特集

明日の日本農業を切り拓くために
インタビュー
シンジェンタジャパン(株)代表取締役社長 村田 興文 氏
聞き手 谷口信和(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)

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総合農協の力を発揮し強い日本農業を  インタビュー村田 興文氏(シンジェンタ ジャパン(株)代表取締役社長)

 シンジェンタ社は、農薬や種子を中心とした農業関連企業として世界的に事業展開している。「植物のちからを暮らしのなかに」を企業目的に気候条件などが異なる国々での多様な農業によって培われてきた同社の知識と技術は日本農業にとっても有益だといえる。そこで昨年11月、シンジェンタジャパン(株)の代表取締役社長に就任された村田興文氏に、グローバルな視点からこれからの日本農業に必要なものを聞いた。聞き手は谷口信和東京大学大学院教授にお願いした。

グローバルな視点から考える 
限られた国土 有効な活用を


◆世界90カ国以上で事業を展開

村田 興文氏(シンジェンタ ジャパン(株)代表取締役社長) ――まず、御社の設立の経過についてお聞かせください。
 村田 私たちの業界は、長い歴史の中でいろいろな会社が合併をして今日に至っています。シンジェンタは、世界では2000年11月にゼネカ・アグロケミカルズとノバルティス・アグリビジネスの2社が合併して誕生しました。日本では2001年7月にゼネカとノバルティス・アグロが合併して、シンジェンタジャパンが誕生しました。同年10月に、ノバルティス・アグロが出資していた農薬会社トモノアグリカを統合しました。今年7月には、姉妹会社のシンジェンタシードという種子会社との合併を完了し現在のわが社があります。
 ――世界何カ国で事業展開していますか。
 村田 「植物のちからを暮らしのなかに」を企業目的に、気候風土や食文化の異なる90カ国以上で2万5000人が働いています。
 ――現在の主な事業部門はどうなっていますか。
 村田 私どもではクロップ・プロテクションといっている農薬事業、種子事業そして花卉や芝などのローン&ガーデン事業の3つの事業があります。
 09年度の売上高は110億ドルで、農薬事業は85億ドル(77%)で世界トップの規模です。種子は世界3位ですが、野菜分野では世界トップ22%のシェアを持っています。ローン&ガーデンでは、パンジー・ビオラでは60%のシェアをもち、芝関係では日本と米国でトップです。これらを背景に年間で約10億ドルを研究開発に投資しています。
 ――合併して規模を大きくする理由はなんですか。
 村田 規模が必要なのは研究開発です。研究開発投資は売上げの12?13%といわれていますから、売上げの規模がないと充分な研究開発ができないのです。


◆土地など経営資源を有効活用することが

 ――農薬についての考え方は世界共通ですか。
 村田 世界的には農薬についての考え方は同じではありません。米国ではリスク&べネフィットということで、完璧なものは存在しないのでリスクは存在する。そのリスクを上回るだけの便益があるならいいという考えです。
 EUは日本人に近い考え方を持ち、ハザードそれ自体がどんな影響を及ぼすか、ハザード自体をどれだけ最小限化できるのか。ハザードがあるものはダメだということで、EUの農業者は防除に使える農薬がどんどん減って苦労しています。
 ――日本の農業技術についてはどうみていますか。
 村田 日本の水稲における品種・育苗そして箱処理剤や機械田植えなど技術は世界トップクラスだと思います。しかし多収米から味に方向性を変えたのがよかったのかどうかという問題はあります。世界では多収米+味覚のハイブリッド米に舵を切っています。
 ――日本の米は世界の穀物のなかでやや特殊な方向に走りすぎていると私は考えています。味と量は本来は敵対的関係ではないと思いますがどうですか。
 村田 まったく賛成です。いま生産できる農地をいかにして保全していくかを議論している時代に、日本で農地を放棄したり休耕するのは納得できません。そして日本の自給率を下げているのは飼料の輸入ですから、国の食料安全保障上からも飼料としても稲を使うべきだと思います。あれだけの経営資源を放棄しているわけですから。
 ――スイスでは、放牧まで含めて山の上まで最大限活用しています。ドイツもそうです。放牧のように高度なものでなくても土地を使うわけです。日本は狭いといいますが、余らせているのだから狭くはない…。
 村田 まったくその通りです。限られた国土を有効に効率的に活用すべきです。


