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コラム:食料・農業問題 本質と裏側

【鈴木宣弘・東京大学教授】

2018.01.25 
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 今回は、1月23日のTPP11の主席交渉官会合を受けたニュース解説番組用に準備した発言要旨を紹介する。

◆主席交渉官会合を受けて

 ちょうど1年前の今日(1月23日)、アメリカがTPPからの離脱宣言をした。そもそもアメリカ民の約80%がTPPをやめるべきだ(賃金が下がり、失業が増え、国家主権が侵害され、食の安全が脅かされる)との世論の大きなうねりが起きて、トランプ氏だけでなく、すべての大統領候補がTPP反対と言わざるを得なくなった事実は重い。
 トランプ氏が単に前政権のやったことを否定したかっただけという解釈は的外れ。「保護主義に走っただけだから、保護主義と闘わなくてはならない」という日本での理屈も間違い。アメリカ市民によるTPPの否定は「グローバル企業のための世界の私物化」という「自由貿易」への深い反省の時代に入ったことを意味し、「なぜアメリカ市民にTPPが否定されたのか」について冷静に本質的な議論をせずに、日米のグローバル企業のために「TPPゾンビ」の増殖に邁進している日本政府の異常さを国民も気づくべきである。
 アメリカではシカゴ学派の経済学が急速に影響力を失いつつあるという。アメリカでシカゴ学派の経済学に洗脳されて帰ってきた日本の信奉者たちは、実は「遺物」にしがみついていることに気づいていない。

 

◆TPP11の農業合意内容の評価

 最終的には、TPP12以上の国内農業への影響が出る、とみられる。
 アメリカを含めて合意した譲歩内容を、アメリカ抜きで、残りの国に全部提供する、例えば、乳製品の輸入枠7万トン、アメリカを含めた数量を、豪州、NZ、カナダが使える。世界最強の豪州、NZを中心に日本市場に世界で最も安い乳製品が入ってきて、酪農の打撃は増す。さらに、アメリカもだまっていない。自分にも、二国間でTPP以上の譲歩をしてくれと要求してくる。そうなれば、間違いなくTPP12以上の打撃に広がる。
 一方、コメは、アメリカ7万トンと、国別に決まっているから、これは当面は生じない。しかし、TPPが破棄されて一番怒ったのはアメリカのコメ協会などの農業団体だったことを想起してほしい。日本においしい約束をさせたのにどうしてくれるのだと騒いだ。ところが、アメリカ農業団体は切り替えが早い。石でTPPの墓をつくって、「TPPは享年何歳、もう死んだ。そもそも、TPPが不十分だったんだ。二国間でもっと譲歩してもらおう」、こういうことになっている。だから、こちらも、最終的にはTPP12以上の影響につながる。

 

◆日欧EPAの農業合意の評価

 TPP水準をベースにさらに上乗せしたTPP以上の譲歩である。TPPでゴーダ、チェダーなどハード系チーズの関税撤廃し、カマンベールとか、ソフト系は守った、と言っていたが、EUはソフト系が得意なので、ソフト系を撤廃してほしいと言われて、ソフト系も無税枠を広げていく形で、実質的関税撤廃した。結局、チーズは全面的関税撤廃になってしまった。
 チーズが安くなって消費者にはメリットだというが、乳業メーカーの社長さんたちも、このままだと近い将来に、バター不足では済まなくなり、国産の飲用乳が店頭から消える事態もありうると心配している。チーズが安くなっても国産牛乳が飲めなくなるような事態は国民の命にかかわる危機だ。
 国産の牛乳をチーズ向けに50万トン使おうといっていたのができなくなり、行き場を失った北海道の牛乳が都府県に流れ、乳価が下がって、酪農家の所得が減るからだ。

 

◆政府の影響試算の評価

 過小評価というか、「影響がないように対策するから影響がない」と言っているだけである。
 例えば、TPP11で、乳価は最大キロ8円下がると試算している。これは大変なことだが、生産量も所得も変わらないという。そんなことはふつうあり得ない。要は、政府が8円補填するか、コストが8円下がるということだが、根拠を示してもらう必要がある。

 

