特集

【2010年新春特集】新たな協同の創造と地域の再生をめざして
座談会 協同組合の原点に戻って農協運動の展開を
石田正人 長野県飯山市長(前JA北信州みゆき組合長)
種市一正 青森県三沢市長(元JA全農経営管理委員会長)
司会
阿部長壽 NPO法人環境保全米ネットワーク副理事長(前JAみやぎ登米組合長)

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【座談会】協同組合の原点に戻って農協運動の展開を(前編)  石田正人・種市一正・阿部長壽

・観光が農業を引っ張る 行政と農協が一体化した振興策で
・地域の実態に合わせた農業振興策を
・高齢な零細農家を支えているのは“農魂”
・食管制度廃止で農業所得が減少
・1週間に1日だけ泥にまみれる兼業農業のすすめ
・経済事業改革が営農指導を弱体化させた
・農業・農協の社会的関わりを明確に

 長い間、農協運動に携わってこられた方々にお集まりいただき、「崩壊しつつある」といわれる農業・農村の現状をどうみるのか。そしてこれからの日本農業はどうあるべきなのか。さらに第25回JA全国大会決議された「新たな協同の創造」と「地域再生」について話し合っていただくことで、これからの日本の社会の中で農協はどういう役割を果たすのかなどについて率直に問題提起していただいた。

連帯と協同が評価される

いまの時代がチャンス

協同組合の原点に戻って農協運動の展開を◆観光が農業を引っ張る行政と農協が一体化した振興策で

種市一正 青森県三沢市長(元JA全農経営管理委員会長) 阿部 まず、今日の農業・農村の現状をどうとらえられているのかを種市さんからお願いします。
 種市 三沢市は米軍など、基地があって拓かれた町でもありますので、余所とは違った環境にあると思いますが、農業は比較的盛んな地域であると思います。しかし多分にもれず、農業の後継者は必ずしも順調に育っておらず、高齢化が進んでいると思います。したがって、農村というか、集落は農業に携わる人ばかりではなく、会社づとめの人など、いろいろな職種の人がいて、利害や思いが必ずしも一つではないという問題があります。そんな中でのお互いの思い、利害をどう共有して活性化するかが「カギ」だと思います。
 石田 農村の崩壊がどんどん進んでいると思います。とくに飯山では高齢化が進み若者が農業から離れていってしまいました。市長になってそうした現実をみると、農協時代に国や行政がしっかりと農業を支援していないというような批判的な感覚でいて、農協が果たすべき役割を果たしていたらここまでにはならなかったのではないかと、行政を預かる立場から反省をしています。そういうなかで、農業・農村の再生をはかるかに全力をあげています。
 阿部 そのポイントはなんですか。
 石田 行政が農協と力を合わせて、しっかりした体制づくりをもう一度やっていかなければいけないということです。そのために農業振興をはかるプロジェクトをつくって、改めて計画を策定しています。しかし、農業振興というだけでは農業は振興できません。いま飯山では新幹線の駅の工事が始っていますが、観光をどのようにつくりあげて、観光と農業を連動させて地域活性化をはかることに力点をおいて計画するように、指示しています。
 阿部 飯山らしさをだし、観光で農業を引っ張っていこうということですね。
 石田 農業・農村は情報発信が下手ですが、観光は宣伝力もあります。そして飯山はキノコの産地ですし、空き家もあるので、「いいやまに住んでみません課」を設けて、Iターン・Uターンを呼びかけることをしています。そして自分でも反省していますが、農協と行政がもっと一体にならなければダメだと思い、新しい道を模索しています。
 阿部 今日の農業・農村がこうなったのは、農協がやるべきことをやってこなかったという、厳しい自己反省が語られました。そして農協と行政が一体化しなければいけないし、観光で農業を引っ張る。単なる観光開発ではなく、その根っこに農業があるという視点は、さすが農協出身の市長だと思います。

青森県三沢市

   青森県三沢市青森県三沢市

(写真)種市一正 青森県三沢市長(元JA全農経営管理委員会長)


