特集

【第56回JA全国青年大会特集号】日本の明日を考える
座談会「食料、環境、エネルギーを視野に新たな農業像を構想しよう」
冨士重夫(JA全中専務)
鈴木宣弘(東京大大学院教授)
阿部長壽(前JAみやぎ登米組合長)

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【座談会】「食料、環境、エネルギーを視野に新たな農業像を構想しよう」 冨士重夫・鈴木宣弘・阿部長壽(前編)

・農業所得を補償するというが……
・生産調整は弾力化 出口対策が重要に
・検証すべき「岩盤対策」システム
・閉塞感の払拭を本当に実現できるか?
・求められる現場の混乱回避
・担い手選別政策は本当に転換するのか?

 来年度からスタートする戸別所得補償モデル対策について、全国各地で説明会が行われていると同時にJA段階では22年産の水田農業への取り組みに向けた集落座談会が開かれている。この戸別所得補償モデル対策は農業再生と自給率向上を実現する政策として期待されるが、現場の理解がなければそれは実現しない。
 今回はこの政策について問題点や今後めざすべき方向などを議論してもらったが、議論を通じて見えてきたのは、日本の水田農業の再生と農村の活性化に向け、食料安保や環境問題、国際貢献など大きな視点で構想することの必要性だった。新たな農政を国民が求める真の政策転換へと一歩進める――。これが現場にも力を与える。そのための国民合意づくりに向け、この座談会がそのきっかけになればと願う。(編集部)

戸別所得補償制度から
国家戦略を描く真の政策転換へ

◆農業所得を補償するというが……

JA全中専務・冨士重夫氏 阿部 来年度からモデル対策として始まる戸別所得補償制度は政権交代による農政転換の象徴と見られますが、基本的な考えがどこにあるのか、農家からすると今ひとつ分かりません。
 今日は新基本計画を検討している審議会企画部会長でもある鈴木先生とJA全中の冨士専務のご意見を伺って理解を深め、今後の政策を考えていくことができればと思っています。
 最初に鈴木先生からこの制度の要点をお聞かせいただけますか。
 鈴木 なぜ戸別所得補償制度が出てきたのか、この流れを大枠で捉えることが重要で、それはやはり現場の声が基本になっていると思います。
 07年に農政大転換と言われた品目横断対策が導入されましたが、現場では所得がどんどん下がり、これでは経営の見通しが立たないという課題が小規模農家だけではなく大規模農家も含めて出てきた。
 それは支援水準を決める基準収入の算定方法に、いわゆる「岩盤」の考え方がないからでした。市場価格が下がれば基準収入も下がるという算定方式になっているため農家の所得減は底なしになってしまう。これを何とかしないと苦しくなる一方だという声が強まった。
 もう一つの声は規模だけで担い手を決めるのは無理があるということ。規模拡大してコストダウンするのは重要な戦略だけれども、それ以外にもさまざまに経営努力されている方がいるわけですから、個別経営で4ha以上、集落営農で20ha以上という区分には無理があるという指摘は根強くあった。
 これらの課題を改善しようとするのがまさに戸別所得補償制度であって、所得を支える補てんの仕組みに「岩盤」の考え方をしっかり入れる、そして多様な担い手を対象とする、という現場での課題に応えるものとして出てきたというのが私の考え方です。
 阿部 全中はどう捉えていますか。
 冨士 所得減少に対する対策が手薄だったため、われわれは自民党政権時代から岩盤対策を求めてきました。また、対象農家の要件について小規模農家を切り捨てるのかと現場から批判があった。戸別所得補償制度はこうした点を補正する政策だとは思います。
 ただ、今度の政策は所得減少対策であるといっても、米価の下落は需給均衡の崩れや消費減退といった問題でも生じるわけで、需給調整対策、つまり主食用米の計画生産の面からこのモデル対策を検証することも必要です。すなわち、水田利活用自給力向上事業による麦、大豆や新規需要米の生産に対する交付金を計画生産とのリンクをはずすとした点や、結果として出る過剰米対策が不透明であり、そこは課題だということです。
 また、多様な担い手を政策対象にし小規模農家も対象にするのはいいことなのですが、それを米の所得政策で支援するのか、それとも多様な直接支払い、いわゆる農業の多面的な機能を根拠にした社会政策、農村政策としての直接支払いで支援するのか。今度の対策ではそこが混ざり合ってしまっているようなところがあって、本来は別々の対策として打ち立てるべきではないかとの考えも持っています。

(写真)JA全中専務・冨士重夫氏

 

