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農業協同組合新聞創刊80周年記念
食料安保への挑戦(1)

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【シリーズ どっこい生きてるニッポンの農人2008】
たえざるイノベーションに取組む先進群像

―米の飼料化で地域革新を―
東京大学名誉教授 今村奈良臣

 時間軸と空間軸という基本視点に立って、イノベーションを推進しつつ近未来(5〜...

今村奈良臣東京大学名誉教授
 時間軸と空間軸という基本視点に立って、イノベーションを推進しつつ近未来(5〜10年)の展望を描き、地域の豊かな活力を生み出そう――私は、これまで全国各地の私が塾長をしている農民塾の塾生たちにこのように説いてきた。
 そこで、イノベーションとは何か。私は次の5つにあると考えている。人材革新、技術革新、経営革新、組織革新、地域革新。これら1つ1つも重要であるが、5つの課題が同時に推進されることが重要であると考えている。
 ところが、JA尾鈴を訪ねて、色々の農業経営者やそのリーダーの方々に会い、JAの役職員の方々に会い、次代を担う青年たちや女性の方々に会うなかで、ここでは、まさに私の言うイノベーションがすばらしいエネルギーのもとに進められてきたことを痛感した。
 しかし、残念ながら稲作の分野や和牛の繁殖・育成の分野ではごく一部に先進事例はあるものの、まだ進んでいないことを痛感した。そこで2日間にわたる調査のお礼ということも兼ねて、イノベーションをさらに進めるために次のような提案をJA尾鈴の組合長以下役員の方々に行った。まず提案の骨子を述べ、そのあとで背景説明などを行うことにしたい。

◆米の多彩な飼料化を通じて地域農業の改造と更なる発展を

 1 水田はJA尾鈴管内に1816haあり、そのうち平成20年には924haの転作(転作率50.9%)を行っているが、現状では水田の持つ潜在能力の4分の1しか活用していない。こうした現状を改め、この水田を全面的に飼料米生産に向ける。
 2 水稲の一期作は米粒を収穫する飼料米生産を行い、豚、採卵鶏の飼料原料に充てる。二期作の水稲は登熟期にホール・クロップサイレージとして収穫・調整して、肥育牛、乳牛などの飼料原料とする。
 3 和牛の繁殖・育成にあたっては、耕作放棄地、休耕地、里山等を全面的に活用して放牧方式を確立する。私がかねてより主張してきた「牛の舌刈り」や「Rent A Cow」の路線の実践である。ソーラーシステムにより簡便な施設と安価な投資で可能となり、繁殖・育成は舎飼いを一切止める。乳牛の育成牛や間乳期の乳牛の放牧を行ってもよい。そして放牧する耕作放棄地や竹林や杉林を放牧と合わせてくぬぎ(櫟)林に変え、シイタケ原木も育成し、牛の放牧と合わせて原木シイタケの産地として再興する。
 4 JA尾鈴管内は安全・安心をモットーに畜産と結合した優良堆肥に基盤を置く多彩な野菜、果実、花きを生産している。現在でも南九州有数の野菜生産基地、供給基地となっているが、この路線をさらに発展させ、かつ安定させるためにも、畜産とのより高次元での結合が望ましい。
 5 以上のような路線を推進し、実現する上での最大の課題は人材にある。幸いなことに、JA尾鈴管内には、現在、地域農業を担い推進している世代の人材に恵まれていること、さらに注目すべきことは次代を担う青年が多数存在することである。JA青年部に結集している若人は100人を超え、また女性部に結集している皆さんは、直売所活動をはじめその意気込みはすばらしいものを持っている。現世代の経営者はもちろん、青年と女性の先進性と熱意の高さが、JA尾鈴農業の次代へ向けての改革、革新の推進力となるであろう。
 6 以上の私の提案の核心である米の飼料化構想の背景には、輸入飼料原料の高騰や輸入の不安定予測、あるいは石油高騰、化学肥料原料の高騰等々、現在から近未来への展望を踏まえたものである。それを一言で判りやすく言えば、「持てる資源を有効に活かし、アメリカはじめ海外に外貨で支払ってきたお金を、このJA尾鈴管内に取り返し、落とし、潤そうではないか」ということでもある。それは大きな眼から見ればわが国の食料自給率の向上に寄与するだけではなく、JA尾鈴管内を潤すことにもつながるのである。
 7 以上の私の提案を、JA尾鈴の幹部の皆さんにぜひとも熟考していただき、組合員や職員にも広く討議してもらい、来年以降のJA尾鈴の新路線として確立していただくだけではなく、宮崎県の関係者、とりわけ県中央会、県経済連でも討議のうえ、県全体を動かし、全国へも提言し、新しい農政路線への改革、必要な支援体制の確立への問題提起を行ってほしい。さらにそれにとどまらず、消費者や消費者団体、流通・加工業者や企業にも新しい路線の意義を広く知ってもらうことが必要ではないかと考える。
 8 要するに、以上のような私の提言は、かねてより私が主張してきた従来からの転作政策に典型的にみられるようなTop―Down路線ではなく、Bottom―Up路線、つまり地域提案型創造的農政路線を推進しようということにつきる。

