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食料安全保障の確立とJA全農の役割
食料安全保障の確立とJA全農の役割

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【畜産生産事業】
海外飼料原料基地の意義を考える

消費者ニーズに応え国内農業を強化
JA全農畜産生産部 荒波隆一 次長に聞く

 JA全農の飼料事業ではトウモロコシなど配合飼料主原料を安定的に確保し、国内畜産農家に供給するため、米国を中心に海外事業を展開している。
 この全農の飼料事業は、海外子会社が生産国の生産者段階にまで入り込んで、日本の畜産生産者が求める数量、品質、さらに安全性が確認された飼料穀物を直接買い付けているのが大きな特徴だ。また、生産国の農協連合会との提携による輸入にも取り組んでおり、これらは協同組合の連合会組織の事業として世界でも例を見ない取り組みである。
 全農のこうした海外事業システムは、いわば日本の畜産を支える生産基盤構築の取り組みともいえ、穀物需給がひっ迫するなか、国内農業の安定生産への貢献、さらに生産国の農業団体との連携など食料安全保障確立のための視点からも改めて注目される。飼料事業の歴史と穀物需給ひっ迫下での最近の事業展開などを畜産生産部の荒波隆一次長に聞いた。

海外産地から日本の畜産生産者まで結ぶ一貫事業方式

◆生産国からの一貫した調達事業 年間約730万トンの配合飼料を供給

荒波隆一次長
荒波隆一次長

 わが国の配合飼料供給量は約2500万トン(平成19年度)。そのうちJA全農グループは730万トン、約30%を扱っている。
 くみあい配合飼料の主原料はトウモロコシで約400万トンを占める。そのほとんどの調達先が米国だ。だが、日本の畜産農家に届くまでの物流・商流は同じ米国産トウモロコシであっても、商系メーカーのそれとは大きく異なる。最初に現在の全農グループ飼料事業の概要を改めて整理しておこう。
 図1および図2に示したように米国の穀物生産者からトウモロコシなどを集荷しているのは海外子会社のCGB社(コンソリデイテッド社)である。米国のコーンベルト地帯、中西部のイリノイ州、インディアナ州、オハイオ州などに約70の集荷拠点(カントリー・エレベーター、リバー・エレベーター)を備え、トウモロコシのほか、大豆、マイロ、小麦を集荷し、その取扱量は約1200万トンに達する。
 このうち日本向けに輸送するものはCGB社がはしけ(バージ)を使ってミシシッピ川を下りニューオリンズまで運ばれる。
 ニューオリンズで貨物を受け入れ品質調整のうえ本船に積み込むのが同じく海外子会社の全農グレイン社(ZGC)だ。ZGC社は単一の穀物エレベーターとしては世界最大の輸出エレベーターを持つ。そこから全農が契約した外航船(本船)に積み込まれ、全農サイロ(株)を中心とした国内の関係サイロ会社に搬入される。
 米国からの本船は全農が直接庸船し、年間約100隻で輸入されている。北は釧路から南は鹿児島まで現在、全国15か所の港に米国など海外からの飼料原料が入ってくる。
 そこから飼料原料は地域別の飼料会社に供給される。飼料会社には国産を中心とした大豆粕やふすまなど副原料も供給され、配合飼料を製造。バラ製品、袋物製品などニーズに合わせた形態で畜産農家に供給されている。
 米国のZGC社とCGB社には、合わせて数人の全農駐在員と約1200人の米国人社員がいるという。穀物生産農家からの買い付けと日本へ飼料原料が滞りなく輸出されるよう物流業務を行うのが両社の機能である。
 また、飼料事業には米国全農組貿(株)も両社への資金提供や商流の管轄、産地情報の収集などの業務で関わっている。
 最初に、米国から輸入された同じトウモロコシであっても全農の海外事業と商系ルートでは調達から物流まで大きく異なる、と指摘したが、それは商系メーカーが扱う飼料原料は、穀物メジャー・商社によって輸入されたものであり、それを「日本港到着のドル建て価格」で購入しているという点だ。
 一方、ここで紹介したように全農の飼料原料は生産者から直接買い付け、本船も直接傭船して日本に搬送し、受け入れ拠点のサイロもJAグループの施設であるという、いわば自前の一貫した事業として確立されているのである。

図1
図2

◆70年代初頭の穀物ひっ迫が事業基盤強化の契機

ニューオリンズの全農グレイン(株)(ZGC社)
ニューオリンズの全農グレイン(株)(ZGC社)

