特集

農業協同組合新聞創刊80周年記念
食料安保への挑戦(1)

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求められる農政とJAグループの取り組み

自信と誇りの持てる農業の実現こそ自給率向上につながる
茂木守JA全中会長に聞く
インタビュアー:鈴木宣弘東京大学大学院教授

 世界的な食料危機が叫ばれるなか、食料自給率の向上による食料安全保障の確立が国民の大きな関心を集めるようになっている。しかし一方では原油高騰をはじめとして、農業生産コストは上昇し生産者は厳しい状況に追い込まれている。食料供給力を強化するには課題が多く、「再生産価格」が保障されなければ農業経営維持も困難になるなど考えるべき政策課題は多い。会長就任にあたって「常に現場に身を置く立場」を強調した茂木守JA全中会長に、農政とJAグループの課題とともに、取り組みへの意欲を語ってもらった。

常に現場に身を置く視点でJA運動と改革を

◆基幹作物「米」の安定を

茂木守JA全中会長
茂木守JA全中会長

 鈴木 今、世界も我が国も食料、農業、農村をめぐる状況、またJAグループをとりまく環境も厳しい状況になっています。そのきっかけになったのが食料争奪ともいわれる昨今の状況ですが、最初にこれをどう思われるか、お聞かせいただけますか。
 茂木 今年に入って世界的な食料危機という状況がにわかに出てきました。福田前総理は食料問題が最重要課題だと7月のG8サミットでも取り上げられたところですが、日本は食料自給率40%という先進国中いちばん低いわけで、しかも輸出国が輸出規制をかけだしたという状況が出来して、これは大変なことだと。安心・安全はもちろんですがともかく自給率を高めることにやはりわれわれはJAグループとして全力を尽くしていかなければと思ったところです。
 しかしながら、消費者の間ではニーズの多様化があって米の消費が年々低下する、いわゆる食の欧米化が進んでいるなか、基幹作物である米の需要が減っています。JAグループとしては米は日本農業の基幹作物で国民の主食だと位置づけており、この米がまず安定しないと農業全体なかなか経営的に困難になってくるというそんな危機感を持っています。
 そのなかにあって、生産調整を行っているわけですが、それもなかなかままならぬということで今年も未達が出ているという状況ですが、米の価格の安定にはどうしても努めなければなりません。世界では食料が足りないという話もありますが、国内の米についてはやはり生産調整を確実に達成することによって価格の維持を図ってまいりたいと、米粉、飼料用米、ホールクロップサイレージなど、まだ対応ができると思って生産調整の実効性を高めるためにJAグループあげてがんばっているところです。
 鈴木 自助努力もしながら何とか生産が上向くことはやるということも求められていると思いますが、政策的な面では今の制度は米でいえば過去3年間の収入を基準にしてその差額補てんをするというかたちになっていて、制度的にはコストの上昇分を補てんする部分がやや不足しているのではないかとの議論もあると思います。たとえば収入の基準価格についてコストをふまえ一時的にでも引き上げるという緊急措置が必要になるのではないかということも考えられますね。政策体系についてJAグループとして考えておられることはありますか。
 茂木 米の価格はだいたい今年の仮渡し金が昨年より若干上がっている状況ですが、資材コストが高騰している中で再生産に必要な価格が維持できないと、どんどん耕作放棄地も出てくるということにもなりかねませんから自給率向上ともからめて、有効な対策を打ち出していただきたいとは思っています。

◆根本は農業で生活ができること

鈴木宣弘東京大学大学院教授
鈴木宣弘東京大学大学院教授

 鈴木 関連してお聞きしたいのは担い手の問題です。コスト高で経営の疲弊が進むなかで、この際、農業をやめてしまおうということを考えておられる経営も多いと思います。農業の担い手を十分に確保していくには、農地法の改正もして担い手になる人を柔軟に受け入れられるようにしようという方向性も見えてきているように思いますが、どうお考えでしょうか。
 茂木 根本は農業で生活できるかできないかということだと思うんですね。今の状況では労多くても生活が成り立たない、再生産価格につながらないということです。その根本からいきませんと担い手は育たない。
 そのためにいかに自信と誇りの持てる農業を確立していくか、それが担い手対策にもつながっていくと。それがなければ担い手は育たないと私は思います。
 鈴木 私も改めて驚いていますが、日本の農家所得に占める政府からの支払いの割合は実は2割にもいかないぐらいです。フランスでは農業所得の8割が直接支払いだったり米国でも不足払いで平均して5割ぐらいが政府の支払いで再生産が可能なように自国の食料生産をきちんと確保するようにしている。
 日本でも欧米に学んでもっと政府の役割で予算を組み替えて効率的に農業所得が形成しやすいようなかたちにするなど農業の支援体系を組み直すこともあり得るのではないかと思います。
 茂木 自給率を上げていくということであれば政府がどういう施策を打ち出せるか、ここにかかっていると思いますね。今の状況ではなかなか担い手が育たず、自給率は向上しないということになると思っています。
 鈴木 その点では担い手としていろいろと外からもアイデアのある方が農村に入ってくることは刺激になるのではないかという意味で、そこを緩和すれば、農地の取得の問題ですとか、可能性が広がるのではないかという点についてはどうでしょうか。
 茂木 私は専業農家でずっとやってきましたが、農業というのはなかなか過酷な仕事で、太陽下で労働するとなるとよほどの体力と、農業をやるという気構えがないと職業としては成り立たないと思います。
 だから、安易に株式会社が参入してといいますが、本当に参入できるのかなと疑問に思うんですよ。ということを考えると株式会社の参入には裏がありはしないか。農地を取得し、いっときは農業をやってみるがダメならば他に転用していくといった裏があるのではないかという疑問も持つんですがね。だから、農業を本当にやっていただけるなら、これだけ自給率下がっており、しかも過酷な仕事でなかなかお金にもならないということですから、そこを収支があってやっていただけるというアイデアがあるという人がいるなら歓迎してもいいと思いますが、JAグループとしては株式会社の農地取得は反対だということを打ち出しております。

