特集

【第25回JA全国大会特集】 新たな協同の創造と農と共生の時代づくりをめざして
行き過ぎた市場主義を見直し健全な経済社会を
【財界インタビュー】
高向(たかむき)巖 日本商工会議所副会頭
聞き手:太田原高昭 北海道大学名誉教授

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【財界インタビュー】「農産物と工業製品は同一に論じられない」

・市場原理の行き過ぎから見えてきたこと
・北海道自立経済論と農業
・地域経済から農業を評価すべき
・協同組合思想を大事にして

 本紙は7月20日号で「北の大地で新たな協同が動き出した」と題して北海道レポートを掲載した。地域経済の核は第一次産業であり、農業が元気でなければ暮らしも産業も元気にならない、と農林漁業団体と経済団体が連携して「北海道産業団体協議会(北産協)」を結成、地域循環型経済づくりを進めている。今回はその提唱者でもある高向巖・北海道商工会議所連合会会頭に改めて今後の地域経済のあり方を聞くとともにJAグループへのエールを贈ってもらった。

◆市場原理の行き過ぎから見えてきたこと

 

北海道商工会議所連合会・札幌商工会議所 高向巖会頭 太田原 昨年秋のリーマンショックでは世界が揺さぶられました。その原因はどこにあるとお考えですか。
 高向 今の世界経済のシステムは、ひとつは国境を取り払うグローバリズム、もうひとつが市場原理です。すべてを市場の調節に任せる、その結果としての優勝劣敗、ですね。
 この2つの特徴があるわけですが、今回は1カ所で起こった問題が世界中にすぐに広がってしまうことを示しました。儲かるとなれば大勢がそこにさっと入ってブームを起こし、危ないとなればみんな逃げてクラッシュが起こる――。こういう仕組みが行き過ぎたんだと思います。
 今はその反省期に入っていて、たとえば農産物貿易もそのシステムに引きずり込まれつつあったわけですが、やはりそれは間違いでもう少し元に戻さなければいけないという状況になっていると思います。
 実は私は若いとき、IMF(国際通貨基金)職員として貿易と為替の自由化の仕事をしていました。ただ、そのときでも農産物だけは別扱いだ、というGATT(ガット=関税貿易一般協定)の規定がありました。IMFとガットは協力体制をとっていましたから、農産物も自由化しなければいけないが、工業製品と同じようなテンポではいかないということはみな承知していたのです。
 ですから、私は工業製品と農産物の貿易を同列に論じてはいけないと思っています。
 太田原 日本の財界、とくに輸出産業では農産物を特別扱いするより輸出を伸ばすために、食料とエネルギーは大いに輸入して国際収支バランスをとるという考えがありますね。
 高向 平時ならばそれでいいかもしれません。しかし、非常時、経済的な混乱や戦争、自然災害が起きたときにはどうなるのか。食料安全保障は大前提でこれは絶対に守らなければならないと思います。
 逆に、日本からの自動車輸出も相手国の自動車会社が潰れるまでやっていいんだろうか。やはりそれぞれの国にはそれぞれの経済構造が残っていなければおかしい。世界をひとつの経済にしてしまうと今回のように振れが大きくなります。一見、非合理的に見えるかもしれないけれども、それぞれの国で残しておくべきものは残すべきです。

(写真)
北海道商工会議所連合会・札幌商工会議所 高向巖会頭
(日本商工会議所副会頭)(北洋銀行代表取締役会長)

【略歴】
(たかむき・いわお)
1938年東京生まれ。62年東京外国語大学中国科卒。日本銀行入行。67年コロンビア大学大学院経済学料修士課程修了。93年北洋銀行入行。2000年頭取、06年会長。04年より札幌商工会議所会頭を兼任。日本商工会議所副会頭。

 

 


