農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 中国側から見た冷凍ギョーザ事件(上)


危機管理どう進める?

北京大学教授 章政氏に聞く
聞き手:白石正彦 東京農業大学教授


 中国製冷凍ギョーザによる中毒事件をめぐり、いったい中国の食品安全対策はどうなっているのか、その根底にある生産流通の実情や農業・農村の実態はどうかなどについて東京農業大学の白石正彦教授が北京大学の章政教授(農業経済学)に直撃インタビューした。章教授は中国側の安全対策は進んではいるものの生産流通体制には不備があるなどの実態を多角的に衝いた。また、この事件の解明を危機管理の問題として取り組む必要があることなどを指摘し、さらに日中両国の国際協力の前進についても着目した。

食品安全の法制整備は進んだが現場のチェックが問題

◆過去を振り返ってみて

章政氏
しょう・せい
中国安徽農業大学農業経済学部卒(農業経済学学士)、東京農業大学大学院博士後期課程修了(農業経済学博士)。農林中金総合研究所研究員を経て、現在は北京大学経済学院教授、中国工業連合会理事、中国農業技術経済学会理事。主な著書は『中国農業政策前沿問題研究』(中国経済出版社)、『日本農業概論』(共著・中国農業出版社)、『現代日本農協』(中国農業出版社)。

 白石 (1)中国製冷凍ギョーザによる中毒事件(2)中国の農業・農村・食料をめぐる基本課題と農産物の対日輸出入の課題(3)農民合作社の現状と課題の3点についてお話下さい。
 まずギョーザ事件ですが、中国での報道はどんな状況ですか。また章先生の印象や認識はいかがですか。
  中国でも事件はすぐに報道されました。予想外だったのは加工食品が問題になったことです。というのは、これまではホウレン草の残留農薬(03年)など生鮮食品の事件が多かったからです。その後、農薬や化学肥料の使い過ぎについて中国内の消費者からもたくさんの意見が出ました。
 加工食品では07年に段ボール入りまんじゅうという大事件がありました。これはでっち上げニュースとして北京の新聞記者の処刑で決着しました。
 食品製造の現場事情を取材するに当たって、ありきたりのルポ記事では紙面で大きく扱われないので、わざと問題をでっち上げるために段ボールを細かく切ってまんじゅうに入れるよう従業員に指示し、それをビデオに撮って社会に大きなショックを与えたのです。
 白石 いわゆる“やらせ”だったのですね。
  そういうことをきっかけに中国政府も06年から食品関連の法制を本格的に整備し始めました。最近整備された法律では食品安全法、農産物品質安全法、薬品管理法などがあります。
 食品関連の法律は全部で11ですが、加えて行政関係の条例が各部門に合計22あります。例えば農薬や飼料や添加物の管理条例などです。この2年間に基準や規程などもたくさん整備されました。
 白石 検疫関係のほうはどうですか。

◆国際的な“投毒”事件か

白石正彦氏
白石正彦氏

  この面でも改善が進みました。対日輸出用の食品加工企業は約120社ありましたが、最近の改善で80社に整備されました。生産現場の実態調査などで40社は認証制度をパスできず、輸出事業の認可は取り消しになったのです。
 こうした整備・改善にもかかわらず今回のギョーザ事件が起こったことをどう理解するか、私は迷いました。それから2点目の印象としては「食の安全」の意味が変わってきたのではないかということです。
 白石 どういうことですか。
  今までは農薬の残留基準とか検疫制度などの議論が中心でしたが、それだけでは不十分です。今回の事件はやはり危機管理の問題だといえます。
 現場の話によれば、農薬として普通に使う量の600倍もの有機リン系殺虫剤成分が入っていたとのことです。ということは人為的な故意の犯罪行為です。食品に対する国際的な投毒事件が発生したということは、食品の安全管理よりもう1つ上の危機管理の問題です。
 さらに原因についていえば生産、流通制度に何らかの必然性があるのではないかと思います。
 1つは生産流通体制に依然として改善されない部分があるのではないかという問題です。
 例えば、輸出加工企業の認可にしても今までは過去に問題が起きなかったから、それでOKという実績から見た後ろ向きの管理でした。今後は前向きの管理、あるいは生産、加工、流通、職員教育などを含めた管理をしていかないと不十分です。でないと危機に対処できないだろうと思います。
 2つ目には検疫・検査体制のシステムに不健全なところが残っているという問題です。
 輸出入品のサンプル検査は世界的な慣例で100分の1から3までの抜き取り検査です。ところが輸出入量は以前に比べ100倍、200倍に増えています。これでは税関のスタッフを何倍にも増やさないと検査が間に合いません。

