特集

地域の絆と命とくらしを守るため 新たな協同のあり方を探る

一覧に戻る

【対談】協同組合と「社会的共通資本」 その原点を考える  東京大学名誉教授(2012年国際協同組合年全国実行委員会名誉顧問)・宇沢弘文氏---全農代表理事専務・加藤一郎氏

・嵐の中の教育80年
・大事なことを過去から受け継ぐ
・わが国そのものが巨大な淡水化装置
・農家倒産への法制度確立を

 国際協同組合年に向け、まず「教育」の歴史が語られた。その中で宇沢氏は農政の基本的な誤りなどを批判。加藤氏は米価低落をめぐって産業政策ではなく社会政策が必要ではないかなど数々の提起をした。そして社会的共通資本を守る中心的な組織はやはり協同的な組織であるとの締めくくりとなった。

◆嵐の中の教育80年


東京大学名誉教授(2012年国際協同組合年全国実行委員会名誉顧問)・宇沢弘文氏 加藤 宇沢さんは最近、JAトップ層の集まりで講演し、社会的共通資本として教育制度を挙げられました。きょうの対談は教育の重要性をめぐる話から始めたいと思います。
 私は1980年前半、米国駐在時に南フロリダ大学のマーク・T・オワさんという教授と知り合い、昨年亡くなられるまで懇意にさせていただきました。氏は戦争直後に青年将校として来日し、連合国最高司令部(GHQ)で、日本の教育制度改革に当たった方です。私はその思い出話をよく聞かされました。
 マッカーサー最高司令官は占領政策として日本のキリスト教化と国語の英語化を望みましたが、オワさんは日本側の安倍能成文部大臣と一緒に反対し、そんなことは日本人自身が決めることだとマッカーサーを説得しました。
 国語は一国の文化そのものであると思います。私達は先達の方々の必死の努力の歴史を忘れかけてきています。宇沢さんはどのように考えますか。
 宇沢 戦争中、私は旧制の第一高等学校の生徒でした。1945年に敗戦となった時はほんとにうれしかったですね。戦争がもう1年続いたら確実に兵隊にとられていたところでした。
 でもね。米国の占領は過酷でした。焼け残った目ぼしい建物は「占領目的に使う」として取り上げ、住民は3日以内に出ていけという。こんな占領は多分ほかにはなかったと思います。
 1946年にGHQは教育制度改革に向け、米国から教育調査団を呼びました。
 加藤 その時の文相が安倍先生ですね。
 宇沢 そうです。先生は調査団の歓迎会で「戦争中に日本がやった一番悪いことは被占領国の歴史や文化、社会を無視して日本の制度を押し付けたことだ。あなたがたは同じ罪を犯さないでほしい」とあいさつしました。調査団はこれに感動し、会場には大きな拍手が続きました。団長は実は米国の生んだ偉大な哲学者、教育者であるジョン・デューイの弟子でした。
 加藤 その会場にオワさんもいたはずです。


◆大事なことを過去から受け継ぐ


全農代表理事専務・加藤一郎氏 宇沢 デューイの教育理念はリベラリズムです。それは1人ひとりの人間的な尊厳を守り、魂の自立を支えて、市民的権利が最大限に享受できるような社会を目指すという理念です。
 その理念はデューイより50歳ほど年上の福沢諭吉が原点だと思います。諭吉が亡くなった確か翌年にデューイは『民主主義と教育』を著わしています。そこでは諭吉の言動がそのまま思想的な体系になっています。 デューイの志を深く継いだ石橋湛山元首相の師は田中王道という哲学者です。彼はシカゴ大学に留学してデューイから直接教えを受けています。
 加藤 宇沢さんはなぜ、社会的共通資本の概念に行きついたのか、お聞かせ下さい。
 宇沢 私は一高時代に医学部へ進むクラスにいました。古代ギリシャの医聖ヒポクラテスの全集を読みましたが「人生は短く芸術は長し」という言葉の意味がわからなかった。医術の本なのに、なぜ芸術(アート)を語るのか疑問でした。
 後になって「アート」は医術の意味だとわかりました。人の命は短いが、それを救う医術は師から子どもや弟子に受け継がれて将来につながり、永遠の命を持つというわけです。
 このことは社会的共通資本の原点の1つです。しかし経済学では、大事なものを過去から受け継ぐといった考え方をどうも馬鹿にしてしまうのですね。
 加藤 それは農業についてもいえますね。
 宇沢 私は「農業」という言葉に抵抗がある。工業と同じみたいで。だから「農の道」とか「農の営み」とでもいいたい。工業と違って農業には自然を壊してはいけないという掟みたいなものがあります。自然の摂理に従って農を営んでいるからです。歴史から学ぶことは重要なことです。