◆飼料米生産の本格化をなぜ考えたか

 以上の私の提言は、1日半にわたる精力的な調査に対するJA尾鈴管内の関係者の御協力へのささやかなお礼というものであった。
 さて、JA尾鈴を訪ねたのは8月下旬であり水稲はすべて刈り取られていた。
 しかし、あちこちの水田では、ひこばえ(刈り取った株から芽が生え出ている姿)が青々と育ち、それに実が稔ってさえいる姿を見た時に、この温暖な日向灘の土地では、かつての食糧増産時代には米の二期作(1年に2回米を栽培し収穫すること)が行われていたことを思い出したのである。そのことを古老に確かめたところ、確かにかつて昔は二期作もあったが、二期作では苦労の割にはあまりとれなかった思い出があると言っていた。
 しかし、現在の技術水準と新しい品種で対応すれば、二期作は可能であるし、特に後作はホール・クロップサイレージを意図するものであるから、きわめて安定した生産が確保できるのではないかと考えたわけである。
 これまでのこの地域の米は端境期の早期米として珍重され相対的に高い価格で販売されてきた。しかし、平成19年は台風の激甚被害に遭い収量は激減し2億円余の販売額しかなかった。そして平成20年の販売額目標は3億3000万円を予定している。転作強化の中で、水田の半分を転作した一期作の食用米だけでは多く見込んでも、3億円余りしか地元には落ちないのである。それを全水田を対象に二期作を行い(今年度作付面積の4倍になる)、これを多様な畜産の飼料に向けたら、さらに大きな付加価値が各種補助金、交付金を含めてJA管内に還元され、飼料原料高騰下の畜産の発展やそれに基盤を置いた野菜産地の新たな展開に寄与できるのではないかと考えて私は提案を行ったのである。また、和牛の放牧についてはJA尾鈴畜産部長の松浦寿勝氏が率先して自らの水田と畑ですでに行っている。

◆適地適作、適地適策、適智適策

 昔から適地適作ということが言われてきた。適地適作の意味についての解説の必要はないと思う。発音は同じで語呂合わせのようであるが、私は、今こそ適地適策ということを強調したい。全国画一的な政策の中からは新たな地域農業改革へ向けたエネルギーは生まれてこない。それぞれの地域が培ってきた人材と資源をいかに活かすか、そのための政策はいかにあるべきか。つまり適地適策が重要だということである。そのことを農政はもちろん、国、県、市町村、そして系統農協組織は改めて初心に戻って考え、新機軸、新路線を提示すべきであろう。
 そういうなかで、それぞれの地域や経営体のもつ英知が結集されて、新たな英知に充ちた地域ごと経営体ごとの人材と資源を活かす路線が確立され、推進されていくであろう。
 つまり、適智適策である――こういうことをJA尾鈴管内の実態調査を通じ、本文に詳しく紹介されているようなすぐれた各界の方々にお会いするなかで痛切に考えた。

◆イノベーションの気風に充ちた風土

 僅か1日半の調査であったが、JA尾鈴管内には、要約すると次のような気風に充ちていた。(1)現在のリーダーは常に数年先のリーダーを育てる――人材革新。(2)耕畜連携に基盤を置く安全・安心を目指す生産技術の革新から販売戦略と消費者の心をつかむ路線の確立――技術革新。(3)徹底した経営管理、財務管理を通した農業経営合理化の追求――経営革新。(4)独自性を持ち眼を見張るような活動を行うJAの運営審議会、そして組織力、行動力の高い数多くの生産部会、そしてJAの営農企画・指導事業――組織革新。そしてこれらが重層的に機能を発揮して地域革新が着実に推進されつつある。さらなる前進を心から祈りたい。

(2008.10.20)