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どうなるの? 私たちのくらし 【TPP―雇用問題】

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【TPP―雇用問題】 今の子どもたちに10年後、就職先はあるか?

・外国人労働者が少ないと憂う経団連
・1800万人の外国人受入体制を構築
・賃金水準を下げ国際競争力を強める
・得をするのは自動車・電気電子・機械産業だけ
・参加するのも、しないのも「地獄」だ

 TPPの作業部会に「労働」がある。これはこれまでの4カ国のTPPにはなかった分野で、米国が新たに持ち込んできたものだ。しかし、日本政府や経団連など財界は外国人労働者の日本への受け入れに積極的だ。それはなぜか? そして米国の思惑はどこにあるのかを考えてみた。

農業と食品産業が壊される

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(写真)
各所で働く外国人労働者。入国管理局HPより。

◆外国人労働者が少ないと憂う経団連

 「わが国の人口減少と低い出生率は非常に深刻な状況にあり、将来、必要な労働力を確保できなくなることも想定される。出生率の低下に歯止めをかけるためには、例えばワークライフバランスを確保しつつ、積極的な登用を進めるなど、女性の労働市場への参画を促すときである。日本企業も変わりつつある。
 また、国内雇用情勢なども踏まえつつ、総合的な観点から、外国人材を積極的に受け入れる必要がある」。これは経団連の米倉弘昌会長が、今年1月21日に日本外国特派員協会で講演後のQ&Aセッションで「労働力人口の減少について」答えた発言の要旨だ(※1)。
 この米倉会長発言の背景には、08年10月に経団連が以前から検討していた「移民政策」をまとめた「人口減少に対応した経済社会のあり方」(※2)がある。
 この提言では、日本は人口の減少と高齢化によって「生産年齢人口」の割合が大きく低下すると指摘したうえで、「わが国における外国人の登録者数は、中国、ブラジル、フィリピン等からの入国者増により、1980年代後半から徐々に増加のテンポを速めている。2007年末には、215万2000人と過去最高を記録し、この10年間で約1.5倍となった。しかし、わが国の総人口に占める外国人の割合は1.69%と、例えば、ドイツが8%後半、英国が5%前後であるのに対し、非常に低い水準にある」と憂いている。


◆1800万人の外国人受入体制を構築

 さらに、日本で就労する外国人労働者は、06年時点で、約75万人と10年前の倍の水準となったが「労働力人口に占める外国人労働者の割合をみると、移民国家といわれる米国は別として、ドイツは9%台、英国およびフランスが5%台であるのに対し、わが国は1%程度と小さい」。
 「他の先進諸国が自国の経済発展や産業の競争力強化のために、高度人材の獲得にしのぎを削っている中で、わが国は大きく遅れをとっている」と、あたかも外国人労働者が少ない国はダメな国だというかのように嘆いている。
 そして、2030年ころには労働力人口が1000万人以上減少し、2055年には現在の3分の2程度まで縮小する。「このような労働力人口の縮小は、経済成長を少なからず抑制するように作用し続けると考えられる」のだから「生産年齢人口のピーク(95年)を維持するためには、単純計算で2030年までに約1800万人(年平均50万人程度)もの外国人を受け入れる必要が生じる」と経産省の試算を掲げ、「総合的な外国人材受入制度を計画的に構築していくことが重要だ」と提案している。


