特集

2012年新年特集号 「地域と命と暮らしを守るために」
出席者
冨士重夫氏・JA全中専務理事
鈴木宣弘氏・東京大学教授
中野剛志氏・京都大学准教授
堤 未果氏・ジャーナリスト
司会
田代洋一氏・大妻女子大学教授

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【もう一度考えよう この国のかたちを!】
【新春座談会】今こそ、TPPの本質をつかめ! この国の未来のために。 冨士重夫氏・鈴木宣弘氏・中野剛志氏・堤未果氏・田代洋一氏(前編)

・正念場に向け情勢認識の共有を
・世界中が直面するグローバル資本主義の“害”
・農業に犠牲を強い「大義」はあるのか?
・相も変わらぬ「自己責任」の押しつけ
・大規模化だけで解決しない
・「参加ありき」で議論を誘導?
・日本農業の実態をふまえた議論を
・公務員100万人デモの背景

 TPP(環太平洋連携協定)問題は農業にとどまらず、広く国民生活に関わる「国のかたち」の問題であることを本紙も昨年来、有識者や関係者らの提言とともに特集号を中心に指摘してきた。
 日本政府が具体的に動き出す2012年は、まさにこの問題の正念場となる。これまでJAグループを中心に医療、生協、消費者団体などまで幅広いネットワークがかたちづくられたことは運動の大きな成果だが、今年こそ、TPP参加阻止に向けた一層の運動展開が求められることは言うまでもない。
 その際、必要なことは現在、私たちが生きている世界の状況と歴史的課題、そしてTPPの本質を改めて理解し、将来のこの国のかたちをしっかりと構想する力を1人1人が持つことだろう。
 そんな思いを込めこの新年号座談会を企画した。出席者の数々の貴重な発言が現場で運動をリードする1人1人の力になれば幸いである。

世界の動向を見つめ国の再生に力合わせよう


私たちの声を歴史の転換点にどう反映させるか?

「ウォール街占拠」が意味するもの
TPPの本質を考える

 

