コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
TPPは韓米FTAより破壊的だ

 韓国では、李明博大統領が多くの国民の反対を無視して、ついに韓米FTAを批准した。このままでは、来年初めから、このFTAが発効する。
 一方、わが国では、TPPについての議論が進んでいない。野党の追及に対して、首相は「美しい農村は守る」と繰り返すだけで、何をどのように守るのか分からない。野党は、情報を公開せよ、と迫るが、それにも答えない。野党も、それ以上の追及をしないままで、中途半端に終わっている。
 議論の端緒は、いくつでもある。アメリカが何を要求してくるか、まだ分からないという。だが、アメリカの対日要求は、今年2月の「対日経済調和対話」や、08年まで毎年行われていた、「対日年次改革要望書」をみれば、その全貌が分かる。しかし、それを議論しない。TPPは、「高いレベル」の自由化というのだから、それ以上に強い要求をしてくることは、ほとんど確実に予想できる。
 これらの要求のうち、何を譲り、何を拒否するのか。野党は具体的に追及すべきだし、それに対して政府は具体的に答えるべきだろう。そうして、議論を深めねばならない。だが、そのような議論はない。
 議論の端緒は、韓米FTAにもある。このFTAで、アメリカは韓国に対して、どんな要求を呑ませたか。日本は、今後のTPP参加交渉で、アメリカからの同じような要求を呑むのか。野党には、そうした具体的な追及が求められるし、政府は、それに答えねばならない。
 ここでは、韓米FTAのうちの農業分野について考えよう。農産品についての妥結内容を、下の図で示した。

 coluhou1112050602.gif(※↑クリックすると大きくなります)

 この図は、韓米FTAで妥結した、韓国側の農産物の関税撤廃の内容である。コメだけは関税撤廃の除外品目になったが、その他の農産物は、全て関税を撤廃することになった。例外的に20年間の猶予期間を設けたものもあるが、コメ以外の全ての農産物の関税は、撤廃する。
 20年の猶予期間があるといっても、それほど長い期間ではない。前回のガット交渉が妥結してから、すでに17年を経ようとしていることをみても、決して長い期間ではない。いま、20歳の若い農業者が40歳になると、関税が撤廃されるのである。
 TPPで日本は、これ以上に無謀な関税撤廃が要求されることを想定しておかねばならない。

 韓国の農産物の関税撤廃は、韓国農業に対して、どのような影響を及ぼすだろうか。もしも、日本がTPPに参加すれば、それ以上の影響を日本農業が受けると考えられる。
 それは、日本と韓国とで、農業がおかれている状態がほとんど同じだからである。両国は同じ風土の中で、同じようにコメを中心にした農業を営んでいる。経営規模は、アメリカやオーストラリアなどの新開国と比べて共に小さい。また、他のアジア諸国と違って、早くから経済発展をし、したがって、労働の価値が高く、機械化したものの、小規模ゆえに非効率である。このため、両国ともコメのコストが新開国と比べて高い。それゆえ、コメの国際競争力はない。だから、コメの関税を撤廃すれば、両国とも国内市場は輸入米に席巻されてしまう。
 だから、韓国はコメを関税撤廃の除外品目にしたのだろう。

 では、韓国はコメさえ守ればいいのか。日本もTPPに参加して、そうするかも知れない。それで農業は安泰か。美しい農村は守れるか。両国ともそうではない。
小規模機械化農業はコメだけではない。畜産や麦などの土地利用型農業にも共通する特徴である。コメだけ残っても、酪農や肉牛や麦やイモなどは壊滅するだろう。僅かに残るのは、嗜好品としての果樹や野菜の一部だけだろう。それでは、美しい農村は守れないどころか、農村に住む人さえいなくなる。
 それでいいのか。首相が「美しい農村は守る」というのは、口先だけの言い逃れではないか。

 首相がいうべきことは、美しい農村をどのようにして守るか、である。コメを例外品目にすることは、必須の条件である。それに加えて何を守るのか。
 そして、TPPに参加して、それらを守るほどの外交力を、ことにアメリカに対して持っているのか。この点を多くの国民は信じていない。だから、TPP参加を止めよ、と要求している。
 迫り来る地球規模での食料危機の中で、日本はTPPに参加することで、食料生産を縮小していいのか。食料自給率をさらに引き下げていいのか。
 そうではなくて、食料安保のために、自給率向上の方向へ地道に進んでゆかねばならない。それが、民主党の初志ではなかったか。

 いままで韓国の農政は、日本の農政の後追いをしてきた。だが、これからは、韓米FTAのもとで、日本より先行した農政を行うことになるだろう。
 その行方を、注意深く見守ってゆかねばならぬ。そこには、日本農業の将来を考えるときの、貴重な示唆があるだろう。それは、反面教師かもしれない。

 

(前回 TPP問題で思考を停止した朝日新聞

(前々回 ソウル騒乱―韓米FTAで

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(2011.12.05)