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【インタビュー】中野吉實 JA全農経営管理委員会会長に聞く

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【インタビュー】中野吉實 JA全農経営管理委員会会長に聞く  命の糧を生産し供給する農業に誇りを

・米価運動や自由化反対運動を経験して
・農家が働きやすい環境をつくること
・まず震災の復興と原発事故の終息を
・自信をもって健全な農家経営を

 今年7月の総代会で全農の新たな経営管理委員会会長にJAさがの中野吉實会長が就任された。そこで中野会長にこれまでの農協運動における経験や現在の日本農業・農協を取り巻く状況について、さらにそのなかでJA全農が果たすべき役割などについてお話いただいた。

全農の仕事は組合員に直結していると自覚して


◆米価運動や自由化反対運動を経験して


 ――会長にご就任されて1カ月が経ちましたが、どのようなご感想をお持ちですか。
中野吉實 JA全農経営管理委員会会長 「私はこの3年、全農から離れていましたが、その前の平成16年7月から3年間は全農の経営管理委員を務めていました。その時代の全農とはずいぶんと変わり、改善すべきことは改善し、いまは落ち着いて物事に対応できているということです」
 ――会長は32歳のときに当時の久保田町農協の組合長になられ、それ以降も一貫して農協運動に携わってこられましたが、いままでの経験のなかで印象に残っていることはどのようなことですか。
 「私が農業を始めたころは、米価運動が盛んな時代でしたが、米価も右肩上がりでみんな元気でした。日比谷の野外音楽堂で集会を開くとすぐに満員になりました」
 「そして米価運動に続いて、牛肉やオレンジの自由化の問題が起こりましたが、そのころから、自由化反対の運動に参加をしていました」

 

◆忘れられた食料や農業の重要性


 ――そうしたご経験から現在の日本農業や農協を取り巻く状況をどのようにご覧になっておられますか。
 「あのころは私たちが農業者としていろいろな運動をすると、政府も当時の与党だった自民党さらには野党でも打てば響くような連携関係がありました。私たちの意見を政策の中に取り入れていただいたと思っています」
 「しかしいまの多くの政治家は、私たちが言っていることの基本が分っていません。例えば農業のGDPに占める割合は1.5%に過ぎないのだから、他の98.5%が迷惑をしているというような言い方をされました。これは経済を数字だけで捉えられており、そういう考えに立てば、農業なんていらない。海外から買えばいい、その方が安いということになります」
 「結局、食料の重要性、農業の重要性が理解されていない。昔は食料がない時代を経験していましたから、そういうことを議論しなくてもみんな分っていました。ところがいまの若い人たちは食料を自給するということはどういうことなのか、ほとんどご存じないと思います。“自給率が40%でも、39%でも誰も困らないからいいじゃないの”という感じではないでしょうか」
 ――かつて「飽食の時代」といわれましたが、食料がないということが実感できないのでしょうね。
 「いまも飽食の時代が続いています。家庭における食品廃棄物の割合をみると、約4割がまだ食べられたのに捨てられたと言われています。若い国会議員の方にも飽食の時代がいつまでも続くと思っている方が多いのではないでしょうか。そしてそういう感覚がTPP参加という安易な発想につながっていくのだと思います」
 「そしてTPPについては、サービス業から銀行からすべてに影響があるのに、なかなか反対の声が出て来ません」

 