◆両国とも弱い検疫体制

 とくに農産物貿易で日本の野菜輸入は全体の約6割が中国からです。しかし日本は例えば横浜税関では僅か2つの監視所であり、中国では北京税関の場合1800人ほどいますが、それでも間に合いません。中日両国とも従来の検疫体制では有害食品の発見は非常に困難です。
 そこで現行の体制を一歩進めて輸出企業の申告に重点を置く制度に改める方向にいくだろうと私は考えています。その場合、企業に対して法に基づく実態調査が重要になります。
 白石 生鮮食品と加工食品に分けて考えるとどうですか。
  これまでの検査は生鮮産品が主な対象でした。加工食品はほぼ安全だろうということで来たのです。しかし今回の事件で加工食品の安全性にも複雑性が出てきました。チェックを軽視してはいけません。
 白石 ギョーザ事件の教訓としてはどんなことが挙げられますか。
  事件が明るみに出てから2週間ほどで問題点がわかってきました。複雑な流通・貿易のシステムや、また検疫の制度をさかのぼって問題の経路を追跡できたということは中日両国の国際協力があってこそです。
 政策面での国際的な危機管理体制ができつつあるということも評価できます。今までになかったことです。お互いに責任を問うというよりは、まず事件の実態を解明するという関係者の意識が目立ちました。
 中国政府は急いで総理級の人を日本に派遣し、問題発生の翌日には工場を閉鎖し、倉庫に残った製品まで検査しました。日本側では95年のサリン事件で使った最新鋭機で分析しました。
 白石 ただし両国に与える影響は大きいですね。

◆不信感解消は長い目で

  中国産の商品に対する不信感やとまどいは今後も増大するでしよう。不信感の解消までには時間がかかります。その関係もあって中国側は検査チームを派遣して日本側とチームを組んで解明を急いでいます。
 日本に輸出している食品加工企業は80社ですが、その9割は日本資本が出資している日系企業です。そこが大きな影響を受けて頭を痛めています。
 白石 マスコミ報道についてはどう思いますか。
  日本のマスコミは中国との連携とか交流など良いことに関する報道は客観的、分析的ですが、日中の摩擦など悪いことに関しては非常に感情的な記事を書いて、一部の中国を知らない人たちの反感を一層増幅させています。これは中国の新聞も一緒で反日感情をあおるような記事が時々載っています。
 しかし日本の大手新聞社のホームページには両国はお互いに理解し合わなければならないなどという編集者の意見などがあって大変評価できます。
 ギョーザ事件では食品関連企業など中日貿易に関わるところは取引ルートや取引チャネルをどう維持するかで大変困っています。両国のマスコミには冷静な論調が求められます。
 白石 事件の影響はいろんなところへ広がっています。
  今後は食品安全のコストが上がると思います。管理や監視などのコストです。中国産を輸入するねらいは、安くて手間のかからないものを大量に確保するということでしたが、価格が上がることになると消費市場にも影響が広がります。
 今後は新しい国際的な連携の中で適正な価格をどう求めていくかが課題となります。

白石氏×章氏

◆マイナス面を最小限に

 白石 天洋食品の労務管理も問題となっています。
  毒を入れたという投毒の仮説に立つと、労務管理というよりは職員の人間教育と、犯罪に対する処置が課題です。
 報道によれば、天洋の工場内部における労使関係への不満が日本向け製品に向けられたとも推測されますが、背景には反日感情があったという重層的構造も指摘できるでしょう。
 幸いなことは真相を早く解明したいという両国の立場や責任感が見られることです。評価できる面を見ないと事件の未来性が見えてきません。
 白石 事実を1つ1つ積み重ねていくことが大事ですね。
  両国の動きには日本がマスコミ先導型、中国が政府主導型という対照もあります。
 いずれにしても中国政府は中国製品全体への影響、そのマイナス面を最小限にとどめたいと必死になっています。
 白石 日中の相互関係、依存関係は経済的に非常に深くなっていますから、それを後退、縮小させるわけにはいきません。信頼関係をいかに改善していくかが大きな課題です。
 章 私は食品の安全に対する中国国民の意識は高まっていると思っていました。例えば「緑色食品」と呼ばれる有機食品や減農薬食品の普及があります。
 中国農水省の指導で緑色食品の認定制度は全土に広がっています。1990年ごろから、この制度が整備されて、今では1万くらいの産品が市場に出回っています。
 ところが今度の事件は中国国民の安全安心意識に影響も与え、その影響を最小限に止めるため、国民や市場に対する安全教育をもっと強める必要があります。人間の命の尊さを考える教育がないといけません。
連載(下)へ続く

(2008.2.26)

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