特集

地域におけるJA共済の役割 ―東日本大震災から1年を迎えて

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【対談】協同の力、地域の絆を見直すことから  安田舜一郎 JA共済連経営管理委員会会長―鈴木宣弘 東京大学教授

・国の対応が遅く進まぬ復旧・復興
・生活基盤をつくることから
・大企業優先の“災害資本主義”がネックに
・農業経営は規模がすべてではない
・いまこそ“相互扶助”の実践を
・将来のあり方について検討は進んでいる
・暮らしに大きな影響与えるTPP非関税障壁
・「ひと・いえ・くるま」を柱に地域に貢献

 東日本大震災そして東電福島原発事故が発生して1年が経過した。この間、地域の復旧・復興に対するJAの活動はめざましいものがある。また、JA共済の損害査定と共済金の支払が迅速に行われ、多くの被災された組合員・利用者から感謝されている。
 この間のJAグループの活動を振り返りながら、これからのJA活動のあり方、JA共済事業の役割などについて特集。安田会長と鈴木教授にはこれからの日本農業やJA共済のあり方などについて話し合っていただいた。

将来を見据えて信頼されるJA共済事業を構築する

地域におけるJAの活動と共済事業の役割


◆国の対応が遅く進まぬ復旧・復興

 鈴木 大震災から1年が経ちましたが、世論調査などを見ますと、復旧・復興が遅れており、政府の対応が不十分だという声が8割、9割に達するような評価があります。しかしJA共済は迅速な取組みをなされ、農村の復旧・復興にご尽力されたと思いますが、この1年を振り返り、JAの活動やJA共済の取組みについてどう評価されているかお聞かせください。
安田舜一郎 JA共済連経営管理委員会会長 安田 大震災から1年が経ちましたが、JA共済としてはできるだけ早く共済金の支払いをしたいと被災県以外からも人を出し、迅速な損害査定を行いました。まだ最終的な集計ではありませんが、建物更生共済、生命共済等の合計で8800億円を超える共済金をお支払いいたしました。
 現在の状況をみると残念ながら、1年は経ちましたが相対的には、国がやるべきこと、あるいは地域の復興策や街づくりなどの基本的なスキームができないために復旧・復興は遅れていると思います。そのこともあって、JA共済がお支払いした共済金が必ずしも有効に復旧・復興につながっていない面があります。
 今後は、できるだけ早く国や行政が地域社会づくりの基盤となる農地や施設などの復旧・復興に取組んでいただきたいと思っています。それができることによって、初めてJA共済がお支払いした共済金が有効に活かされるのではないかと思います。


◆生活基盤をつくることから

鈴木宣弘 東京大学教授 鈴木 せっかく迅速に損害査定され、共済金を支払っているにもかかわらず、次の計画がうまく実行されていないために、それが有効に活かされていないというお話でしたが、復興のあり方について、農業や漁業はもっと大規模にして、特区をつくりそこに企業が参入することで、単なる復旧ではなく次元の違う農林水産業を実現すべきだというプランが一人歩きしている面があります。そういう方向性については、どのようにお考えですか。
 安田 地震だけではなく津波そして原発事故も起きた大災害ですから、これは国が主体的に復旧・復興プランを打ち立てて、そこへ地方行政や住民をしっかり参加させて、まず住まいなどの生活の基盤をつくることが第一ではないでしょうか。
 街づくりについては、土地についてはそれぞれの人たちが権利をもっているのですから、国がまずそれを買い上げて、その上で一体的な街づくりや施設づくりをしないと進まないと思います。それを自治体に任せていたのでは意見の集約はなかなか進まないのではないでしょうか。
 国がそうしたことをしないので、街づくりも生産拠点の復旧についても遅れているのがいまの実態だと思っています。
 鈴木 私も12月に仙台に行きましたが、7月ころから農地の状況は変わっていません。このままだと年が明けても変わらないのではないかといわれていました。現場にもプランはあるのですが、国から予算も含めた主体的なプランが出てこないので現場がなかなか動けない状況が続いているといえます。


