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緊急ルポ―JA新ふくしま管内は今

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【緊急特集】緊急ルポ―JA新ふくしま管内は今  「原発」が農業を崩壊させる

・自殺者を出した「摂取制限」指示
・収穫することもすきこむこともできない野菜畑
・キュウリ価格「1本、たったの4円風評被害で暴落」
・22年産米 「福島県産は店頭から消えた…」
・果樹の作業「なにがあっても止められない」
・1日5軒農家を訪問 営農指導員が意思統一
・いま問われる農協の真価

 3月11日午後2時46分に発生したマグニチュード9.0という巨大な「東北地方太平洋沖地震」は、5mから18m近い高さの津波となり、大型防波堤をも乗り越え破壊し、多くの人たちの命を奪った。住宅やビルやライフラインも押し流し生活や仕事の場を、そして食料生産の場である水田や畑、漁業者の基地である港を崩壊させた。さらにこの「天災」に加えて東京電力は「原発事故」というけして起こしてはならない「人災」を発生させ「出荷制限」や「摂取制限」といういまだかつてない事態を引き起こした。それに起因する「風評被害」も拡大している。そこで、緊急に「出荷制限」の渦中にあるJA新ふくしまを訪ね生産者の思いやJAの対応を取材した。

一日も早い事故終息が東電と国の責務


◆自殺者を出した「摂取制限」指示

煙を上げる福島第一原発3号機=3月21日16時ごろ(東京電力が撮影) 3月29日朝、福島市のホテルで取材に向かう準備をしながら朝刊(朝日新聞)をめくっていると社会面の『摂取制限の翌朝、自殺』という見出しが目に飛び込んできた。『福島 有機農業30年の男性』とサブ見出しが付いている。福島県須賀川市の64歳の男性で、東電福島第一原発事故によって政府が福島県産のホウレンソウなどの非結球性葉菜類、キャベツなどの結球性葉菜類、ブロッコリーなどのアブラナ科の花蕾類、カブについて「摂取制限」の指示を出した翌日3月24日朝のことだ。
 地震で自宅の母屋や納屋が壊れたが、畑の約7500株のキャベツは無事で収穫直前だった。23日に「摂取制限」指示がだされると「福島の野菜はもうだめだ」とつぶやいていたのを次男が聞いていると記事は伝えている。
 3月21日の福島・茨城・栃木・群馬4県のホウレンソウ・カキナの出荷停止(正確には出荷制限要請、以下同)、福島県の原乳出荷停止によって、この4県産の農畜産物に対する「風評被害」が首都圏など消費地で急速に拡大していたが、それに追い討ちをかけるような原子力災害特別措置法に基づく「摂取制限」というかつてなかった事態が、ついに「人の命」をも奪ったという深い悲しみとこの人災である「原発事故」を起こした東電への憤りを感じた。

(写真)煙を上げる福島第一原発3号機=3月21日16時ごろ(東京電力が撮影)

 

◆収穫することもすきこむこともできない野菜畑


出荷停止されれたキャベツ畑。このまま放置されれば花が咲くことに そして3月25日、農水省は「原子力安全委員会緊急技術助言組織の助言に基づくもの」として、出荷停止している「野菜の廃棄方法」として▽すきこみ及び焼却は望ましくない(現時点においては放射能レベルが明確でないものもあり、不要な再拡散を避ける必要)▽すでに刈り取ったものは1箇所に集めて保管する。さらに▽まだ刈り取っていないものは「そのまま放置する」ことを指示した。
 これを受けて福島県は26日付の「東北地方太平洋沖地震及び東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う農作物等に関する農業技術情報 第2報」で「耕うん作業については、現在、放射性物質が表層にとどまっている状態と思われることから、これ以上拡散させないため、当面は耕うんを行わない」よう伝え、水稲や野菜などについては播種や作付を遅らせるように指示した。
 そのため福島県の野菜産地では、収穫もされず放置されたキャベツ畑やホウレンソウ畑が数多く存在することになった。
「先が見えない」と佐藤さん 福島市東部を流れる阿武隈川流域は古くから野菜に適した地として耕作され、現在でも露地野菜や果樹だけではなく、ハウスによるキュウリなどの生産が盛んな地区だ。佐藤貴之さんのキャベツ畑(35アール)もここにある。昨年9月に作付して出荷をはじめたとたんの出荷停止だ。出荷できないなら「畝って(耕うんして)すきこみたい」が「セシウムが入るからダメだといわれ、どうしようもない」状態だ。
 佐藤さんのキャベツ畑に隣接する梅宮正泰さんのホウレンソウ畑(15アール)も、一部出荷したあと出荷停止となり、手をつけられない状態となっている。「今年は作柄もよく、出だしの値段もよかったので期待していた矢先だった」。「ここでこんなことになるなんて『想定外以上』」だと梅宮さん。いまこのホウレンソウをすき込むなりして処分できれば、播種して夏前に収穫することができる。その「ボーダーラインは今」だが、「耕うん作業をするなといわれており、何もできない」と悔しそうに語った。

