特集

地域と命と暮らしを守るために JAは地域の生命線―協同の力で全力で被災地の復興を

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【インタビュー】諏訪中央病院名誉院長・鎌田實氏  現場の気持ち汲んだ「生業」重視の復興を

・一杯のビールで元気を
・補償で終わらせない
・復興プランは現場でつくる
・大地と人のつながり
・「負の連鎖」を起こさない

 東日本大震災から3カ月。政府は「創造的復興」と謳い、建設的な被災地の復興をめざすとした。しかし地域にはこれまで住民が築いてきたコミュニティーや生活の場がある。被災地の復旧・復興は中央で描いたお仕着せの新しい町づくりではなく、自然と生業と暮らしが一体化した地域社会の再生ではないだろうか。
 地域住民に寄り添い、地域に根ざした医療づくりをめざしてきた諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏に、被災地が復興に向かうためにはどうしていくべきか、私たちは何をすべきかを聞いた。インタビュアーはJC総研常務理事の松岡公明氏。

自然の恵み軽視した社会を変えるとき

ムードに流されない連帯感が日本を守る


◆一杯のビールで元気を

 松岡 東日本大震災以降、献身的に現地に入られていますが、先生ご自身は今回の震災をどう受け止めておられますか。
諏訪中央病院名誉院長・鎌田實氏 鎌田 風評被害の厳しさを感じています。震災から2週間目に福島県の南相馬市から救援依頼があり、現地に向かいました。原発から20数キロ圏内で屋内退避の地区だったために、救援物資も届かず、病院では患者さんの命が守れないという切羽詰まった問題がありました。鹿島区という海岸沿いの漁師町は津波によって壊滅状態にあり、それに放射能の問題も重なって十分な人命捜索もされておらず、他の地区の何倍もひどいと感じました。
 阪神大震災や中越地震のときは、だいたい5日目でボランティアによる温かい炊き出しがあったのですが、10日たっても温かいものを食べられていないと聞いて、レトルトのおでんを持っていきました。人間は温かいものを食べると結構元気が出ますから。
 松岡 ビールも持っていかれたそうですね。先生らしいと思いました。
 鎌田 もし自分が被災者だったら10日目あたりにビールも飲みたくなるでしょうから。特に男の人はビールを一杯飲むと元気になるじゃないですか。自分がしてもらいたいと思うことをしてあげること、その人の視点に立つということが困っている人に対して一番大事な事だと思います。

 

◆補償で終わらせない


 鎌田 今、福島の農業者はとても苦悩されている状況です。農作物の値段がものすごく下がっています。
 松岡 価格の下落だけでなく、風評被害で流通されないこともある。風評被害のメカニズムは、小売り側の「並べてもお客さんは買わないだろう」、卸の「小売が買わないだろう」という“だろう、だろう…”の連続から生まれ、結局、生産現場では「実害」に至るというものです。
 鎌田 福島でボランティアをしていて、ものすごく克明に検査していることがわかりますから、心配しないで食べてよいはずです。基準値を超えたときだけマスコミは大騒ぎしますが、福島県版の新聞には地域と品目の数値が細かく書かれています。全国紙には載っていないので、なんとなくの不安から「福島の野菜は危ないんじゃないか」と消費者に思われてしまっているのも原因ではないでしょうか。
 松岡 際立ったことを大げさに報道して肝心の安全なことは書かないメディアのあり方もひとつの問題ですよね。
 先生は地域密着型の医療をめざし尽力されてこられましたが、被災地域が復興していくために何が重要だと思われますか。
 鎌田 政府は早く働く場をつくってあげることです。農地がなくなってしまった農業者に補償をするだけでなく、仕事も支援することが必要です。国が農地再生のための公社を創ったらよいと思います。農業者をそこのリーダーとして当面のあいだ雇い、技術者や専門家などのアドバイザーと一緒になって土壌をよみがえらせていく、というような。農地がきれいになるのを待つのではなく、数年間できれいにできるよう、国の事業として興したらよいのではないでしょうか。自分の土地をきれいにし、なおかつ給料ももらえるわけですから本気になりますよね。より早く農家の生活に戻れる可能性につながるわけですから。被災農家を雇い、研究費にお金を出して農地が復旧するまで政府が支援するべきです。農業や漁業がちゃんとよみがえるかどうかは、一次産業の盛んな東北の場合、特に大事なことではないでしょうか。
 人間にとって一番辛い状況になったときの原動力は、働く場があることと愛する人がいること、この2つだと思います。

 

◆復興プランは現場でつくる


 松岡 今政府では「創造的復興」といって「企業化」や「集約化」を打ち出しているわけですが、1次産業を生業としてきた地元のコミュニティーに目線を合わせ、それを活かしながら先生がおっしゃるような地元の人たちの雇用をつくっていく仕組みづくりが必要だと思います。復興プランについてはどうお考えですか。
 鎌田 その人が何で食べてきたのかをよく考えて、その方法で再び食べていけるようにすることが大事です。やはりこれまで生業としてきた仕事に重心を置いて、復興を進めていくべきです。農業も漁業も自然と共生していて、農業・漁業者はそこが職場であり、生活の場でもあるわけです。知識人だけを集めて作った復興プランでは、一見おしゃれなものができても役に立ちません。農家のおばちゃんや漁師のおじさんの声を聞いて、そこに目線を置いたプランにしないといけません。
 松岡 「机上」のプランじゃなくて「地上」のプランにしなければいけませんよね。
 鎌田 立派なプランにしなくてもいいので、できたところで常時現場に下ろし、現場の声を聞いてそれに応えられるプランに変えていく、というように霞ヶ関と現場を行ったり来たりするべきだと思います。国にはもっとスピーディーな対応が求められます。
 松岡 朝令暮改という言葉がありますけど、それでいいんですよね。

