特集

第57回JA全国女性大会 創立60周年記念特集
対談 女優 高田敏江さん―評論家・作家 吉武輝子さん

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未来の大人へ朗読で語り継ぐ平和の活動  女優 高田敏江さん--吉武輝子さん

・平和を伝えたい
・子どもの意識変化
・後始末の思想を
・闇明けて拓く未来
・自然との共存を

 高田さんは女優として活躍する傍ら、戦争の悲劇を二度と繰り返さないようにと、朗読劇で次世代に平和の大切さやいのちの尊さを伝える活動を続けてきた。
 しかし今年、福島第一原発事故という悲劇が起こり、再びこの国の過ちが浮き彫りとなった。これ以上、日本に生きる後世へ取り返しのつかない事態を引き起こさないよう、いまこそ大人たちが真剣になって考え、実行するべきだと高田さんは強調する。その言葉からは、幼いころの記憶に残る戦争経験者としての強い願いを感じた。

後世のくらしを考えることこそ
大人の責任


◆平和を伝えたい

 吉武 高田さんにはとても感謝しているの。私はこれまでデモや街頭のリレートークや座り込みで平和を訴えて続けてきたけれど、私も含めて戦争を知っている人たちがみんな高齢者になってしまい、みんなの前で運動していくことが難しくなってしまいました。それでもなにか、他の媒体で次の世代に平和で安全な社会を残す運動ができないかと思っていたときに、高田さんたちがやっていた「地人会」による『この子たちの夏』の上演を見て、文化によって運動を広げていくことができるんだ、と感動しました。
女優 高田敏江さん 高田 その「地人会」は解散しました。けれどその後、自分たちで「夏の会」を立ち上げ、今度は『夏の雲は忘れない』という朗読劇を始めて今年で丸5年になります。資料集めから構成まで、一からすべて自分たちでやらなければいけないなかで、いろいろな人たちに助けていただき、今日までやってこれたと感謝しています。
 吉武 高田さんたちの活動からは、二度と次の世代に同じ思いをさせたくない、という「ノーモアヒロシマ」の気持ちがじんじんと伝わってくるの。
 高田 メンバーのほとんどが戦争を知っている世代ですので、その思いはやはり強いですね。
 吉武 「夏の会」はだれが呼びかけたの。
 高田 「地人会」が解散したとき、これは絶対に続けていかなければいけない活動だと思ったので、私がみんなに声をかけて、18人でスタートしました。営業から稽古場を借りるお金の交渉など、すべて自分たちでやらなければいけないので、女優しかやってきたことのない私たちにとって最初はとても苦労しました。


◆子どもの意識変化

 吉武 『夏の雲は忘れない』はどういう特徴なの。
 高田 『この子たちの夏』と同じく、根底にあるのは「母と子」ですが、終戦後、すぐに日本にやってきて残留放射能で被曝したアメリカ人、ジョー・オダネルの体験記なども入っていて、広い視野でとらえています。
 吉武 子どもたちを朗読劇の仲間に入れていることにも驚きました。
 高田 子どもたちに出演してもらうことには少し不安を感じていましたが、最初に東京の跡見学園が公演してくださったことで、子どもたちでも大丈夫だとわかり、むしろ劇中の子どもと同じくらいの年の子どもたちが読むことで、朗読の効果がよりいっそう伝わることを感じました。
 吉武 私も跡見学園の公演を2度見にいったけれど、原爆というものが子どもたちの人間性をどれだけ破壊するかということを、子どもたち自身が見事に存在で証明していました。
 高田 今年は北海道の3つの学校が合同公演をやってくださいました。その後、交流会を開いて感想を話してもらったのですが、今年は福島での原発事故を目の当たりにした現実とも重なって「反抗期で親と話もしたくないと思っていたけれど、帰ってお母さんと話したい」と泣きながら話してくれた女子生徒や、「これまでは感じたことがなかったけれど、勉強ができること、両親がいること、ごはんが食べられること、という当たり前のことがとてもすばらしいことだとわかった」という子どもが何人もいました。なかには「当たり前の幸せに感謝して、この平和を守っていくのが自分たちの役目だと思う」とまで話してくれた生徒さんまでいて、みんなの受け取り方が本当に身近な問題になったことを肌で感じました。広島・長崎の問題は遠い世界の問題ではなく、いまの自分たちの問題なんだと感じてくれていました。


