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JA全中 冨士重夫専務に聞く「新基本計画とJAグループの課題」

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【インタビュー】「新基本計画とJAグループの課題」 JA全中 冨士重夫専務に聞く

・需給と価格の安定策が不可欠
・野菜、果樹、畜産も生産拡大が必要
・「関税」を適切に維持する姿勢も示すべき
・戸別所得補償制度の問題点はどこか?
・5月から組織協議スタート

 10年後の食料自給率をカロリーベースで50%とすることを目標にした新基本計画が策定した。実現に向けた政策の柱は戸別所得補償制度、6次産業化などである。今回は新基本計画とJAグループの課題についてJA全中の冨士重夫専務に聞いた。

農業所得の目標、不可欠


◆需給と価格の安定策が不可欠


JA全中 冨士重夫専務 ――まずは新基本計画の全体的評価をお聞かせください。
 「まえがき」には、たとえば、食料・農業・農村戦略を「日本の国家戦略の一つとして位置づける」ことが盛り込まれているし、多面的機能についても「農業・農村が有する固有の価値はお金で買うことのできないものである」と明記されています。そのうえで「国民全体で農業・農村を支える社会の創造をめざすことが必要である」と、食料・農業・農村についての理念がまさにすばらしく整理されている。
 しかし、個々の政策の方向性、具体的な内容は不明確。「検討する」という言葉も多く、はっきりした政策イメージを明示しきれていないのが印象です。
 ――今後、とくに課題とすべき点はどこでしょうか。
 1つめは農業所得目標です。
 自給率目標のカロリーベース50%、生産額ベース70%は異論はありません。しかし、われわれがそのバックボーンとして求めてきた農業所得の目標設定はされなかった。ここは残念です。
 今後、自給率向上のための工程表作成など政策の詳細を詰めていくなかでぜひとも示してもらいたい。3兆2000億円まで落ち込んだ農業所得の拡大目標を分かりやすく設定する。そのためには需給と価格の安定を図り、価格を下げないことも大事です。
 6次産業化により付加価値を高め所得を保障していくことも政策の柱としていますが、どうも個々の農家の6次産業化が強くイメージされているようです。しかも政府支援の中身は無担保、無利子の融資だけではないか。それだけで6次産業化できるか疑問だし、そもそも個々の農家で施設を導入して経営できるのは非常に限られる。
 むしろ産地という単位で結集して取り組むべきで、そのなかに農協や集落営農組織、生産法人も入っているという組み合わせがなくては。また、この品目ではこのような加工、販売をしていく?という絵姿を示し、それとセットで所得目標を設定し、政策的な裏づけをもって進めていくということを明示してほしかったと思います。

 

◆野菜、果樹、畜産も生産拡大が必要


 2つめは生産数量目標です。穀物については自給率向上のために飼料用米、大豆、麦などを意欲的に設定しましたが、農家所得を拡大するには野菜、果樹、畜産、酪農の生産拡大も必要です。しかし、これらについては現行とほぼ同じ目標。とくにこれらの品目では加工分野が輸入品にシェアを奪われているわけだから、その部分に様々な支援をしながらシェアを奪還していく姿のひとつとして、生産目標を拡大するというメッセージを出すべきでした。
 3つめは戸別所得補償を実施するといいますが、米以外にはどう導入していくのか、その方向性がほとんど示されていないことです。
 たとえば、畑作の麦・大豆は現行の水田・畑作経営安定対策との関係はどうするのか。面積支払いと数量支払いをどうするか。また、これは対象が担い手ですが、戸別所得補償制度は全販売農家。そこをどう整理するのかなどです。
 畜産・酪農には導入するとしていますが、問題なのは野菜と果樹です。ここには導入しないで新たな政策を考えるのかどうか、収入保険という案も出ましたが、もともと経営所得安定対策がなかったり薄かったりする分野ですから、どんな経営安定対策を行うのか方向性は示すべきだった。

 

◆「関税」を適切に維持する姿勢も示すべき


 4つめは戸別所得補償制度の導入が全面に出ていて品目ごとの需給と価格安定の視点がないこと。
 その代表が米です。米の需給調整については、食糧法を改正し国が主体となって取り組むなどの計画生産の位置づけもなく、政府備蓄についても、政府米の売買によって需給と価格安定を図るという方針を盛り込もうと思えばできたはずです。しかし、それはない。過剰対策、豊作対策がまったくないのは残念です。
 5つめは構造政策の点です。基本は意欲ある多様な経営体を支えていくという方向ですが、あらゆる農家を対象にするというのは政策支援の1階部分であって、2階部分として集落営農の組織化や専業農家の法人化、担い手への農地利用集積といったことを誘導していく政策の方向がありません。
 6つめは、環境支払いです。これは農地・水・環境保全対策や中山間地域直接支払い制度とどう整理するのか。まったく新しい制度を考えているのか、既存の政策を組み換えていくのか。内容、水準などについてもっとイメージを打ち出さないと期待感も出ません。
 そして最後に適切な関税は維持するといった国境措置のあり方についての姿勢も示されていない点です。FTA・EPAを推進するとしている。だから、これによって価格が下がっても、戸別所得補償があるから、「国内農業・農村の振興等を損なうことは行わない」と読める。適切な国境措置は守るという前提に立つという整理がされていないために不安が残るということです。

 

◆戸別所得補償制度の問題点はどこか?


 ――戸別所得補償制度が新たな農政の柱ですが、問題点はどこにあると考えですか。
 これは農業の多面的機能に着目して実施すると言っていますが、制度としては販売価格と生産費の差を埋めるという不足払い的な発想で計算して交付するわけです。だから、作物に立脚した所得対策なのか、多面的機能に着目した直接支払いなのか、あいまいだということです。
 もし多面的機能に着目した直接支払いということであれば、野菜や果樹も対象になるはずですよ。そのうえで水田、畑、あるいは中山間地域、平場へのそれぞれの単価を決めて支払いを考えればいい。
 しかし、実際は作物に立脚した政策だからと、野菜や果樹には戸別所得補償は導入しないという。言っていることと実際が未整合だということです。
 6次産業化法案のなかでも農業生産の付加価値を高めるといっておきながら、農村集落の再生に役立てるという方向もあるし、さらに環境支払いまで出てくる。結局、戸別所得補償制度のなかで整理しきれていないからこうしたことになると思いますね。そこはきちっと考えるべきだと思います。

 

◆5月から組織協議スタート


 ――今後の取り組みについてお聞かせください。
 戸別所得補償制度を実施すればあとは市場に任せればいいということではないと思います。市場シグナルに応じて自由に生産すればいいという作物もあるでしょうが、米や酪農、果樹などは政策支援をともなったかたちでの需給と価格の安定を図らなければなりません。こうした対策をとらないことは、国民にとっても不利益になることだと思います。
 当面のわれわれの課題としても、米の需給調整対策、備蓄対策をしっかり講じるよう求めていくことが重要になると考えています。
 今後は5月のJA全中理事会で、米、畜産・酪農、果樹・野菜といった作物ごとの経営安定対策はこうあるべきだという政策提案のための組織協議案をまとめます。ここには税制や規制緩和問題も含めます。
 これを組織で協議し、6月に正式に固めます。参議院選挙に向けた各政党のマニフェストにも発信できる日程です。
 ――ありがとうございました。

(2010.04.09)