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特集:2003 JAグループの新たなる挑戦―JA改革を考える

座談会
JA改革を考える
農家の喜びと誇りという視点に立ち営農改革を
―地域にある協同組合としての自覚をもって―

下山 久信 JA山武郡市直販開発部審議役
熊谷 健一 JAいわて中央常務理事
司会:小田切 徳美 東京大学大学院助教授


 「営農の復権なくして農協改革なし。農協改革なくして営農の復権なし」。これは昨年の本紙新年特集で営農改革を進める4JAのレポートをもとに行われた小田切徳美東京大学大学院助教授と松岡公明JA全中営農企画課長の対談での一つの結論として導きだされた言葉だ。今年は、実際にこの課題に積極的に取り組んでいるJAいわて中央JA山武郡市に、その具体的な内容をレポート(別掲)すると同時に、両JAで営農改革をリードする熊谷健一JAいわて中央常務理事、下山久信JA山武郡市直販開発部審議役と小田切助教授に、これからの営農改革、JA改革の方向性について論議していただいた。

◆供給先別生産部会を核に―JA山武郡市

下山 久信氏
しもやま・ひさのぶ 昭和20年東京都生まれ。中央大学卒業。昭和49年山武農協入所、61年睦岡支所長、平成7年合併により山武郡市農協睦岡支所長、14年直販開発部審議役。

 小田切 「営農の復権なくして農協改革なし。農協改革なくして営農の復権なし」。これが、昨年の新年特集号「21世紀の日本農業を拓くJAの挑戦」で4JAの現場レポートをもとに「営農の復権」を議論をしたときの1つの結論でした。今日お集まりいただいた両JAも昨年の4JAと同様に、営農改革の新たな実践に取り組まれております。今日は、第1のテーマとして、この2つのJAの営農改革とその背景にある発想を探っていきたい。また、第2のテーマとしてそれを支える農協改革のあり方を議論したいと思います。
 そこではじめに、それぞれの営農改革のポイントをお話しください。

 下山 青果物の90%は、系統共販による無条件委託販売で卸売市場に出荷していました。残りの10%は、私がいた睦岡支所での有機とか特別栽培農産物、学校給食などで販売していました。コメについては、農協管内で出荷量は70万俵ですが、農協のシェアは4割で、6割は大型経営農家を中心に農協を通さず自分で販売しています。
 13年4月に、農協共販に参加できない高齢者や女性たちの受け皿として、「緑の風」という直売店をつくりました。売上げが当初の20万円/日から36万円/日に伸び、地域からも「農協らしい事業をした」と評価されています。そして、ここへ出荷する人たちで「緑の風部会」という生産部会を設立し、現在は250名います。
 それから、大丸ピーコックへインショップを千葉県内4、東京都内12の計16店舗で展開し、「インショップ連絡会」という生産部会をつくり、現在、120名ほどいます。もう1つ、生協・外食・加工などと契約をして、農薬や化学肥料を減らすとか取引先の要望に応えた栽培をする「直販部会」もつくっています。3つの供給先別部会をつくることで、既存の卸売市場中心の「園芸部会」に刺激を与えるような展開をしているわけです。
 コメについても、学校給食用の田んぼには「学校給食田」という看板を立て、そこで子どもたちの生き物観察会などを開催し、食育のような活動を展開していきたいと考えています。

◆消費者と交流することで生産者の意識が変わる

熊谷 健一氏
くまがや・けんいち 昭和39年飯岡農協信用係、平成4年都南農協営農部長、6年同農協参事、11年岩手中央農協企画管理部長、12年同農協常務理事。

 小田切 JA山武郡市では、最近「地域農業振興計画」をたて、その中に「環境創造農業宣言」を盛り込みましたが、それはどういう意味を持っているのでしょうか。

 下山 14年度からの中期3ヵ年計画の一環として直販開発部が設けられたわけですから、マーケット調査に基づく農産物販売のあり方を考え展開していきたいと思っています。「地域農業振興計画」もその一環です。現在、管内世帯数の10%程度しか農業生産者はいません。後の9割の人は「農村生活者」です。従来は、農産物の市場は東京にあると考えていましたが、この地域の生活者の人たちと地域に存在する協同組合として農協が、どういう関係をつくりあげていくのかという視点で計画を立てています。そのときに、環境を汚染するような農業生産ではダメですから、良い環境を作りあげていく農業生産が決定的に大事になるわけです。