◆介護を中心に既に受入が始まっている

 すでに、フィリピンとのEPA(経済連携協定)(08年12月発効)では、日本側が看護師、介護福祉士を受け入れることで合意。インドネシアとのEPA(08年7月発効)でも、日本側が看護師、介護福祉士候補を受け入れることで合意した。
 09年10月に発効されたベトナムとのEPAでは、ベトナム人看護師、介護福祉士の受け入れについて協議し協定発効後2年以内に結論を出すことになっている。
 今年2月に締結されたインドとのEPAでも、インド人看護師、介護福祉士を受けれることの可否について、遅くとも2年以内に結論をだすこになっている。そして、サービス分野における資格の相互認証(IT技術者など)のための交渉を1年以内に完了するよう関連機関に働きかけを行うことでも合意している。
 これ以外でも、経済協力協定を結んでいないタイ、韓国、中国からも看護師・介護福祉士に加えて、医師、歯科医師、会計士、建築士、自動車整備技師、放送通信技士、電算応用機会製図技能士などの資格相互承認が要求されている。
 現在は医療・介護関係を中心に、外国人労働力の受け入れが着々と進められているわけだが、こうした現状に対して日本医師会は今年の1月26日の記者会見で、「外国人医師の受け入れにも拡大する可能性があることや、海外の経営資源取り込みによる外資による病院経営などの懸念がある」とし、「医療に市場原理を導入しさらに経済連携の名のもとに外国資本などを受け入れれば、お金がなければ治療を受けられない時代になる」として、「日本人の生命を外国を含む産業に差し出してよいのでしょうか」と訴えた(※3)。

現在は医療・介護関係を中心に、外国人労働力の受け入れが着々と進められているわけだが、こうした現状に対して日本医師会は今年の1月26日の記者会見で、「外国人医師の受け入れにも拡大する可能性があることや、海外の経営資源取り込みによる外資による病院経営などの懸念がある」とし、「医療に市場原理を導入しさらに経済連携の名のもとに外国資本などを受け入れれば、お金がなければ治療を受けられない時代になる」として、「日本人の生命を外国を含む産業に差し出してよいのでしょうか」と訴えた(※3)。


◆海外の「経営資源」を積極的に取り込むと政府

 しかし、その1カ月後の2月28日、前原誠司外相(当時)は、都内での講演で「(外国人)看護師・介護師の受け入れ対象国と人数を増やすことを模索しなければならない」と語るとともに「さまざまな分野の外国人研修生の受け入れを充実させなければならない」と語った。
 ここでは「研修生」といっているが、フィリッピンやインドネシアとのEPAでは「国家資格取得者は引く続き就労を許可(就労可能)」とされており、実際は労働力として日本で働くことができるような仕組みがつくられている。
 前原前外相の発言の背後には、昨年11月に閣議決定された「包括的経済連携に関する基本方針」とそのなかの「規制制度改革」の項で「国を開き、海外の優れた経営資源を取り込むことにより国内の成長力を高めていくと同時に、経済連携の積極的展開を可能にするとの視点に立ち、非関税障壁を撤廃する観点から…具体的方針を決定する」ことがある。


◆賃金水準を下げ国際競争力を強める

 いまなぜ介護関係を中心に外国人労働力を呼び込もうとしているのだろうか。看護師や介護士が不足しているからなのだろうか。そんなことはないと森島賢立正大学名誉教授は指摘する(※4)。
 介護士らの労働条件が長時間労働と低賃金とで「あまりに劣悪なので、耐えかねて辞めてしまうのである。それに対して、それなら辞めてしまえ、そのあとは賃金の安い外国人に代わってもらうからいい、というのが、いまの冷酷な政治である」と。
 そして「日本人労働者を含めて、日本の賃金水準を下げ、国際競争力を強くする、という政治である」。それが政府や経団連の真の狙いだということだ。
 介護の分野はその先駆けであり、今後、多くの分野に広がっていくと考えるべきだろう。


米国の狙いは効果的な投資の実現

 TPPに参加すれば当然「労働」についても協議されることになるが、米国などが参加を表明する以前の4カ国のTPPには「労働」や「投資」の分野はなく、米国が新たに要求した分野だという。
 もともとは米国がNAFTAを締結するときに、メキシコに対して「賃金水準の引き上げ、法定最低賃金の保証や児童労働の禁止」など「同国の労働政策に干渉する道を確保する」ために持ち込んだ分野だと関岡英之氏は指摘する。つまり、発展途上国が低賃金を武器に安価な工業製品を輸出する「国際競争力をそぐため」のものだった(※5)。
 だが、今回の狙いはそれとは違うと関岡氏は指摘する。
 いままでTPPにはなかった「投資」分野が「労働」とともに加えられたことに意味があり、米国のグローバル化戦略の重点が「貿易から投資へ」シフトしているので、「米国の投資家やファンドマネージャーが考える国産投資戦略」は、どんな企業を買収し、いかに転売して利益を稼ぐかにある。つまり企業を永続的に経営するのではなく、売却して利ざやを稼ぐことにあるという。
 そうであれば、「労働者の権利や労組の力は弱ければ弱いほど好ましい」わけで、「労働関係法規や労働基準は徹底的に骨抜きにされたほうが好都合」ということになる。
 いままでも米国は90年代から日本の労働分野へもさまざまな規制緩和を要求してきており、「派遣の自由化」などを実現してきているが、TPPはその仕上げといえるのかもしれない。

