特集

農業協同組合新聞創刊80周年記念
食料安保への挑戦(2)

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【特別企画/鼎談】
食料安全保障と協同組合の役割 その2

新たな社会づくりは協同組合の力で

◆日本社会の問題点はどこに? 田代洋一大妻女子大学教授 神野 また、助け合いとい...

◆日本社会の問題点はどこに?

田代洋一 大妻女子大学教授
田代洋一
大妻女子大学教授

神野 また、助け合いという点に関して言うと、再分配のパラドックスを指摘しておきたい。これは生活保護のような貧しい人々に対する生活保障をすればするほど、その国は格差は拡大し貧困が増えるというものです。
今、生活保護の支出がいちばん多く格差も大きいのが米国、英国です。一方、低いのがスカンジナビア諸国です。
どうしてこの差が出てくるかというと、生活保護のようなお金を配って生活を守るのではなく、医療、教育、福祉などはそもそも地域の助け合いで行われていたので地域の助け合いでできなければ地方自治体がサービス給付するということが実現しているかどうかにあります。
日本は年金や医療保険はいろいろトラブルがあってもそこそこ充実しており生活保護も少ないです。しかし、日本の生活保護の6割は医療費補助。これは医療を市場原理でやっているからで、患者負担が3割もあったら貧しい人はどうするのかということに対しては、お金をあげるのでこれで医療負担を支払いなさい、そして本来支払うべき国民健康保険料は払いなさい、ということです。
ところがスカンジナビア諸国のように医療や介護ケアもただですという国では、病人に対する生活保護費は増えないわけです。子どもの面倒も年寄りの介護も社会的に支えているから、結局、本人が食べるもの、着るものにしか生活保護費は払われないので一律に配分すればいい。そういう部分は小さくし、地域の助け合いでやっていた領域は社会的に責任を持っていくということです。貧しくても豊かでも保育や医療は分かちあいのシステムで、という社会を作っていかなければならないのですが、これがないのが日本社会です。
田代 そういう意味でも先ほどのJAいわて花巻の高齢者福祉事業は助け合いの精神だと思いますが、この事業をもう少し紹介していただけますか。

◆絆と結集力を高めるJAの事業を

JAいわて花巻の福祉施設、温泉施設もある「グリーンホーム落合」
JAいわて花巻の福祉施設、温泉施設もある
「グリーンホーム落合」

高橋 高齢者福祉事業としてJAは3つの施設を持っています。事業は居宅介護支援事業、訪問介護事業、通所介護事業で利用者数は年々増加しています。
そのほかに元気老人を対象にした事業も行っています。これは19年度で4万人の利用者がありました。デイサービス施設を利用した事業で、年金友の会や老人クラブなど通じて施設を利用していますが、なぜこれほど集まってきているかといえば、それはボランティア活動で女性部の方々が踊りを踊るなどレクリエーションで楽しめるということもあるからだと思います。一日あたりの利用料は500円。一日遊んでも500円でいいよということで、しかもその施設は温泉もあります。それからそこを利用している方々が少し体調を崩すなどした場合は、デイサービスを利用するということにもなっています。
こういう事業に取り組むJAは財務的に大変で裕福なJAしかできないという話もありますが、われわれも赤字は赤字ですがこれだけ利用者数があればそれほど大幅なものではありません。食事ですか?
田代 それはすごいですね。女性部もそこにかなり関わっているわけですか。
高橋 女性部には助け合いの会もありますから、そういう方々がボランティア活動として施設の運営を手伝ってくれています。
田代 利用できるのは組合員、准組合員という制限があるのですか? それとも私のような非農家でも利用できるのですか?
高橋 先生もどうぞ、いいですよ(笑)。地域に貢献する農協ですから准組合員の方、非農家の方など誰でもいいです。デイサービスも同じことです。それから施設で出す食事は簡単なものですが、地産地消でやっていますし、先ほど話した当初農協が設立した幼児園の給食食材も花巻産の農産物を使っています。
ですから食育にもなっているわけですが、この食育の担い手が女性たちです。花巻マンマーズという組織も結成されていて、こういう女性グループがどんどん増えて幼稚園や保育園、小学校の低学年を対象にさまざまな食育活動を行っています。こうしたグループは組合員の方々ですからJAも助成をして支援していきたいと考えています。

