特集

【地域の絆といのちと暮らしを守るために 新たな協同のあり方を探る】
市場原理主義の行き着く先【2】

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ジャーナリスト・堤 未果さんに聞く  貧困大国アメリカで今、起きていること

・ジャンクフードでも死にはしない!?
・学校給食も利益の標的
・教育でも民営化レース!?
・「個」を「数」にする社会
・結託強める政治と企業

 米国には1960年代から貧困層に食料交換クーポン券を配布する「フードスタンプ」という食料費補助政策があるほか、学校給食にも「無料―割引給食プログラム」がある。これらは同国が食料・農業を重視している姿勢を示すものとの受け止め方もある。
 しかし、『ルポ貧困大国アメリカ』で堤さんが描いたのは、市場原理の導入で食ビジネスに参入し利益を上げようとジャンクフードを大量に提供する巨大企業と、それによる肥満児童の急増、医療費の増大、そして格差拡大の悪循環という姿だった。
 堤さんは「いのち、暮らし、教育といった人間の根幹が『市場化』されたとき、一体どうなるのか、私たちは考えるべきです」と話す。市場原理主義の行き着く先、を聞いた。

「オバマを動かせ!」

◆ジャンクフードでも死にはしない!?

 

ジャーナリスト・堤 未果さんに ――最初にフードスタンプ制度の実態からお聞かせいただけますか。
 アメリカは今、史上最大に格差が広がってしまったこともありフードスタンプはまさに生命線です。新規申請者が一日2万人のペースで増えています。フードスタンプ自体はやはり考え方がキリスト教ベースいうこともあり、困っている人への福祉政策としてとても支持されています。
 しかし、この制度は人間にとって食とはどういう意味があるかを考えてのものではなく、ぎりぎりのところで飢え死にはさせないようにという政策です。予算もかなり絞られている。
 するとたとえば4人家族で1か月平均100ドル(約1万円)のフードスタンプをもらい、さあ1か月の食事をまかなおうと思ったとき、どうなるか。多くの家庭ではできるだけ安く、調味料も調理器具もいらない、栄養の知識がなくても作れて少量でお腹がいっぱいになるもの、ということになる。
 そうすると当然インスタント食品が中心になりますから、それを99セントストアで買ってくる。99セントストアや大手ディスカウントフードショップが潤っていくわけですが、そういった企業はたとえば、途上国で大量生産した安い農産物を原料に添加物などをたっぷり入れることで食品を安く市場に出している。
 99セントストアが出てきたときには、よかったね、これで貧しい人たちも人並みの食事ができるね、とアメリカでも言われたのを覚えています。しかし、実は安売りストアがたくさん出てくるということは食の質も文化もやせ細り、アメリカ国内の農業もやせ細っていくということ、結局、「食も職も」なくなってしまうことに気がつかなかった。
 安ければ安いほどいいんだという安価信奉が、90年代に起きた「外注革命」を加速させて、本当にひどいことになってしまったのだと思います。

 


◆学校給食も利益の標的


 なぜそうなったか? 一言でいえば、食も含めた子育て、医療、教育、雇用など国の根幹を、政府が責任を持つ代わりに市場化してしまったからです。
 かつて中流層がしっかりしていた「よきアメリカ」の時代には税金を社会保障として還元するという考え方を、当時はソ連に対抗するという政治的な意味からも大事にしていた。ところが、ソ連が崩壊しナンバーワンになったとき、世界で力を持つにはやはり大企業の国際力だと、法人税を下げ社会福祉を切り捨てた。
 大企業を大事にするのは市場化を進めることと同義語ですから、競争力をつけるために、たとえば食であればいちばん効率よく利益を出すために人件費とクォリティが削られる。
 ですからフードスタンプとは「食べ物は心と体をつくるとても大事なもので人間の基礎であり国にとっては財産なんだ」という考え方が前提にあっての政策ではなく、市場化の加速とともに「貧困肥満」を増大させています。いまアメリカ人の死因の第2位である「肥満」は医療費をどんどん押し上げ、年間6万人が死亡しています。フードスタンプはこうして間接的に社会問題を深刻化させる制度と化しているのです。
 食の市場化はフードスタンプだけでなく子どもたちの学校給食にもじわじわと浸透しています。
 アメリカでもかつて学校で自前で給食をつくっていたんです。ところが国が教育予算をどんどん削っていったためにできなくなった。経営が苦しい学校に、待ってましたとばかりにピザハットなどのファストフード企業が「ウチと契約すれば大量に安く給食を提供できますよ」と近づいてくる。それで給食のコストだけでなく質がどんどん低下しました。保育園まで契約していて離乳食が終わったばかりの子どもがピザを食べています。
 国民の心と体の健康は財産だという考え方を、国は放棄したということです。みなさん、どうぞご自由に。大企業さん、どうぞマーケットに、と。