正念場に向け情勢認識の共有を
第2段階への対応


 田代 今日の座談会はまずTPPの本質や背景についてお話をいただき、後半にこれから私たちはどうすべきかをご提言をいただければと思います。
 さて、TPPについては第2段階に入ったといえるでしょう。政府はTPP参加に向けて関係国との協議に入るとしており、今後の協議によってさまざまな問題が出てくることが考えられます。最初に冨士専務から現在の情勢をふまえた今後の見通しと、JAグループはどう臨もうとしているのかお話いただけますか。
冨士重夫氏 冨士 一昨年11月に政府が決めた「包括的経済連携に関する基本方針」のなかでは、TPPについて「情報収集を進めながら対応していく…」としていました。
 しかし、昨年11月11日の野田総理の発言は「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」であり、これは情報収集目的から参加を目的とした協議へと一歩踏み出したということだと思います。マスコミは事前に総理は参加を決めたと盛んに報じていましたから、参加そのものではないという点で一歩押し戻したとはいえると思います。
 現在、米国は業界から意見募集をしています。これは1月中旬までとされており、意見を受けて米国政府が日本と非公式な条件交渉をするというステージに入ると思いますが、意見募集の期間が延びるのかどうか、あるいは各業界から出された意見をどう整理するのかという問題があります。
 その協議が終わった後、米国政府が議会に対し交渉開始の90日前までに正式通告する手続きがとられることになります。これが基本ですが、われわれがコンサルタント契約をしている米国の弁護士によるとこの議会通告をスキップすることもできるということです。 どっちを選ぶかは政府の判断で、この90日ルールで議会と調整する場合は交渉がまとまれば批准できることになりますが、スキップさせて先に日本に交渉参加を認め、交渉してからその後に議会の承認を得ることもあり得るということです。そうすると日本の交渉参加が認められるかどうかの時期は、90日ルールをスキップする場合は3月から5月、議会通告を行うとすれば6月から7月という時期になると推測しています。
 いずれにしても米国がどういう条件交渉を仕掛けてくるかですが、聞くところによるとニュージーランドの首席交渉官が情報開示はするなと言っているということですから、政府が言うように情報を開示して議論できる環境になるのかどうか極めて疑問です。
 また、APEC首脳会合の際、交渉参加9カ国は新規国が入る条件は、今までに決めた条件を飲むこと、野心の水準を下げないこと、今年中に交渉を妥結させるという9か国の合意を遅延させないこと、この3つだと言っています。
政治の責任を問いつづける そうであるなら日本もルールメーキングに参加すべきだなどと言いますが、そんなことにはならないし、それ以前に何が条件として出てくるか、その情報も開示されない可能性もあるということです。
 そういう意味でわれわれは医師会や医療関係団体、生協とも連携してきましたが、交渉参加断固阻止に向けてこれから一層他業界の人たちと連携して国民運動の輪をどんどん広げていく取り組みが大事だし、365名という国会議員の半数にTPP交渉参加反対請願の賛同者になっていただいたわけですから、国会議員との団結、それを強固にしていくという政治的な結集が大事です。
 第2ステージに入ったなか情報の共有、認識の共有をしながら関係を強固にして取り組んでいくことが大事だと考えています。
 田代 どう情勢が動くか分からないなか広範な運動が大事になっているということですね。
 それでは中野先生からTPPがこの国のかたちにどう影響を及ぼすのか、この問題の本質は何かをお話をいただければと思います。
 中野 少し大きな観点から2点指摘します。
 1点めはTPPについて米国か、中国か、といった国との関係で理解されているようですが、それは違うのではないかということです。私はTPPはグローバル経済がおかしくなっていることと関係していると思っていて、たとえばリーマン・ショック後、今日に至る過程でわれわれは2つのことを目前にしています。
 1つは、ユーロ、EUです。あんなことになるとは誰も思わなかった。国境を超えた地域統合がもっとも進んだかたちがEUですが、これは各国の主権を制限して域内でのグローバル化を進めようという話でした。しかし、現在の事態は何を意味しているかと言えば、そうした地域統合、経済連携を高度に進めるということそれ自体が失敗に終わったということです。
 2つめは、米国をはじめとして世界中で起き始めているウォール街占拠に代表される、1%の金持ちが世の中を牛耳っていて99%が無視されていると訴えている運動のことです。この1%対99%運動は米国的なグローバル資本主義、金融資本主義が格差を拡大し社会を崩壊させていることに対するプロテストの運動ですが、あれもリーマン・ショックを引き起こし格差を拡大していく資本主義のあり方でいいのか、強いものがどんどん取っていくということでいいのか、という話です。


(ふじ・しげお)
「TPPの持っている価値観、思想をきちんと整理して伝えていく。1人1人が広報マンになり、広げていく国民運動が大切。…若者の気持ちをつかむ運動も求められています」
 昭和28年東京都生まれ。中央大学法学部卒。52年全中入会、農業基本対策部次長、食料農業対策部長、農政部長、基本農政対策部長を経て平成18年より現職。

(写真)政治の責任を問いつづける

 

◆世界中が直面するグローバル資本主義の“害”