 小田切 先ほどの供給先別部会の設立も営農改革の1つのポイントだと思いますが、それと今の「環境創造型農業」との関係はどういうことになるのですか。

 下山 いままでは、出荷すれば終わりで、消費者ニーズをつかまず、卸売市場の規格に合わせた選別の統一に重点がおかれ、見てくれを追求してきました。だから、農薬の安全使用基準や残留基準についてとかの意識づけがあまりされず、農業は食べ物をつくり、命をつくっているという意識が弱かった。どういう人たちが食べているのかを考え、そのための生産がどうなのかを見直さないと、輸入農産物とは戦えないと思っています。
 ところが、インショップで女性陣が消費宣伝をすれば、消費者と意見交換ができ、農薬をできるだけ使わないでという意識がでてきます。直売所も自分の名前を出して売るわけですから競争で、消費者から直接評価され、同じ品でも売れる人売れない人がいて、意識が変わってきます。今後、この方向をどんどん進めると、既存の生産部会と軋轢が生まれると思います。軋轢からさまざまな議論が生まれるので、この波紋を広げていきたいと思っています。
 さらに、70社くらいある取引市場を、15年度から、経営内容やトレーサビリティ、食の安心・安全、情報開示などへの取り組み内容などで選別し10社に集約化する予定です。そして、3年間で、現在、9割を占めている卸売市場を5割にし、契約取引き3割、直売2割にしようと考えています。

◆売り切れる産地づくりに全農家で―JAいわて中央

小田切 徳美氏
おだぎり・とくみ 昭和34年神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。農学博士。高崎大学経済学部助教授を経て、平成8年より現職(農政学研究室)。農業・農村地域政策が専門。主な著書に、「日本農業の中山間地帯問題」(農林統計協会)等、多数。

 熊谷 私は「農協は営農」だ、「営農は流通」だと考えています。流通になぜ力を入れるかというと、中間のコストが分からないなかで、理想ばかりいっている。国内での戦いのうちはそれでもよかったけれど、平成に入って外国との戦いになり、これでは組合員の悩みの解消にならない。モノは過剰で余っている、その中で残さず売り切る産地になるには、新しい提案を消費者にしなければダメだ。消費者の評価をもらうには「安心・安全」しかない。安心・安全とは記録をつけ「差別化」することだ。そう考え、栽培の時代から流通販売の時代をめざして本格的に取り組み始めたのが平成5年です。
 これが成功したのは、生産部会の役員の人たちが主旨を理解し取り組んできたこと。そして、減農薬という差別化と栽培記録という差別化をし、4万筆の田んぼ一筆ごとに「減農薬栽培実施水田」という札を立てアピールすることで、農家が自信をもったことです。さらに、病害虫発生予察員190名が、研修を重ねて6回予察し、月に1回会議をもっています。JA内部でも毎週1回、反省と対策の会議を開き、問題がある地域にはすぐ対応しています。

 小田切 下山さんのところは、「顧客が見える営農改革」、そして熊谷さんのところは、「売り切れる営農改革」。アプローチは若干違いますが、両者共通して、「作って終わり」のプロダクト・アウトから、「作ったことが始まり」のマーケット・インへ、という流れを強く意識した取り組みをされているわけですね。

◆合併JAの有利さ活かし特徴ある組織作り

 

 小田切 それでは、そのような営農改革は、誰のために、何のために行なったのでしょうか。あえてその原点を教えてください。

 熊谷 それは、組合員のためにです。所得確保を前提にしながら、農家であることの喜びと誇りを与えたいからです。
 農家が拠り所とする場所は、農協しかないと思います。そして農協は、農畜産物を高く売ることも大切ですが、すべて売り切ることが大事だと思います。市場などで残っているのを見て捨てる気持ちは、とてもなさけないものです。自分が作ったモノを売り切るには、産地の個性や地域の特徴を活かした生産をすることで差別化していかなければならない。そういう意味ではいま、地産地消ということで20数品目の加工品を作って、JAの店で売ることもはじめています。そうしたことを通じて、農家のオアシスとなるような特徴ある農協作りをしていかないと、農家と農協に利益にならないと思います。
 合併してロットが大きくなったからいままでより有利だし、つくるのは組合員(あなた)、売るのは農協にまかせろ「ここさ寄ってくれ」、差別化し特徴つけてみなさんに元気を与えているのだから・・・ということですね。

 小田切 単に1円、2円高くという話ではなく、生産者としての喜び、生産者としての誇りは何なのか、それまでを射程に入れて営農改革に取り組んでいるということですね。下山さんどうですか。