◆大企業優先の“災害資本主義”がネックに

 鈴木 農業について規模拡大して企業的な経営をしていけるようなモデルを被災地につくってそれを全国モデルにする。そうすれば自由化も怖くはないという、勇ましいというか夢のような考え方があります。
 そして“ショック・ドクトリン”というのか“災害資本主義”というのか、人びとが呆然となっているときに、規制緩和を徹底し、自由化を徹底し、ある一部の大企業だけが儲けられるような都合のいい復興プランを進めようとしているのではないかという懸念の声も聞かれますし、そのために現場のプランが実行できる形にならないのではないと思いますが、これについてはどうお考えですか。
 安田 農業と漁業の復旧の面からいいますと、先生がご指摘のような災害を口実に市場原理主義とか企業的な価値に走るのではなく、まず復旧ありきで、やる気のある被災者が立ち直れるような形をつくることが基本です。


◆農業経営は規模がすべてではない

 鈴木 最近の再生プランなどでは、それぞれのコミュニティで目安の規模として30haとかの農地をまとめるということを提案していますが、その点ではいかがですか。
 安田 私は、農業でも漁業でも、そして工業でもそうですが、規模がすべてではないと考えています。30haが経営収支やコスト面からいいのかというと、必ずしもそういうことではありません。
 私はよくいうのですが、規模拡大によってコスト増になる損益分岐点がある。それはどこかというと、家族で行える最大の施設への投資額を含めて最小のコストでできるのは、必ずしも国がいう大規模経営ではありませんし、効率的でもありません。ですから規模要件だけで論議することはむだなことだと思います。
 農業経営には規模だけではなく、果樹や園芸、畜産や米などいろいろなものの組み合わせのなかで、最大の経営収支をはかっていこうというやる気のある人をいかに支援し復旧していくかが大事だと思います。
 鈴木 そういうやる気のある人が一生懸命やって復旧し、そこに農業をやろうという人が一定の人数以上おられることで、コミュニティも成り立つわけです。それを「被災してぐちゃぐちゃになったから誰もいりません。1社で集落全体をやります」といってみても、人びとの生活がないわけですから、そこには歴史も文化もなくなってしまうことになります。
 そこで企業そのものが生きていけるのかといえば、肥料・農薬も含めて農業関連産業も成り立ちませんし、行政も成り立たなければ、誰もそこでは暮らさないわけです。
 そうではなく、いろいろなタイプの人たちが集まってそこで暮らすことで活気あるコミュニティができていくことが大事ですね。


◆いまこそ“相互扶助”の実践を

 安田 いろいろな形態があると思いますが、それらの地域コミュニティや地域社会を守っていくことです。そこに協同の力があり絆があるわけです。今回の東日本大震災は、そのことを見直す契機だった思います。くしくも今年は国連が決議した国際協同組合年でもありますから、地域ごとの特性を活かした経営体をいかに国や私たちが支え、一人前の経営として成り立つようにしていく、それが地域農業、地域漁業の振興だと思います。
 鈴木 コミュニティの相互扶助とか、絆が見直されて、そういうコミュニティを考えなければいけないときに、先ほどから話題になっているような“災害資本主義”による企業が進出することで復興するという方向性があり、規制緩和を進めていこうという流れがあるわけです。
 これは明確に対立する概念です。今年は国際協同組合年でもあるのでJAグループでは“相互扶助”の実践がいかに大事かという流れをぜひつくっていただきたいと思います。
 そういうことを含めて、JA共済のこれからについてどうお考えなのかお聞かせください。
 安田 本来は大震災が起きたからではなく、もっと早くから日本農業のあり方、将来のグランドデザインを描いて、そこにそれぞれの作物の制度設計をきちんと入れて、その下に気候変動や社会変動に対するセーフティネットをきちんとつくって、食料自給率50%を確保する。そのなかで地域特性を活かした農業のあり方を描く。今回のような未曾有な災害があった場合には、そのグランドデザインに合致するようにどう後押しするかが、本来の姿だと私は思います。
 そうではなく規模要件を中心とした農業を追求していくのは、市場原理主義の復活であり、地方と都市部の格差を拡大していくだけです。
 これはどこの国でもそうですが“包括的経済連携”をした場合は、都市労働者も含めて、恩恵を受ける人とふるい落とされる人の、二極化が進みます。そのことを防ぐセーフティネットが張られていないことが問題なのです。
 いま問題になっているTPPでは、すべての社会制度やISD条項のようなとんでもないものまで包含されているものですから、日本人はそのことがどのような影響をおよぼすのか、もっともっと勉強していただきたいと思います。
 そしてこれに参加すれば日本も“アメリカン・スタンダード”になるのではないかという、大変な危機感を持っています。