 中野 このようにわれわれ日本人は今、EUの地域統合、経済連携の失敗とウォール街を占拠せよという運動に表れているグローバル資本主義の矛盾というものを世界経済のテーマとして見ているわけですね。にもかかわらずTPPに賛成するというのは、時代認識が根本的に誤っている、ということです。
 なぜならばTPPの背景にある理念は、地域統合を進めましょう、経済連携を高度に進めることがいいことだという発想ですし、まさに米国型のグローバルな資本主義を進めようというものだからです。
 本当は米国ではリーマン・ショックの少し前から、このような資本主義のあり方に批判が高まっていました。オバマ大統領が熱狂的に支持されて当選したのも、そういう資本主義を直してくれるリベラルな政治家だと思われたからです。
中野剛志氏 実際、オバマは大統領選ではTPPと同じような自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)を批判していました。だから彼は格差是正にも取り組むし、国民皆保険制度も導入するという期待を受けて登場したんですが、失敗した。オバマ改革は失敗して結局、ウォール街に代表されるような人たちの既得権益を打ち破ることができずに挫折して支持率も下がっていった。それと軌を一にしてTPPを推進し始めたということなんです。
 つまり、TPPは世界中が問題視している、あるいは矛盾を突きつけられているグローバル資本主義の権化なのであって、TPP反対の根っこにはウォール街占拠運動と同じ問題意識を持っていなければならない。とくに日本では農業や工業の関税の議論ばかりしていますが、米国はすでに事前協議で簡保を交渉対象に要求してきたように、彼らの狙いは金融、保険です。オバマ大統領は輸出倍増戦略を掲げました。輸出を倍増することによって米国の雇用を増やす、と。これは一見、貧しい米国人を救うというリベラルなイメージですが、米国の製造業はすでにほぼ滅びています。農業がいくら輸出を伸ばしても大規模農業なので雇用は増えない。穀物メジャーが肥え太るだけです。
 実は米国の輸出の30%はサービス輸出です。サービス輸出とは金融、保険、コンサルタント、会計サービス、法務、医療…、こういった分野ですが、これらの産業は高学歴者の雇用先ですね。したがって輸出倍増といってもサービス輸出増ということですから、米国内に雇用は増えない。まさに聖書のマタイ伝と同じで、「富めるものがますます富み」という「1%」がもっと儲かるだけで、米国の根本的な問題である格差の是正や貧しい人たちのための雇用機会を生み出すということにはならない。
 さらに言えばTPPは米国の一部の、「1%」の金持ちがもっと豊かになるだけで米国の矛盾を一層ひどくする。つまり、オバマは米国のためにもならないことをやっているということなんです。したがってTPPに反対するというのは米国に対する反対ではなく、米国をも蝕んでいるいびつな資本主義のあり方、リーマン・ショックを引き起こしたような、あのグローバル資本主義に対して反対するということです。このことについて実は日本がいちばん認識が弱いと感じています。

(なかの・たけし)
「TPPは世界中が問題視しているグローバル資本主義の権化なのであって、反対の根っこにはウォール街占拠運動と同じ問題意識を持っていなければならない」
 昭和46年神奈川県生まれ。平成8年、東京大学教養学部教養学科(国際関係論)を卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。12年より3年間、 英エディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。経済産業省産業構造課課長補佐等を経て現職。

 

◆農業に犠牲を強い「大義」はあるのか?
日本の政治の質


地域と命と暮らしを守る国民運動の輪を広げることが一層大切になっている 中野 2点めは少し話の位相が変わりますが、日本の政治や外交が非常に軽くなっているということです。
 誤解を恐れずにいえば、外交では時に、一部の産業、一部の人々を犠牲にしてでも全体の国益を守るために、という判断を政治家がしなければならないことはあると私は思います。マイケル・サンデルの白熱教室ではありませんが、たとえばボートが沈みかけていて何人かを放り出さなければみんな死んでしまうというときに、涙を飲んで何人かを放り出すことについて倫理的には論争になっても、政治の世界ではそういう厳しい選択が迫られる場合があることは認めます。
 たとえば、過去の日本の外交では沖縄返還交渉がありました。あのとき総理は佐藤栄作、通産大臣は田中角栄でしたが、返還交渉で米国は、当時、日本の繊維産業が伸びて米国市場を侵食していたのでそれに文句をつけた。日本は沖縄を返還してもらうという大義のためにやむを得ず圧力に屈して繊維産業に輸出規制をかけましたが、日本の繊維産業は苦境に陥った。
 この外交は「糸を売って縄を買う」と批判されました。糸、すなわち繊維業界を犠牲にして沖縄という縄を取り戻した、俺たちを売り飛ばすな、と繊維業界は怒り狂ったわけです。
 これは繊維業界の人には悪いけれども、後知恵で考えると佐藤、田中がそう決断せざるを得なかったのは、沖縄を取り戻さないと戦後が終わらない、だから断腸の思いで繊維業界に犠牲を強いてその十字架を自分たちが背負う、ということだったと思います。それぐらい重いことだったのではないか。しかし、沖縄返還という大義はあった。
 さて、今回のTPPでは農業が犠牲になる、医療は大丈夫かといった声や、とくに東北の被災地は農家が多いですからかなり大きなダメージを受けるのではと心配の声が上がっています。 しかし、彼らに犠牲を強いてまでやらければならない大義があるのか。
 もしかしたら農家の方々のなかにも、何か大きな大義があるのだったら農産品を自由化して自分たちはそのなかでも生きる道を考えないといけないのかな、と思われている方もいるかもしれません。そして、その大義は何かを説明してほしい、と。