(写真)
上:出荷停止されたキャベツ畑。このまま放置されれば花が咲くことに
下:「先が見えない」と佐藤さん

 

◆キュウリ価格「1本、たったの4円風評被害で暴落」


 別れ際に梅宮さんは、東電と国に「せめて昨年と同じ(所得)補償をして欲しい」とも語った。
 佐藤さんも「一時金とかいろいろいわれているが、『いつ』『いくら』補償してくれるのか」が明確にならなければ、何の計画も立たないという。佐藤さんは、他の場所と合わせて50アールのキャベツのほかに、キュウリのハウス栽培(1ha)も行っている。キュウリは出荷停止品目ではなく安全だが、「福島県産」というだけで、通常5kg1400円〜1600円で取引きされているのが、200円にまで暴落した。キュウリ5kgは50本程度というから、1本わずか4円だ。
 取材した3月29日は少し回復したというが、秋に作付けして冬を超えているから暖房用の重油が必要になる。重油価格が高くなっていることもあって「今年は500万円以上かかっている」が、この価格では「回収の目途がたたない」。さらに収穫から出荷作業のために常時7〜8人のパートを雇用している。この人たちへの賃金支払いをはじめとする経費が仕事をすれば毎日発生する。
 キャベツの補償が「いつ」「いくら」出るのか分からないうえに、この「風評被害」が「どこまで続くのか」わからず、文字通り「先が見えない」状態で「(返す)あてのない借金はできない」。どうするか? 「経費を減らして自分たちだけの『小さな歯車』にして回していく方がいいのか」悩んでいる。パートの人たちにもその話はしているという。

 

◆22年産米 「福島県産は店頭から消えた…」


イチゴにも風評被害、と永澤さん イチゴ(ハウス)を生産する永澤信弘さんも「風評被害」に悩まされている。永澤さんは1100平方mのハウスに「とちおとめ」7000株を作付け(高設)している。イチゴも出荷停止品目ではなく安全で問題がないのに福島県産ということで価格が3分の2に落ちた。市場に出荷してもなかなか取引きが成り立たない。JAが役場や全農などに「直売り」してくれているので、1日に100ケース(通常は150〜200ケース出荷)くらい出荷できている。
 しかも「風評被害」は消費地だけで起きているわけではなかった。取材を終えた29日夕方、帰京のバスを待つ間、福島駅構内にある食品スーパーをのぞいてみた。キャベツやホウレンソウは福島県産は出荷停止だから神奈川県(キャベツ)や埼玉県(ホウレンソウ)が並んでいるのは仕方がないが、安全性になんら問題がないキュウリの棚には「高知県産」が並べられ、どこを探しても「福島県産」はなかった。
 昨年秋に収穫した22年産の「福島県産米」も消費者に忌避されると判断され店頭に出されないケースが多いという。また、生産者が直接個人販売しているケースでも、「福島県産米はいらない」と契約が解除されるケースもある。
 安全は出荷停止などでクリアできるが、心の問題である安心がクリアできるような、正確で分かりやすい情報提供が、国をはじめとする関係者からしっかり発信されていないことが「風評被害」を拡大させている大きな要因ではないかと多くの生産者は考えている。
出荷停止で品薄状態が続いたJA直売所「ここら」は、地元産と合せ他県産JAグループ農産物を「断腸の思い」で販売することにした 福島県は毎日「環境放射能測定結果(暫定値)」を公表している。これを見ると「測定値」にはかなりの地域差がある。同じ福島市内でも、市役所2.95(マイクロシーベルト/時間)、福島西IC2.12同、果樹研究所1.66同、自治研修センター0.74同(3月30日2回目)というようにだ。
 原発事故のあった浜通り地域と会津や中通りでは、同じ福島県でも条件が異なる。「県産」表示がJAS法の原則だとしても、「地域の実態に合わせた技術対策」や「出荷対策」があってもいいのではないかというのが、「風評被害」に悩まされている生産者の本音だ。

(写真)
上:イチゴにも風評被害、と永澤さん
下:出荷停止で品薄状態が続いたJA直売所「ここら」は、地元産と合せ他県産JAグループ農産物を「断腸の思い」で販売することにした

 

◆果樹の作業「なにがあっても止められない」


果樹生産者の樅山さん。後の桃はすでに芽吹いていた JA新ふくしまの主要農産物はなんといっても永年作物のリンゴや桃、梨などの果樹だ。果樹の生産者はどうしているのかと思い、リンゴを中心に桃、サクランボを5haで生産するJAの理事でもある樅山和一郎さんを訪ねた。
 果樹は季節に合わせて蕾をつけ花を咲かせ実をつけていくのだから「そのタイミングで摘蕾、交配、摘果などの仕事をやるしかない」から、放射性物質が果樹に影響を与えるとしても「止めることはできない」と樅山さんは力強く言い切る。もし放射性物質の影響で出荷停止になっても、「東電や国が補償してくれから、共選にかかる水準のものの『トン数(量)をあげろ』といっている」という。
 樅山さんの地区にはいないが、地区によっては生産しても風評被害で価格を叩かれたり、売れなかったりするなら「もう歳でもあるから、止めようか」とか、「生産意欲がわかない」という人もいる。そうした人たちの「生産意欲を上げる」ために「トン数をあげよう」と樅山さんは強調する。そして例えば梨は、いま首都圏は関東各県産が主力なっているが、「関西では鳥取や長野の後の福島産が、物量もあり期待されている」のだから、原発事故があっても「生産者が努力していることを伝えれば、風評被害は乗り越えられる」と考えている。
 そしてそのためにも「1日も早い原発事故の終息」を望んでいる。それは、樅山さんだけではなく、すべての生産者の願いでもある。「原発事故」が終息しなければ放射性物質がどれだけ地表や土壌中に存在し、作物にどのような影響をおよぼすのか分からず、彼らの不安が解消することがないからだ。