◆情報を共有化することで新しいアイデアが

 ――種子の開発はどこでするのですか。
 村田 シンジェンタの研究所は世界各地にあり、それらが共同で開発をしています。
 ――国ではできないものですか。
 村田 種は作られるものと発見されるものがありますから、さまざまな条件の国に研究施設がある方がよいわけです。
 ――種子は日本の会社でも海外で生産しグローバルですね。
 村田 気象条件などが安定しているところで生産しますから、70%の種子は海外で生産されています。そうした日本の企業との技術交流も課題だと思っています。
 ――グローバルに展開している会社だから、シナジー効果が生まれてくるわけですね。
 村田 今年、需要が多いパンジーとビオラの種子を夏場に日本に輸入し、通常の室温倉庫に保管していました。ところが今年の猛暑で室温が50度以上になったため、黄色の花のはずが真っ白な花が咲いてしまいました。これをクレームとして報告したところ、研究グループからそれは凄い発見だ。加温条件を変えると新しい品種をつくることができるのではないかという返事が返ってきました。
 ――クレームは研究部門にも流れる…。
 村田 クレームについては、グローバルに各部門に共有されますが、研究開発部門にも自動的に送られるようになっています。
 ――日本的な発想だと垂直に情報も流れますが、御社ではフラットなんですね。
 村田 フラットです。例えばクレーム情報は、日本の社員全員が見られます。それをプラスにとるかマイナスにとるかで、いろいろなアイデアが出てきます。
 ――オープンであればあるほど、いろいろな人の人的ポテンシャルを引き出す条件があるわけですね。
 村田 その通りです。課題や問題点が共有されている方が、様々な解決策が生まれやすいのではないでしょうか。

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◆付加価値の高い農産物輸出にもっと力を

 ――グローバルな企業だから、世界中で考えるわけですね。
 村田 そして多国籍企業の強みは、世界の農業や農産物の情報がリアルタイムで入ってくることです。それをみて「日本の農産物は輸出していない」とよく言われます。これからの日本の農業を強くしていくためには、輸出をもっともっと強化していく必要があると思います。
 ――どこが日本は弱いと思いますか。
 村田 他国にない付加価値の高い日本の農産物をもっと輸出すべきです。日本の農協はいいものをたくさん持っていますから、それを活用されるべきですね。
 ――弱いと防衛がさきになってしまう。本当に防衛するためにはチャレンジしないといけないのにです。
 村田 インドやマレーシア、ロシアでは日本の農協のあり方をどう自国に導入するかを一所懸命学ぼうとしています。なぜ、日本の中で農業協同組合と自由主義経済が存在できるのか、不思議に思われていますね。
 ――やはり農業だからでしょう…。
 村田 土地に根ざしていることと、食料を生産しているからではないでしょうか。


◆農協はもっと自信をもち、競争力をつけよう

 ――日本の農協は50〜60年かかって原型をつくってきましたし、農家のレベルの平均値が高いですね。
 村田 スイスの本社で議論するときに、日本の農協の思想とかあるべき姿は戦前からの長い歴史の中で築き上げられたものであるので、ヨーロッパが考えるソサエティを既に超えている。日本の農業は略奪する農業ではないとよく話します。
 ――日本の農協の形が途上国でもできますか。
 村田 タイでなぜ農協が成立しなかったのか? 日本の農協は、地域に根ざし営農経済だけではなく金融、共済まで含めた総合農協になっているので、農産物の売買だけではなく、一つの組織体の中でキャッシュを動かすことができます。そのことがどれだけ農家を守っているかです。つまり、金融と共済が一つの農協のなかになければ回らないということです。
 タイで失敗したのは総合農協でなかった為に与信ができず、農作物を集めることができなかった為です。
 ――日本の農協はもっと自信をもっていい・・・
 村田 もっと競争力をつければいいと思います。ホームセンター(HC)と戦っている時代ではないと思います。農家の方はリンゴをつくりながらお米をつくり、さらに畑作で野菜をつくったりします。そのための知識量はものすごいものです。そうした農家へのアドバイスを農協に代わってHCができるとは思いません。そのことに農協はもっと自信をもたなければいけないし、農協あっての日本農業だと思います。全農がこれからの農業ということを真剣に考えていますから、そこに期待しています。
 ――ありがとうございました。

 

【インタビューを終えて】

 今夏は猛暑でハスモンヨトウの大量発生が心配されたが、9月に訪れた関東地方の2農場で象徴的なシーンを垣間見た。第一の農場では適期に農薬を三回散布できた圃場と適期散布を逸した圃場が隣り合わせにあり、前者は発生を完全に抑えていたが、後者は収穫が見込めない状態だった。第二の農場は米ぬかなどを用いた防除法を採用する有機農法の圃場だったが、ハスモンヨトウの発生はある程度抑えられていた。
 今日では適切な農薬の使用を前提にしないかぎり作物収量の安定確保は困難である。他方では農薬多用からの脱却は困難をともなう有機農業への移行とともに、種子処理による病害虫防除法の革新といった方向でも進んでいる。世界最大の農薬メーカーであるシンジェンタ社は後者の方向を採用しながら農薬による植物の能力の最大化を図ることをめざし、種子事業にも進出している。そうした方向に確信をもちながら日本農業の将来について熱く語る村田氏の話は実にこなれていて、さすがにトップに据わる人だと感服した。(谷口)

【略歴】
むらた・おきふみ 1952年11月3日、大阪出身。上智大学理工学部卒。76年―96年日本モンサント、97年―01年ローム・アンド・ハース・ジャパン、01年7月シンジェンタジャパン取締役(クロップ・プロテクション営業本部長)、09年11月1日同社代表取締役社長。

(2010.10.22)