◆食料安保とは「命」の持続性

田代 本日は食料安全保障ということですが、お二人のお話を伺っていると命をどうやって持続可能にするかというもっと大きな人間の安全保障という問題が問われているのではないかという感じがします。
一方で食料安全保障について、財界等から、日本は自給率を高められるはずはないので海外に依存すればいいという主張もあります。しかし、海外から食料を輸入するのは、きわめて資源浪費的で、そうした自然資源浪費型の日本の経済社会でいいのかということになると思います。そういう点から考えると日本の自然資源を循環型で使ってできるだけ食料を生産していくということが、食料安全保障と命の持続可能性につながることだろうと思います。
最後にそれぞれから農業なり協同組合についての課題と期待についてお話いただければと思います。
神野 私たちは生命を持続可能にしなければなりませんが、命を生産できるのは水と大地のうえで生きる葉緑素を持った緑色植物だけです。それが太陽エネルギーを捉え命を作ってくれるわけですから、エコロジー的に考えれば生産者とは緑色植物だけであってあとは全部消費者。それが食物連鎖で命をつないでいるということです。
したがって、人間は自然に働きかけて自然の恵みを得ることにしか依存できないということです。私たちの経済の発展とはそうした自然がある限り発展できるけれど、自然がなくなれば発展できないということです。これが原点です。
そういう農業を行っていく組織はどういう組織かといえば、私は協同組合だと思います。これからの知識社会とは、知識によって自然資源の浪費を少なくしようということだと思いますが、その知識を生産するのにも株式会社形態がいいかどうか分からない。そういう意味からいって農業を支えてきた協同組合組織のほうがむしろ知識社会には向いていると思います。
高橋 神野先生の協同組合に対する期待は現場の人間としてありがたいことだと思います。一方でJAや協同組合に対する批判も出ていますよね。総合農協事業というのは、営農・生活事業に対して、共済、信用事業がなければ成り立たないですね。それがまた財界のほうから信用事業と共済事業の分離論が出てきた。こういう主張は間違っていて、私たちのような生産地帯の農協はこんな分離論では営農・生活事業が成り立たないということです。私たちは真剣に営農・生活事業をやっています。
田代 これからの経済の仕組みのあり方を考えると協同の力が重要になるということだと思いますし、農協事業の総合力の発揮ということでは、それは花巻の事例のように地域の水田利用など食料生産にも発揮されると思います。
ぜひ今後もがんばっていただきたいと思います。ありがとうございました。

鼎談を終えて
本日は食料安全保障がテーマだが、お二人からは縦横にお話をしていただいた。その結果、食料安全保障というと国家安全保障の文脈での話になりがちだが、もっと深く、人間の、命の、自然循環の安全保障を土台に据えたものである、ということが明らかにされた。
地球上の全ての生命は、二酸化炭素を吸収し、太陽エネルギーを転換し、酸素をはきだす緑色植物の光合成に依存している。この光合成を人間が促進する、その意味での第一次産業が農業だ。日本の食料安保は海外に依存すればよいなどという議論は、そういう自然循環機能を海外に丸投げして、自分だけゼニもうけに励むフリーライダーの思想だ。
お二人が強調するように、協同組合は、そういう市場メカニズムべったりでない協同・共生の論理で自然循環や人間の安全保障にも貢献している。スウェーデン、キューバから花巻、奥羽・北上山系までスケールの大きなお話を聞きながらそのことを確信した。(田代)

(2008.10.24)