特集

新たな協同の創造と農と共生の時代づくりをめざして
JA全中専務理事
冨士重夫氏

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【聞き手:梶井功・東京農工大学名誉教授】
今こそ、協同組合の価値を広めよう

自給率、農業所得の向上
目標をしっかり見据えて政策実現めざす

 新基本計画策定、JA全国大会、WTO交渉、そして総選挙とJAグループにとって課題が山積している。6月25日に就任したJA全中の冨士新専務。インタビューでは課題が多いからこそ協同組合の価値を再認識しようと強調した。聞き手は梶井功・東京農工大名誉教授。


◆JA全国大会議案
   現場での着実な実践が課題


JA全中専務理事 冨士重夫氏 梶井 ご就任から3週間。今、これをやらなければと考えておられることを最初にお聞かせください。
 冨士 今年は基本計画の見直しと3年に1回のJA全国大会が重なりました。 それを念頭に大会議案では農業の復権、くらしと地域の活性化、それからJA経営の健全化と組合員基盤強化を主要課題としていますが、絵に描いた餅にならないよう現場実態に即してJAがきちんと取り組んでいける方策をこれから示したいと思っています。
 総合審議会もあります。今回は中央会体制整備が課題ですが、結局、指摘されているのは中央会のあり方について考え方を整理すると、事業連との関係も当然出てくるということ。つまり、この議論はJAグループ全体の組織に関わることになるという大テーマだということです。8月に中間整理をし来年の3月に一定の方向をまとめようということになっています。
 3つめは、農政です。選挙を挟んでどうなるかという状況になりました。現政権のままであれば、基本計画の見直しは来年3月に閣議決定という予定で進むのでしょうが、政権が代わるとどうなるか。われわれとしても基本的な農業政策の枠組みをしっかり持っていないといけない。どの政党が政権を担うにせよ、われわれの考える農業政策はこうだ、というものを作りあげていく必要があります。
 4つめはWTO交渉です。来年中に決着させるというコンセンサスが途上国を含めてできつつある。油断していると、年内にモダリティ合意をしたうえで、来年に最終決着へと急展開しかねない。これも基本計画の見直しとセットでどう対応するか。大変な問題が山積しているなと感じています。

 


◆農政
   国家としての目標を掲げるべき


 梶井 衆院選は確定しました。政権交代があるかもしれませんが、どの政権になっても農協組織としてはこれが望ましい農政だと主張することが全中には期待されています。
 冨士 大枠は食料自給率50%を目標とし、それをどう実現していくかです。生産額ベースの自給率68%も、これをどう上げていくのか。
 われわれは農業所得、つまり農家、農村が豊かになる政策を求めているわけで、かりに政権交代しても、その政権はどういう大目標を掲げるのか、その目標を達成するためにどういう政策を打つのか、を問うということです。右か左かの選択ではなく、われわれの求めている目標、目的は変わらないということです。
 梶井 自給率50%目標は麻生総理も最初の施政方針演説で掲げました。ところが、白書ですら50%には一言も触れないようになっている。自給力、食料供給力の強化はありますが自給率への言及がない。
 冨士 福田総理は規制緩和・市場開放路線から「改革なんて恐ろしい言葉は使いたくない」と流れを変えようとして、そのなかで自給率50%を目標にしてがんばるべきだと打ち出しました。麻生総理はその目標は引き継いだようですが、石破農相になって自給力が大事であって、自給率は結果であるという考え方がまた出てきた。農政改革6大臣会合でも目標設定については非常に消極的な議論になっている。自給率も大事だが、自給力目標、つまり農地や担い手などのいろいろな目標があっていいのではないかと。が、それは本質からの逃げではないか。
 現行基本法の検討過程でも自給率目標を示すことを避けようとする議論もあった。しかし、最後は決断したんです。カロリー自給率目標にはたしかにいろいろな問題はあるが、国是として大目標に置きその上でさまざまな政策展開をしていくという考えに立った。
 今回の基本計画の見直しでも、国是として食料自給率目標をしっかりピン留めしなければ性根のすわった政策論にならない。そこはきちんと主張していきます。

 

◆多様な農家が支える国を考える

 