 もっとも全農の飼料事業も最初からこのような仕組みだったわけではなく、他のメーカーと同じく輸入された飼料原料を日本港到着ドル建てベースで調達していた時代もあるという。
 しかし、その後、飼料需要の増大にともなって配合飼料の安定供給には飼料原料の主産地、米国との関係強化が必要になったことから、1960年代末に国際協同組合間貿易の拡大をめざして米国の穀物販売農協連合会との提携による輸入を始める。米国農協連の持つ輸出施設から全農が傭船した本船で日本国内に直接輸入するという事業形態だった(「全農二十年」誌による。当時は全購連)。その後、70年代の世界的な穀物需給のひっ迫に対応して米国農協連との関係を強化していく。
 ところが、1970年代後半になると、米国は世界の穀物市場で地位を拡大したものの穀物輸出エレベーターの船積み能力不足が大きな問題となった。全農にとっても本船への飼料原料の積み込みなどに支障が生じる事態が起きた。現在、全農グレインでは積み込みは2〜3日で済むのに、当時、最大で2週間も港で待たされる事態が恒常化したという。いうまでもなく家畜には毎日の給餌が必要だ。しかし、その飼料原料が計画どおり調達できないとなると、「たとえば、米国からの物流が滞る2週間分の超過在庫を日本で持っておかなければならないことになる」(荒波隆一次長)。また、滞船コストもかさむ。こうしたことから、安定的・効率的な船積実現ため自前のエレベーターを持つ必要性が検討された。
 このような背景から1979年に設立されたのがZGC社である。日本への輸入を直接手がけるためにニューオリンズに輸出エレベーターを建設したのである(写真)。ただし、内陸部での集荷は米国の地域穀物農協連合会との協力関係を発展させて安定確保を図ることとした。そして1982年に第1船の船積みが行われ、事業が本格化した。
 しかし、1980年代に入ると主産国の生産増で国際穀物需給は緩和し価格は下落、米国では農地価格も下落し農家の倒産も続出するなど農業不況に陥った。全農が提携していた米国農協連も倒産や穀物メジャーによる買収が進むなど、集荷基盤が危機にさらされることになった。
 こうしたことから米国での集荷基盤を確保するため、1988年、産地集荷機能を持つ非メジャー系会社としては当時最大級のCGB社を買収し子会社とした。これによって米国内陸部の穀倉地帯から日本の畜産農家までつながる一貫体制が構築されたのである。

◆危機に対応し海外事業を新展開

 全農の畜産事業では昨年からの飼料原料の高騰に対応して飼料原料安定供給対策を19年度に打ち出した(図2)。柱は「米国内の安定生産対策」、「輸入産地の多元化対策」、「トウモロコシ依存度の低減策」の3つ。
 このうち米国内の安定生産対策の具体策は、ここで紹介したZGC社、CGB社を活用した産地集荷体制の強化である。2007年にはCGB社が集荷会社を2社買収し集荷拠点拡大を実現、また米国南部でもトウモロコシ作付けが拡大したことから、集荷・乾燥能力を増強して集荷量を確保した(図3)

図3

 CGB社が集荷拠点の買収を行うことができたのは、安定した日本の需要に応える産地から日本までの一貫事業方式のなかで、同社が米国における穀物事業の経営基盤を確立したからだといえる。また、農林中央金庫による資金支援などJAグループの総合力も発揮されている。
 輸入産地の多元化では、アルゼンチン、豪州との農協連合会との40年近い提携をバックにトウモロコシと飼料用大麦の輸入を確保した。そのほかカナダの農協連合会との提携や、インドからの大豆粕輸入、中国からのトウモロコシ、マイロなどの買い付けにも取り組んでいる。
 なかでもアルゼンチンからの飼料用大麦の輸入は初めてのことで、長年にわたって業務提携をしている農協連合会(ACA)とのつながりで実現できたという。
 「農家に対する求心力がある農協連による安定した集荷と、われわれに安定供給してくれるという付き合いがあるからこそ、確保できた」と荒波次長は話す。今後はブラジルからの調達も課題にしているという。
 また、トウモロコシ依存度の低減策では、エタノール製造の副産物DDGSの取り扱いを拡大している。これもCGB社が米国のエタノール工場から買い付けて進めているものだ。昨年12月までは月に約4000トンの使用量だったが、現在は月1万トンにまで拡大している。そのほか新規の飼料原料としてインドネシアからパーム核油かすを輸入、日本の飼料規格でも認可され副原料として活用され始めている。

◆消費者ニーズにも応える海外拠点

 飼料部門の海外事業は、配合飼料の安定供給はもちろん、産地まで入り込んで集荷にあたることで、実は日本の消費者ニーズにも応える機能をも発揮している。
 1990年代のはじめから、全農では生活クラブ生協連からの「ポストハーベスト農薬が散布されていないトウモロコシなどを飼料に」という声に応えてそうした穀物の確保、供給を行っている。これもCGB社を通じて米国の生産者に日本の消費者の要望を伝えポストハーベスト農薬を使わない(PHF:ポストハーベストフリー)保管を行ってもらうよう働きかけた。その後、GM作物の作付けが急速な広がりを見せるなか、今度はnonGM農産物での畜産生産も求められた。これにも対応し米国の生産者に呼びかけ、nonGMトウモロコシを作付ける生産者をグループ化し必要量を確保してきたのである。
 米国ではGM農産物の作付けがトウモロコシで8割以上になった。世界中でGMOの作付けが広がるなか、19年度農業白書ではnonGMOの調達が困難になると指摘しているが、全農の事業方式では生産段階からCGB社が生産者を組織して取り組んでいる点で、今のところ必要量は確保される仕組みになっている。
 消費者ニーズに基づいて産地までさかのぼって飼料原料を確保し、それを国内の畜産生産者に供給する――。まさに海外事業が日本の生産者と消費者を結びつけているといえる。さらにはアルゼンチンをはじめとする各国の農協連合会との提携は、その国の農業と生産者を支える協同事業でもあるだろう。
 ニューオリンズには巨大な穀物エレベーターが10ある。そのうちの2つが全農グレインを含む農協系のエレベーターで残りは3大穀物メジャー(ADM、BUNGE CARGILL)の所有だ。
 商社系による輸入は、実際にはこれら寡占化を進める穀物メジャーからの買い付けに頼らざるをえないのが現実だ。価格も量も、さらに品質についても穀物メジャーの品揃えのなかから選択するほかはない。
 一方、輸入といっても産地や農協連などとの連携で進める全農の海外事業は、安定的な飼料穀物の確保と一貫事業方式を活かしたコストダウンの追求ができるだけでなく、すでに指摘したように消費者ニーズにまで応える国内農業生産基盤の構築事業だともいえる。国内食料供給力の強化が求められるなか、全農の海外事業の役割が一層重要になっている。

(2008.07.22)