特集

持続可能な日本農業を確立するために
持続可能な日本農業を確立するために

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JAとメーカーは一体となって協力し合い農業を支える関係

ジョン グレイ(John D. Gray) バイエル クロップサイエンス(株)社長
聞き手:北出俊昭 元明治大学教授

 バイエルグループは、ヘルスケア・農薬関連・先端素材などの領域を中核事業とする世界的な企業だ。日本では解熱・鎮痛剤の代名詞ともいえるアスピリンを発明した企業として知られているが、農薬分野では稲・園芸用殺虫剤の「アドマイヤー」、農作業の省力化を進める田植え同時散布に最適な一発処理除草剤「イノーバ」シリーズ、非選択性除草剤の「バスタ」などの製品を通じて日本農業と深い関わりを持っている。ジョン グレイ氏は日本における農薬関連事業を担うバイエル クロップサイエンス株式会社の社長に05年に就任。就任直後にもインタビューしたがあれから3年、現在の日本農業や食料問題をどのように見てきたのか。そしてこれからのあり方についてどう考えているのかなどを語ってもらった。聞き手は北出俊昭元明治大学教授。

◆7つの有効成分と30の新製品を開発

ジョン グレイ氏
ジョン グレイ氏

 ――最初に最近力を入れている事業は何でしょうか。
 グレイ 日本の農業市場が非常に厳しい状況にありますが、当社が力を入れているのは、農家の皆さんやJAが持続可能な農業を確立できるような技術革新を継続していくことです。これまでの5年間は、既存製品の販売を中心にビジネスを展開してきましたが、現在は新しい技術に力を入れ、農家やJAへその技術を提供し、その技術が正しく利用されるような支援を行っています。
 ――新しい技術というのは具体的には…。
 グレイ すでに上市したものを含めて、2007年から2012年までに新規の有効成分を7種類、新規製品を30種類上市します。
 また、すでに登録されている農薬の登録拡大にも力をいれていますし、ポジティブリスト制に対応できる製品を提供するよう努力しています。さらに環境や安全性などにも力を入れています。
 ――新製品の特徴はどういうことですか。
 グレイ 環境への安全性などでより良いものを開発することを常に重視しています。また、残留農薬についてもレベルの低いものを開発するようにしています。それから、世界中で登録が取り消されている古い薬剤がみられますので、その代替剤も開発しています。
 そして、害虫や病原菌に薬剤に対する抵抗性や耐性が生じていますので、それに対抗する新しい作用機作や新しい使用方法を常に模索しています。

◆持続可能な農業の確立が自給率を向上させる

 ――いま世界の食料問題や日本の食料自給率について議論されることが多くなりましたが、このことについてどういうご意見をお持ちですか。
 グレイ G8の洞爺湖サミットでも議論されたように、食料危機の問題とか人口増大の問題があり、そして世界中で20億人もの人たちが栄養不足に陥っています。これらの問題に対する解決策がやっと大々的に話し合われるようになりました。
 私の個人的な意見としては、持続可能な農業がなければ自給率を高めることはできませんから、日本の食料自給率というのは二次的な問題だと思います。
 世界中で食料の需要が高まり人口も増大しています。そしてバイオ燃料の需要も拡大していますが、世界の耕作可能面積は限られています。
 しかし、日本では耕作可能農地があるにもかかわらず活用されていない部分があると思います。そしていろいろな作物を栽培するために必要な水も十分にあります。重要なことは、将来にわたって日本にある耕作可能な土地は1haも余すことなく活用し、効率良く、生産性の高い方法で農業を行っていくことだと思います。そのことにより農業の持続可能性が高まり、結果として食料自給率が上がっていくのだと思います。
 ――日本の食料自給率はカロリーベースで39%と最低水準にありますが…
 グレイ 農産物の生産と販売はすでに世界的なビジネスになっています。日本の農産物は品質、安全性とも世界で一番だと思います。さまざまな国の富裕層が高いお金を払っても日本の農産物を買いたいと思っています。
 ですから耕作可能な土地を有効活用して持続可能な農業を行い、国際競争力を高めて輸出にも力を入れていけば、輸入作物を相殺しても自給率を上げる余力があると思います。
 いま世界の農業環境を見てみると、これまでにないほどの活況を呈しており、楽観的な見方がされている時期ではないかと思います。

◆新技術の開発や効率的な生産システムで収量を上げる

 ――世界の農業環境が上向いているのは、食料需要が高まっているからですか。
 グレイ そうです。農産物需要の高まりには食肉需要の拡大も関係しています。食肉需要が拡大することで、家畜のための飼料生産を拡大しなければなりません。
 ――世界的には耕地面積は増えず人口が増えているわけですが、それを支えていくための解決策は単位面積当たりの収量を増やすことだといわれていますす。その見通しはあるのでしょうか。
 グレイ 農作物の質を高めたり、収穫量を増やすためには、現在とは異なるやり方もあるのではないかと思います。
 例えば様々な機関ではお米の直播栽培について研究していますし、さまざまな新しい技術開発によって、生産効率を向上させたり収量を増やしたりすることができるようになると思います。
 日本以外でもハイブリッド作物や種子処理などの新しい技術が開発されたり効率的な生産システムが導入されたりしています。同じようなことを日本でも国の支援を受け、JAと農家で導入していく余地があると思います。それによって耕作地の拡大と生産性の向上が可能になるのではないでしょうか。