◆農家が働きやすい環境をつくること


 ――農業にとっては厳しい時代ということですか。
 「私たち農業者が、自分たちが行っていることの大切さをアピールするのが遅かったのかもしれません。農家の子どもでも農業の大切を分っていない子もいますから、大きなツケを払っているのかもしれません」
 ――そうした厳しい状況の中で、全農は今後、どのような役割を果たすべきだとお考えですか。
 「指導は中央会が行い、信用・共済はそれぞれ全国連がありますが、それ以外の生産から販売、さらに暮らしに関わるものすべてが経済事業です。そういう現実のなかでは私たち全農が行うことすべてが組合員に直結しています。そのことを念頭において事業をしなければなりません」
 「例えば、今年の決算をどうしようと心配していたら、組合員に直結する仕事はできません。しかし、いまがとりあえずプラスなら、組合員の負担が少なくなるような施策はとれないかと考え、具体的なことを組合員に提案・提示していくことが、全農として一番いいことではないでしょうか」
 ――農家の手取りがどれだけ確保でき、増やせるかですね。
 「農家にとってはそれが一番大事です。後継者がいるとかいないとかいいますが、それは農業が儲かっているかいないかで決まります」
 「後継者がいないといいますが、子どもがいない家はありません。私の近所の施設園芸でけっこう経営が良い家では、会社勤めしていた子どもが、親父と一緒に農業をするといって帰ってきました。というように良い経営ができているところには、必ず後継者がいます」
 ――良い経営ができるように全農として支援をしていく…。
 「私たち全農は、技術の提供もそうですが、生産コストを抑えることができる肥料や農薬を提供していくことも必要だと思います」
 「そして激しい労働力が必要な作業を機械化することなどで軽減し省力化していくことも必要です。その開発のためにはコストがかかりますので、国等から何らかの助成をしていただき、農家が働きやすいような環境をつくっていくことが、全農として取組むべきことだと私は考えています」
 「そしてもう一つは、“生産者と消費者の懸け橋”になることを理念として掲げ、宣言しているわけですから、ともかく販売を強化しなければなりません」

 

◆まず震災の復興と原発事故の終息を


 ――原発事故が農業に大きな負担をかけていますが…。
 「いまの日本で緊急にやらなければならないことは、震災の復興と原発事故の終息です。この二つは日本がこれからどんな生き方をしようと必要です」
 「福島の原発事故はチェルノブイリより酷い事故であり、その周辺に住んでいる人たち、とくに子どもたちは大丈夫なのかと心配です」
 ――農畜産物も風評を含めて甚大な被害を受けていますがこれについてはどうお考えですか。
 「当初の国の対応が拙かったと思います。
先日、牛肉の出荷制限が解除されましたが、取引価格で一番高いのが1800円/kgくらいでした。それが1日ごとに下がり、1500円くらいになる。そうすると500kgの枝肉で15万円下がったことになります。これでは赤字ですし、この損害を東電が認めるのかどうかということになったら農家はやっていけません。当初から国として責任を持つと対応して欲しかったですね」
 「全農の経営がきちんとしていなければなりませんが、全農が支援できることはなんでもやっていきたいと考えています。JAグループとしても他に先駆けて迅速に対応し、協同組合の力を最大限に発揮していると思います」

 

◆自信をもって健全な農家経営を


 ――最後に、JAの役職員や組合員の方へメッセージをお願いします。
 「食料を生産することは、命の糧を供給していくことであり、私は天職だと思っています。そういう意味で、自信をもって経営を健全なものにさえしていただければ、必ず道は開けると思います」
 「本当に農業を天職だと感じ、一所懸命取り組んでおられれば、後継者問題も子どもの方から“親父一緒に”といってついてきてくれますから、ぜひがんばって良い農業を続けていっていただきたいと思います」
 ――ありがとうございました。


【略歴】
(なかの よしみ)
 昭和23年佐賀県生まれ。昭和55年久保田町農協組合長、平成3年佐賀県農協中央会副会長、同9年佐賀県共済連副会長、同10年久保田町農協会長、佐城地区園芸農協連会長、同12年JA共済連佐賀県本部運営委副会長、同13年佐賀県経済連副会長、同14年JA佐賀県経済連会長、JA共済連佐賀県本部運営委会長、同15年佐賀県農協中央会会長、佐賀県信連副会長、同16年佐賀県信連経営管理委員会長、佐賀県経済連経営管理委員会長、JA全農経営管理委員、同19年JAさが会長、同20年JA全中理事などを歴任

(2011.09.13)