◆北海道自立経済論と農業


太田原高昭 北海道大学名誉教授 太田原 健全な国民経済がベースでなければいけないということでしょうか。そうした経済とは第一次産業である農林漁業を基盤とするということだと思いますが、その点で会頭を先頭にした北海道経済界は以前からそのスタンスで地域経済を考えてこられたと思っています。
 とくに戸田ドクトリンですね(注)。拓銀の破綻、北海道開発庁廃止というなかで、道経済をどう自立させていくかという課題に、時の道経連・戸田会長が「産業クラスター論」を打ち出し農業を大事にしようと言われた。これは北海道自立経済論でもあるわけですが、これをどう実践されようとしているのか。北産協の取り組みも含めてお聞かせください。
 高向 戸田さんの考えは、中央政府に頼らない、あるいは頼る度合いを少なくして北海道を自立させようというものです。その時に核になるのは農業ですよ、と。人口560万人もいれば1つの国と同じぐらいだから立派な経済単位になるとお考えになっていた。
 私は戸田さんの弟子であることが誇りで道経済に責任の一端を持つ会頭になったとき、やはり北海道は農業、一次産業のウエートが非常に大きく、われわれの経済成長の出発点じゃないかと。かねてから商工業団体は農林水産業団体と提携したい気持ちがありましたから、それでJAグループ各団体、漁連、道木連などで作ったのが北海道産業団体協議会(北産協)です。これは私たちが農林漁業を応援するというより、相互の応援団です。
 北産協で最初に取り組んだことは「道産米のキャンペーン」です。
 きっかけは、道産米は大変おいしくなったが道民がなかなか理解してくれない、と農業団体の方から聞いたことです。それなら食べさせてくださいと、たとえば会議の場などにホクレンからご提供いただいた。そうしたら、かつての道産米は温かいときはおいしいれども冷めるとおいしくないというのが定評でしたが、今は冷めてもおいしい。
 じゃあ、これを広めるのはわれわれ商工団体の得意なところだからと、たとえば寿司職人が、これで握ってみせれば冷めてもおいしいと証明できる、と意気に感じて取り組んでくれた。
 ちょうど道庁でも特別に予算を組んで道産米を食べようと道民に呼びかける「米チェン」キャンペーンを高橋知事が先頭に立っておられましたから、官民力を合わせてということになりました。知事も私も札幌駅でチラシや試食用のコメを配ったりね。
 「米チェン」の取り組みは全道42商工会議所、企業数にすると7万5000ぐらいですか、そこに全部連絡が行った。道経済のためになるならやろうよと。農家が潤えば周り回って商店街も潤う。ですから決して一方的な応援ではありません。
 太田原 かつては道産米の道内食率は50%台でしたが、この取り組みによってたちまち70%台にまで上がってきました。
 ところでさらに発展して今年から「麦チェン」に進んでいますね。最近、道産小麦100%使用というラーメン屋さんが非常に増えてきましたが、商工会議所の方針として取り組んでいるわけですか。
 高向 これは仲間の自発的な取り組みで典型的な例は江別の製粉工場が、麦の生産者グループと麺業者と連携しているものです。
 商工会議所として力を入れているのはお酒、「酒チェン」キャンペーンです。北海道のお酒はワインも含めて大変おいしくなってきましたよ、乾杯は北海道のお酒で、と運動を展開しています。
 道産米を原料にしている日本酒も増えていますので、これは二重にいいことだと思っています。
 太田原 「麦チェン」や「酒チェン」の取り組みは、まさに戸田さんがかつて唱えた産業クラスターづくりを通して地域経済が立ち上がってくる姿ということになりますね。

 

 

◆地域経済から農業を評価すべき

 

 太田原 ところで今回の総選挙では日米FTAが突如出てきたわけですが、その前には日豪EPA交渉が問題となりました。そのときに高向会頭が、われわれは中央財界とは一線を画し日豪EPAには反対する、と発信し農業界には大変な励ましになりました。
 高向 北海道だけの理屈ではなくて、国際的に2国間協定が地域にどういう意味を持つかということを勉強してみると、やはり地域の事情を広く伝えなければという思いになったのです。
 北海道ではたとえば酪農のウエートも非常に大きく、EPA締結となれば道東はどうなるのか。荒れ地になってしまえば農業も商店街もなくなり観光客が来ても見るものがないという本当に困ったことになる。
 私のバンカーとしてのキャリアはどちらかといえば国際派ですが、しかし、北海道に住んでみると自由貿易は大切だけれども農業は違うという感じを改めて持ったわけです。
 太田原 北海道だから特別に農業が重要だということではなくて、全国的に農業県といわれる地域はだいたい同じだと思います。ですから、会頭が言われるような農林漁業を支援して地域経済を底の底から健康にしようという発想はどこの地域でもあてはまることだと思います。
 高向 そう思いますね。健全な経済社会というものをそれぞれの地域で持たなくてはいけない。そのときに農業のウエートは非常に大きいということです。
 それから、農業をベースに商工業が展開する農商工連携も大事ですが、実は農業セクターというのは経済的にみるとわりと安定しているんですよ。保護があるからではありますが、地域のなかで非常に安定要因になっています。たとえば北海道で公共事業が減って景気が悪いといっても、農業セクターはわりと安定している。その恩恵はわれわれも受けているわけですね。農業セクターが安定していることは非常にありがたいことでこれは全国共通だと思います。

 


◆協同組合思想を大事にして

 

 太田原 今年の第25回JA全国大会のテーマは「大転換期における新たな協同の創造」ですが、今日の話題もそのひとつだったと思います。これをふまえて最後にJAグループ、協同組合に対するメッセージをいただければと思います。
 高向 協同組合思想は大事にしたほうがいいですね。世の中すべて株式会社にしてしまってはいけない。農民が助け合うという協同組合精神を大事にして、何か困ったことがあったらやはりその原点に戻ることが大事だと思います。
 われわれも農協に期待するところがありますし、農協もわれわれを応援していただき、一緒に地域経済を盛り立てていきましょう、というメッセージを贈りたいと思います。
 日本全体の農業と日本全体の商工業をどうするか、と考えるといろいろな問題があるでしょう。しかし、各地域をよくしていきましょうという取り組みをすれば絶対によくなると思います。健全な地域社会、そのなかでの農業の占める位置は高い。私は東京に頼るのではなく地域内循環をやろうという気持ちが非常に強いです。
 太田原 北海道にはこの取り組みを全国に発信していく役目があると思います。今日はありがとうございました。
(注)
戸田一夫氏(元北海道経済連合会会長・北海道電力会長)。地域の農林水産業や商工業が連結して競争力のある産業を構築する考えが産業クラスター論。
 経済活性化には企業誘致は限界があると北海道とほぼ同じ人口の北欧諸国などからヒントを得た。

 


北海道産業団体協議会
【設立】平成17年2月
【構成団体】北海道商工会議所連合会、北海道経済連合会、北海道商工会連合会、ホクレン農業協同組合連合会、北海道農業協同組合中央会、北海道漁業協同組合連合会、北海道木材産業協同組合連合会
【目的】道内産業各界の連携と強調を密にし、それぞれが保有する技術・人材・情報等を相互に有効活用することにより北海道産業の活性化に寄与。

(2009.10.06)