北出氏×ジョン グレイ氏

◆日本の農産物は世界一安全そのことに農家は自信を
  ――さまざまな技術を開発しそれを活用することで単位面積当たり収量を高めることができるということですね。そのことと農産物の安全性との関係はどうでしょうか。
 グレイ 日本の消費者は安全意識が高いと思います。先ほども申し上げましたが、日本の農産物は慣行栽培も含めてすべて安全です。マーケティングの手法として「農薬の使用量を低減化した」作物として販売している場合がありますが、そのことで消費者に慣行栽培の農作物は「安全ではない」という印象を与えかねないと思います。
 輸入農産物では安全性が確かではないものもあるかもしれませんが、日本の農産物は農家の方たちが適正に生産されていますので安全だといえます。ですから、JAはもちろん食品加工会社や食品流通関係者はもちろん国ももっと国産農産物の安全性をアピールして欲しいですね。
 ――中国餃子事件で混入されたのが有機系農薬だったため厳しい見方がされていますね。
 グレイ 日本の農業生産は法令を遵守して行われていますから安全です。ただ、農業生産の方法について他の国よりも日本は少し心配しすぎるきらいはあると思います。
 ――もっと輸出をと強調されましたが、農家やJAはもっと自信をもっていいのですね。
 グレイ そうですね。ぜひ自信をもっていただきたいですね。

◆流通やマーケティングの改善でコストの低減を

 ――最近、生産資材コストが上がり資材価格が高くなっています。そのことで経営できず廃業する農家もあります。そのことについてどうお考えですか。
 グレイ 歴史的には農家の生産コストは上がってきています。しかし、肥料価格は上がっていますが、農薬の価格は長期的にかなり安定したものになっています。いま農水省も農産物の生産から消費者に届くまでのコストを見直していますが、その中で農薬にかかるコストは消費者の購入価格のほんのわずかな部分しか占めていません。
 ――今後どうすればいいでしょうか。
 グレイ 一番は新しい技術を用いて生産性を高めることです。二つ目は、マーケティングの方法にも改善の余地があると思います。そして消費者に届くまでの流通過程にも改善する余地があると思います。そうした改善をすることでコストを下げることが可能ではないかと思います。
 それから輸出に向けたマーケティングをすることも大きなチャンスになると思います。全国のJAが輸出のために協力しあえるのではないでしょうか。
 ――肥料価格はかなり上がりましたが農薬はどうですか。
 グレイ 近年、原材料、エネルギー、包装、輸送などにかかるコストが大幅に上昇しています。農業をサポートしていくためには農薬登録を維持していかなくてはなりませんが、そのためのコストやポジティブリスト制に対応するためのコスト増もあります。これまで農薬業界は、効率を高めコストを削減するためのあらゆる努力をしてきましたが、今年は農薬も値上がりすると農家も予想されているのではないでしょうか。

◆JAと一体となり協力し合って日本農業に貢献する

 ――最後に日本の農家とJAにメッセージをお願いします。
 グレイ 当社もJAもともに日本の持続的な農業を確立するという共通の目的をもって活動しています。
 G8サミットでも食料危機について話し合われ、この問題についての意識が高まっています。WTO交渉の進展をみても分かることですが、日本でできるだけ早くことを進展させていく環境が整っていくことを希望します。
 世界中の多くの国では、農業の活況を反映して農業政策も変化してきています。そのことが、農地の大規模化を進め、新規の農業技術を迅速に導入して生産性を高めることにつながっています。日本でも農業分野で同じようなチャンスがあると思うので、グローバルな視点からそういうチャンスを追求していくことが必要ではないでしょうか。
 バイエル社は今後とも農薬以外の技術も含め、革新的な新製品・技術と世界中に蓄えている専門知識を継続して提供していきます。そしてそれをできるだけ早く農家に届けていただくのがJAの役割だと思います。私たちメーカーとJAが一体となって技術や知識を共有し、協力し合うことが大事だと思います。それによって持続可能な日本農業を確立していく。そのことが自給率向上につながっていくと思います。お互いに情報などを共有し協力あっていきたいと考えています。
 ――貴重なお話をありがとうございます。

インタビューを終えて
“ジョン グレイ社長のインタビューは2回目で、今回は来日されて3年になるのでその経験を踏まえたご意見を聞くことができた。その中でまず印象的だったのは、原油など原材料価格の急騰に対し、新製品の開発や製造・販売の合理化などを徹底しながら、農業の持続的発展を目指すことを強調されたことである。これは食料需給が逼迫している現在、農業に関連した企業の理念として当然ともいえるが、感銘を受けた。また、日本の農産物は高品質で安全なことは世界的にも認められているので、輸出市場の開拓にもっと力を注ぐべきことも強調された。このことは前回も述べられたが、世界企業のトップの意見であるだけに、その必要性を改めて認識させられた。ジョン グレイ社長も強調されたが、これらの課題に取り組む上でも、農協の果たす役割が重要なことを痛感した。(北出)

(2008.07.23)