◆将来のあり方について検討は進んでいる

 鈴木 大震災の復旧・復興も遅れているときに、TPPという会長がいまお話になったような極端な協定がでてきて、国はかなり前のめりに参加しようとしています。これに参加して日本農業が壊滅的な影響を受ければ、JA共済の基盤である人びとの暮らしが崩壊してしまうことになると思います。
 またJA共済そのものについてもアメリカは以前から民間保険と比べて優遇されているとして、共済事業に直接的に影響がでてくるようなことをいってきていますが、こうしたアメリカからの要求をどのように評価されていますか。
 安田 確かに数年前から米国通商代表部の外国貿易障壁報告書に郵貯・簡保とともに共済についても触れられています。郵貯・簡保はTPPの議論にあがってくると思います。共済にはJA共済だけではなく全労済とかコープ共済とか協同組合組織のいろいろな共済がありますが、ボリュームとしてはJA共済が大きいので、今後の協議で俎上に乗ってくる可能性はあると考えています。
 そのときに問題とされるのは民間保険との規制面での同等性ですが、保険業法とほぼ同等の規制が農協法等に規定に規定されておりますし、保険法の適用を受け、契約ルールにおいても、保険会社と同等の法規制の下にありますのですのでこれには十分対処できます。
 もう一点の協同組合税制については、JAの場合どういう事業のあり方にするのかを工夫していく必要があると思います。
 また、組合員・利用者を守り、JAの総合事業のなかの共済事業を活かしていくなかで、JA共済連では6000億円の資本増強などを行い、さらにその組織改革に着手しています。そしてJA共済事業としてどう成り立っていくかについても検討をしています。
 JA共済は20年、30年を見据えて組合員・利用者を守っていくという非常に重要な役目を担いながら、地域への貢献もしていきます。
 そうした問題も含めて、JA共済の将来のあり方を検討する「農協共済審議会」を立ち上げ、この5月に答申をいただくことにしています。答申については、本来なら25年度からの「3か年計画」から取組むわけですが、できることは前倒しして取組んでいきます。


◆暮らしに大きな影響与えるTPP非関税障壁

 鈴木 TPPとは別に以前からアメリカから競争条件の平準化が要求されてきており、それには対応をしてきている。TPPについては、JAグループの一員として断固反対の立場を貫いているということですね。
 安田 TPPについては21項目のうちの市場アクセスの部分だけが矮小化されて議論されていますが、私は非関税障壁の20項目の方が、地域社会や日本国民のくらしにとって大きな意味がありますから、農業者という前に一国民として、受け入れられる余地はまったくないです。
 TPPの最悪な点はポジティブリスト方式ではないということです。つまり、リストに上がらなかったものはすべて障壁をなくすということ…
 鈴木 原則自由化ですから…
 安田 「リストにあがったものについては議論しましょう」ということで、これがWTOやFTAともっとも異なることです。
 鈴木 ネガティブリスト方式というのは、自由化についてはこの方がポジティブなんですよね。
 安田 市場アクセスについてはいろいろと議論されるでしょうが、非関税障壁の20項目については、限りなく情報が開示されていませんので、国民がもっともっと情報開示を要求していかないと、将来に大きな禍根を残す通商条約になると考えています。
 鈴木 会長はTPP問題の本質をよく把握されており、心強い限りです。
 安田 JA共済として第一に考えなければならないことは、契約者保護ですから、何があっても“想定外”ということがあったら終わりです。だからあらゆる選択肢は常に考えておくことが使命ですし責任だと考えています。


◆「ひと・いえ・くるま」を柱に地域に貢献

 鈴木 これからも地域社会を支えるセーフティネットとして貢献していくための戦略については何をお考えですか。
【対談】協同の力、地域の絆を見直すことから 安田 「ひと・いえ・くるま」の3つがJA共済の保障の柱ですが、その他、流通部門とか農産物などの安心・安全などについては、子会社である共栄火災がさまざまな保険商品を提供しています。
 これからも、地域のなかでどうJA共済が事業展開できるのか、組合員・利用者に安心し信頼してもらえる財務体質の強化などについても検討をしています。
 鈴木 さらなる展開を期待しています。
 今日は貴重なお話をありがとうございました。

(2012.03.23)