◆目先の価格だけを追わず消費者との交流を積み上げて

 下山 昭和53年ころから、当時、私がいた睦岡支所で10名くらいの研究会をつくり、10アールの実験ほ場で、無農薬と自分たちで作ったボカシ肥料を使って、作りやすい根菜類を作ったわけです。それを最初に買ってくれたのが「大地を守る会」で、その後どんどん作って欲しいということで、難しい葉菜類にも取り組んでいくようになり、人数も増えていきました。その後、有機栽培の国のガイドラインがでましたが、有機農業をやっているのは農業生産法人とか農協以外が多いので、農協でやることは営業する場合に大きな看板になると思い取り組みました。
 その時に生産者がやる気になったのは、基本的に契約ですから1反歩つくれば幾らになるかが分かり、安定収入になったからですね。卸売市場の場合には、バクチ的で幾らになるか分かりませんからね。
 もう1つは、小袋に生産者の名前が書いてありますから、消費者から手紙がくるんです。そうすると生産者が直接その消費者に電話をしたり、手紙を書いたりして、初めて食べてくれる人たちと意見交換ができたということですね。そして「大地を守る会」の会員である消費者が夏に泊まりにきて交流する活動があって売れたわけです。目先の価格だけを追わず、さまざまな活動があって農産物が売れるということを積み重ねてきたわけです。

 小田切 いずれにしても最終的な目標は、農家手取りの拡大あるいは安定化ですか。

 下山 そのためには戦略が必要で、人に評価されなければ価格はついてきません。

 熊谷 消費者を理解すると同時に、実需者に長期安定販売の確約と農産物をつくる農家や集落を理解しないといけないですね。集落や参加する部会員といつも接触して農の心を育てないとダメですね。講習会だけでは育たない。

◆受委託組織を育て集落営農を活性化

 

 小田切 いままでのお話のように、営農改革は「誰のための何のためか」といえば、組合員のための、農家手取りの安定・拡大や生産者としての誇りを前進させるための改革ということだろうと思います。そして、そのための戦略として「マーケット・イン」の発想が、営農改革に欠かせないことがあらためてわかりました。しかし、現実的には農産物を作ること自体を継続的に、多面的に展開するのは、現状では大変なことではないでしょうか。その点で、お二人が具体的に想定している担い手像は、どのようなものですか。

 熊谷 私は、コメづくりコストが非常に邪魔になると考えています。コメを作るために農家は、いろいろな機械・器具・人がかかっていますね。これを集落の営農組織や地域に信頼されている担い手に移管して、園芸や畜産などの農業で生活ができるようにしないと、農家所得の向上はないと思います。そのための準備として、205集落の内1支所1カ所計16カ所で集落営農のモデルづくりを始めています。そして各集落に1〜4名のその集落出身の担当職員を配置しています。「あなたは農家のおかげで手間(給料)を貰っているんだから、夜であろうと、休日であろうと集落に戻りなさい」ということです。すぐにはできませんから、まずは心から入っていきましょうと、作業協定から始めています。草刈とかの作業日を決めて、初めと中間と最後は、組合員は1時間でもいいから参加しましょう。参加した人には手間賃を払います。そして心のつながりをつくり、3年後、5年後に農機具が壊れたら、コメは委託組織に任せて、余った時間で園芸や畜産をやりましょうというものです。
 そのために全農家アンケートとモデル集落アンケートの2回行い、集落でどういう農業をしたいかを聞き、農作業の交通整理をすることで、はじめて担い手が出てくるわけです。この受け皿は昭和48年につくった農業機械銀行と、平成4年からの保有合理化事業です。機械銀行の受託者と保有合理化の受託者を中心に集落の受託作業をし、それに利用組合や認定農業者を加えて、その地域の特徴を活かしていこうということで、徐々に形ができつつあります。

 小田切 減農薬栽培については、専業農家、兼業農家を問わず取り組まれたのですか。

 熊谷 コメづくりの農家5200戸の全農家です。だから農薬も農家ごとに使いやすいように、除草剤なら粒剤・ジャンボ剤・顆粒の3種類を指定しているわけです。

 小田切 組合員の経営や家計に占める稲作の比重が違う中で、全農家による減農薬栽培は難しいことではないかと思うのですが、性格の異なる農家にきめ細かい指導やアドバイスをしているわけですね。

