロール)が登録され、翌63年にはフジグラス(同+エスプロカルブ)が登録された。
 これらDPX―84混合剤は、全国の主要な一年生、多年生雑草はもとより、それまでの一発剤では不十分であったクログワイ、オモダカなどの難防除多年生雑草にも有効なことから、本格的な水稲用一発処理剤が完成したといえるだろう。
 実際、DPX―84混合剤は、発売3年目の平成元年には普及面積が100万haを突破する。その後、平成5年に1kg剤、6年にフロアブル剤、7年にジャンボ剤をたて続けに上市し、7年には普及面積が最高の165万haに達した。
 このベンスルフロンメチルは広範囲な雑草に対して効果があるだけではなく、従来の水稲用除草剤に比べて10分の1〜50分の1の有効成分量で使用することができること、土壌中で長期残留しないこと、野生生物に対する安全性が高いことなど、環境におよぼす影響が極めて軽微であることも特徴であり、実証されている。
 水稲用除草剤の有効成分投下量を昭和59年と平成19年で比較すると「この23年間で27%にまで減少している」と日植調の竹下孝史専務理事はいう。

◆抵抗性対策剤も多彩な品揃えが

 普及面積がピークに達した翌年、平成8年の日本雑草学会で北海道におけるミズアオイのSU抵抗性についての指摘が、また同9年には東北各地での広葉雑草のSU抵抗性について課題視され、SU抵抗性雑草問題が急浮上してきた。「もはやSU剤の時代ではない」という意見も見られた。
 しかし、この懸念があるも難防除の多年生雑草の防除には、抵抗性雑草が発現したとしてもSU剤の価値は十分にあると考えられ、SU剤を活かしつつ抵抗性雑草にも効果がある一発処理剤が開発されてくる。
 現在では、(表1)のように多彩な抵抗性対策型の一発処理剤が品揃えされ水田除草に大きく貢献している。

 このようにSU抵抗性対策剤も開発・促進され、除草剤の選択の幅は広がった。生産現場では自分のほ場に生えている雑草が抵抗性をもっている雑草なのかどうかを判断し、それに適応した除草剤を選択して除草作業に取組むことが重要になる。

◆現場で短時間で結果がでる検定法を

 しかし、抵抗性雑草かどうかを外見から見分けることは困難なこと。生産者が除草剤を散布した後に水管理の失敗があった場合など、耕種的要因や、その他の要因で除草剤が効かないこともあり、観察だけで正確な判断をすることは難しい。このため「SU抵抗性検定がのぞまれていた」。
 検定法には、当時東北農試の内野彰氏らによる酵素活性を比色分析する「ALS活性を利用した迅速検定法」やポットでの生物試験などいくつか方法が開発されていた。しかし、結果がでるまで数か月かかったり、生化学実験器具を必要としたりして、実践向きではなかった。
 日植調では、「現場で短時間で判別できる方法はないのか」という視点から研究に取組んできたと竹下専務。それには「何人もの人がかかわり、全研究所として取組んできた」。そんななかで、ある人が水道水ではなくミネラルウォーターを使って、採取した検定植物をSU剤で処理した後、新根が発生するかどうかを観察する方法が「面白そうだ」といってきたので、それに焦点を絞って取組み開発したのが「発根法」だった。
 この検定法だと、ポットとか予め代かきした土壌を準備する必要がなく、10〜20日という短時間で結果がでるという生産現場ですぐに役立つ方法だ。さまざまな条件で試験し、キチンとこの方法を確立するのにさらに1年くらいかかったという。

抵抗性雑草の現地試験(写真左・福島県、写真右・宮城県)
抵抗性雑草の現地試験(写真左・福島県、写真右・宮城県)

◆取扱いやすさを追求して夢のキットに

デュポン(株)開発技術部 伊藤健二 除草剤マネジャー
デュポン(株)開発技術部
伊藤健二除草剤マネジャー

 デュポン(株)農業製品事業部製品企画本部の柳澤大介マーケティング部長と開発技術部の伊藤健二除草剤マネジャーは、当時仙台事務所で農薬の普及推進にあたっていたが、日植調が開発した「発根法」を教えられ、「誰が見ても抵抗性と感受性が分かる」ことから、農協の営農指導員や普及員が生産者を指導するときに適切な方法だと思ったという(表2)
 しかし、「こんなにいい方法がどうして普及しないのか」と不思議だという思いがつのり、現場でいろいろ聞いてみた。すると「非常に微量な薬剤の取扱いが面倒くさい」とか「ベンスルフロンメチルの単剤が手に入りにくい」という意見が多かった。現場の声が届いた。
 それなら「薬剤を入れて乾燥させ、後は水を入れるだけにしたらどうだろう」(伊藤さん)という発想から、簡易検定キットの開発に夢を膨らませた。キットの開発では「日植調からいろいろなヒントを貰いました」、さらに「キットにした場合の薬剤の安定性についても確かめてもらいました」と伊藤さんは当時を振り返る。

 そして、平成15年に宮城県古川農業試験場と共同で、発根法を活用したSU抵抗性雑草検定キット「発根法ITO(Instant Test in Office)キット」を完成。15年〜16年にかけて宮城県110地域と宮城県を除く東北各県118地域で実際に使ってもらう。さらに16年には東北以外の各県にも広がり、キットに付属のアンケートに回答があったのは東北以外で29県にものぼった。
その後も公的機関が検定する場合に、講習会を開き使い方を説明して、ほぼ毎年150キット前後を無償で提供している。
本キットは結果として、まさに、アンケートに率直に対応した伊藤さんたちの「手作り」の所産だが、この「所産」は、アンケートを「貴重な財産」としたところに重み、深みがあると思える。

◆対策剤を使い雑草防除を適切に

 柳澤部長や伊藤さんがこのキット開発に取組んだのは、「SU剤を普及してきたメーカーとして社会的な責任」であり「農家に負担をかけられない」(柳澤部長)ので「抵抗性についての認識をシッカリもってもらい、対策剤を使って抵抗性雑草をマネジメントしていきたい」(伊藤さん)からだという。
 今後の展開について竹下専務理事は、「SU抵抗性雑草との、つき合いの道のりは長くなると思うが、さまざまな対策剤が生まれており、これを適時適切に使っていただくよう、普及指導して頂きたい」という。
 そしてSU剤に限らず一つの薬剤を広範囲に使い続ければ、それに強い雑草が出てくる。「自然界は強いですから、薬と雑草の追いかけっこだと思っています」。そしてさまざまな問題について、「メーカーも含めて薬剤の開発や使用方法を検討していく必要がある」と将来の夢を語ってくれた。

(2008.05.28)