◆わが国そのものが巨大な淡水化装置


 加藤 私は先日、日中韓FTA(自由貿易協定)産官学共同研究の農業側委員として東京会議に参加しました。中韓両国は自動車に輸入関税をかけていますが、日本は無税であるため日本の業界は両国に関税撤廃を説き、韓国側はそれに反論しました。私はその時、こうした自動車の議論と農業問題を同じ土俵に乗せてよいのだろうかと疑問をもちました。
 この会議で、私はこう主張しました。
 日本は水資源の豊富さと良質さでは北半球では類をみない。春から秋にかけては偏西風によって太平洋からの雨が、冬には日本海からの雪が積もって日本列島を巨大な海水の淡水化装置としている。その機能を可能にならしめているのが森と水田の保水機能であり、炊飯に最も適した軟水を循環的に生む。これらはいずれ中韓にとってもいずれ社会的共通資本になる―という論旨です。
 宇沢 「水の営み」と言えますね。「農の営み」「水の営み」は社会的共通資本です。硬水と炊飯はあいません。もちろん自動車と農業を並列に論じることは無理です。話題は少しずれますが、私は、その国の人口の何割かは農山村に定住して農の営みに関われるように定住者には年金を支給すればよいと主張してきました。文化功労者には年金が出ているのだから、それに習えばよいのです。


◆農家倒産への法制度確立を


 加藤 大きな問題としては、農の営みでは生活できないことがあります。例えば米価下落に対しては産業政策でなく社会政策が必要ではないか。これはJAグループだけでは解決できない問題です。
 また農家には稲作が赤字になると分かっていても、よそで稼いできたカネを先祖伝来の田んぼに投入するという遺伝子があると思います。他の産業では考えられないことです。これは田を荒らすと周囲が困るというコミュニティの問題ともからみます。しかし、国は規模拡大に向けて、担い手等への農地集積支援を続けており、これに伴って大きな投資も生まれます。今までは兼業農家の倒産はありませんでしたが、今後は大規模稲作専業農家の倒産の可能性は高まります。しかし、わが国の法制度は農業倒産について、不備な面が多々あります。また、倒産は漁業者のほうが多いが、自殺者は農業者が多いという問題があります。漁業者は倒産しても、よその漁場などで再起できますが、農業者は借金や農地などでも地域社会に深く組み込まれ、身動きが取れないのです。
 弁護士会も司法過疎地に対する支援措置として、公設事務所を設置しましたが、農業に精通した弁護士は極めて少ないのが現状です。私は桐蔭横浜法科大学院教授の中島弁護士と「農業経営法務研究会」を立ち上げました。農業と法律の関係者の有志が一同に会して、農業問題に対してあるべき法制度はどうあるべきかと討議しております。米国の倒産法12章は参考になります。
 農業、農村といった「農の営み」。この社会的共通資本をどう守るかは農業者だけでは限界があります。
 宇沢 良い取り組みだと思います。近代的な法体系はすべて個人が責任を持ち、いわゆるコモンズ的なものは否定されてきました。しかし人間は1人では生きていけない。現在の農業は収入が安定していない。これでは農村で生きることを若者に勧めることはできない。政府にやってほしいのは、農村に生きるということが経済的にも社会的にも文化的にも最高の価値があるということを言えるような条件作りです。市場原理主義の分業とは真っ向から対立することです。もうひとつ大事なことは、社会的共通資本という時に、それを守る中心的な組織はやはり協同的な組織です。コミュニティとか職業的集団が社会的共通資本を協同的に守って維持していくわけです。新たな協同組合運動の展開に心から期待しています。私は2012年国際協同組合年全国実行委員会の特別顧問に就任しました。この取り組みをつうじて、協同組合運動が国民に幅広く理解されることを期待しています。
 加藤 堅い話が続きました。余り知られない宇沢さんとお酒にまつわる話でもいかがですか。
 宇沢 お酒が好きになったのは旧制中学校4年生の時です。東京の家が空襲で焼けたので鳥取の山奥のお寺に預けられていましてね。そこの和尚さんのお相伴で酒のうまさを知ったのです。
 加藤 お坊さんに手ほどきされるとは珍しい…
 宇沢 曹洞宗でしたが、一献傾けながらの和尚さんの法話は身に沁みました。 加藤 宇沢さんは、テレビは見られますか。
 宇沢 テレビは性に合いません。やはり読書です。
 加藤 ルパング島で30年間孤独な戦いをした小野田寛郎さん他、お年を重ねられても、聡明な頭脳を保ち続ける方には共通点があるようです。テレビは受動的になり、頭の退化に繋がるそうです。読書は頭を能動的にさせるとのこと。読書の秋。しっかり読書をしましょう。
(終わり)

社会的共通資本とは「1つの国ないし特定の地域がゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置」をいう。

【対談】協同組合と「社会的共通資本」 その原点を考える

対談を終えて

 農協協会から宇沢弘文氏との対談を依頼された時は正直いって動揺した。学生時代から宇沢氏は「本」の世界に存在する雲上人。対談の会場は、氏のご自宅とのこと。玄関前に立った時は緊張した。書斎に入いると、氏はなんとご自分で焼酎などご準備。恐縮至極。対談はなんと四時間を超えた。対談と云うより、ご講義だったかもしれない。氏は数学者から、近代経済学者に転じ、社会的共通資本を中心に据えた人間の心を大切にする経済学の構築に邁進する。その心意気は止めを知らない。お話は、ケインズ、サミェルソンから始まり、教育論、地球の温暖化など環境論、旧制高校の良き思い出、女性論などにわたり紙面不足に陥った。編集者もさぞ苦労されたと思う。氏のお話には氏の思想を次世代につなげたいとの思いを感じ、その重みと、白いお髭の軽やかさとのアンバランスに転びそうな対談だった。
(全農代表理事専務 加藤一郎)

(2010.10.08)