 梶井 専務は入会以来、おもに農政担当でしたが、とくに印象に残っていることは何でしょうか。
 冨士 この10年でいえば品目別に政策転換に関わってきました。具体的には新基本法制定前後に始まった「大綱シリーズ」です。まず稲作経営安定対策で米価下落措置を導入したことに続き、麦、牛乳・乳製品、果樹など、品目ごとに政策大綱が打ち出されセーフティネットをはっていった。農政は作物対策から経営安定対策への切り替えをずっとやってきたわけです。米についてはもう一回、米政策改革大綱が策定され生産調整も見直され食糧法も改正していく。
 方向としては間違っていなかったと思いますが、内容には忸怩たる思いがある。
 やはり非常に厳しい財政事情のなかで予算額はわれわれの思いの7割程度しか実現できてないと思うし要件や仕組みにも不満を残した。 それがその後の品目横断対策の議論で4ha要件などが提示され不満が爆発したということだと思います。苦労したわけですが、なかなか満足できる政策になっていないと思いますね。
 梶井 経営安定対策の導入で決定的に問題だと思うのは、構造政策と絡めたことです。つまり、政策対象を絞ろう、絞ろうとしてきた。そのなかで集落営農を政策対象にしたのは全中のがんばりだと思いますが。
 冨士 われわれはさまざなコースがあって、それを選択するのは農家だということなら合意できるが、最初に要件があってそれを満たさなければ対象にならないというのはだめだと激論になった。そんな国はどこにもない、選別ではなく農家が選択するのだと強く主張しましたがそれは通じず、集落営農を対象にするなど要件の幅を広げることを求めることになったわけです。
 われわれは多様な担い手と主張しましたが、しかし考えてみるとそれも担い手路線に乗っている部分があった。もっと兼業農家をポジティブに位置づけるべきだったと思います。兼業農家はわが日本農業にとって必要なんだ、それが農村を支えていてこの国のかたちとして必要である、と位置づけて、そこにもっと政策の光を当てる。これをもっと求めるべきだったのかも知れません。

 


◆中央会整備
   JAグループ全体の構想を再検討へ


 梶井 総合審議会では中央会のあり方が審議されているとのことですが、何がいちばん課題ですか。
 冨士 中央会は賦課金団体ですからJA合併や事業連の統合などによって財務基盤が縮小するという問題があります。JA合併の結果、1県1JAもあるから、そうした地域で中央会の機能は何か、そもそも中央会は必要なのかということもある。役割を明確にしたとしても財務基盤からしてその役割を果たせるのかどうかも問題になる。全農県本部と全共連県本部との関係をどう整理するのか、人的基盤も課題です。
 改めて中央会機能とは何かを考え、県中が果たす役割、全中と県中の連携で果たす役割などを審議してもらっています。

 


◆人間に立脚した
   協同組合の力を信じて

 梶井 これは中央会だけの問題ではなく今の日本の農協組織全体を改めてどう構想するかという問題になりますね。ところで今度の大会議案では大転換期における新たな協同をうたっていますが、とくに何を強調したいですか。
 冨士 協同の価値、協同組合の事業方式、運動体としてのメリットをどう発揮するかということだと思いますが、時代は逆に動いていて株式会社による効率化、合理化の方向です。
 大会議案では組織基盤強化の課題として組合員学習を強調していますがこれが大切になる。農業協同組合とは何なのか、なぜ総合事業か、それらを再認識したうえで、どう協同活動するのか、どこと協同していくのかと考えていかなければなりません。
 むしろ協同組合に対する危機感があります。私は出身は法学部ですが、協同組合法などを知りそこに意義を感じたことも入会の理由のひとつですが、今の世の中は協同組合に対する無理解が広がっていると思います。
 産業革命後、人間は法人という化け物を作った。人間の集合体が企業活動をし、それに人格を与えたわけです。法人として契約をし法律行為をしていい、と。だけどそこには感情というものがない。そこからいろいろなぎくしゃくも生まれ、その反省から協同組合という資本ではなく人間に立脚した法人形態を作り出した。そして先人たちが原則や価値を考えてきたと思います。
 そう考えると協同組合とは素晴らしい組織で素晴らしい事業体であるということをもっと理解しなければならない。それが大事になってきているし、自らががんばって発信をする必要がある。協同組合は運動体であると言われますが、なぜ協同組合には運動的側面があるかといえば、人間の組織だからですよ。そして第一次産業である農業は協同組合組織がもっとも適しているということです。
 梶井 協同するということはどういうことか、これをみんなで改めて大切にしていく。これが大事ですね。ご活躍を期待します。

 

インタビューでは「課題が多いからこそ協同組合の価値を再認識しよう」と強調したJA全中の冨士新専務

インタビューを終えて


 自給率問題一つをとっても、このところ農政のブレは激しいが、専務は“自給力目標”などというのは“本質からの逃げ”だとし、“国是として食料自給率をしっかりピン留めしなければ性根のすわった政策論にならない。そこはきちんと主張していきます”といわれる。期待したい。また、“兼業農家をポジティブに位置づけるべきだった”と反省もされている。大事な点である。
 専務が“組合員学習……が大切になる”とし、“農業協同組合とは何なのか……を再認識したうえで、どう協同活動するかと考えていかなければなりません”と語られるのも、さきの反省を踏まえてのことであろう。この発言を聞きながら私は、組合員教育を重視していた協組運動の大先達志村源太郎が、主著「産業組合論」の最後に“寔に精神的方面の組合的訓練をし忘れては、産業組合は無いも同然なりと思うのである”という文章を置いていたのを想い出し反すうしていた

(2009.07.23)