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どうするのか? この国のかたち TPP、その本質を問う

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TPPと食料安全保障は両立しない どう立つべきか? 「歴史の分水嶺」

・アジアへの輸出拡大ねらうアメリカ
・TPPと従来のEPA・FTAはどう違う?
・交渉参加で世界の裏切り者に
・日本はすでに国を開いている
・国際競争力のある農業は育つのか?
・関税以外の規制緩和も必要に

 「未来の食を守ろう!」11月10日の全国集会に集まった人々は、口々にそう叫び国会へ向けてデモ行進を行った。すべての貿易品目について例外なく関税を撤廃するTPP交渉と、日本の食料安全保障が両立し得ないのは明らかであり、集会では「日本の農林水産業と農山漁村を壊滅に追い込み、経済的伸張をめざすTPPは断固許しがたし!」との怒りの声があがった。
 TPPは単純に農業vs輸出拡大をめざす企業という対立では語れない。そこには、国のあり方を丸ごと変えてしまうような数々の問題点が含まれている。集会での冨士重夫JA全中専務の情勢報告を紙上再録するとともに、TPPの持つ問題点を解説する。

農産物の関税ゼロは世界の非常識

 TPPと食料安全保障は両立しない どう立つべきか?

冨士重夫JA全中専務の情勢報告

11月10日緊急全国集会で情勢報告する冨士専務。怒気をはらみつつ熱のこもった演説で一致団結を呼びかけた 政府は11月9日、「包括的経済連携に関する基本方針」を閣議決定し、TPPについて関係国との協議を開始すると発表した。
 TPPは例外品目をまったく認めず、参加国のすべての関税を撤廃する協定であり、輸入国としての食料主権を主張し重要品目10%の例外措置を求めて10年におよぶ交渉努力を行ってきた、WTOドーハラウンドにおける日本の主張を覆す大問題だ。また、これまでともに闘ってきた国々の信頼を裏切る背信行為でもある。
 国を開く、鎖国などの表現は国民を誤った情報でTPP参加に誘導するものだ。そもそも関税を設定するのが悪い、ゼロにするのがよい、というのはまったくの誤りだ。世界には規模の大小から東西南北、平地・山野とさまざまな国があり、その国土条件を平等にするために関税がある。国民の命に直結する食料・農産物の関税をゼロにするのは、世界的には非常識である。
 わが国の農産物平均関税率はすでに12%と低く、農産物輸入額は6兆7000億円ある。これまで貿易立国をめざして国を開いてきた結果、食料自給率40%という国民の大多数が危機感を感じる事態になったのではないか。
 関税を撤廃し、国内農業に何百、何千haという経営規模のアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの農産物と対等に戦える国際競争力を身につけさせるというのは、現実をまったく無視した暴論だ。
 今年3月に閣議決定した、食料自給率50%をめざす「食料・農業・農村基本計画」とTPPの両立は不可能である。
 TPPでわが国の農業生産は劇的に減少し、関連産業、地域経済も壊滅する。農業の多面的機能は低下し、生物多様性は失われ、国防や教育文化などにも計り知れない影響がある。命や環境など、人間として最も大切なものを空洞化させ、外国に委ねていいのか。また、TPP交渉には金融、保険、医療、国の公共事業への参入、労働力の自由化も含まれており、日本の仕組みや基準がアメリカンスタンダードに変わりかねない。
 全国民に対してTPPの正確な情報とわれわれの考え方を訴え、日本人一人ひとりの暮らしのあり方を問う、大きな国民運動に盛り上げ、力強い連帯の輪を広げていこう!

(写真)
11月10日緊急全国集会で情勢報告する冨士専務。怒気をはらみつつ熱のこもった演説で一致団結を呼びかけた

TPPと食料安全保障は両立しない どう立つべきか?
◆アジアへの輸出拡大ねらうアメリカ

 TPP(環太平洋パートナーシップ協定、Trans-Pacific Partnership agreement)はどこから出てきたのか。
 2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国が全貿易品目の即時または段階的関税撤廃と各種サービスや人の移動なども含む包括的協定(通称「P4」)を結んだ。
 当初は4カ国間のFTAにすぎなかったが、2010年3月、アジア太平洋自由貿易圏構想(FTAAP)を掲げアジアへの輸出拡大を狙う米国と、豪州、ペルー、ベトナムが加わるとともに、米国が主導する形でTPP交渉が始まった。同年10月、マレーシアを加えて9カ国に拡大し、現在カナダが参加を検討中だ。
 米国は2011年11月のAPEC首脳会議までの交渉妥結をめざしている。新たに交渉参加をめざす国は、9カ国の同意とすべての貿易品の関税撤廃について明確な意思表示をしなければならない。


◆TPPと従来のEPA・FTAはどう違う?