 


◆教育でも民営化レース!?

 

 最近、アメリカ法務省は史上最悪の貧困率だと、とうとう発表しました。本当に貧困大国になったと政府が公式に認めたということですね。大人の失業率は実質20%ですから、フードスタンプをもらう人は史上最高の5000万人近くになっています。07年は約2800万人でしたから異常な増え方です。
 一方で大統領夫人、ミシェル・オバマは新しく肥満児対策のキャンペーンを始めました。栄養を考えた食事を、そして、もっと体を動かそうよ、と。
 ところが、今、アメリカは教育を市場化しています。日本ではあまり報道されていませんが、すべての自治体が赤字なので大統領は賞金をエサに州に教育民営化レースをさせている。
 これは、たとえばテストの点数を上げるため、関係ないムダな教科は廃止するといったまさに市場原理でアイデアを競争させ、これにそった政策を成立させた州が賞金を獲得するというレースです。赤字の公立学校をつぶしてできるだけ民営に変えていくという条件に教育現場は悲鳴をあげて反対していますが、不況のうえ国が教育予算をどんどん切っているために州に選択肢はなく、立て直すにはこの賞金を狙うしかない。
 そうするとどうなるか? 競争強化の中でテストに関係ない体育の授業が減らされる、もしくはなくなっていくわけですよ。運動しないからジャンクフードを食べている子どもたちの肥満をさらに深刻化させる。 そもそも政府が公教育予算を切り民営化を進めたところから、給食のジャンクフード化も子どもの肥満も始まっているのに、大統領夫人は食品業界にもっと栄養表示をして塩分を減らせとよびかけ、こどもたちにはもっと体を動かしましょうというキャンペーンをやる(笑)。こういう非常に矛盾したことが起きているわけです。
 アメリカはブレーキが壊れた市場原理主義が暴走しているのです。取材していて思うのは、市場化、日本で言う民営化ですが、これは一度やってしまうと勝手に動き出し、自分で加速していくということです。どこまでも効率良く、どこまでも利益を上げるように走り出し、終わりがありません。

 


◆「個」を「数」にする社会

 


 ――ルポ第二弾では「刑務所という名の巨大労働市場」というショッキングなレポートがありますが、まさに象徴ですね。
 「刑務所ビジネス」を取材した時、ああこれが市場原理主義による労働市場の最終完成形だ、と確信しました。国内の非正規労働力よりももっと安くと、最初はインドなどの労働者を使ったけれども、インドの労働者だって月800ドルかかる。そこでもっと安い時給はないかと考えたら、灯台もと暗し、刑務所にいる受刑者に働かせることだった、というわけです。
 ところでアメリカは「テロとの戦争」をしていますが、実際は敵がいるようで見えないわけですからテロリストの最後の1人がいなくなるまでずっと戦争状態にしておけるわけですね。国はそれを最優先するという名目で教育、労働、医療などは後回しにできる。
 これを後押しするのが「愛国者法」という法律ですが、テロリストから国民の安全を守るといいながら自国民を監視している。これは市場化を邪魔させないためです。市場化とは国民を分断することですから。それに対してものが言えないようにするためには、まずはテロの恐怖で押さえつけるということをやった。
 そして、それに対しておかしいと人々がまとまって声を上げた労働組合や協同組合的な組織は次々にターゲットになりました。
 つまり、仮想敵を作り恐怖で人々を押さえつけつつ、実は市場化を邪魔しないよう個人をバラバラにしておく政策も進めてきた。
 わかりやすい例をあげましょう。社会の治安を守るという名目で導入された「スリーストライク法」というのがあります。これは前科が何かに関わらず3度目の有罪で終身刑になるという法律。これで受刑者が増えるから刑務所の安い労働力も増え企業は競争力を保つ――。こういう構造になっているわけです。
 今、不穏な気配を感じさせたらそれだけでみんな捕まりかねない。警官にもノルマがあるから。ここまで市場原理主義の徹底です。
 「市場化」からわかることは、市場化の下では国民が名前や顔、それぞれの歴史、家族、夢、などを持った一人ひとりの「個」ではなくて、「数」になってしまうんですね。あるいは「消費者」とか「モノ」になる。
 これに対してヨーロッパなどでは国民を市民として見ている。市民は権利を持った個です。今、世界が2つに分かれていて、では日本はどっちを選ぶのか? という岐路に立っていると思います。
 そのとき「個」にとって非常に大事なファクターに「食」がある。だから農協のみなさんは、国の未来にとっての「食」の意味を投げかける存在として大きな使命をもっていらっしゃると思います。なぜなら、食とは一体国にとって何なのか、ということが今ほど強く問われた時代はなかったように思うからです。食やエネルギーを他国に依存してしまうと絶対的に弱い立場になります。
 だから自給率を上げることはあらゆる面で日本が対等になる必要不可欠なことだと思います。