(写真)
地域と命と暮らしを守る国民運動の輪を広げることが一層大切になっている

 

◆相も変わらぬ「自己責任」の押しつけ


 中野 では、政府はTPPの大義を何だと言っているのでしょうか? アジアの成長を取り込む、ですよ。ですが、何度も言っているようにTPPにアジアは入っていないのです。一体、何を言っているんですか? そんなことのために路頭に迷えるわけがないだろう、ということです。つまり、政治が軽すぎるんですよ。
 ところが政治の側も、そんな雲をつかむようなアジアの成長を取り込むなんてことのために、農業に犠牲になって下さい、とは説明できない。では、何と言ったか? 自分たちがやましいからこう言ったんです。TPPをきっかけにして農業を改革する、農業の再生と両立するんだ、と。
 これには鈴木先生をはじめ専門家の方々は呆れてましたよね。それは当然ですが、もっと問題なのは彼らは本当に農業を改革しようと思っているのではなくて、自分たちのやましさから逃れるためにそういう方便を言っているということです。
 しかも現実にTPPで農業が崩壊したら、今度は彼らはこう言うんです。これは自己責任だ、保護され過ぎていたからだ、と。農業がだめになったのは日本の農家に企業努力が足りなかったからだ、という言い訳まで用意している。
 この政治、外交の軽さ―。こんな軽いことではTPPに限らずどんな問題が起きても、この国はだめだと思いますね。

 

◆大規模化だけで解決しない
復興とTPP

鈴木宣弘氏 田代 ご指摘の数々の問題を考えると交渉といってもまったくお寒いということですね。それでは鈴木先生に農業の問題、とくに東日本大震災についてもお話いただきたいと思います。
 鈴木 私もいちばん根本的な問題は、今のお話のように米国のシカゴ学派に代表されるような経済の考え方そのものにあると思います。徹底的に規制緩和し市場に委ねれば世界の経済的利益は最大化されるんだという、単純明快ですが極めて原始的、幼稚な論理です。突き詰めれば政策もいらないと言っているようなものです。ですから、TPPは推進すべきだ、市場原理を徹底すべきだと言っている政治経済学者に対しては、それなら政策を研究しているあなたも要らないんじゃないですか? ということになります(笑)。
 ルールなき競争で殴り合いの喧嘩をして99人が路頭に迷っても、1人の富が巨額であれば世界トータルで富が増えたのだから、これが効率的だと言っている。この考え方によって格差拡大社会となってデモが起きているのに、時代に学ばず逆行している。これがTPPの基本の考え方であり根本的に間違っているということを私も改めて強調しておきたいと思います。
 ルールのなかにも緩める必要があるルールもあるでしょうが、すべて無くせばいいというのは極論です。極論では世の中は均衡ある持続的な発展にはならず、幸せな社会にならないということが分かっているわけですから、どう中庸(Golden Mean)の部分を見つけていくかを議論しなければいけないわけです。
 ところが、大震災後に最初に出てきたのが、被災地がこれだけ壊滅的な状況になったのは逆にいい機会だから、特区をつくって規制緩和を徹底し、企業が入って大規模農業をやればTPPも怖くない、といったような議論です。農業を改革するんだという議論に引っかけて、規制緩和し自由化して外国と競争しろ、と。 しかし、TPPの他の分野についての議論や情報はどうだったでしょうか。
 これについては、国民が不安になるような話は出すなということだったんです。実は震災直後、私のところに官邸周辺の人が来てこう言いました。官邸では大変なことになっている、6月までに結論を出す方針だったTPP議論は先送りになったけれども、むしろこれはちょうどいい、これで情報も出さず議論もせずにとにかくAPEC前の11月に滑り込ませればいいのだから、という話になっている、と。
 そして、情報として出していいのは農業の話だけだ、ほかの部分はそっとしておけばいい、こう言っているのが官邸周辺では主流だというんです。
 ですから11月の判断は決めていたということです。それもここまで徹底するのかというほど常に露骨な情報操作をやったわけです。 まずこのことについてもっと国民は怒らなければいけない。自分たちの生活がどうなるかについての情報をここまで意図的に隠した。原発事故と放射能の情報もそうでしたが、人の命にかかわる問題や国の方向を誤らせるかもしれない情報を隠しておいて、大丈夫、大丈夫と言う。そんなことでは済まされないんだということをきちんと糺していく。責任をとっていただくシステムにしないといけないと思います。ここを根本的に国民が怒らないと。