 熊谷 集落に一人、予察員と農家組合長と営農部長がいるので、この人たちを集めて講習・研修し、あなたの地域で発生した課題は、あなたのところで解決しなさい。そしてあなたが問題を1人で背負ってしまうと大変だから支所と営農センターから担当者を呼び、この田んぼはこのままではダメだと判断したら農薬を使いなさい。そのときには、その田んぼのコメは普通米として記録をしなさいと徹底しています。

 小田切 「何のための、誰のために」という問題提起を、指導部としての高みに立つのではなく、徹底的に組合員と同じ目線に合わせることにより、担い手の活気につながっているということだろうと思います。下山さんのところは・・・。

◆「千葉エコ農業」取得を積極的に推進

 下山 まずコメですが、28支所に水稲部会がありますがほぼ開店休業状態ですので、再度、組織をつくり直して、コメ生産のあり方をつくり直し、集落営農のあり方を農協としてどうするのかを検討していきます。
 野菜では、管内に400戸程度の専業農家を中心とした専門農協がありますが、時代の変化についていけないんですね。この人たちも農協の組合員ですから、これをどう考えるかという問題があります。それから個人出荷とか任意組織が300戸ありますので、ここへの取り組みを強化するということです。そして、直売所を拡大していきますから緑の風部会の人数が増えます。農協の市民農園に参加していたが、規模を拡大したいという人もいます。そういう人も含めた新規参入の受け皿をつくっていくということです。
 そして既存の生産部会についてです。現在、支所域を超えた営農経済センターが3カ所ありますが、営農経済センター構想でこれを増やし、その中で各支所ごとにある組織の統合をはかっていく予定です。

 小田切 今回の計画にある「環境創造型農業」の担い手は、どのように想定されているのですか。

 下山 千葉県がはじめた減農薬減化学肥料の認証制度「千葉エコ農業」の取得を、卸売市場出荷でもインショップや直売所であろうが、取れるところから取るということで積極的に進めることにしています。そして、持続農業法のエコファーマーを園芸農家に対して積極的に進めていきます。環境創造型農業は、農薬や化学肥料を減らすということですから、単に生産して直売所に出すのではなく、生産基準をつくることになります。

◆生産者も農村の生活者
  どう地域に貢献するかが課題

 小田切 両農協とも「安全・安心」を大変に強く訴えかけていますが、この点で一番重要なことは何でしょうか。

 熊谷 消費者からの信頼ですね。そして、農家になぜこれに取り組まなければいけないのかという説明と実践でしょうね。

 小田切 その実践でも、生産記録の記帳などをできるだけ簡素化する取り組みを農協サイドでお手伝いしているようですね。

 熊谷 いま出されている記帳のモデルは農家の立場にたっていないと思いますね。コメだけのように1品目で1年1作なら簡単だけど、1人で何品目も生産しているわけだから、書かなくても○×を記入するだけで完成するような様式で、農家ができる範囲のものでなければ、続かないと思いますね。

 小田切 JA山武郡市の「環境創造型農業」の発想で、重要なポイントはなんですか。

 下山 生産者も自分で作るもの以外は買っているわけですから消費者です。そういう意味では、農村で生活している生活者という視点が非常に大事です。いままで農協は閉鎖系の体系で事業を展開してきましたが、こういう時代になれば地域にある農協がどういう事業展開をして地域の人に貢献し、評価されるかです。これだけグローバル化してくる中で、これと対抗する基軸は、自分の地域、自分の住んでいるところをどう守っていくのかということだと思います。農協の役職員がそういう意識改革をして、どういう言葉で組合員に語りかけるかが問われていると思います。

◆経済事業の機能を集約化

 

 小田切 今までのご発言で、2JAの営農改革のポイントとその背景がかなり明らかになってきたと思います。そこで、今日の第2の柱として、営農改革を支えていくための農協の組織やトップマネージメントのあり方に議論を進めていきたいと思います。まず、営農指導事業に関する支所と本所の関係という点ではどうでしょうか。

 熊谷 生産・流通から経済担当まですべて本所を重点にしていく予定です。管内は東西南北それぞれ30キロメートルという地理的条件を活かした事業に切り替えるということです。そのことによって行動と要員の効率化、そして決済の時間が短縮できます。
 経済事業は会社化も含めてすべて独立採算制をとり、一人ひとりの職員の努力が認められるような組織の見直しをしていこうと考えています。

