特集

【第25回JA全国大会特集】 新たな協同の創造と農と共生の時代づくりをめざして
持続可能な農業を実現するために
【トップインタビュー】
スティーブン ホーキンス(Steven Hawkins)氏 シンジェンタ ジャパン(株)代表取締役社長
聞き手:北出俊昭 元明治大学教授

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【トップインタビュー】 シンジェンタ ジャパン(株)代表取締役社長 スティーブン ホーキンス氏に聞く「持続可能な農業を実現するために」

世界的な農業技術を活用し日本農業をサポート
・食料危機の基本的な課題は何も解決されていない
・国内農業を最大化することに焦点を
・さまざまな技術を組み合わせて農業を支援
・新技術普及でJAが大きな力を発揮する
・まず生産者の満足を優先して考える

 シンジェンタは、農薬や種子など農業関連分野で世界的なビジネスを展開している。日本においてもシンジェンタが世界で開発した技術を基に、日本の農業に適した事業を展開している。シンジェンタ ジャパン(株)のホーキンス社長には、日本赴任半年後の昨年秋にインタビューしたが、あれから1年、日本の農業についてどう見ているのかをお聞きした。聞き手は昨秋と同じ北出俊昭元明治大学教授。

◆食料危機の基本的な課題は何も解決されていない


シンジェンタ ジャパン(株)スティーブン ホーキンス社長 ――最近FAOが世界の食料需給の見通しを出しましたが、シンジェンタ社としては世界の農業や日本農業についてどのようなビジョンを持ってビジネスをしていますか。
 「昨年、私が日本に赴任してから、食料危機や食料価格の高騰そして穀物の在庫が底をついているなど、さまざまな課題が浮かび上がってきました。そしてそのことに国連は当然ですが世界中のメディアも関心を持ちました」
 ――昨年インタビューしたときに、世界の食料需給を考えると、いままでは1haで4人を賄っていたが、今後は5人になるだろうといわれましたね。
 「その考えはまったく変わっていません。昨年と比べると穀物価格は安定していますが、水の問題、土地利用が少なくなっていること、人口は増えていることなど、食料危機の基本的な課題はなにも解決されていません。昨年は穀物価格の高騰などからメディアや行政が関心をもちいろいろな動きがありました。しかし今年は、経済危機にシフトをしてしまい、農業・食料を取り巻く問題はなにも解決をされていないにも関わらず、あたかも忘れたかのようになっています。私たちは、それではいけないと考え、生産者や農業関係者と課題を解決していこうと話し合いをしています」

 

◆国内農業を最大化することに焦点を

 

北出俊昭 元明治大学教授 ――日本の企業も国内で農業を振興するよりは、南米やアフリカなどで土地を買い食料の供給を図っていこうという動きがあります。世界的にもそういう傾向がありますが、これについてはどうお考えですか。
 「確かにいま韓国がマダガスカルとか中米へ、そしてカナダ・アメリカ・中国などが自国ではない国で農業をという動きをみせています。私は、実際に自国においてどれだけきちんと農業がされているかということが前提で、それでも足りない場合には自国以外の土地でと考えています。日本ではまだ国内農業を最大化する余地が残っていると私は思います。ですから、まずはその点に焦点をあてるべきではないでしょうか」
 ――私も同じ意見です。そこでそういう視点からみて世界の農業そして日本の農業のこれからの課題は何だと思いますか。
 「私は、持続可能な農業をどのように実現していくかだと思います。限られた土地の中で、しかも環境に影響を与えずにどうやって食料を増産していくのかです」
 ――環境とは具体的に何をさしていますか。
 「水の問題や土壌流亡の問題などがあります。したがって一番重要なことは、持続可能な農業を続け、より多くの食料を環境に配慮しながら生産していくことだと思います」
 「もう一つの農業の課題は、地域のコミュニティーを大切にしなければいけないということです。とくにアジアの農業では、地域コミュニティーの影響が強いので大事な課題です」

 


◆さまざまな技術を組み合わせて農業を支援

 

 ――御社は農業のさまざまな分野で仕事をされていますが、農薬分野では何を重視して開発・普及していますか。
 「農薬ビジネスを進めていくうえでは、新しい技術が重要です。そして新しい技術は世界的な要求を満たさなければならないと思います。農薬についていえば、より少ない量、より毒性の低いもの、そしてより環境に負荷をかけないものの開発に力が注がれています。それは、現在ある農薬がそうではないということではなく、技術はどんどん進化しますので、進化の途上でさらによりよいものが開発されてくるということです」
 「この25年から30年を考えますと、農薬開発の技術は飛躍的な進歩を遂げました。私たちは、そうした技術を使って持続可能な農業をサポートできるという自信をもっています」
 ――農薬以外の分野を含めて今後の農業の発展のために御社で取り組んでいることはありますか。
 「種子の育種があります。そして種子に農薬をコーティングする種子処理という技術があります。そしてバイオテクノロジー(生物工学)技術があります。私たちは“インテグレーティッド・テクノロジー”といっていますが、こうした各種の技術を組み合わせて農業をサポートしていきます」
 ――種子処理というのは具体的には…
 「“クルーザー”という大豆の種子処理用殺虫剤があります。種子をこの剤でコーティングしてから播種しますので、殺虫剤を畑で散布する必要がありません。水稲には箱処理剤がありますが、畑作物でも種子の段階から守られていくわけです。これは日本では新しい技術ですが、これからのトレンドになると考えています」
 ――日本では新たな技術ということですが、欧米ではすでに使われているのですか。
 「すでに10年前から使われています。日本では2007年からで今年で3シーズンですが、とても好評をいただいています」