 FTAは複数国間での貿易を自由化する協定だ。WTO協定ではその定義を「実質上すべての貿易について、原則として10年以内の関税撤廃」としているが、ここでいう「すべての貿易」とは、「少なくとも貿易量または品目数で9割以上」というのが一般的解釈であり、全品目の関税撤廃はうたわれていない。
 というのも、WTOの理念では各国の多角的貿易の共存をめざしていたからだ。
 例えば、日本はこれまで12カ国とEPAを結んでいるが、一定してコメなどの重要品目を除外・例外扱いをしており、品目数の自由化率(10年以内に関税撤廃を行う品目が全品目に占める割合)は84【?】88%に留まっている(貿易額における関税撤廃率は9割以上)。一度も関税撤廃をしたことがない品目は、コメ・麦などの穀類、乳製品などタリフラインで940品目になる。
 一方、TPPは、一切の例外品目を認めない完全な貿易自由化だ。全品目の8割で関税の即時撤廃、その他品目は原則として10年以内に段階的撤廃をすることとなっている。ブルネイは宗教上の理由から酒・タバコの輸入を拒否しているが、このような極めて特殊なケース以外、例外品目は認められない。
 また非関税障壁、例えばBSE防疫の観点から行われている米国からの月齢20カ月未満の牛肉の輸入禁止や、その他の検疫措置などにも規制緩和を迫られることになる。


◆交渉参加で世界の裏切り者に

 日本は2001年に始まったWTOドーハラウンドで、米国、豪州、ニュージーランドなどの農産物輸出国と対立し、「多様な農業の共存」をめざす諸外国と連携してきた経緯がある。
 例えばスイス、ノルウェーは日本と同じ食料輸入国として、国内消費量を国内で生産する権利を主張し、EUも食品安全性や動物愛護の観点から、環境・国土保全、生物多様性の維持などの非貿易的関心事項を掲げる日本と協調してきた。東南・南アジア各国とも、稲作を中心にした小規模家族農業の存続をめざし、連携してきた。
 しかし、TPP参加はWTOの理念を破棄することになり、諸外国との信頼関係をも裏切ることになる。


◆日本はすでに国を開いている

 政府の「包括的経済連携に関する基本方針」では、「国を開き」、「未来を拓く」という表現で、「高いレベルの経済連携を進める」とある。しかし現在、日本の農産物平均関税率は12%であり、6%の米国よりは高いものの、20%のEU、35%のブラジル、60%を超える韓国と比べてもかなり低い水準だ(グラフ参照)。
 その12%の品目数は全体のわずか1割ほど。さらにコメ778%、牛乳・乳製品360%、粗糖328%、小麦252%、など食料安全保障の観点から国内で賄うべきとされるごく一部の品目が極端に高いのみで、それ以外の関税率はおしなべて低く、すでに充分な市場開放がなされているといえる。


◆国際競争力のある農業は育つのか?

 「TPPと食料安保、食料自給率向上は両立し得ない」。集会のスローガンにも掲げられていたが、その理由のひとつに、「関税撤廃で国際競争力のある農業が育つ」のは困難であることが挙げられる。
 日本の農家1戸あたりの平均農地面積は1.9ha。専業農家に限ってもわずか5.1haで、200haほどのアメリカ、3000ha以上のオーストラリアなどの諸外国とは農業経営の基盤がまるで異なり(表参照)、到底まともな競争にはなり得ない。
 また、農産物の内外価格差を戸別所得補償などの直接支払いで補てんするというのも、すでに初年度のコメ事業だけでも財源の枯渇が不安視されており、今後も永続的に海外農畜産物との価格差を補てんするのは不可能である。

