特集

地域と命と暮らしをまもるために 協同の力で人間を主人公とした被災地の復興を
聞き手
東京農工大学元学長・梶井 功氏

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【インタビュー】茂木 守 JA全中会長に聞く  「相互扶助を実証したJAグループの災害対策」

・まだ先が見えない農地復旧
・義援金配分が遅れる中で…
・3000人以上の人材を派遣
・WTOとTPPをめぐって
・「新しい協同の創造」めざす

 「農協運動は全農民的公共的な運動である」とは初代の全国農業協同組合中央会会長である荷見安氏の言葉だ。大震災後のJAグループの活動は見事にそれを実証したと梶井功氏はエールを贈った。それを受けてJA全中の茂木守会長は日本をはじめ世界中からの支援が私たちの復興への意欲を大いに高めたと感謝の思いを述べながら、今後の厳しい取り組み課題を次々に指摘した。また、そうした中で問われる協同組合の本質なども語った。

復旧・復興に向け、JAグループの力発揮を


◆まだ先が見えない農地復旧


 梶井 東日本大震災後、全中の素早い対応や各JAの取り組みは、まさにJAの理念である「相互扶助」の精神が前面に出ていたと思います。荷見安氏(初代全国農協中央会会長)の『米と人生』の一文に「農協運動は全農民的公共的な運動である」という名文句がありますが、まさに今回の対応でそれが実証されたと思います。会長がお考えになった支援へのお気持ちをまずお聞かせください。
茂木 守 JA全中会長 茂木 未曾有の大震災から4カ月が経過しましたが、国内のJAグループをはじめ、全国、そして世界各国のみなさんから大きな支援をいただきました。まさに人と人との絆、善意、まごころが私たちの復興に対する意欲を高めたと心強く感じています。
 私は3回現地に行きましたが、被災された方々の生の声を聞き、現場の惨状を見て、被害の大きさを痛感しました。いまだがれきの撤去が進んでおらず、岩手、宮城、福島3県を合わせると2万3000haを超える膨大な農地面積です。その上にがれきとへどろ、その下に砂利があり、元に戻すことはとても容易なことではなく、先が見えていません。JA全中としては震災当日に対策本部を立ち上げて対策を講じ、一次・二次補正予算への反映を大臣をはじめ与野党に要請してきました。いずれにしてもJAの相互扶助、共存共栄という理念のなかで協同組合の力を発揮し、復興への力をさらに増していかなければいけないと思っています。

 

◆義援金配分が遅れる中で…


東京農工大学元学長 梶井 功氏 梶井 農協あげての迅速な対応には“日本の農協はここまでやれるのか”と感心しました。JAグループでまとめた第1次要請にしても第2次要請にしても、現場の実態を踏まえた適確な内容で要請をされていると思いますが、政府の対応は鈍いですね。復興会議でも言葉だけはいいことを並べていても具体的なことが明確に示されていません。特に政府に要望したい点は何でしょうか。
 茂木 義援金の配分にしても3000億円近く集まっているのに、いまだ配分が20%に満たないというのが現状です。組合員は明日につなげるお金がない、というとても不安定な現状に置かれており、私たちは職員と組合員から集めた15億円を超える募金を被災県に対し早急に渡しました。その後もJAグループで集めた100億円を現地に届けました。なんとしても政府からは被災者が明日につなげる、いのちにつなげることのできる支援をしていただかないといけません。JAグループでも現地に早くお金が届くようにと政府に要望もしましたし、そこが一番肝心なことではなかったのかと思います。それから二重債務の問題についてもなんとか善処してほしいと前々からお願いしています。
 梶井 JAの提言の中で、復旧できる農地であるのか、できない農地であるのか、早くめどをつけ、できないところは国が買い取る措置をとり、今後も農業が続けられるという農地にも弾力的な措置を講ずる、という提案もされていましたね。
 茂木 おっしゃるとおりです。一時的に国で農地を買い上げて整備をした後、農家に再び買い取ってもらうということを考えています。沿岸部では75cm水没している所もあり、復旧が可能なのかもわかりませんし、水没していなくてもへどろや砂利を除去し除塩しなければならないので、相当な費用と時間がかかります。また除塩後の排水も沿岸部が沈下していて困難な所があります。

 

◆3000人以上の人材を派遣


 梶井 そういう状況下で、被災者のことなどまったく考慮しないで「この際、大規模経営の模範地区を作ればいい」という非人道的といってもいい復興意見すら出ています。JAグループには組織をあげて大いに抵抗していただきたいと思います。
 茂木 現地の意見をよく吸収した計画づくりが復旧の大きな力になるわけで、上からの目線で「こうやりなさい」という政府の指示では、復興の意欲を失ってしまいます。被災者の意見を十分に聞くことが最良であり、そういった考えでわれわれは政府に要請をしています。
 梶井 地元の意見をベースにしたプランを組み立てるときに一番大事なのは地元の農業者と密接なコンタクトをとっているJAなど地元農業者組織の意見を聞いてまとめることだと思います。意見を固めるときにも市町村役場や地元農業者組織の役割が大事だと思いますが、いかがですか。
 茂木 JAグループでは地元の意見を優先的に聞き入れて、例えば、震災の翌日から厚生連病院を中心に医師や看護師を派遣するなど、復興に携わる人材の派遣を続けてきました。その数は3000人以上です。地元の意見を聞くことは、被災したJAの経営を立て直していくためでもあり、これが組合員のためにもつながると思いますので、これからも力を入れてやっていきたいと思います。
 梶井 政府の掲げる構想の中でも「地元の意見をくみ上げる」という言葉はあってもどういう仕組みで吸い上げていくのか具体策がありません。その具体策を示すことも復興構想会議の役割だと思いますが、ありませんね。JAや市町村などを中心にプランづくりをしていく仕組みを制度として確立させる必要があると思います。