 


◆結託強める政治と企業


 ――日本に先駆けたアメリカの政権交代には期待も高かったと思いますが。
 「チェンジ」をかかげた選挙は、本当に期待が高かったです。けれどあれから1年がたち、いまアメリカの市民で起きているのは「ムーブ・オバマ」の運動です。オバマが大統領になって全てうまくいくかと思ったらその逆で、貧困率は急上昇し戦争は拡大し教育はさらに競争が強化され、格差はついに史上最大になってしまった。

◆ ◆ ◆

 国民はハッと気がついたのです。素敵なリーダーに丸投げして終わりではなく、もっと1人ひとりが社会がどうなっているのかきちんと知って、リーダーを動かしていかなければならなかったことに。
 たとえばオバマ大統領誕生は「黒人がなった=誰でも大統領になれる時代が来た!」とどこでも言われましたが、本当は巨額の選挙資金が必要で、やはり大企業から献金を受けたほうが当選しやすくなるという構造になっていることを証明した選挙でした。
 今年の1月、アメリカの最高裁判所は選挙の献金に国境をなくすことを認めました。つまり、この先の選挙ではたとえばサウジアラビアの大金持ちが献金できて、アメリカの軍事でも農業政策でも動かせるのです。献金額の上限も撤廃しました。ますます企業が政治と結託し市民の声は届きにくくなる。ほとんど日本では報道されていませんが実に恐ろしいことです。
 これを国民が知っているのと知らないのとでは絶対未来は違ってくる。
 ムーブ・オバマとはオバマが大統領になったからもう大丈夫だということではなく、まず社会の構造をしっかり見よう、選挙のあともずっと監視し続ける、政治で何が起きているのか情報を自分でつかんでいくということです。これはアメリカの後を追うように政権交代をし、1年たって同じように「あれ? おかしいな」という声がそこかしこで上がっている日本の私たちにとっても他人事ではない話ですね。
 アメリカでは「気づき」が始まっています。やはり民主主義というのはメンテナンスがいるしくみだとつくづく思います。「食」を通して社会を見ると本当に沢山の箇所に矛盾がみえるからです。日本も今まさに、メンテナンスをするいい機会ではないかと思います。

オバマになれば「チェンジ」と思ったが……。(「9.11」追悼式、ホワイトハウスHPより)


(写真)オバマになれば「チェンジ」と思ったが……。(「9.11」追悼式、ホワイトハウスHPより)

 


PROFILE
つつみ・みか
東京都生まれ。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士課程修了。国連婦人開発基金(UNIFEM)などを経て米国野村證券に勤務中に9.11同時多発テロに遭遇。以後ジャーナリストに。「ルポ・貧困大国アメリカ」(岩波新書)(08年日本エッセイストクラブ賞受賞等)。近く「アメリカ弱者革命」(新潮文庫)「もうひとつの核なき世界」(小学館)刊行予定。

(2010.10.15)