◆生産調整は弾力化 出口対策が重要に


東京大大学院教授・鈴木宣弘氏 阿部 全中の捉え方のひとつは、この政策は生産調整の選択制という性格もあるため、どうかすると米価下落にもなりかねない懸念があるということですね。この点、鈴木先生は?
 鈴木 今回の対策では米の生産調整を弾力化する方向がはっきりしています。生産調整への取り組みはいわば組織の力にお願いするような部分をできるだけ減らし、経済的メリットで農家のみなさんが判断できるようにしようということですね。
 麦や大豆などを戦略作物と位置づけ、これを転作とは言わないといっていることからも分かるように、それらの生産については生産調整への参加と切り離し、これは自給率を上げるために重要な品目だから、それはそれで増産を支援するということです。
 しかも戦略作物については10aあたりの所得をできるかぎり主食用米と同等以上にすることによって、たくさんつくってもらおうという考え方が出されています。
 ただ、生産調整に参加するかしないか、現場での経営判断の柔軟性が高まるといっても、一方で、主食用米の生産数量目標を守った人のメリットは強化されたわけですね、岩盤対策というかたちで。
 したがって、その点を考えると主食用の生産数量目標を守るメリット、それからいわゆる転作作物を作ったときのメリットの両方があることになるわけで、結果的に主食用の過剰作付けが減る可能性もある。私は今回の政策によって必ずしも米価が下がる方向にいくとは考えません。
 むしろこれからしっかり戦略作物の所得を強化する方向が見えてくれば、たとえば九州では飼料用米をもっと増やすと聞いていますが、そういうかたちで全国的な適地適作が進んで主食用の過剰圧力は減ってくる。
 つまり、米は生産段階で数量調整するのではなく、むしろできるだけ作っていただき、一方では出口の部分で需給調整できるようにして主食用米の過剰圧力をどんどん減らしていく。最終的には、主食用米の生産数量目標配分をしなくても、各品目の対策をふまえて現場にいちばん合う作物を適地適作で選んでいただける姿が実現するのではないか。
 たしかに今の戸別所得補償制度がその方向をめざしているのか、そうでないのかははっきりしません。ただ、今後のひとつの方向が示されているとは思います。

(写真)東京大大学院教授・鈴木宣弘氏

 

◆検証すべき「岩盤対策」システム

検証すべき「岩盤対策」システム 阿部 目玉は岩盤対策が入ったというご指摘ですが、私はその水準が課題だと思います。今回の算定では家族労働費は8割算入ですね。しかし、生産費・所得補償という概念をベースにした岩盤対策であれば、やはりこれは100%算入が本当ではないでしょうか。その点についてはいかがお考えですか。
 冨士 私たちは岩盤対策として、また計画生産に対するメリット対策として米戸別所得補償が措置されたことには大きな意味があると思っています。
 しかし、水準にはたしかに問題があります。10a1万5000円とは1俵1700円程度の水準で、これがメリット感としてどれだけ働くのか。
 それから全体の仕組み方にも問題があります。
 この1万5000円は固定支払いで、価格が下がろう下がるまいが交付するということですね。そし、当年産の1月までの全国平均価格が、過去3年の全国平均価格にくらべて下回ったらその差額を変動部分として交付します、ということです。
 しかし、この変動部分の考え方は冒頭で鈴木先生が指摘されたように今までのナラシ対策と同じで、米価が下がっていけば補てん水準も下がることになります。つまり、岩盤対策といっても固定支払い部分との連動性はなく、実は切り離されている。
 だから、変動部分が支払われても米価が下がれば、そもそも岩盤として支えるべき水準との間に隙間が生まれてくることになります(上図参考)。これは経営所得対策の仕組みとしてはどうなのか。

 

◆閉塞感の払拭を本当に実現できるか?


前JAみやぎ登米組合長・阿部長壽氏 冨士 それからもうひとつ問題だと思っているのは、生産数量目標の達成とは、今までの米の需要見込みに基づいた計画生産とは違うということです。いわば1万5000円がもらえる生産枠の配分という位置づけに変わったと思います。
 それならばその配分の仕方も考えるべきです。
 つまり、われわれが岩盤対策を求めてきたのは、食管制度から食糧法に移行し国が需給調整から手を引いたからです。生産調整は生産者・生産者団体主体でするとした。そこに現場から不満が出てきたわけです。
 それを切り換え、今度は岩盤対策を受けられる生産枠の配分、という考え方にするのであれば、やはり国、県、市町村がこれまでの経過をふまえて責任を持って公平で適正に配分していくことが必要になる。しかし、たとえば秋田県の問題にみられるようにこれまで生産調整を実施してきた人が馬鹿を見るような問題が起きているなど、非常に乱暴だと思います。位置づけが変わったにも関わらず配慮がないというのでは現場から不満が出てくる。
 阿部 鈴木先生はいかがですか。
 鈴木 経済メリットで動くようにするということは、その都度メリットがあるかどうかを判断するということですから、これまでのペナルティを一度ご破算にするとともに、次年度にも持ち越さない、という考えだということでしょう。
 生産調整をめぐる今までのいきさつはあるが、実施してきた人も実施してこなかった人もみんなが一応プラスになれば、ここで一回よしとしようではないかということだと思います。ただ、今まで実施してこなかった人が参加するために、実施してきた人にしわ寄せが行ってしまうということになると、考えていたことと違うということになる。
 そこが整理できるような方策が考えられていないと、不公平感をなくそうとしたのに逆に引きずってしまうということになると思います。
 阿部 結局、生産調整は継続していくわけですから、そのやり方の問題なんです。今現場でいちばん問題になっているのは不公平感ですよ。集落では、あの人は今まで全然協力してこなかったということは分かっているわけですから。そういう不公平感が秋田県で大きく顕在化した。これはこれからの生産調整を進めていくうえで大きな問題になると思います。