 

◆大地と人のつながり


 鎌田 わたしたちは生き方を誤ってきたところがあって、海や大地をきれいに使っていくことがどんなに大事なことなのか、ここのところ忘れかけていたように思います。
 私はチェルノブイリに20年間、病気の子どもを救うために94回訪れています。世界にこのような悲劇を二度と起こしたくないという思いもあって、一度起こした事故の経過を最後まで見続けようと思ったんです。まさか自分の国でこのような事故が起こるなんて思ってもいませんでした。チェルノブイリの悲劇をずっと見てきた人間として、もっと強く発信していたほうがよかったんじゃないかと感じています。
 チェルノブイリの事故では6000人の子どもが小児甲状腺がんになったわけですが、大地が汚れ、草が汚れ、牛が汚れ、そのミルクを飲んだ子どもが発症――まさに「食物連鎖」が原因です。結局、大地を通して私たちはつながって生きているわけです。今後わたしたちが生き抜いていくためには大地をどれだけきれいにし続けていくか、本気になって考えなければいけないと思います。
 今回の震災を通して、大地や水を大切に使っていくことが日本の生きる道だということがよくわかったような気がします。豊かになるためには電気がたくさん必要だから原発をいくつも作る、というのではなく、エネルギーも食べ物ももう少し自然の恵みを利用していくべきです。自然を支配し敵対するのではなく、風や太陽の恵みを大事にしながら生きていく感覚を持つことが大事です。これは本来、日本人がどこの国の人よりも持っていた感覚ですから、その大切さに気付くべきです。
 しかし若者や被災者の雇用を考えれば経済を冷やすわけにはいきませんから、それなりに経済をよくしていかなければいけません。そのときに大地や水を汚してしまうような方針で経済を拡大するのではなく、自然と仲良くしながら技術立国としての新しいスタイルを見つけていくべきで、今回をそのスタートにすべきだと思います。

 

◆「負の連鎖」を起こさない


 松岡 日本では原発の安全神話をはじめ、成長モデル、雇用などさまざまな神話がくずれてきていますが、いまだ方向転換できていません。今度こそパラダイム転換しないといけないですよね。
 鎌田 工業製品でしか生きていく方法はないと思われてきましたが、大型農業に成功したある地域を訪れたとき、若者たちの活き活きした姿を見て、もう一回新しい国づくりができるのでは、と思いました。政府は農業だけではやっていけないと思っていますが、どうもやりようがあるように思います。
 松岡 最近は外国とのフェアトレードが進んできていますが、国内ではそうした意識が定着していないという問題もあります。外国より、まずは国内。食生活を通じて日本農業を支援していこうという消費者の「行動変容」が必要でしょう。意識改革についてのアドバイスをお願いします。
 鎌田 福島に行って悲しかったのは水田に水が張られていないためにツバメの巣ができない、カエルの鳴き声が聞こえないということでした。農業がストップすることによって、動物などのサイクルが崩れていく可能性があります。農業の基盤がちゃんとしているということが、どれだけ日本の国土を維持していくのに大事なのか国民はもっと理解するべきです。売られている農作物ひとつひとつに生産者が愛して作ったストーリーがあるわけです。それを国民全員が理解すれば風評被害がどれだけ下品なことか、自分がそのようにされたらどれほど悲しいかがわかるはずです。都市の人は農村の人の努力のおかげで、これまでお米や野菜を食べてきたわけです。
 日本にいる私たちが福島の野菜は食べないとか福島の車は危険だといって風評被害を起こしている限り、外国から日本全体に対する風評被害が絶対に起きます。そして起こしている当人が必ず今度は被害者になるという「負の連鎖」が起きるでしょう。困難の中にいる人とどう手を結び合っていくのかがすごく大事なことで、負の連鎖を起こさないことが日本全体を守ることにつながります。日本が崩れるかどうかという瀬戸際の今こそ、人の顔色をうかがったりムードに流されたりせず、日本全体がお互い様の気持ちで助け合いの「連帯感」を意識することがもっとも大切なときではないでしょうか。

PROFILE
かまた・みのる 諏訪中央病院名誉院長・作家。1948年東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。88年、長野県の諏訪中央病院の院長に就任し、住民とともにつくる医療を提案し地域医療に携わる。91年日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)を設立し、現在も放射能汚染地帯の病院への支援を行っている。

 

 

インタビューを終えて


 患者が病院の都合に合わせ、我慢し、頑張らなくてもいい。頑張っているうちは一本の道しか見えない。「頑張らない」となれば、いろいろな道があることが見えてくる…鎌田先生は『がんばらない』『空気は読まない』などの著作にあるように、逆説的な発想力とメッセージ力豊かな「言葉による治療」の名医でもある。病院着任後「住民とともにつくる医療」を目指して健康管理活動を展開、脳卒中の死亡率が下がった経験から、住民が行動を変え、地域が変われば、地域が健康になるという確信を得て、「行動変容」に至るまでのコミュニケーションの重要性を説く。
 原発の「安全神話」が崩壊。経済成長モデルなどの「神話」も崩壊状態にある。今までの「神話」にとどまる限り、新たな地平は見えてこない。パラダイム転換とその「行動変容」が求められる。インタビューでは、「北風と太陽」の太陽を実践してきた人物ならではのオーラを感じた。鎌田「哲学」の効能は一段と健在。
(松岡)

まつおか・こうめい 昭和31年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。56年全国農業協同組合中央会入会、平成21年9月(財)協同組合経営研究所常務理事、23年1月(社)JC総研常務理事に就任。現在に至る。

(2011.07.06)