◆後始末の思想を

 吉武 原発が後始末できないということが今回明らかになりましたよね。考えてみたら後始末の思想がないというのは怖いものです。昔から日本には男の人が外で女の人が内、という思想があります。子どもが生まれても奥さんに預けっぱなしで、会社に行けば庶務係の女性社員が雑用をやってくれる。そうすると男の人に後始末の思想がなくなります。そういう思想の人たちが政治をやっているわけです。
 高田 私が疑問に思うのは、原発を押し進めていこうといった人たちが、いままったく表に出てこないことです。やはり最初にいった人たちが弁明でもいいですから出てきて話し、何らかの責任をとるべきではないかと思います。
 吉武 後始末の思想がないから原発も平気でつくれてしまったのでしょう。残留孤児の問題など、戦争もいまだに後始末できていません。男の人たちに後始末の思想をどうつくっていくか、これからの課題ではないでしょうか。
 高田 特に今年のこういう状況のなかでこの先の日本をどう考え、今後の日本をどうしていかなければいけないか、これからの若い人たちに託したいですね。
 吉武 以前、中央大学で女性史を教えていたことがあるのですが、今の学生は手を挙げて意見をいわせようとしても誰もいいません。「人の前で喋って人と違うことをいったらどうしよう」という意識が染みついているのね。でもレポートを書かせたら裏表。みんな孤独がにじみ出ていることを感じました。


◆闇明けて拓く未来

 吉武 でもね、人間はみんな一緒に生まれてくるわけではないのだから過去はみんな闇。それであるとき、いわゆる「現代史」を学ぶことで、過去の闇が明るくなって自分のいま立っている現在地点がわかり、未来志向になれる、ということに気づいたの。ところがかわいそうなことに、今の若い子たちは歴史の勉強のなかで明治維新までしか学ばないのね。
 高田 そうなんですよね。今の教育は一番必要な現代史を教えません。
 吉武 だから私は女性史じゃなく現代史の語り部になろうと思って学生にその話を延々としました。そうすると若い子たちがこれまで奪われていた未来志向をどんどん取り戻していくのがわかったの。農村の女の人たちも現代史の語り部になって孫たちに伝えていく必要があると思うのよね。
 高田 私は両親ともに農家出身なんです。今も叔父のところに遊びに行くと、おみやげに野菜をもらったり叔母が手料理を振る舞ってくれて、それがとてもおいしいんです。そして、自然の中でものをつくって、手塩にかけた分だけ収穫となって表れる、そんな仕事をしている人たちの顔つきはなんていいのだろうと思います。もちろん顔は日焼けして真っ黒ですが、自然のなかで生きている人間の美しさというのをいつも感じます。
 それでもどんどん日本の農業が疲弊していますよね。その一方で世界人口は増えていて、この先世界中で食べ物が減ってきたら、どこの国も自分の国の食べ物で精一杯になるでしょう。そういう時代がきたらこの国はどうなるのでしょうか。最近いわれているTPPの問題もありますが、いつもそれが心配です。
 吉武 アメリカのいう通りにTPPをすすめると輸出量をもっと増やされて日本の農業はさらに崩れてしまいます。次の世代の人が飢えるようなことがあったとすれば、それは大人の責任だと思います。
 高田 食糧難の時代に育ったので食べるものがないあの辛さはいまでも忘れられません。あの食べられない時代がまたきたら…と思うと恐ろしいです。それだけに真剣に考えるべき問題だと思います。


◆自然との共存を

 吉武 いのちのもとになる仕事を大切にされない国は滅んでいくと思います。
 高田 農業は技術も必要な仕事です。長年やってきたからできることであって、明日からやろうといったって誰もが簡単にできる仕事ではありません。日本の農産物は質が良くて安全だと高く評価されているわけですからね。
 吉武 ほんとね。これからは風評被害をどう食い止めていくかも課題になります。
 私はずっと反原発の運動をしてきながら、気がついたら原発の恩恵をたっぷりと受けた生活をしていました。だからやっぱり冬は寒い、夏は暑いといった自然と共存できる社会を次の世代にどうやって残していくか、これは大人たちの責任じゃないかと思います。
 高田 いまこそ真剣に考えていかなければいけませんね。福島の人たちには本当に申し訳ないです。
 吉武 まずは原発を稼働させないというところからスタートさせなければだめですね。
 その間に大人たちがみんなで知恵を出し合って、自然と共存できる社会をどう次の世代に残していくかを考えて実行していくことが必要だと思います。
対談 女優 高田敏江さん―評論家・作家 吉武輝子さん 高田 このままでは私たち大人は犯罪者ですよね。子どもたちに何の弁明もできません。
 吉武 やはり「いのち」を育む仕事をしている農家の女の人たちは、最高の仕事だと思います。今の仕事はなかなかいのちと絡みません。
 最後に農村でがんばっている女性たちにメッセージをお願いします。
 高田 私は生まれが群馬ということもあって、自然の中にいると生きている実感が湧きます。自然と共に生きていけたらどんなにいいだろうと思います。農家は大変だと思います。でも私のように、とても素晴らしい生き方だと思っている人がいるということを信じてがんばっていただきたいです。


PROFILE
たかだ・としえ
昭和10年3月群馬県前橋市生まれ。日本社会事業大学中退、東映劇団民芸(昭和29〜47年)、現在フリー。主な作品は映画「おふくろ」、「男はつらいよ寅次郎」、「釣りバカ日誌」、テレビ「チャコちゃんシリーズ」、「金八先生」、舞台「思い出のチェーホフ」「階段の上の暗闇」など多数。

(2012.01.30)