◆地域の実態に合わせた農業振興策を

 阿部 いままでの農政の構造政策は規模拡大政策でした。それは国際競争に勝つためだということでした。果たして勝つような国際競争力はついたのでしょうか。その検証がされていませんが、いかがですか。
 種市 価格競争では勝つ力はできていませんね。国際競争といっても、規模など環境条件が違いますからかなり無理な話になります。ただ別の角度から、つまり安全、安心などの追求つまり価値観の競争もあると思いますが、いずれにしても、コストの低減は当然のことと思います。同じ青森県内でも、組合員の幸せを実現する手段は地域のなかにいろいろあります。その地域の実態に合わせた取り組みをしないと目標を成就することはできないことと同じです。
 例えば、市街地に近いところでは、面積が小さくとも多品目をつくって直売所に毎日出荷することで、何十haつくる農家より利益が上がることもあるわけです。リーダーは地域の実態をキチンと把握して、本当に農家の方々が幸せになるためには、どういう販売事業を展開すればいいのか知らなければならないと思います。
 生産活動が出来ない都市に近いところでは、アパートを建て経営することも一つの手段になります。農協が他の金融機関よりも低い金利で建設資金を貸付し、入居者に共済に加入してもらい、灯油を供給すなど農協の総合力を発揮することもできます。
 阿部 拠ってきた地域農業の実態を活かした農業振興でなければダメだということですね。


◆高齢な零細農家を支えているのは“農魂”

石田正人 長野県飯山市長(前JA北信州みゆき組合長) 石田 飯山ではキノコは順調に伸びていますし、行政と農協が一体になって新しい品種の開発に力をいれています。私が市長になってから、キノコだけではなく他の品種でも新開発には補助をしています。しかし、それ以外では、ごく少数の大型農家を除いて、農家が経営計画をたてる力がなくなってきています。なぜなら、価格がどうなるか分からないし、何かあれば資材価格が上がり、所得がどうなるか見えないからです。
 そうした零細農家を支えているのは、先人から受け継いだものを何とか繋いでいかなければいけないという“農魂”です。高齢者だからそういう農魂がありますが、若い人は赤字になるから離れていきますし、いまは40%が耕作放棄地です。農地法改正で企業の参入といいますが、飯山のように条件の悪いところで、やってみたが採算に合わないと止められたらどうするのかといわれます。だから地元の若い人に、補助金を出すから集落営農組織をどんどんつくり水田を守れといっています。
 阿部 大規模化といういままでの構造政策はできないことをやろうとしたものだったということですか。
 種市 条件が整う人はやればいいけれど、そういう人は少ないでしょう。三沢も北国でヤマセ(偏東風)がありこれを避けてはいけないわけです。そこで大根とか土にもぐる野菜をやろうと徹底しました。農家も努力をしてきました。北国という条件の悪い中で農業をしてきましたから、団結力があります。
長野県飯山市 阿部 三沢の耕作放棄地はどれくらいですか。
 種市 どうしても転作できない湿田などが相当ありますので、けっこう遊休地があります。湿田以外は全て転作をして、米は水田の3割くらいで作付けしていますが、後は野菜を生産しています。
長野県飯山市

(写真)石田正人 長野県飯山市長(前JA北信州みゆき組合長)

 