◆得をするのは自動車・電気電子・機械産業だけ TPPに参加することでどのような影響がでるのかといういくつかの試算がある。 TPPを推進する経済産業省の試算では、日本がTPPに参加せず、EUや中国とのEPAをいずれも締結せず、韓国が米国、EU、中国とFTAを締結すると、「自動車・電気電子・機械産業の3業種」が米国・EU・中国で市場シェアを失い、GDPがマイナス1.53%、雇用が81万2000人減少するという。


◆得をするのは自動車・電気電子・機械産業だけ

 TPPに参加することでどのような影響がでるのかといういくつかの試算がある。
 TPPを推進する経済産業省の試算では、日本がTPPに参加せず、EUや中国とのEPAをいずれも締結せず、韓国が米国、EU、中国とFTAを締結すると、「自動車・電気電子・機械産業の3業種」が米国・EU・中国で市場シェアを失い、GDPがマイナス1.53%、雇用が81万2000人減少するという。
 田代洋一大妻女子大教授も指摘するように「TPPで得をするのが自動車、電気電子、機械産業の3業種であることを経産省がはからずも語っている」(※6)。それでは、TPPに参加することで、この3業種以外はどうなるのか、雇用はどうなるのかは不明だ。
 一方、農林水産省の試算によれば、TPPに参加することで農産物の生産は4兆1000億円程度減少し、自給率は40%から13%へ低下し、農業と関連産業への影響はGDPで7兆9000億円減少し、雇用は350万人も減少する。
 米や野菜、肉類などの農畜産物の生産が減少するのはもちろんだが、日本のGDPの8%、全就業者の13%を占める食品産業(食品工業、食品流通業、外食産業)へも大きな影響がでると考えたほうがいいだろう。


◆参加するのも、しないのも「地獄」だ

 TPPに参加すれば350万人、参加しなくても81万人の雇用が失われるという。これでは働く人たちにとっては、TPPに「参加するも地獄、参加しないも地獄」ということではないか。それに追い討ちをかけるように、政府も財界も外国人労働力を積極的に導入し、その数は最終的には1800万人(年間50万人)にもおよぶ。
 いくら日本の労働力人口が減少するといっても、それまでに職を失う人は350万人ですむとは思えない。あなたのお子さんやお孫さんであるいまの小中学生が就職するときに、就職先はあるのだろうか。あったとしても外国人労働者との競合のなかで、どのような労働条件や賃金が保障されているのか、想像するだけでも背筋が寒くなる。
 子どもたちに明るい未来と豊かなくらしができる社会を残し、引き継いでいくのが私たち大人の責務ではないだろうか。そのために、いま何をしなければならないのかは、自明のことと思うがどうだろうか。


【※1〜6】
1:米倉経団連会長のスピーチ全文(英文)は、経団連HP→コメント・スピーチで、Q&A発言要旨は、同→会長コメント・記者会見における会長発言で
2:「人口減少に対応した経済社会のあり方」は、経団連HP→政策提言/調査報告→経済政策、金融政策で読める
3:農業協同組合新聞2月10日号参照
4:森島賢・小林綏枝・山岡淳一郎共著「1時間でよくわかる TPPが暮らしを壊す―雇用、食生活、保険・医療の危機」(家の光協会)
5:関岡英之著「国家の存亡―『平成の開国』が日本を亡ぼす」(PHP新書)。この他、共著に「TPPと日本の論点」(農文協ブックレット)などがある。
6:田代洋一著「反TPPの農業再建論」(筑波書房)

(2011.06.13)