 

◆WTOとTPPをめぐって


 梶井 会長は政府の食と農林漁業の再生実現会議のメンバーとしても、食料自給率引き上げで明快な主張をされていました。
 茂木 再生実現会議は、食料・農業・農村基本計画を実行するための会議なのに第1回からTPPの話が出てきたので反論しました。しかし今も依然として復興とからめてTPPを進めるべきだとの主張は根強くあります。もしTPPを推進すれば、それがますます足かせになって復興は進まなくなりますよ。
 梶井 その通りです。この事態の中でTPP問題が出たら復興への意欲はなくなってしまいます。この問題は論外にすべきです。
 茂木 JAグループはTPP反対署名1120万人分を集めました。これをバックにあくまで反対運動を貫きます。
 梶井 6月21日に行われた66カ国・地域農業団体によるWTO農業交渉「合意案」に対する修正要求宣言では、WTOの今の合意案を変更しないと途上国のプラスにならないと打ち出しておられました。会長も出席されたわけですが、大変素晴らしい内容だと感心しました。
 茂木 世界では10億人が飢えており、途上国は特に食料問題が一番大きな問題となっています。アフリカ全土が「先進国はもっと投資や支援をすべきだ」と発言していますし、日本はアジアの先進国の中で一番自給率が低いわけですから、ここはJAとして強く主張してきたところです。
 梶井 今回のWTO農業交渉は「ドーハ開発ラウンド」と名づけられています。前回のガット・ウルグアイ・ラウンドの結果としてできたWTOの体制が、先進国の市場競争で荒らされて途上国の発展を抑え込むかたちになっているという反省から、今回は途上国の開発にプラスになるような世界の貿易体制を作ろうじゃないかというわけで「ドーハ開発ラウンド」と名付けたにもかかわらず、現実は逆方向です。
 茂木 本来、自由貿易の推進はWTOの中で決まることであるのに、突如TPPが出てきて、これではWTOは一体何なのか、これまで議論してきたことは一体何だったのか、非常に不信感が募っています。
 梶井 WTOは自由貿易を目指しますが、各国の独自性を認めながらやっていこうというのが本来の目的です。日本政府は「多様な農業の共存を求める」ことをWTO交渉の前に打ち出しましたが、TPPは完全にそれを無視しています。この問題点についても修正要求宣言が反省を求めており、これも素晴らしいと思いました。
 東日本大震災からの復旧・復興についてもこれが大前提にならなければ話は進まないと思います。

 

◆「新しい協同の創造」めざす


 梶井 来年は国際協同組合年ですが、何を念頭において取り組んでいくべきだとお考えですか。
 茂木 ICAの事務局長をはじめ、私はこの3年間で世界の要人に地元であるJA佐久浅間管内(長野県)を案内してきましたが、広範囲の事業をみて「日本のJAはここまでやっているのか」と大変驚かれました。事務局長は「世界に日本のJAの総合事業を発信したい」とおっしゃっていました。
 今は地方行政が財政難で事業運営力が落ちてきているので、JAでやってくれないかと市町村から委託を受けるケースも多くなっています。第25回JA全国大会で決議した「新しい協同の創造」にはこういった内容も包含しています。しかし、JAの使命の第一は生産振興ですので、それに付随して地域が求めているものにJAは力を入れていかなければいけません。今、地域が一番求めているのは福祉・医療なので、そこにJAは力を入れていくべきですし、そうすることでJAの存在意義が高まると思います。
 梶井 JAというのは単に経済行為をやっているのではなく、協同の社会づくりをやっているということですね。復旧・復興の取り組みについても各国の協同組合関係者がみたら「これが本当に協同組合がとるべき社会づくりのあり方なのだ」と実感すると思います。
 茂木 地域のためにいかに存在意義を発揮するかがJAの総合事業の本質です。日本以外では共同で物を売ったり買ったりするのが本質であるように思います。地域に密着し、地域の人々から信頼される存在意義を持った日本のJAは、世界でも進んだ協同組合だと思います。
【インタビュー】茂木 守 JA全中会長に聞く  「相互扶助を実証したJAグループの災害対策」 梶井 最後に米の先物取引の認可についてはどう思いますか。
 茂木 平成17年に出てきた時も私どもは反対しました。あの時の状況と何も変わっていないのに、なぜ認可したのかわかりません。大震災後の厳しい状況の中で、主食をマネーゲームの対象にしていいのかが問われます。
 梶井 投機マネーが国際的な問題になっているのにあえてやるのがわかりません。差し迫った問題として国会で大論戦してもらうべきだと思います。

(2011.07.22)