(写真)果樹生産者の樅山さん。後の桃はすでに芽吹いていた

 

◆1日5軒農家を訪問 営農指導員が意思統一


「農協があって良かった」といわれるようにと決意を語る吾妻組合長。左が菅野専務 不安を抱える組合員にJAはどう対応しているのだろうか。
 JA新ふくしまでは、3月11日の地震発生直後の午後3時30分に常勤役員・関連会社役員・部長による「災害対策本部」を設置。以後、毎日2回開催し現状把握と対応策の指示を行っている。
 そして共選品や直売所における農産物の栽培や取り扱いについては、前に紹介した「国、福島県及びJAグループ対応に従う」ことにしている。品目別にも水稲なら「田植えの時期」を「晩限以内で極力遅らせるように播種、育苗等の管理」を行うよう指導していく。しかし、JA自身が「12万箱苗を作っている」のですでに「浸種をはじめている」と菅野孝志専務。少量なら冷蔵庫での保存も2週間程度可能だが、これだけの量(1箱平均130g播種)だとそうもいかないので、成育を遅らせる対策を講じているという。
 野菜についても「作型を遅らせるなど、晩限まで作業を延期」するよう指導するなど、県などの指示をJAの実状に合わせて、分かりやすくまとめている。
 イチゴ生産者の永澤さんに「いま一番欲しいものは何ですか?」と聞くと「仕事や出荷に必要なガソリンと軽油が欲しい」という。確かに「売切れ」と大書きした紙を給油スタンドや看板に張り出しているガソリンスタンドが数多く見られた。JAのSSでも今日は「緊急車両以外」は「売切れ」だという。JAでは、農作業に必要な軽油対策として「春先の農作業で最低限必要(消毒1回分)な数量の供給をするという基本的な考え方で、正組合員に対して軽油を供給」した。また、共同防除についても同じ考え方で「共同防除の在庫量、1回の使用量を把握した上で配布」したという。そして東北各地で徹夜の行列ができるガソリンについても3月23日〜25日まで11カ所で「1人15リットル給油」するなどの努力もしている。
 また、JAからの「農作業情報の発信、組合員の要望の集約」とあわせて「組合員の不安解消を営農指導員巡回」で行うという意思統一をはかるために、3月29日に「営農経済センター長・営農指導員」合同会議を開催した。
 この会議では、これまでの経過を確認するとともに、営農指導員は「当面1日5軒以上目標」に組合員を訪問することが確認された。そして4月5日には管内16カ所で「緊急地区別営農集会」を開催し、その時点で「組合員が営農活動について求めている情報を広く伝達し、意見を集約する」ことも確認された。

(写真)「農協があって良かった」といわれるようにと決意を語る吾妻組合長。左が菅野専務

 

◆いま問われる農協の真価


 この会議の冒頭、吾妻雄二組合長は「組合員に対して何ができるのか。いま真価が問われている」「カレンダーは待ってくれない。いましっかりやっておかなければ、後でやるわけにはいかない仕事が農業には多々ある。それを組織をあげてしっかりとやっていかなければならない」。それをすることで「こういうときこそ『農協があって良かった』といわれるような農協でありたい」と決意を語り、出席者を激励した。
 取材をしている間、何か違和感があった。それが何か、吾妻組合長が挨拶のなかで語った「浜通りでは瓦礫に埋もれ、生産意欲もわかない状態ですが、福島地域はどこを見てもいつもと変わらない風景がある」という言葉で分かった。
 実は昨年9月にこの地を訪れているのだが、その時の風景と、季節が変わったことや新幹線が動いていないことなどを除けば何も変わていないのに、そこにある農産物は出荷できず、畑で放置されているという異様な事態を実感するのに時間がかかったということだ。
 そこに目に見えぬ「放射能」の恐ろしさがあり、生産者の不安の根源があるといえる。犯人は「東電の原発」と分かっていながら、その犯人を逮捕し隔離し「安心」をもたらしてくれない国への苛立ちがある。その苛立ちは消費者にもあり、風評被害に繋がっているのではないだろうか。
 1日も早く「事故を終息」させるのが国と東電の最大の責務ではないか。「終息」しなければ被災者の暮らしや農業を含めた地域の復興・再生が見えてこないからだ。

(2011.04.04)