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【2010年新春特集】新たな協同の創造と地域の再生をめざして
シリーズ 政権交代を考える(4)

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シリーズ 政権交代を考える(4) 【インタビュー】新政権の農政がめざすもの  筒井信隆 衆議院農林水産委員会委員長に聞く

農業を環境産業として確立する
・農政4本柱とプラスワン
・所得補償、固定部分の意味と意義
・価格形成力に対抗する工夫も
・大規模化は選択肢のひとつ
・自由化は可能な限り阻止

 新政権発足を機に、本紙では「シリーズ・政権交代を考える」を企画。研究者らの分析、提言を掲載してきた。
 新年号では与野党国会議員に後藤光蔵・武蔵大学教授が衆院農林水産委員長に就任した民主党の筒井信隆衆議院議員にインタビュー。
 筒井氏は戸別所得補償制度は農村で生活できる、が出発点と強調。国会論戦等を通じ現場が求める農業再生策の実現が期待される。

「農村で暮らせる」が戸別所得補償の出発点


◆農政4本柱とプラスワン

筒井信隆 衆議院農林水産委員会委員長 後藤 新政権の農政は、戸別所得補償制度が大きな柱になっていますが、最初に農政の全体的な組み立てについてお話しいただけますか。
 筒井 戸別所得補償制度は生産費と販売価格の差額を支給するものです。全国平均で生産費が高く販売価格が安いという産業は農業以外にはない。農業は赤字産業ということでは後継者も出てくるはずがない。まず生活できる産業にしなければいけない。これが戸別所得補償制度の出発点です。
 同時に私たちは一次産業については産業政策と社会、地域政策は一体でなければならないと考えています。農業が衰退すれば農村も衰退する。だから所得補償によってそこで生活できる産業にし、農村集落の維持を図るというのも大きな目標でこれが1番目の柱です。
 そのために財政負担をお願いするわけですが、根拠としては農業の多面的機能のほかに、やはり国民理解を得るには安全な食料を安定して供給する役割をきちんと果たさなければいけない。そこで2番目の柱が食の安全確保、安定供給策です。トレーサビリティ制度と原料原産地表示の義務化などですね。
 それから3番目の柱が6次産業化。生産者自身が加工や流通にも進出し、少なくとも消費者が支払っている価格の半分以上は生産者に渡るようにしていきたい。同時に加工や流通を集落全体、あるいは一部分でも共同してやることによって集落の発展にもつなげていきたいということです。
 4番目が自給率向上ですが、所得補償制度で主食用米と同等以上の収入を主食用米以外の農産物にも補てんすることによって向上すると考えています。たとえば米粉用米でも主食用米と同等以上の収入が得られるとなればそちらに生産がシフトしていきます。大豆や飼料用米などの生産も自給率を上げることにつながる。私たちの試算では1兆円の所得補償をすれば10年間で10%以上自給率が上がる。
 これらに加えたプラスワンとして地球温暖化対策もあります。農林水産省は農山漁村、農林漁業で温暖化ガス削減目標25%の3分の1を受け持つ方針を発表しました。その方法のひとつは発電でバイオマス発電、小水力発電などです。もうひとつは燃料。バイオエタノールの利用などバイオ燃料ですね。3つ目はバイオプラスチック・ビニールなどバイオマテリアルです。そのほかにフードマイレージをふまえた対応も必要で地産地消を進めることによってエネルギーの消費が少なくなります。それらも含めて考えると目標25%の3分の1以上は農林漁業と農山漁村で受け持つことは十分可能だと考えています。バイオ・小水力発電などは電力の固定価格買い取り制度の対象にすることをマニフェストに盛り込んでいますから農村の所得向上にもつながるわけですよ。
 全体像としてはこういったところです。

 

◆所得補償、固定部分の意味と意義


 後藤 このうち戸別所得補償制度については、来年度は水田農業に限って米戸別所得補償制度と水田利活用自給力向上事業をモデル事業としてセットで実施するというわけですね。
 筒井 ただ、具体的な仕組みとなるとこれまでとは少し違う思想が入っていると私は思っています。
 後藤 どのあたりが?
 筒井 米の戸別所得補償での米価下落補てんの仕組みです。固定部分に米価下落分をプラスするという考えですね。これは今までの思想になかったことです。
 私たちは固定部分として60kg3000円、あるいは10aあたり3万円などと言っていました。そこに米価下落の補てん部分を加えるというのはどうか。
 また、戸別所得補償制度の対象として小麦、大豆、あるいは米粉用米なども考えていたのですが、今度はセットではあるけれども、戸別所得補償制度とは別個の事業ですね。これも今までの思想と違うものです。
 後藤 ただ、所得補償の水準でいえば毎年米価の変動があるので、固定部分だけだと、今年はこの制度には参加しないといった変動が起こるのではないかと私は思います。だから、固定部分にさらに上乗せする措置を付けると受け止めていました。
 筒井 確かにその面はあると思います。しかし、私たちは60kg3000円交付で考えていましたが、米価変動といっても全国平均で3000円以上の下落はないだろうということです。固定部分も3年程度で見直しながらやっていくということだから、米価変動には対応できるのではないかと考えていました。