 下山 3つの集荷センター以外はすべて支所単位でやっていて、本所はあまり関わっていませんでしたが、直売やインショップ、契約取引については本所に集約します。そして、卸売市場にだすと農協の手数料は2%で、卸売市場が8.5%ですが、農協は5%以上ないと販売事業は経営的に成り立ちません。直売所は施設の減価償却もありますが15%の手数料があります。こちらにシフトすることで赤字構造はある程度は改善できるのと考えています。
 支所については統合し、統合支所で金融事業をし、従来の支所は連絡機能だけにします。経済事業については、営農経済センターに集約化して、専門化することにしています。

◆営農指導員は外に出て情報を収集し農家に伝える

 小田切 今のお二人のお話では、形式的には、営農指導事業の単位を金融・共済と同様に、広域化しているように見えます。しかし、実態的には、従来よりも現場に密着したよりきめ細かい営農指導をしているわけですが、その点はどのように理解したらよろしいでしょうか。

 下山 いままでのように集荷センターに大量に集めて卸売市場に流すのが販売事業ではありません。もっときめ細かい対応ができないと・・・。支所の職員が組合員のところに行かないので、営業力は急速に落ちています。コンピューターでやるのは後処理で、外に出て組合員や量販店、生協、外食に行くのが本来の仕事なんです。送り状を書くのは、営農指導員の仕事ではないんです。パートでも臨時職員でできるんですから・・・。

 熊谷 下山さんと同感です。営農指導員は長い間、選果場の作業人夫をやっていましたが、これはもう終わったということです。作業はアルバイトに任せ、流通と消費地に行って情報をつかんでくることが仕事です。そして売りずらい時代に売り上手になることです。選果場の中でパソコンに向かうのではなく、外に出て農家に会って情報交換をすることです。

 小田切 それでは、そのようなパソコンに向かうだけの作業員としての営農指導員ではなく、マーケティングや農業技術の専門職として、営農指導員を位置づけるためには何が必要ですか。

 熊谷 現場を歩かせることでしょう。選果場にいるのは朝と夕方の2時間でいいんです。後の時間は農家を巡回しなさいといっているんです。

 下山 技術は農家の方が優れた人がいますから、「農の匠部会」でもつくってその人に技術指導してもらって、営農指導員は流通・マーケットに向かい、その情報を農家に伝える方がいいと思いますね。

 熊谷 営農指導員は情報連絡員だといっているんです。国にも県にも普及所にも専門家がいるんだから、そこと生産者との架け橋になればいいんです。大事なことは、どこに情報があるかを知って、それを活用することだと思いますよ。

 下山 従来のやり方とか技術にこだわり、固定観念にとらわれすぎている営農指導員が多いですね。その固定観念を打ち破らないとダメですね。

◆農協職員の仕事は組合員のために何ができるかを提案すること

 小田切 役割を明確化した営農担当職員の配置が非常に重要であり、また固定観念にとらわれない人の育成が必要だということがよくわかりました。それでは、そのために、農協のトップマネージメントは何をすべきですか。

 熊谷 考え方を切り替えてもらうことです。1人で金融から営農まで精通するのは難しいと思いますね。農協トップが営農に弱いといわれるのは、営農経験者が少ないからではないかと思いますね。だから、トップに財務経理ができる人、そして金融、営農が分かる人がいて、それぞれの分野で改革する思想と意欲がないといけないですね。

 下山 経営状況が悪い農協は、赤字を出したら組合員が離れると考えて、営農指導員や販売担当者を減らすとか安易な傾向になりやすいですね。いまのようにどの分野でも競争が厳しい時代には、常勤役員に経営のプロが必要ですね。

 熊谷 時間をかけて組合員を説得して利用させる仕掛けづくりを徹底させるトップがいるかどうかですね。

 小田切 お二人はともに、トップを説得し、営農改革のために農協を動かしてこられたわけですが、そのエネルギーの源はどこにあるのですか。

 熊谷 農家になりきることです。自分も農業をしていますし、集落の集まりに出席します。農家組合と生産組合の事務局もやっています。その体験から、こんなものが欲しいな、こんなことをしてくれると嬉しいということを実践するのが基本ですね。

 下山 農協職員の基本は、組合員のために何ができるかと考えて仕事をし、それで報酬を貰っている運動家だと思います。とてもいい仕事だし、楽しい仕事ですよ。いままでのような、閉鎖系の中で仕事をしていれば何も入ってこないんです。自分で積極的に情報を集め、提案をしていかなければいけないと考え、実行しています。