 


◆新技術普及でJAが大きな力を発揮する

 

 ――この畑作物での種子処理技術は御社だけのものですか。
 「この分野では、私たちがリーダーだと自負しています。これは“シード(種子)ケア”と私たちが呼んでいる新しいコンセプトで、これからは病気をコントロールするものを開発していきたいと考えています」
 ――こういう新技術はどういう発想から生まれるのですか。
 「私たちは先ほども申しましたようにいろいろな技術を持っており、それをマッチングしようと考えています。もともとは持続可能な農業を実現するにはどうしたらいいのかと常に考え、さまざまな技術を組み合わせる研究しているなかで生まれてきたと思います」
 ――新しい技術を普及するうえでJAはどういう役割を果たしていますか。
 「JAの役割は非常に重要だと考えています。やはりJAは生産者のリーダー的存在ですから、JAの営農指導員の方々に新しい技術を理解していただいて使っていただき、それを生産者のみなさんに伝え、教えていただくことで、新しい技術が日本国内に広まっていきます」

 


◆まず生産者の満足を優先して考える

 

 ――日本の農協についてどのように感じていますか。
 「農業にはいろいろな人たちが関わりを持っています。しかし、食料を生産し確保するために一番必要なのは、生産者の方々です。生産者を満足させるということは、必ずしも生産者以外の人たちを満足させることにはならないかもしれませんが、まず生産者を一番に考えるべきです」
 ――そういう視点からみるとJAの課題はなんでしょうか。
 「組合員である生産者の方々から流通そして消費者まですべての人を満足させようと考えていることではないでしょうか。JAにとってもっとも優先すべきは生産者です。消費者は環境にいいものとか、農薬を使わないようにといいいます。そうなると生産者には厳しいものがあります」
 「そうであるなら、食料を生産し確保するためには、こういうことが必要ですという自分たちの農業ビジョンをきちんと生産者と協議し、そのことを消費者にも伝え啓蒙する必要がJAにはあると思います」
 ――それは大変に大事なことですね。
 「生産者の団体であるJAグループが、これからの日本の食料をどのようにまかなっていくかを考え、そのうえで一人ひとりの生産者は何をなすべきかを、もう一度、原点に戻って考えるべきではないかと思います。そうすればJAや生産者の役割は明確になるのではないでしょうか」
 ――そいう方向で改善するときに留意しなければならないことは何でしょうか。
 「改革は必要ですが、JAに求められているのは、何が緊急を要することかを感じ取る能力をもつことだと思います。改革もそうですが、先ほどご紹介したクルーザーは海外では10年前から使われています。海外の技術も含めて、日本農業にどういう技術が必要かを感じ取り受け入れるセンスが必要ではないかと思います」
 ――最後に、全国のJA役職員と生産者にメッセージをお願いいたします。
 「シンジェンタはJAのみなさんと共に日本の農業をサポートしています。ここ数年、農業はいろいろな経験をしてきました。農業は一地域のものだけではなく世界的な産業です。そして農業は世界的に変革がされています。JAのみなさんは、そうした経験を踏まえて行動されるでしょうし、それによって生産者の方々がよりよい農産物を生産できると思います」
 ――ありがとうございました。

 


スティーブン ホーキンス氏に聞く「持続可能な農業を実現するために」インタビューを終えて


 昨年10月、スティーブン・ホーキンス杜長にインタビューをお願いしたときは、経済危機の影響で食料危機も強調されていたが、今回はそうした状況ではない。それにもかかわらず、水、土地、人口などの基礎的条件に変わりはなく、世界の食料需給問題は依然として重要なことを最初に強調された。そして食料基地を求めた海外進出ではなく、まず自国の農業を育成することが重要で、目本も国内農業の最大化を目指す必要があること、こうした観点から日本初の農薬をコーティングした種子(クルーザ)など、新技術の開発・普及に努めていると述べられたのが印象的であった。
 その上で、農業には消費者など多様な人達がかかわっているが、最も重要なのは生産者である。日本の農協にはしっかりしたビジョンをもち国内農業を支えていく役割があり、生産者も原点に戻って何をすべきかを考え、世界的な視点に立って改革をリードしていく必戻があると強調された。これは傾聴すべき意見であると痛感した。(北出)

(2009.10.09)