農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ JAの生命線 営農指導と販売事業
第1回 農産物の生産・販売はJAがあってこそ (上)
今村奈良臣 東京大学名誉教授 (JA総合研究所長)

  4月1日、(社)農協労働問題研究所と(社)ジェイエイシステム開発センター、(社)地域社会計画センターが統合し(社)JA総合研究所が発足した。同研究所はJA運営の基本課題について調査・研究を行うシンクタンク機能を強化し、農業振興と農村地域の活性化、JAグループの発展に貢献することを目的としている。こうした研究活動を充実させるため研究所長を置くことにし、初代所長に今村奈良臣東大名誉教授が就任した。研究所長就任を機に改めて今後のJAの課題や研究所の役割などについて数回に渡って寄稿してもらう。

今村奈良臣 東大名誉教授
今村奈良臣 東大名誉教授
  JAの役職員の皆さん、とりわけ営農指導や販売事業を担当する役職員の皆さん。
 皆さんも年間に背広を何着か買われると思う。その状況をまず想い出していただきたい。
 背広には、既製服の吊しもあれば、イージー・オーダーもあるし、きちんと採寸して作るオーダー・メイドもある。吊しは安いがオーダー・メイドは高い。しかし、買うに当たっては、色や柄を考え、用途も考え、フトコロ具合とも相談し、どれにするか決めているはずだと思う。一般化して言えば消費者の消費選好行動と言われるものである。
 そこで、立場を変えて考えていただきたい。
 消費者や外食・中食等の実需者、あるいはスーパーの食品担当は、どういう農産物を求めているのか、その求めている農産物の需要にJAは応えているのか。また、彼らが発信している情報を巧みにとらえ、分析し、組合員生産者に伝えているのか。伝えるだけでなく的確に情報を分析したうえで、地域農業を再構成するように、組合員、生産者を望ましい方向へ誘導し組織化してきているのか。さらに、生産者の手取り最大化をめざすような販売戦略と販売戦術が練り上げられているのか。改めて1つ1つ点検してもらいたい。
 JAの生命線は、営農指導、営農企画、販売事業にあると私は考えている。金融や共済は、銀行や郵便局、そして保険会社もある。しかし、農産物の生産、供給、販売はJAがなければ成り立たないと考えている。もちろん、このように言っても、JAの信用事業や共済事業の重要性を決して否定しているわけではない。営農指導や販売事業の重要性を浮き彫りにしたいがために、強調しているのである。しかし、現実は厳しい。販売事業はここ10年、右肩下がりであるし、職員一人当りの生産性も大幅に低下してきている。営農復権、販売復権が強調されているが、どこから手をつけるべきか、どのような斬新な発想で取り組むべきか、さらに営農指導、販売事業の革新を通じて、地域農業と農村社会をいかに再活性化するかという基本課題について、私なりの包括的な実践的理論を展開してみたい。

営農指導と販売戦略
―P―six理論―

 かねてより、私は営農指導と販売戦略の包括的理論として、P―six理論を提起してきた。図1に示した六角形の図はその全体像を判りやすく表現したものである。
 六角形の右辺は消費や需要にかかわる市場的条件を示し、左辺は主体的条件、つまり生産や供給にかかわる課題を示してあり、この両者は切り離せない関係で結び合わされている。この六角形で視覚に訴えつつ、英語のPで始まる6つの簡明な単語で、その核心を表現したものである。この6つの要素をいかに効果的に実現するかということが、JAの営農指導とそれを踏まえた販売戦略の核心であると考えている。
 そこで、それぞれのPについて考えてみることにしよう。

営農指導と販売戦略―P―six理論―


1.Production―何を作りどのように販売するのか

 消費の動向を的確にとらえ、売れるものを作る、ということが基本であり、鉄則としなければならない。その場合、次のような視点を明確にして生産指導や営農企画にとりかからなければならない。
 (1)家庭消費(内食)向けか、外食向けか、中食向けか、加工向けか、(2)全国市場向けか、首都圏向けか、関西市場向けか、あるいは特定市場向けか、さらに県内市場向けか、直売所向けか、(3)生食用向けか、加工用向けか。このように、さまざまな視点から考えても、その用途は、米にしろ、野菜にしろ、いろいろと転用、転換はもちろん可能であるが、重要なことは、常にターゲット(目標、標的)を明確に定めてとりかからなければならないことである。
 特にJAの営農指導のこれまでのあり方は、すぐれたJAを例外にして、多くのJAでは組合員に生産分野の指導はしていても、どのような販売先に標的を置いているかということを明確にしないまま生産の指導をしている場合が多かった。しかし、重要なことは販売先のターゲットを明確にした生産にかかわる営農指導、つまり生産―販売を一体とした体制が必要不可欠であることを強調しておきたい。なお、後に先進JAの事例を具体的に取り上げて詳しく述べることとする。

2.Place―どこへ売るのか

 売り方、売り先、売り場を考えるということである。
 消費や需要の動向を的確にとらえ分析したうえで、売れるものを作ろうという視点を明確にしたならば、必然的に、売り先、売り方、売り場を具体的にどのように選択するかという課題に迫られてくるはずである。中央卸売市場や地方卸売市場に出荷する方式をとるのか、スーパーでインショップ方式で売ろうとするのか、直売所で売ろうとするのか、さらにまた食品加工メーカーと提携して加工用として売ろうとするのか、売り先はいろいろなケースがあり得るし、それに対応して売り方、売り場も変わってくるはずである。
 最近の需要の動向をみると、中食や給食の需要が大きく伸びてきていることを考えるならば、当然、それに焦点を合わせた生産はもちろん、売り方、売り先などについて、改めて方針の再検討を行わなければならないであろう。
 これまでのJAの販売路線は、多くのJAで共通して卸売市場向けの無条件委託販売という名の共同出荷方式が圧倒的に多かったが、卸売市場の機能の低下、そして比重の低下の中で、改めて、売り方、売り先、売り場について真剣な検討が必要とされているように考えられる。この売り方、売り先、売り場の問題についても、後に改めて先進JAの販売戦略を具体的に示しつつ検討を加えてみたい。

3.Price―生産者手取りの最大化めざす

 有利な販売方式で、生産者の手取り最大化をめざすということである。より判りやすく言えば値ごろ感を設定するということである。
 さて、以上述べた2つの視点(ProductionとPlace)を明確にしつつ、従来の生産、販売路線を改革し、いかに組合員、生産者の手取り最大化をめざすための価格を実現するかということが課題になる。もちろん、市況の動向によりいつも良い価格で売れるとは限らないが、常に生産者、組合員の手取りを最大限に実現しようという努力が、生産者が生産により懸命に励むということに通じる。販売先などの売り先の選択、売り方の改革、流通にかかわる経費や費用の節約、例えば包装費や輸送費などの節約、流通過程の鮮度保持などの品質管理、直売やインショップ対応のためのプレパッケージ・システムの開発など、取り組むべき課題は多いはずである。こうしたさまざまな要因の改革、改善のうえで、その結果として生産者の手取り最大化が実現できるように常に心がけなければなるまい。生産者の手取り最大化が実現できるならば、生産者組合員はより生産に励み、産地として一段と成長、成熟していくことは必然であろう。
 以上のように考えるならば六角形の右辺であるProduction、Place、Priceという3つの要素は離れがたく固く結びついたものであることが理解できるであろう。
 そこで六角形の左辺の主体的条件について考察を進めてみよう。
(以下、次回)

(2006.5.15)


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