農家1戸あたりの農地面積
◆関税以外の規制緩和も必要に

 基本方針の中では、明確に「経済連携の積極的展開を可能にするとの視点に立ち、非関税障壁を撤廃する」と記されてある。
 TPPの基礎となったP4では、金融、保険、通信、医療などの各種サービス、政府調達(政府の購入や借入によって国民に提供される物品やサービス、具体的には公共事業など)、知的財産権、労働力など人の移動、といった非関税障壁についても規制緩和・国際基準への調和を求めている。基本方針はそれにあわせた規制制度改革を行うというのである。
 具体的には、前述の各種サービスへの米国巨大資本の参入とそのための法制度改革、東南アジアの看護士受け入れ体制などの大幅な改善が求められるだろう。また、安い労働力の流入により、日本人の雇用機会が大量に失われる可能性もある。

主要国の農産物平均関税率 

【関税以外の自由化事項】 (要望すると予想される国)
○輸入牛肉の月齢制限緩和(米国)
○金融・通信・保険・医療など各種サービスの規制緩和・法制度改革(米国)
○公共事業への資本投資(諸外国)
○食品検疫基準の見直し(中国)
○看護士・介護福祉士の受け入れ制度改革(国家試験の内容改善、人数増など)(東南アジア諸国)
○医師・技士など資格の相互承認(インド、韓国)
○技術協力の推進(中国)

TPPと食料安全保障は両立しない どう立つべきか?
【TPPをめぐる用語解説】

○FTAAP
 (Free Trade Area of the Asia-Pacific、アジア太平洋自由貿易圏)
 06年ハノイ(ベトナム)のAPEC首脳会議でブッシュ米大統領(当時)が提唱。APEC加盟国・地域全域で自由貿易圏を構築しようというもの。具体的な経済的枠組みとしてはTPP、ASEAN+3(EAFTA)、ASEAN+6(CEPEA)などがある。

○APEC
 (Asia-Pacific Economic Cooperation、アジア太平洋経済協力会議)
 89年、豪州の呼びかけで12カ国(豪州、ブルネイ、カナダ、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、米国)が参加。現在は台湾、中国、香港、メキシコ、パプアニューギニア、チリ、ペルー、ロシア、ベトナムを加えて21の国と地域に拡大。94年に「ボゴール宣言」を採択し、先進国は2010年まで、途上国は2020年までに貿易・投資の自由化達成を目標とした。

○ASEAN
 (Association of South‐East
 Asian Nations、東南アジア諸国連合)
 67年発足。インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアの10カ国で経済・政治・安全保障・文化などさまざまな地域協力をめざす。

○ASEAN+3(EAFTA)
 97年発足。ASEANに日中韓を加えた13カ国で経済協力などをすすめる枠組み。

○ASEAN+6(CEPEA)
 05年発足。日本が提唱。ASEAN+3にインド、豪州、ニュージーランドを加えた16カ国で主にアジア地域の経済連携などをめざす枠組み。

○FTA
 (Free Trade Agreement、自由貿易協定)
 複数の国や地域の間で関税を撤廃し、物やサービスの貿易自由化を行う協定。

○EPA
 (Economic Partnership Agreement、経済連携協定)
 FTAをさらに進め、人の移動、投資の自由化、技術協力など幅広い分野で経済的連携を行う協定。
 従来のFTA・EPAは、その上位理念にWTO協定があったため重要品目の除外・例外が認められていたが、TPPはWTO協定とは関係なく関税の完全撤廃をめざす。

○WTO
 (World Trade Organization、世界貿易機関)
 GATT(関税および貿易に関する一般協定)が95年に発展的解消して設立された。10年11月現在153の国と地域が加盟。多国間の多角的貿易ルール策定をめざしている。
 01年に発展途上国も多角的貿易ルールの恩恵を受けられるようにとドーハ開発アジェンダ(ドーハ・ラウンド)が始まったが、06年に交渉は凍結、08年に農業・鉱工業分野で決裂した。日本は「多様な農業の共存」を基本理念に、他の食料輸入国とも協調して食料安保の確保、輸出入国間のバランスを念頭に交渉を進めていたため、その後の各国とのEPA交渉でもその理念の下で提携を結んできた。

(2010.11.22)