◆食管制度廃止で農業所得が減少

阿部長壽 NPO法人環境保全米ネットワーク副理事長(前JAみやぎ登米組合長) 阿部 こうした状態になった大きな原因に農業所得の半減があります。データで見ると食管制度の廃止が境目になって、米価が下がり所得が落ちてきています。これが大きな転換点ではなかったでしょうか。
 石田 農民が声を上げる力をなくしてしまったからです。
 阿部 食管制度廃止の時には、ほとんど農協運動をしていませんね。
 種市 食管制度については、農協陣営の意見が分かれていました。美味しい米をつくるところから、青森や北海道の米と一緒にしてもらっては困るんだ。価値観のある米は自ら売るので食管法はいらないという意見があり、それに政府がのったわけです。
 石田 私もその一翼を担っていたわけですが、将来を見通せるリーダーがいなかったということでもありますね。
 阿部 農業側に対立があった…。
 種市 それを政府が喜んで利用したわけです。
 阿部 農業・農村が声をあげられないほど力を失ってしまった原因としては、運動よりも何よりも食管制度が廃止された後、農協経営をどうするかが焦点になったからではないでしょうか。そして94年のJA全国大会では、「単位農協の大型化」を決議しています。
 種市 大型化するということで効率化など購買や販売の有利性を求めることは当然ですが、どういうイメージかがしっかりしていなければ、それが農家の不安につながるわけです。世の中どんどん変わっていくので、農協運動も旧態依然ではだめです。集落も変わっていくので、集落での共有をどう組み立てていくかが忘れられていると思います。食べなければ死ぬことは誰でも分かっていますが、農業とか漁業の大事さは分かってくれない。そこに問題があるわけです。地域のなかでも農協が農業の大事さを理解してもらう努力をし、集落の共有の大事さを植えつけていくことです。
 阿部 そういうことよりも、どうやって農協経営をつないでいくかが問題だったのではないですか。
 石田 その通りです。
 種市 東京オリンピックのころ、農協に若い人がいなくて“じいちゃん・ばあさんの世界”でした。そこで毎晩集落を歩きました。そして、青年部は野球大会、女性部はバレーボール大会をし両部とも10歳若返らせました。
 当時は“お金”に振り回されていたためにこういうことが実際に起きました。家の1階は牛舎で2階で人が生活していて、秋の収穫が終わるとどこの家も出稼ぎに行きます。そして母ちゃんとじいちゃんばあちゃんが家庭を守るわけです。そんな家の1軒が火事になった。お金優先だから、とっさに牛を連れて逃げたけれど、気がついたら子どもはみんな死んでいました。
 そいうことではダメだから、農協運動が必要だと歩いたこともあります。
 阿部 いまだけ見ていてはいけないわけですね。
 種市 農協はなくても銀行はあるし、保険は入れるし、肥料などの資材はホームセンターで買うこともできます。それが農協とどこが違うかということを理解してもらわないと、農協の存在価値は希薄になります。
 石田 高度成長の時代は農村も新しい家を建て、自動車を買ったり、経済の成長に一緒に乗っかったわけです。そのときに、農協組織を時代に対応した形でしっかり構築していくかを考えず、一緒になって踊ってしまったわけです。そして気がついてみれば、農家の所得はあがらないのに、家を建てたりした借金が溜まってしまった。
 長野でいえば農協がスキー場開発に多額な融資をしたりして、農協がやらなくてもいいような仕事に手を染めてしまったという反省をしっかりしないといけません。
 阿部 そして農協組織をいかに再生するかですね。

(写真)阿部長壽 NPO法人環境保全米ネットワーク副理事長(前JAみやぎ登米組合長)


◆1週間に1日だけ泥にまみれる兼業農業のすすめ

 石田 いま若い人に新しい提案を一つしています。それは、1週間のうち5日間は会社とかでしっかり働いてください。1日は遊びに行ってもいいから、1日だけは一家で田に出て耕し、家族で泥にまみれてコミュニケーションの場にしようというものです。
 阿部 兼業農業の奨励ですね。
 石田 長野市への交通整備もしていますし、駅周辺は無料の駐車場をつくり、長野市などで働く条件をつくらないと、7、8反の農業では経営になりません。
 そしてそういう農業ができないところは、法人なりに集約していこうという考えです。そういう施策を農協と一緒になってやっていかないと、農協も崩壊してしまうでしょう。
 阿部 地域の実態は兼業農家がほとんどなのに、その実態を無視してきた。むしろ兼業農家の土地を流動化することしか考えてこなかった・・・
 石田 そこに問題があるわけです。
 阿部 合併など農協経営中心の組織改革をやる過程で、農政運動も組織運動も疎かになって、組合員の農協離れが起き、組合員の結集力がなくなってしまったのではないでしょうか。
 種市 何のために合併するのか。“もうやっていけないから、合併しなければだめだ”では、農家は賛同しません。将来はこうなるからというイメージをきちんとださなければ、説得も納得もできません。