◆WTO交渉、今こそ立ち止まって考えるべき

 鈴木 国内でもいろいろ努力しなくてはなりませんが、少し心配になるのがWTO農業交渉です。7月の閣僚会合は決裂しましたが、日本にとってはかなり厳しい条件をつきつけられた状態での中座というかたちになっています。これからどう対応していかなくてはならないかお考えですか。
 茂木 決裂に至った原因は、私は自由貿易の精神の名のもとに世界経済の利益を最優先させたためということだと思います。WTOのドーハ・ラウンドにはこれまで各国の農業者にも反対が非常にあったわけですし、各国政府レベルでも利害対立があり、その矛盾と綻びが7月末の閣僚会合の場で出た。
 あの会合では世界の状況を見据えていなかったと思います。
 今年に入って世界の食料ひっ迫という問題が出てきたのに、ひとつも議論されていない。WTOでもこのことを加味した貿易ルールを確立してもらいたいというのが私どもの主張であったわけです。結局、米国とインド、中国が国内支持の問題で決裂したわけですが、交渉は引き続き行われると思いますから、われわれとして早急に総括と反省をし、次の交渉に向けた戦略の練り直し、また、国内対策をJAグループとしてどう考えるか早急にまとめ、政府に要請していきたいと思っています。
 鈴木 これだけ食料危機だというのに、安易に関税を引き下げていって基礎食料を海外に依存してしまえばお手上げだということで海外では暴動まで起きたわけですね。WTOの限界が見えたということを6月のFAO食料サミットで一応確認したつもりだったのに、たとえば重要品目数は4%に戻すというような日本が考えていた以上のさらなる関税削減を進めようという話で本当に驚きました。
 茂木 ただ、私たちはジュネーブに行っていたわけですが、農水大臣はよくがんばってくれたと私は評価しているんですがね。G7会合では先進国の輸入国は日本だけであり、重要品目については4%プラス2%という話に展開していたということです。残り6か国は合意ということですから、そこでこれはもうだめかなと日本があきらめていたらまとまっていたかもしれません。しかし、日本は8%以下は絶対だめだとずっと突っぱねてくれた。それが最後の最後でインドと米国のSSM(途上国向けの輸入急増対策)の問題で決裂したと。結構がんばってくれたと私は評価しているんですよ。
 今は本当に立ち止まって考えないと。食料危機があるわけですから国際分業なんていっていられない。それを無視して貿易ルールだけ合意して日本の農業が崩壊してしまったらどうにもならないと考えています。

鈴木宣弘東京大学大学院教授×茂木守JA全中会長

◆JAも改革すべきは改革を

 鈴木 そういう意味でJAグループの役割は今後、重要になると思いますが、会長は就任にあたり「常に現場に身を置く立場から」3つの基本姿勢、(1)安全・安心な循環型農業社会の構築、(2)協同活動の基盤の再構築と健全なJA経営による地域に信頼されるJAづくり、(3)JAに対する理不尽な批判への毅然とした反論と自信と誇りを持ったJA運動への取り組み、を強調されました。思いを改めてお聞かせください。
 茂木 安全・安心は生産者の義務だと思っていますが、しかしながらそれが確保できないという現状もあると思います。私どもJAグループはこの安全・安心には非常に力を入れていて、トレーサビリティ確立の取り組みとか残留農薬の検査機械など産地JAでも完備してもらい水際で阻止して消費者のところにいかないという方法をとっていますから、現在のところは残留農薬の問題などほとんど起きていないと思っています。
 これは当たり前のことであって安心・安全にはなんとしても徹底して取り組んでいこうと思っています。そしてそのなかには安定的な供給ということも力を注いでいかなくてならないということですが、そのためには先ほど言いましたが、再生産価格が確保できるかどうかということがやはり大きな課題になってきていると思います。
 それからJAに対する理不尽な批判には毅然として反論する、という点です。組織でも個人でもそうですが欠点というのはどこもあるわけですから、いわゆる建設的な批判、意見というものには謙虚に耳を傾けてながら直すところは直すというこの気持ち自体は変わりはないわけです。ただし言われのないことを言われたときには正論を持って反論していくということです。そのぐらいの姿勢でやっていくということです。
 鈴木 会長が言われる常に現場に身を置く立場という点からぜひこれからもご尽力いただくことを期待しています。ありがとうございました。

(2008.10.09)