コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
農協の病院が潰れた

 先週の17日、栃木県厚生農業協同組合連合会は、2つの病院を譲渡し、医療活動から撤退する、と発表した。その衝撃は、またたく間に全国を走った。明日はわが身、という切迫した危機感が全国にあるのだろう。
 医師不足や研修医制度の変更、診療報酬の引き下げなどが原因だという。収入は少なくなったし、医師への報酬は増やせないという。これは、医療制度に市場原理主義を入れた結果である。
 栃木の組合病院だけではない。全国で医療崩壊が始まっている。もしも、この動きを止めなければ、国民皆保険の崩壊は加速し、医療格差は止めどもなく広がるだろう。
 そして、もしもTPPに加盟すれば、この動きがさらに加速するだろう。TPPを主導するアメリカは、これまで日本に対して、医療・保険制度の市場原理主義的な変更を、執拗に要求してきた。TPPでも要求し続けるだろう。

 この2つの病院は、農村の先人たちが協同し、病苦からの解放を願って、ともに戦前の1938年に設立した病院で、農業者たちから絶大な支持を得てきた。
 当時の農村医療の悲惨な状況を、同共済連はHPの冒頭の『ごあいさつ』の中で、次のように伝えている。
「…農村地域においては配置薬の服用による治療に頼るしかなく、医師の診療を受けるときは、既に重篤な状態か、または死亡にいたるときでした。…」 

 こうした状況は、栃木だけに見られたものではない。全国の農村のいたるところで見られた状況である。病苦は、ただ耐え忍ぶしかなかったのである。
 だから、先人たちは病苦からの解放だけでなく、病苦の全国に共通した原因である貧困からの解放を切実に願っていた。そのことを『ごあいさつ』の中で痛切に述べている。
 それは、農村だけの状況ではなかった。都市の低所得者層にも、共通してみられる状況でもあった。

 このような尊い志を持った先人たちの懸命な努力の結果、戦後になって、ようやくこうした状況から脱することができた。そして最近までは、どんな低所得者でも医療を受けられるようになっていた。
 農村の人たちだけではない。町の人たちも、つまり、国民の全てが病院で充分な医療を受けらるようになった。その結果、日本は世界に誇る長寿国になった。そして医師や看護師や介護師たちは、崇高な志を持って医療に励んでいた。
 だが、こうした医療制度が、いま崩れ去ろうとしている。

 いや、崩れ去ろうとしているのではない。すでに崩壊は始まっている。医療抑制が始まっているし、3か月しか病院に入院していられない、という制度が多くの患者を苦しめている。
 患者を苦しめているだけではない。患者の家族をも苦しめている。それだけではない。高い志をもつ医師や看護師や介護師など医療関係者の苦悩も、想像を遥かに超えている。

 こうした医療崩壊を招いたのは、市場原理主義の考えである。この考えは、儲からない病院は潰れて当然、低所得者は医療を受けられなくて当然、という非人間的な考えである。
 この考えのおお元にアメリカがある。アメリカは、すでにそうなっている。そして、日本に対して医療制度や保険制度をアメリカ的に変えるよう、執拗に要求し続けている。
 そのアメリカが主導するTPPに加盟すれば、いままでの医療崩壊は急激に加速されるだろう。
 それなのに、野田佳彦(衆、千葉4)首相は、TPPへの加盟に前のめりの姿勢を改めていない。

 人間1人の生命は地球よりも重い、と言った首相が日本には、かつていた。いまや1人ではない。多くの国民の生命が鴻毛より軽く扱われはじめている。そうした政治に対する怒りが、全国にどす黒く渦巻いている。
 栃木の病院が潰れたいまこそ、野田首相をはじめ、全ての政治家は、元首相の言葉を強く噛みしめねばならない。
 そして、われわれは、大きな怒りを大きな力に変えて結集し、TPP加盟を断固として拒否しなければならない。そうして、先人たちが尊い汗と涙で築き上げた、世界に誇る歴史的な金字塔を、いつの日にか再び築き直すことを誓おうではないか。


(前回 TPPと歴史問題)

(前々回 原発再稼働の無責任体制

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(2012.10.22)