◆経済事業改革が営農指導を弱体化させた

 阿部 私と石田さんが委員だった全中の「経済事業改革」では、農産物の販売額が下がっている。しかし、経済事業のマイナスを信用・共済でも補いきれないので、部門収支のバランスをとるということで始りました。その内容をみると結局、コストを引き下げてバランスをとるという政策でした。そのコスト削減が営農指導削減に即つながってしまったわけです。そのことが組合員の農協離れを進めてしまったのではないですか。
 石田 その通りですね。農家からみれば、営農指導員が来て懇切丁寧に説明し、場合によれば帰りでも休日でも畑に来て相談にのってくれたのが、いまは一切来なくなってしまった。人数が足りないから手がまわらないわけです。
 そして営農技術者を育てる教育の場もなくなってきました。農協職員を育てようとしていた鯉淵学園とか県の教育の場がなくなってしまいました。もうすこしこうした教育問題についてもやらなければいけなかったと思いますね。
 阿部 結果的には、協同組合組織である農協ではなくなりつつあったのではないでしょうか。
 種市 農協とホームセンターの違いはなにか。そういう業者とは違う役割をしているんだということを、きちんと教える必要があるわけですし当然ながら真に業者と違う営農指導、政策運動など、その役割を果たさなければなりません。
 石田 昔はしっかり組合員の面倒をみながら組織購買をしたので、ホームセンターは農村には入れなかったはずです。それがどんどん入れるということは、農業振興政策を疎かにし、金になる仕事に全力をあげてしまったことに大きな問題があり、これを継続すれば大変なことになります。


◆農業・農協の社会的関わりを明確に

 阿部 次に「新たな協同の創造」というJA全国大会の決議について、農協から離れた立場でどのようにみていますか。
 種市 さまざまな職業の人たちが集落を形成しています。そこへ協同の視点を向け、農業の役割、組織の役割を果たし、それぞれが持分を出し合い集落を形成していくことが大事だと思います。
 石田 かつては組合員の役割、農協の役割がはっきりしていてそれが結合していたけれど、いまはそれが見えなくなってしまい、互いに勝手なことをやっているので、もう一度、共存共栄の心を改めて見直し、役割分担をし直す必要があると思います。
 阿部 「新たな協同の創造」という決議は、キャッチフレーズだけで、中身がはっきりしませんね。
 石田 21世紀の農協運動で何を進めるかが見えていないんですね。オブラートに包んだ明るさだけ見せてもだめで、具体的にこれをやるんだということを示さないとだめですね。
 種市 自己主張ばかりしていたのでは排除されます。農業あるいは農協が、社会的にどういうかかわりをもていくのかを明らかにしないと、誰も相手にしてくれません。自分たちがどんどん社会的に出て行って、農業の良さをアピールし、多くの人に議論に参加してもらい、理解してもらうことだと思います。
 石田 農協のなかもばらばらになってきています。米農家でも大規模になると、自分でブランド名をつけて自分で売り手を探しているわけです。農協として受け皿があれば、代金回収とかあるから、みんな農協に集まってくると思います。
 阿部 農協から地域運動を仕掛けていく役割を持たなければいけませんね。
 石田 仕掛けていくという力をなくしてしまったと思います。農協の理事をみても、農業委員会の委員をみても農業を知らない人が増えています。だから農業委員を対象に、農業の大切さとはこういうものだという勉強会を開かなければならないわけです。
 阿部 石田さんは、組合長時代に子どもを含めて協同組合の教育に熱心に取り組みましたね。
 石田 これはいまでも活きています。しかし、金がかかるし職員も大変だから、それなら共済契約を取ってきた方がいいとなると、長い目ではみてマイナスです。


後編に続く

(2010.01.12)