特集

新年特集号
食料安保への挑戦(3)

一覧に戻る

【地域を元気にするJAの挑戦 ルポ・今、JAの現場では】
近未来の展望を描き着実に実践

本紙は今年も、農協運動・事業に役立つ紙面づくりを心がけようと、個性をある理念を掲げ、地域特性をいかした取り組みを進めている各地のJAを訪ねレポートすることに力をいれていきたい。新年号では東北、関東、中国の3JAを取材、今村奈良臣東大名誉教授から提言をしてもらった。

◆JAを伸ばす5つの「革新」の実践を
東京大学名誉教授 今村奈良臣

今村奈良臣 東京大学名誉教授
今村奈良臣
東京大学名誉教授

 2009年の年頭に当たり、私は全国のJA関係者に3つの提言を行いたいと思う。
1、時間軸と空間軸という2つの基本視点を踏まえて、近未来(5〜10年)の展望を明確に描き、着実な実践を推進する。
2、いま、日本農業と農村、そしてJAにとっては、世界経済危機、日本経済危機の中で、順風と逆風とが、交叉・混在・並存する時代に直面している。このような混迷の時代を切り拓き前進するためにはイノベーション(Innovation)がJAにとっては最大の課題である。私の言うイノベーションは次の5つの課題を指す。(1)人材革新、(2)技術革新、(3)経営革新、(4)組織革新、(5)地域革新。この5つの課題をいかに実現し推進するか、いかに磨き上げるか、JAを挙げて取り組んでいただきたい。
3、多様性の中にこそ真に強靱な活力は育まれる。画一化の中からは弱体性しか生まれてこない。そして多様性を活かすのは目標、方針を明確に内包したネットワークである。

◆3つの提言の実践

 実は、この3つの私なりの提言を掲げたのも、現地ルポで取り上げられている3つのJAの先進事例の活動の内容と基本路線を見ると、それぞれが私の提言を活かす実践活動を推進していることが判ったからである。

◆農商工連携で活路を見出す

さつまいもを原料にした芋ラガー
さつまいもを原料にした芋ラガー

 JA石見銀山は、世界遺産という名誉に輝いた石見銀山跡地のある地域に立地しているが、農業の基盤はきわめて弱い。しかし、世界遺産は膨大な観光客を呼び寄せる。弱体な農業に活力を与えるには、地域特有の農商工連携というネットワークを作り上げることを通して実現するしかない。そのためには改めて、はるかに昔の時間軸――つまり300年前の江戸時代の代官の知恵に立ち返り、さつまいもを原料にしたラガーの製造に着手した。これを地域革新の起爆剤にしようとしたのである。さらにそれだけにとどまっていない。空間軸を見据えて、はるかに遠い埼玉県の川越というさつまいもの先進地と組む、あるいは観光地の直売所で売るものをJA雲南と組んで充実させるなど、その活動をみるとさまざまな英知が活かされている。
 農商工連携促進二法は昨年7月に施行され農水省と経産省が連携して地域の産業興しを推進しようというものであるが、JA関係者のこの事業へのアプローチはいまのところ極めて弱い。
 私は15年前から農業の六次産業化(一次×二次×三次=六次産業)を説いてきたが、それの官庁版が農商工連携である。地域の所得を殖やし、雇用の場を確保するためにも、全力をあげて農商工連携に取り組んでもらいたい。経済危機の中、失業者があふれる可能性のある今だからこそ、地域革新、組織革新を目指して、農商工連携を通して地域農業の活性化に取り組んでもらいたい。
 いま1つJA石見銀山にみる活動で注目したのは「人畜連携」とでもいうべき新しい路線である。かねてより私は“Rent A Cow”ということを唱えてきた。耕作放棄地があって牛がいなければ借りてきて放牧し牛を肥らせようという提案だが、それを見事に実践している。これを全国に広めてもらいたいと念願する。

◆販売革新から地域革新へ

販売革新から地域革新へ

 JA富里市の仲野隆三常務にはたびたび会うが、会うたびに新しい農産物販売戦略を創案し、いかに流通業者や加工業者と手を組んで消費者に確実に生鮮食料品を届けながら、JA組合員・生産者の手取りを最大限に確保しているかということに感嘆の声を私はこれまであげてきた。
 仲野常務の基本的な考え方を私なりに判りやすく表現するならば、「作ってから売る」ではなく「作る前から売り先、売り場、売り値を決める」という考え方であると言ってよいと思う。
 販売戦略の革新を進めるためには、農産物を作るのに「誰が」「何を」「どれだけ」「どういう技術体系で」「安全・安心を基本に」「いつ作るか」ということが基本であると私は考えており、仲野常務はそれをJA富里市で指導、実践されているのである。しかし、そのためには「人材革新」「技術革新」「経営革新」などのイノベーションを常に必要とする。
 JA富里市の販売戦略革新のうわべの姿を見るだけでなく、水面下の絶えざる革新の努力とその姿を全国のJA指導者の皆さんは勉強してほしいと強調しておきたい。

◆震災から立ち上がる多彩なネットワーク

JA栗っこの夏イチゴ栽培
JA栗っこの夏イチゴ栽培

 昨年6月14日の岩手・宮城内陸地震はJA栗っこ管内を激震が見舞った。その直後の惨情をテレビで見て心を痛めた。
 かねてより、私は、水稲の冷害常襲地では夏イチゴを作ろうと呼びかけてきた。ケーキ用の夏イチゴは美味しくないカリフォルニア産が空輸、輸入されていたが、それに代わる美味しいものを冷害常襲地の新産物として作ろうと呼びかけてきた。その代表産地に栗駒山麓が成長しつつあったのが激震に見舞われた。
 いま多彩なネットワークで再建への準備が着々と進められていることは喜ばしい。さらに立地を生かした野菜産地の形成をめざし、集落営農を核にネットワークが組み立てられ、また、土地資源を生かした畜産のネットワークも作られつつある。それに加えて昔からの良質米産地を基盤に大震災から早く立ち直ることを心から祈ってやまない。次代を担う子どもたちの食育ネットワークも、地域に新しい活力を与えているように思う。一日も早くJAを核としたネットワークで震災から立ち直ってもらうことを念願する。

(2009.01.19)