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私たちが望む、私たちが引き継いだニッポン農業とは?【TPP―これでいいのか「農業改革論」】

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【TPP―これでいいのか「農業改革論」】 大震災の教訓ふまえ農業復権を JA全中専務理事 冨士重夫氏・東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏【後編】

・集落単位で持続可能な農業を
・JAの力で暮らしを支える
・輸出バラ色論は崩壊
・柔軟なEPAの選択を
・原発事故、損害賠償の問題点は?
・止めるべき問題は「止める覚悟」を持って

 農業と農村再生に向けてどんな議論が必要なのか――JA全中の冨士重夫専務と東京大学の鈴木宣弘教授の対談後編。

JAの総合力で豊かな農村社会をつくろう

 

◆集落単位で持続可能な農業を


 冨士 それをわれわれは1集落1経営体というかたちとして農業で所得を確保できる担い手をつくっていくことを提起しています。その経営体とは、個人であったり、法人であったり、集落営農だったりするわけですし、畑作、野菜、果樹なども組み合わせた複合経営として労働力を円滑に確保していく。
 われわれの危機感はもうひとつあって、今、正組合員で80歳を超える人が80万人います。平均面積は1戸1haですから、全国で80万ha程度の農地を80歳以上の人たちが持っていることになります。
 もちろん後継者がいる人もいますが、そのうちの4050万haはここ5年で受け手がないことになりそうです。
JA全中専務理事 冨士重夫氏 その農地を1集落1経営体としての集落営農などに集積していくことは、いやがうえにも求められるわけです。そのときにきちんとした考え方を持って取り組んでいかなければならないわけで、これは極めて現実の話です。
 その結びつきを農協がやっていき、担い手を育てていく。新規就農者に対しては、市町村行政と一緒に経済的支援をし、農協の臨時職員として雇用して3年、5年と独り立ちしていくまで身分を保障して育成していく。こういう絵姿でやっていきたいということです。
 鈴木 この提案に対しては現場ではやや誤解している人もいるようです。
 これをTPP問題と絡めて、大規模経営を作り上げて準備をしておけばゼロ関税になっても戦えるというような議論がありますが、全中もこの提言で方向転換したのかという声が聞かれますが。
 冨士 TPP参加が前提であるなどということではなく、TPP参加はもちろん反対。関税などの国境措置と国家貿易の維持ということは前提としたうえでの今回の提案です。
 一方でよく言われるのがTPP問題があろうがなかろうが、日本農業は高齢化が進行し農地は分散したままだ、これをどう克服していくのか、ということですね。それに対するわれわれの考えが今回の提言です。だから大前提は国境措置と国家貿易の維持です。

 

◆JAの力で暮らしを支える


東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏 鈴木 そこはよく分かりますが、もうひとつの誤解は、この提言は集落に一人だけ大きな農業経営があればいいのか、ということです。そうではなくて集落機能を維持するため、みんなで分担していくことという問題提起なのか……。
 冨士 1つの担い手経営体を2030haだとすれば、その数は集落数からいえば1020万になります。しかし、われわれは担い手経営体における主たる農業従事者を3040万人、そして担い手経営体に参加し、または支える農業者等を170200万人ぐらいと想定し、そういう人たちが役割分担をしながら農道や水利を管理し営農の一部を担う姿を考えています。
 その姿は地域の人的資源の状況によって異なると思いますが、そうやって地域全体でコミュニティを維持していくことです。
 今回の提言では農業だけではなく、地域経済、地域社会とセットで絵姿を描こうというのが特徴です。集落は今、高齢化し交通アクセスなどいろいろな生活インフラも危機に直面しているわけですから、地域での暮らしと農業再生を一緒になって考えていかなければ、豊かな暮らしは実現できないと思います。
 それにはまさに農協が役割発揮する必要があります。経済活動を一部切り取って、たとえば、燃料供給だけやります、といっても50km、100km走って5戸の家しかないような地域では単独での事業が成り立たない。だから、燃料も供給する、食料も供給する、介護ケアもやりますというように、暮らしと生業(なりわい)としての農業、それらを全部ひっくるめて総合的に捉えて協同組合としてやるから成り立つんです。総合事業を展開する農業協同組合、これが農村における暮らしと営農を支える機関としては最適なんです。だから農協の役割発揮を、と提起しているということです。
 鈴木 大震災を受けて地域で支え合って持続していけるコミュニティを大事にしようという機運が高まっているなか、まさに農協組織がそういう機能とセットで地域全体を支えていくことをめざしているわけですね。企業が地域に入ってきて、それだけが農業をやるという姿とはまったく違うものだときちんと理解しなければいけませんね。

 

◆輸出バラ色論は崩壊


 鈴木 それからTPPを推進する人はこれからは安全・安心な農産物輸出に力をいれるべきだと言ってきましたが、当面は、放射能問題でその前提が崩れたと思います。
 冨士 もともと輸出について過度にバラ色に描いて、輸入が増えても輸出すれば国内生産は維持できるではないかとの主張がありましたが、われわれはそんなことはありえない、日本農業の規模からして輸出はごく一部にしか過ぎないと言ってきました。
 日本の農産物は品質がいいといっても、輸入農産物も急速に近づいてきますよ。そして価格差は最後まで超えられない。
 原発事故によって農産物どころから工業製品まで拒否されている状況もあるわけで、その意味ではこの1億2000万人の国民の食料とエネルギーの供給を改めて考える機会にすべきだと思います。
 私は、日本食がいいというのであれば、日本から一部だけ輸出するというのではなく、日本に来てもらって日本の食と農村、文化を体験してもらうことが、相互理解にもなるし総合的な経済効果つながるはずです。