 

◆価格形成力に対抗する工夫も


 後藤 生産費を基準にして支援を考えるというのは、岩盤対策として重要な考え方だと思います。ただ、今の市場の状況を考えたときに、米を売るのは誰に売ろうと自由ですが、一方で大規模小売業の価格形成力が強いという力関係で言えば、交付金が全額生産者の手元に残ることになるのか…。
 筒井 固定部分の交付金があるんだからその分、安く仕入れるぞ、というわけですか。
 後藤 そうです。今の市場の問題を考えて対策を準備しておくということも必要ではないかと思いますが。
 筒井 ただ、その懸念を考えると米価下落補てん部分があったほうが、より攻撃をされやすいのではないですか。全国で安く売って米価が下落しても補てんされるのだからいいではないかと。そこが私が米価下落補てん部分を仕組みにすることにあまり賛成じゃない理由なんです。
 後藤 固定部分だけであっても同じ懸念はありませんか。
 筒井 固定部分は物財費部分と労働費8割ですから、これが全部補償されてやっと生産費が補償されるのであって、これより米価が下がってしまっては赤字になる、ということが言えると思うんですよ。
 しかし、米価下落補てんとなるとそれが言えなくなるのではないか。
 もちろん大型量販店の価格形成力に問題がないとは思いませんが、それに対抗するには直売所や産直を広範に広げることではないかと思っているんです。インターネットによる販売も広がってきていますし、流通形態を変えるということが課題ではないか。

 

◆大規模化は選択肢のひとつ


 後藤 もう一方で、生産費も米価そのものも銘柄格差が相当開いてきてますね。だから全国一律の生産費や米価で算定して固定部分を交付するということへの疑問もあります。
 筒井 逆に全国一律に交付するところがみそなわけです。全国平均より販売価格が高い地域はその分は儲かる、全国平均より生産費が低いところはその分儲かると。生産費を削減したり、販売価格を高める努力に対するインセンティブを与えることになると考えています。
 後藤 今までの自民党の政策は基本的には、米については高い関税が設定されているので価格は市場で決まるから、生産調整をきちんとやれば、それなりの水準の価格形成ができるという考え方に立っていました。
 筒井 私たちは減反政策廃止を目指すということです。そのための支援策が米粉用や飼料用米をつくった場合には10a8万円を交付するということです。米粉米を作ったほうが収入が多くなるとなれば、生産がシフトしそれが定着すれば主食用米の減反政策をやめることができるとシミュレーションしているわけです。
 後藤 減反廃止といっても、生産数量目標をきちんとつくるわけですよね。
 筒井 もちろんしばらくは主食用米の生産数量目標を設定し、それに従わなければ所得補償の対象にしない。しかし、ゆくゆくはそれも必要なくなるという考え方です。
 後藤 本格実施にあたっては、規模拡大への加算措置なども導入するということですが、この仕組みは選別政策ではないとお考えですか。戸別所得補償制度を打ち出したとき、自民党農政は大規模農家だけ対象にしていると批判をしていましたが。
 筒井 選別政策ではないです。規模拡大は農家の選択であって、それに反対するものではありません。規模拡大一本に限定しているのが間違いだと言っています。小規模農家でも加工業に進出して付加価値を高めて売ることや、有機農業で米づくりをすることも支援の対象です。多様な選択肢のなかのひとつが規模拡大。自民党農政が当初4ha以下は支援対象にしないといった政策とは質が全然違うということです。

 

◆自由化は可能な限り阻止


 後藤 WTOやFTAといった問題についてはどのような方針で臨みますか。
 筒井 今まで通り最大限自由化には近づけないということです。ただ、自民党政権時代にたとえば重要品目の数については非常に厳しい状況になりました。
 米国やEUは関税による農業支援から財政による農業支援に移行し、関税が下がっても財政負担で所得補償水準を上げればいいというのはひとつの考え方ではあります。しかし、できる限りそうならないよう努力をすべきだと思っています。
 後藤 最後に民主党農政がめざす日本農業の姿を改めてお願いします。
 筒井 農業を環境産業として確立する、です。農政も環境維持に対する支援であることを明確にしていく。地球温暖化対策の最先端に農業をはじめとして第一次産業全体を位置づける。ほかの産業にはない特徴ですからこれを前面に出していくのがこれからの方向だと思います。
 それと食料安保です。安全な食料を安定的に供給する。環境と安全な食料という2つの面を最大限に出して消費者、国民の理解を得ていくということが農林水産部門としての大きな役割だと思います。
 後藤 ありがとうございました。

(2010.01.13)