◆どんな対策が必要か

 イタリアの稲作地帯では、水田にはオタマジャクシが棲める生物多様性、ダムの代わりに貯水できる洪水防止機能、水をろ過してくれる機能、こうした機能に国民はお世話になっているが、それをコメの値段に反映しているか、十分反映できていないのなら、ただ乗りしてはいけない、自分たちがお金を集めて別途払おうじゃないか、という感覚が税金からの直接支払いの根拠になっている
 日本の農家の所得のうち補助金の占める割合は4割弱、漁業は15%程度で、先進国では最も低いほうである。かたやEUの農業所得に占める補助金の割合は英仏が90%前後、スイスではほぼ100%。「これが産業か」と言われるかもしれないが、命を守り、環境を守り、国土・国境・制海権を守っている産業を国民みんなで支えるのは欧米では当たり前なのである。
 これが食料を守るということだ。農業政策というと、我が国では農家保護政策に矮小化されてしまいがちだが、国民が自分の命を守るための食料をどう守るかという安全保障政策として、本質的議論をすべきである。

 

◆輸出振興策

 輸出の努力は否定しないが、「日本の人口は5千万人になるから、国内に市場はない。農業は輸出でバラ色の未来が待っている」と喧伝するのは、あまりも軽率、短絡的で、耳を疑う。
 さらに、世界各国の取組みを見てほしい。アメリカのコメがなぜ輸出できるか。それは競争力ではない。「農家には1俵4000円で輸出して下さい、でも農家に最低限必要な1万2000円との差額は全額政府が差額を払いますから、どんどんつくって下さい」というたぐいのことをやっている。アメリカは穀物3品目だけでも輸出向けの差額補填で多い年は実質1兆円も出している。巨額の輸出補助金だ。それに比べたら、日本の農業が過保護などというのは間違いである。日本の農家に輸出補助金はあるか。ゼロである。どうやって競争できるのか。日本の農産物は美味しいけれど高い。これを補助金ゼロで売る。アメリカは安い物をさらに1兆円の補助金をかけて安く売りさばいているのだから。しかもTPPでも日米FTAでも、アメリカの補助金はお咎めなし。日本は垣根を低くして、アメリカの補助金漬けの農産物で潰されようとしている。
 アメリカでは農家などからの拠出金(チェックオフ)を約1,000億円(酪農が45%)徴収し、そのうち輸出促進に300億円近く使っているが、それには同額の連邦補助金が付加される。つまり半額補助の「隠れた輸出補助金」で300億円にのぼる。アメリカ産牛肉の日本での販売促進も、半額は連邦補助金なのだ。しかも、この拠出金は輸入農産物にも課しており、これは「隠れた関税」だ。
 アメリカなどにとって、食料は武器、一番安い武器という感覚で、莫大な世界戦略的な支援を食料輸出に投じて、日本人の胃袋をコントロールしようとしている。日本も国家戦略としての食料戦略を策定しないと、とても世界の農産物輸出国とは太刀打ちできない。

 

◆成長産業、強い農業とは

 規模拡大によるコストダウンで豪州、ニュージーランドと闘って勝てるわけがない。
 カナダの牛乳は1リットル300円で、日本より大幅に高いが、消費者はそれに不満を持っていない。筆者の研究室の学生のアンケート調査に、カナダの消費者から「アメリカ産の成長ホルモン入り牛乳は不安だから、カナダ産を支えたい」という趣旨の回答が寄せられた。生・処・販のそれぞれの段階が十分な利益を得た上で、消費者もハッピーなら、高くても、このほうが持続的なシステムではないか(そのため、カナダはTPPでも欧加FTAでも、日本と違い、乳製品関税を死守した)。安さを追求しすぎて、安全・安心なホンモノをつくってくれる人がいなくなってしまったら、国民の命は守れない。ホンモノをつくってくれる生産者とそれを適正価格で支える消費者のネットワークで支えられた消費者と生産者の絆が「強い農業」である。

 

◆農協の役割

 農協は、疲弊しつつある地域を守る最後の砦だ。覚悟をもって自らが地域の農業にも参画し、地域住民の生活を支える事業も強化していかないと、日本の地域を維持することはいよいよ難しくなってきている。農協には大きな責任と期待がかかっている。

 

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