 

◆柔軟なEPAの選択を


 鈴木 ただ、そのときに出てくるもうひとつの議論は、国際社会で日本が貿易をしながら発展するために、TPPではない、国際経済における仲間づくりをどう考えるのかについての対案です。具体的にはたとえばEUやアジアとのFTAをどうするのかといった選択肢についてはどのように考えられますか。
 冨士 二国間のEPA・FTAについては、アジア、とくに中国は別として東アジア中心にやっていくべきだと思います。まさにここは人口も多いし、途上国も抱えているし、同じ東洋人として価値観を共有できるところも多い。
 一方、豪州や南北アメリカとは、もう全然違う話でやはりWTOといった多国間貿易のルールのなかで対応していくべきです。
 それから投資協定や資源の問題の協定などは、お互いに強いところや弱いところがあるわけで、それは個別に交渉していくべきだと思いますね。
 TPPは結局、アメリカンスタンダードでの規制緩和や企業の自由化、投資の自由化を認めるということであって、それに入るかどうかということでしかない。
 鈴木 TPPのような協定は例外を認めずアメリカのスタンダードを強要されるというかたちになってマイナスにしかならない。
 しかし、FTAとしては今までもアジア中心に進めてきており、その理由はお互いに自由化が難しい分野を認め合いながら譲り合い、柔軟にやってこれたからです。したがって、柔軟性が保て双方が発展できるような農業の条件が似ているという相手国と進めるということだと思います。
 その点でEUはアジアではないとはいえ、米国や豪州にくらべ歴史的にも土地条件、考え方においても比較的近いものがあるかなと思います。
 まったく相容れないのが、規模が3ケタも違うような農業をやっていてしかも自由貿易協定では例外を一切認めないという徹底したゼロ関税を求めるという国やグループであって、それはほとんど相手にならない。FTA・EPAがすべて問題だというよりも、柔軟にお互いにメリットがあるような結果になるように選択していくことが重要だと思います。

 

◆原発事故、損害賠償の問題点は?


 鈴木 震災関係の問題でいえば、いわゆる風評被害への対応があります。この状況を打開しようと東京などで各産地が直売会を開いたりしていますね。こういうイベントには消費者のみなさんはすぐ反応し売り切れになってしまいます。
 ところが卸売市場ではほとんど値がつかない状況があったり、食品加工メーカーのなかには安全だと言われていても契約栽培を打ち切ったという例もあります。
 みんなで支え合って苦しんでいる人たちを何とかしようと、食料市場に関わる人たち全体でそうしなければいけないのと言っているときに、そうなっていないのはどこに問題があるのでしょうか。
 冨士 いわゆる風評被害ですが、たしかに消費者のなかには怖いとか嫌だなという人もいると思います。しかし、それを助長しているのが流通業者だと思いますよ。エンドユーザーが引き取らないとか、価格を叩くといったことが行われているようで価格形成にも需給にも影響を与えています。
 花の価格も3月14日あたりに一気に下がりました。それ以来、花き市場の価格は低迷しています。原発事故を原因にしてそういう価格形成になってしまった。これはもう損害賠償の対象であるし、われわれもこれを認めるよう強く訴えています。
 しかし、損害賠償の指針を検討している審査会の第一次指針では、まずは出荷制限を受けた品目や地域が対象ということです。これはもう今後の作成する指針では全部を範囲にすべきだいうのがわれわれの主張です。
 JAグループの代理人をお願いした弁護士の先生は、風評被害と言うな、といいます。風評被害というのは嘘や伝聞によって受けた被害であって、今回の原発事故は嘘ではありません。明らかに原発事故を原因とした実損であって因果関係ははっきりしている。ここは徹底的に主張していきます。

 

◆止めるべき問題は「止める覚悟」を持って


 鈴木 まだまだ大きな問題が続くかもしれませんが、いろいろな面でJAグループの力の発揮が期待されます。
 冨士 何年かかるか分かりませんが、この3年ぐらいがいちばん大事で、いろいろなことが起きるとは思いますが、すべて元に戻す、それから将来のためになる農業の復興をやるということを肝に銘じてやっていきたいと思います。
 鈴木 今日はTPPについて6月の参加判断が先送りになったからといっても安心できるような状況ではない、という危機意識も強調されました。
 むしろきちんと議論しないまま突然11月ごろになって滑り込むというようなことになれば日本全体がもっと大変なことになります。この件について関係者は覚悟を決めて議論を正常化し、止めるべき問題は止めるということに責任を持たないといけないと思います。
【TPP―これでいいのか「農業改革論」】 大震災の教訓ふまえ農業復権を JA全中専務理事 冨士重夫氏・東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏 冨士 TPPはとんでもない協定だとは思っていますが、やはり危機意識を持たなければいけません。TPPの中身は非常に問題があるわけですが、逆にいえば米国や豪州などからすれば日本が参加しなければメリットがないため、遅くなってもいいから日本に参加をしてもらいたいということもあり得る。そういう意味では引きずり込まれることが怖いという面もあるので危機感を持って取り組まなければいけないと思っています。
 一方、この問題に日本が突き進んでいけば日本農業はもちろん、日本人の暮らし自体もおかしくなるという確信を持っていますから、徹底して反対していきます。
 鈴木 TPP参加問題は「頑張ったけれども結局止められなかった」ではすまない問題なので、それぞれの立場で覚悟を持って臨んでいく必要がありますね。

前編はこちらから

(2011.06.16)