(写真)前JAみやぎ登米組合長・阿部長壽氏

 

◆求められる現場の混乱回避


新基本計画策定に向けた審議会も10月に再開された。あいさつするのは郡司副大臣 阿部 しかし、同時に農家の間では、生産調整は今度は選択制だ、ということが一人歩きしています。ただ、岩盤対策、戸別所得補償制度の対象になるには生産調整に参加しなければならないということでしょう? では一人歩きしている選択制とはどういうことか。そこが農家が理解しにくいところなんです。
 鈴木 今度の政策は、生産調整に参加するかどうかを自分で決めてください、選択できます、を原則にするのだと思います。今までは組織で一緒に生産調整に取り組みましょうということになっていたかと思いますが、経済的メリットを強化したので個々で選んでください、その柔軟性は高まる仕組みにします、ということだと思います。
 阿部 そうすると結局、経済的メリットの問題に戻り、岩盤対策と水田利活用自給力向上事業の水準の問題になるのではないでしょうか。
 冨士 水準だけでなく、飼料用や米粉用の米生産と、主食用生産との関係がきちんと考えられているのかも問題です。
 要は主食用の計画生産は必要で不可欠なものだという理解はあっても、転作率が4割にもなるとそれをどうこなすか、農村には閉塞感が出てくる。そこを今度は米粉用や飼料用という稲で転作するんだということになったわけですね。ただし、大きな価格差があるから、主食用並みの所得確保を図るために10a8万円という助成水準になった。ここはわれわれも大賛成です。
 しかし、米粉用や飼料用米は主食用の計画生産を達成する現場の取り組みに対応するためのものなのに、モデル対策では計画生産とのリンクをはずしてしまった。さらに麦・大豆についてもそうした。これはいかにも中途半端です。
 というのは、水田・畑作経営安定対策の固定支払い部分は継続されるわけで、その支払いは主食用の計画生産が要件として残っているからです。一方、リンクをはずした水田利活用自給力向上事業部分の麦・大豆支援は10a3.5万円と水準を下げてしまった。
 だから、まともに麦・大豆を生産しようとするなら、主食用米の計画生産をし、継続する固定支払い部分ももらわなければやっていけないはずです。それならなぜ計画生産とのリンクをはずすのか、非常にやり方が中途半端だと思いますよ。
 阿部 現場では今のような問題がきちんと理解されていないから、大変混乱しています。
 言ってみれば今度の政策転換は政策的な転換ではなく、政治的転換みたいなものであって、今までの政策を全面否定しようというところがあるのではないか。品目横断対策でも農家にとってプラスになる面はあったわけです。ところがそれを全部切ってしまい水準が下がった。集団転作に取り組んでいるグループや集落営農組織にとってはそこが大きなショックなんです。

(写真)
新基本計画策定に向けた審議会も10月に再開された。あいさつするのは郡司副大臣

 

◆担い手選別政策は本当に転換するのか?


 阿部 今度は担い手についてですが、本当に選別政策から切り替わったのかどうかということも現場では感じています。
 鈴木 すべての農家に可能性があるし、戦略も多様ですから、最低限の所得についてはすべての農家に提供できるようにして、それをベースに工夫し、いろいろな経営スタイルで努力してください、ということだろうと思います。ベースとしての支えはすべての農家に平等にあるべきではないか、という考え方はたしかにあると思います。
 ただ、そういう思想に結果的になっているかいえば、交付金の算定は全国一律であり、それは標準的な経営を考えてのことです。
 先ほど議論になった岩盤対策としての水準論とも関わるわけですが、今回の10a1.5万円の算定根拠となった標準的な経営に達していない農家は3分の2になります。ですから理念的にはすべての農家が対象だけれども、今回の交付金水準が自分の経営にとって意味のある方がどれだけおられるのか。
 そう考えると、結局、かなり対象は絞っていると。むしろコストを下げてできるだけ高く売るという努力が報われるシステムなのであって、すべての農家の最低限のベースを確保するという意味合いになっているかどうか、そこは議論になるところではないかと思います。
 阿部 冨士専務、この問題は農協運動論の根幹にも関わることだと思います。組合員は規模拡大路線の専業農家だけではなく兼業農家も小規模農家も全部含めて農協に結集し生きる道を探っているわけですから。
 自然という絶対的な条件があって、いくら資本を投下しても生産性向上には限界があるのが農業だと思います。しかし、それを無視して市場経済主義、規模拡大論一辺倒できた。これは農村の地域社会には合わない政策で、だから地域農業とちぐはぐになり、規模拡大農家との対立があったりする。
 そういうことを考えると地域の活性化と、多様な農業を展開して自給率を向上させようというのであれば、やはり担い手像をもう一度見直す必要があると思いますが。

【座談会】「食料、環境、エネルギーを視野に新たな農業像を構想しよう」



後半に続く

(2010.03.05)