 熊谷 地域の人たちの心と心が1つにならないと、集落営農は成り立たないし、日本の農業は守れないです。日本の文化や伝統は農業に根ざしたものですから、農業が守れなければ日本がダメになると思います。農協と役場の職員は誰のために働き、誰から手間を貰っているのかを・・・。

 下山 地域の人たちは何をやっているのか見ていますよ。だからこんどの「農業振興計画」では、農協職員は地域活動に積極的に参加するとしています。

◆リスクを怖れずまず一歩踏み出すこと
  後ろには組合員がついている

 

 小田切 いままでのお話から、これから営農改革に取り組もうと考えている全国の営農担当者に対する、貴重なメッセージが出てきたように思います。要するに、組合員と目線を同じにして、自信を持って改革を、というメッセージですね。それ以外にはいかがですか。

 下山 現状のままやればリスクがなく楽だと思いますが、そのままやっていけばすべてがダメになると思います。新しいことにはリスクがあるけれども、リスクを怖れずまず第1歩を踏み出し勇気をもつことです。

 小田切 しかし、その勇気を支えるのは誰ですか。

 熊谷 組合員ですよ。あなたの後ろには農家が、組合員がいるんですよ。

 小田切 経済的にも、社会的にも、そして制度的にも、いまは変動期ですから、いま新しいことに取り組まなければ、取り残され、滅びることになる。そして、新しいことに取り組むエネルギーが組合員だということですね。

 下山 組合員が雨が降ろうが、暑くても寒くても働いて、そのお金で給料を貰っているという原点を忘れてはいけない。協同組合運動ですから、意気に感じて信念をもって語らなければ、相手は心を動かさないですよ。そのためには、外に出て情報を集めることです。

◆若い人は目標をもち、積極的に提案を

 小田切 お二人がいまお話になったことは大原則としてよくわかります。しかし、おそらく若い職員とはギャップがあるのではないでしょうか。最後にそういう人たちに対してのメッセージをいただけますか。

 下山 若い人には、自己主張がないですね。農家組合員にいわれるままに会議の資料をつくっているのでは奴隷と同じです。組合員のためであれば、間違っているときには間違っているということを指摘することも必要ですし、提案がなければいけないわけです。

 小田切 それは重要ですね。組合員に目線を合わせるというのは、単に従属するのではなく、積極的に提案をする・・・。

 熊谷 苦しみの体験が少ないから、企画力がないし、挑戦しないですね。私のところでは、昨年5月に営農指導員1人ひとりに研究テーマを決めさせ、それをこの1月に発表し、優秀な人は2泊3日で先進地への研修にいけるというのをやりましたが、そういう方法等で目標をもち、考える機会をつくることも大事ではないかと思いますね。

 小田切 若い方へのメッセージまでいただきありがとうございます。
 今日は、「誰のために、何のために」という原点にまで立ち返って営農改革を議論してきました。その結果、農家手取りの維持・向上や生産者としての誇りの前進のための営農改革という筋道が出てくることを、あらためてお2人から教えて頂きました。そして、それを実現するためのエネルギーは、組合員自体にあることもくり返し、議論になったと思います。つまり、営農改革とは、営農事業が組合員の方を向き切れるか否かがポイントであるという原点を、実践者の迫力のある発言から教わったように思います。
 これから営農改革に取り組む農協にとって大きな示唆となるのではないでしょうか。長時間おつきあいいただき、ありがとうございました。

インタビューを終えて

 熊谷常務、下山審議役とのこの鼎談は、実に2時間半に及んだ。紙面に現れているように、2人は自らの実践から、実に豊富なメッセージを語っている。特に後半で、営農事業とその改革を支えているのは「組合員」である、ということを、異口同音に強調している部分は、おそらく活字では表現できない迫力に満ちていた。
 「営農事業は組合員のため」。「営農改革は組合員自身が支えてくれる」。このような当然のことを当然と言い切るためには、今ではエネルギーが必要である。しかし、2人はそのエネルギーさえも、組合員からもらえるという。要するに、徹底して組合員と目線を合わせた時に、改革へのすべてが始まるということであろう。
 営農改革の動きは、これらの農協に見られるように着実に進んでいる。しかし、他方では、少なくない農協では、それが遅々として進んでいない実態もあろう。そうした農協が学ぶべきは、こざかしい改革手法のあれこれではなく、こうした「原点」ではないだろうか。営農改革の第一歩としての「原点回帰」が、この鼎談の最大のメッセージである(小田切)



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