(すずき・のぶひろ)
「民意を無視し最初から参加を決めていた。完全に民主主義としての政策形成過程が崩れている。国民を愚弄している状態。……ここを根本的に国民が怒らないと」
 昭和33年三重県生まれ。東京大学農学部卒後、農林水産省、九州大学教授を経て現職。日本学術会議連携会員。

 

◆「参加ありき」で議論を誘導?
野田政権の責任


 鈴木 TPPについては世論調査でも8割以上の国民が情報不足と認識していることが明らかになっていますね。しかも、農業だけではなく地域のみなさんにも心配がいろいろ多かったから、都道府県知事では6人しか賛成とは言っていないし、44県議会が反対または慎重にと決議し、市町村議会では8割がそういう決議を採択しています。
 各県の新聞はほぼ100%、反対が社論というなかで、民意を無視し国会議員では与野党で365人という半数以上が反対していることも無視して最初から参加することを決めていた。
 結局、形式を整えるために経済連携PTを立ち上げ、議論の結果を受けて結論を変えるなんてことはそもそも考えていなかったからPTが、“慎重”に、との結論を出しても、“1日慎重に熟慮した”、という話に過ぎなかったわけです。
 まったく子供だましにもならないような言葉遊びです。完全に民主主義としての政策形成過程が崩れている。国民を愚弄している状態なわけです。そういう状況に置かれているんだということをもっと国民が認識して、この問題をきちんと議論をするという状況にしていかなければいけないと思います。
 一方で農業改革については、たとえば被災地にまず企業が1社入ってきて大規模区画をつくれば全国モデルになる、という。
 しかし、そんな論理はあり得ない。厳しい地理的条件だからこそそんな簡単に大規模区画ができないのが日本なのに、それが全国モデルになるというのなら全国各地が大災害に遭わなければいけないのか、ということになる。しかも2ha程度の区画を被災地につくっても、誰が考えても豪州のような適正規模1万haというような国とまともに競争できるわけがない。とてもじゃないですが一捻りではないですか。北海道は40ha経営だといっても米国、豪州は別世界です。
田代洋一氏 現場を見れば分かることについてこのような嘘をついている。そんなことで本当にTPPに参加したら日本農業はまさに崩壊します。北海道や沖縄など多くの地域社会は農業で成り立っているわけだから、たとえば北海道で米と畑作と酪農と畜産がなくなったらもう住めなくなってしまいます。沖縄も同じで、それこそ尖閣諸島のような島がいっぱい出ることになる。地域崩壊、日本の国境防衛を含めて深刻な状況に食料・農業問題が発展するということです。
 農業改革についても、競争すればなんとかなる、といった雰囲気で世論形成をしているところがあります。そうではなくて日本農業の現場実態をきちんと示し、客観的な状況を共有して議論するようにしなければいけないと思います。
 田代 今のお二人の話はTPPの本質隠し、あるいは情報隠しがあるということですね。いろいろな情報を隠すためにいわば農業を人身御供にしているという構図があることが強調されたと思います。
 しかし、TPPについてはJAグループが先頭になって闘わざるを得ないわけですが、冨士専務はいかがお考えですか。

