コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
TPP推進論の破綻とアメリカの焦り

 TPPの狙いは、アメリカによる世界各国の市場制度の画一化であり、世界単一市場の形成である。それは、アメリカ規格による、アメリカの世界市場制覇である。それを、農業だけでなく、食品安全や医療や保険や労働など、あらゆる分野にまで拡大しようとしている。
 西アジアやアフリカを、当面の間あきらめたアメリカにとって、次の狙いは、経済発展の著しい東アジアしかない。ここはいまや、世界経済を牽引している。アメリカはTPPをテコにして、そこに覇権を打ち立てよう、と焦っている。
 これを、中国など、他の国が黙って見過ごすはずがない。この作戦は、西アジアで力を使い果たし、凋落しつつあるアメリカにとって、覇権の復活をかけた、最終経済戦争につながるだろう。それに日本が加担しようとしている。
 衰えたとはいえ、第3の経済大国である日本のTPP加盟は、アメリカにとって力強い味方になる。期待は大きいとみるべきである。
 このような作戦が、新年から始まろうとしている。そこで、あらためて農業分野をみてみよう。

 TPPは、全ての関税の撤廃を目指している。
 16年前のガット交渉では、全ての非関税障壁を撤廃し、例外なき関税化を目指した。関税化とは、当初は高率の関税を認めるが、長い期間の後には関税をゼロにする、というものである。
 長い期間をかけて国際競争力をつけ、関税をゼロにしても競争できるようにする、というわけである。
 日本のコメは当初、例外として関税化しなかったが、1999年から関税化した。つまり、全ての農産物を関税化した。

 いまは「長い期間」の途中であるが、TPPはそれを打ち切って、すぐに関税をゼロにしよう、というのである。16年もの長い期間をかけたのだから、もういいだろう、というわけである。
 「すぐに」とはいっても、10年程度の猶予期間は許されるかもしれない。だが、その後は必ず関税をゼロにする。
 関税化もTPPも、関税ゼロを目指している点では同じである。しかし、関税化は関税ゼロまでの期間を決めていないが、TPPは、今すぐゼロ、で例外的に10年後にゼロを約束させられる。この点に違いがある。
 そうでなければ、TPPも関税化も同じになってしまう。TPPが「高いレベルの自由化」というのは、このことを指している。

 そこには市場原理は完璧だ、とする妄信がある。この市場原理主義の流れにそって、これまで貿易自由化が進められてきた。自由化は世界の潮流で、この流れに乗らないと日本は沈没する、というわけである。
 だが、その結果、日本の食料自給率は40%にまで下がってしまった。市場原理は完璧どころか、食料安保の点で重大な欠陥があったのである。
 TPPは、自由化の極致にある。もしもそれに加盟すれば、食料自給率はさらに下がって13%になるという。

 TPPに加盟すべし、というTPP推進論はいくつかある。そのどれもが、TPPに加盟しても、日本の農業に悪い影響はない、というものである。そして、そのどれもが、すでに破綻している。
 第1の推進論は、食料自給率が下がってもいい、というものである。議論としてはすっきりしているが、同調する人は極めて少ない。食料安保や食料主権を犠牲にする議論だからである。
 だが、論理が単純明快なだけに、推進論の底流には、通奏低音のように止むことなく、いつも流れている。そして、日本には農業は無くてもいい、という極論になる。これは論外にしよう。

 第2の推進論は、TPPに加盟して関税をゼロにしても、日本の農産物は品質がいいから輸入品と充分に競争できる、というものである。これは誤った認識に基づいている。
 たしかに果物や野菜はそうだろう。だが、問題の焦点は、カロリーでみた食料自給率である。つまり、コメの自給率なのである。
 こうした推進論者は、中国やアメリカやタイなど、世界の各地で日本人好みのコメを作っていることを知らないようだ。品種はコシヒカリやあきたこまちなど日本で作った品種である。その食味は、日本産と比べて、やや落ちるという程度である。

 第3の推進論は、輸入米は国産米と比べて、それほど安価でないから、国産米のコストを下げれば充分に競争できる、というものである。これは、実態を見ない、誤った空論である。
 こうした推進論者は、中国で日本人好みのコメが、精米1kg当たり約4元で取引されていることを知らないようだ。つまり、輸入経費を入れても、玄米60kg当たり3000円程度で輸入できる。国産米の価格は、約1万5000円だから、5分の1である。これでは、競争できない。

 第4の推進論は、安価なコメを自由に輸入させても、それに対抗して、国内の農家に補助金を与え、輸入米と同じ価格で売っても採算がとれる制度をつくればいい、という空論である。戸別所得補償制度は、そのための制度だ、という。
 これは、輸入米は国産米と比べて、それほど安価でない、という、第3の推進論が犯している、誤った認識に基づいている。
 一部の評論家が誤って認識しているように、輸入米の価格が国産米の価格の6割程度だとすれば、この議論が成り立つかもしれない。農家の収入のうちで、6割が米代金で、残りの4割が補助金になる。この程度なら許容できるかもしれない。
 だが、輸入米の価格は国産米の5分の1である。だから、農家の収入の2割が米代金で、残りの8割が補助金になる。
 こうした制度が、赤字財政のもとで長続きするはずがない。
 その上、そうなると、農家は市場をみて生産するのではなく、政府をみて生産するようになる。これでは、市場原理を全く無視することになる。市場原理主義でありながら、市場原理を生かさない、という矛盾がある。
 こうした制度は、農家も許容しないだろう。

 以上のように、TPP推進論は、論理の上で、すでに破綻している。新年からは、政治の中で破綻させねばならない。そのために、政府にTPP加盟を断念させる国民運動を力強く展開しなければならない。政府の後ろには、財界と焦ったアメリカが控えている。その力は、あなどれない。
 この運動の先頭に立つのは、農業者であり、農協だろう。大多数の国民が応援し、協力している。

 

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(2011.12.19)