コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
TPP問題で恫喝する元外相

 TPP参加問題について、先週、いくつかの動きがあった。
 12日には、民主党のある会合に、医療関係の人たちが招かれて、勉強会が開かれた。その席上で、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会の、それぞれの代表者が、TPPへの懸念を表した。
 先人たちが作り上げた国民皆保険制度、つまり、所得が少ない人も多い人も、国民の全てが平等に医療を受けられる、という世界に誇る制度が、いま、崩壊しようとしている。もしもTPPに参加すれば、この動きが加速される(注1 本文下にリンクあり)、という懸念である。
 これまで政府が進めてきた医療への市場原理主義の導入は、国民皆保険を崩壊の危機に陥れた。すでに低所得者の診療抑制は深く進行しつつある。また、筆者の近所の病院は、数か月前から入院を断るようになった。採算がとれないことが理由のようだ。
 医師たちは、TPPに参加すれば、こうした動きがTPPの外圧で、あるいは、TPPの外圧を装った国内の市場原理主義者の圧力で、加速されることを、国民と共に危惧しているのである。

 翌日の午後、さっそく藤村修官房長官が、この懸念を否定した。TPPの準備会では医療については議論されていない、という根拠である。
 伝えられるTPPの24の部会の中には、医療だけを取り上げた部会はない。そのことを言っているのなら意味がない。やがて、労働や金融サービスなどの分野で医療について議論されるだろう。それさえも否定するなら、その根拠を示さねばならない。

 また、14日に民主党の前原誠司政調会長が、講演会で、「TPPの慎重論の中には・・・事実でないことについての恐怖感」がある と発言し、TPP推進を繰り返した。自ら「TPPおばけ論」といっている。
 いかにもタカ派らしい発言だが、「事実でないこと」とは具体的に何をさして分からない。これでは議論にならない。
 慎重派は恐怖に基づいているのではない。怒りを込めて慎重論を唱えているのである。このことだけを言っておこう。

 以下で、やや詳しく取り上げるのは、岡田克也元外相の発言である。
 元外相は、13日に都内の講演会で「日本が(TPPに)入るか入らないかがアメリカにとって非常に大きい。日本が入らないとなると、いろんな議論が起こりうる」と言った。つまり、アメリカの言うことを聞かないと、ひどい目にあうぞ、といって、国民を恫喝したのである。
 アメリカの仕返しに対する、まさに恐怖感に駆られて恫喝したのである。元外相であるだけに、この発言は重い。

 この発言の前に、2国間の経済協定か、多国間の経済協定か、は議論があっていい、といった。
 だが、そんな議論は、雲の上の、のんきな抽象論に過ぎない。いま日本を揺るがしているのは、TPPに参加するか、しないか、の議論である。
 TPPは、ただの多国間経済協定ではない。アメリカを盟主に仰いで、全ての関税を廃止するという「高いレベル」の貿易自由化を目ざした協定なのである。しかも物の貿易だけに限らず、労働やサービスの国際間移動の自由化という貿易政策の根本的な変更、さらに国内制度をも変更させようというものである。

 このように、TPPは、これまでのFTAやEPAとは全く違う協定なのである。このことを元外相は知り尽くしていて、その上で、アメリカ外交への恐怖感を述べたのだろう。
 恐怖を拭う方法は、アメリカの世界経済制覇への協力だ、といいたいのだろう。それは台頭しつつあるアジアに対する経済侵略である。日本は、そのために目下の協力者にならねばならぬ、というのである。
 目下とは、相手が要求することを、何でも全て受け入れて庇護を求める、という意味である。ここには、アメリカの力を背景にした、いわゆる砲艦外交に怯えて、農業や医療、つまり、国民の食糧や健康などを犠牲として相手に差し出す、という卑屈な姿勢がある。元外相は、アメリカの、このような恫喝を、代理人のように、そのまま国民に転嫁したいのだろう。

 もしも仮に元外相がいうとおりになったと仮定して、アメリカの砲艦外交が成功すれば、こんどは砲口を韓国に向けるだろう。韓国は、いまのところTPPに興味を示していないが、やがてアメリカは、韓国を恫喝してTPPに加盟させるだろう。そうなれば、東アジアに強大な経済圏ができる。アメリカを盟主にし、「価値観を共有する」経済ブロックができる。そして、価値観が違うブロックと対立する。
 こうした動きは、互いに反目しあう、世界のブロック化を招来する。そして、第2次世界大戦の前夜の、きな臭い状況になる。
 元外相は、こうした動きに加担しようと考えているのだろうか。

 最後になってしまったが、慎重派の動きを付け加えたい。民主党のある会合では、役員の構成が推進派に偏っていることに慎重派が異議を唱え、ついに実質的な議論に入れなかった。推進派は強引に会合を運営して、TPP参加を結論にしたいのだろう。警戒すべきことである。
 また、野党の自民党内の慎重派の動きが、先週は鈍かったことを記しておこう。

 

(注1 日本政府のTPP 参加検討に対する問題提起―日本医師会の見解― )


(前回 TPP推進派巨頭の経団連会長が暴言

(前々回 TPP参加を主張する経団連と連合

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(2011.10.17)