(たしろ・よういち)
 昭和18年千葉県生まれ、41年東京教育大学文学部卒、博士(経済学)。農水省、横浜国立大学を経て、平成20年より大妻女子大学社会情報学部教授。

 

◆日本農業の実態をふまえた議論を


 冨士 私も無責任な言葉がたくさん出てきたと思います。
 これは何度も主張していることですがTPPと自給率向上は両立しません。あるいは強い農業、競争力ある農業と言いますが、どこと競争するのか? 1000haの農業と競争して勝てるわけがない。TPPは関税撤廃です。100%、200%の関税は残るということではなくゼロにするということですから。
 国家貿易という供給管理システムもなくなり、品質格差のない脱脂粉乳、バター、砂糖などはすぐに外国産に置き換わる。火を見るよりも明らかです。
 しかし、政府は両立する、両立させるんだと、言葉で言うだけです。
 田代 最初に、両立ありき、ということですね。
 冨士 具体的にどう両立させるのかについては何も出てこない。実態を何も分かっていない。腹立たしい限りですね。
 そのうえでわれわれに対しては農業界は何を改革してきたのか、高齢化し小規模零細で後継者もいないではないか、と言う。しかし、現場では一歩づつ解決してきており、経営面積にしても少しづつ増えてきています。それを言ってもまったく聞く耳を持たない。自己改革していない、と言うばかりです。
 田代 確かに農協が孤立させられ人身御供にさせられていくという構図ではないかと思います。


◆公務員100万人デモの背景
今、アメリカでは


 田代 次に堤さんかTPPはどう考えられているのかといったお話いただければと思います。
  1か月ほど前にウォール街デモの取材をしてきました。これで何回目かになりますが、日本でよくみる「反格差」、「若者の抗議」、あるいは「インターネット革命」といったような見出しはあのデモの本質ではないですね。そうした事は全て結果であって、彼らが反発しているのは、その格差を生み出した価値観、方向性の方だからです。
堤未果氏 そもそもこのデモは、始まった場所が金融の中心であるウォール街だからこそ目立っていますが、はじめは米国の大手メディアもまともに取り上げようとしなかった。しかし外国メディアが取材をはじめたので、だんだん無視できなくなったという流れでした。
 日本ではウォール街デモは大きく取り上げましたが、いつもの悪い癖で現象を点でしか取り上げない。たとえばもっと重要な、ウォール街デモの前段の動きである、今年3月の「100万人公務員デモ」については目を向けません。
 中野 そんなこと全然報道されてませんね。
  そうなんです。日本のメディアの人にも同じことをいいました。ウォール街デモの意味を私に聞きにくるのなら、公民権運動以来最大規模と言われたあの100万人デモを何故きちんと取り上げないのか。今アメリカに何が起きているのかという問いは、時系列で追っていかないとみえてきません。全部つながっている一つの流れなのです、と。
 振り返って整理すると、もともと自由貿易そのものはアメリカ人にはプラスのイメージでとらえられてきました。自由に対する信奉心があるからです。「99セントストア」ができたとき私は米国に住んでいましたが、米国民はとても喜んでいました。映画で見たような中流の生活がうんと安く手に入る、いいね! しかもそれを手に入れるチャンスが、収入の低い人たちにも与えられる、アメリカはチャンスの国だ! と。
 でもそれは錯覚でした。気づいた時にはメイドインUSAのものは店頭から次々に無くなり、第2次産業が衰退して失業率は拡大、かつて良きアメリカを支えた「中流層」は消滅しかかっている。「利益が幸福を生む」と言われ、四六時中「もっと消費しなさい」とすりこまれ、「グローバル化」こそそれを効率よく叶える万能薬だと思わされてきたのです。

(つつみ・みか)
「JAグループもメンバー全員がきちんと政治を見ているのかどうか。…政治から目を離し、気づいた時には土台が崩されていた、となると何万人がデモをやっても間に合いません」
 東京都生まれ。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士課程修了。国連婦人開発基金(UNIFEM)などを経て米国野村證券に勤務中に9.11同時多発テロに遭遇。以後ジャーナリストに。


 


後編はこちらから

(2012.01.13)