農政・農協ニュース

農政・農協ニュース

一覧に戻る

米国の圧力による見直しは許されない 輸入牛肉規制緩和問題

 厚生労働省は昨年12月、輸入牛肉の規制緩和を食品安全委員会に諮問し、現在、同委員会のプリオン専門調査会でリスク評価作業が進められている。
 今回の諮問の理由について、厚労省は2001年にわが国でBSE(牛海綿状脳症)が初めて確認されBSE対策を開始してから10年が経過したことを挙げている。しかし、わが国は2003年以降に生まれた牛からはBSE感染牛は確認されておらず、来年の2月に国際基準でBSEについて「無視できるリスクの国」の要件を満たす見込みだ。
 にもかかわらず、なぜこの時期にBSE規制を見直すのか。そこには明らかに米国の圧力があるのではないか。食の安全問題は国民の生命に関わることだ。米国からの圧力ではなく科学的根拠に基づき十分に検証し、消費者が納得できる議論が必要だ。

◆TPP交渉参加をにらむ?


輸入牛肉規制緩和問題 来年の2月に日本はBSEについて「無視できるリスクの国」となるのは国際獣疫事務局(OIE)が定める基準による。OIEのこの基準(BSEステータス)は「もっとも遅く生まれたBSE感染牛の生後11年」が要件だ。
 わが国でこれまで最後にBSEが確認された感染牛は2002年1月生まれ。03年に21か月齢で発見された。それから11年経過という要件を満たすのが来年、2013年2月ということになる。
 わが国政府はこれまでBSE対策について科学的根拠に基づいて判断するとしてきた。OIE基準も専門家の検討による科学的判断といえる。それに引き換え「発生から10年が経過したから見直し」という理由は果たして科学的といえるか。
 そうでないことは、今回の諮問が野田首相が米国のオバマ大統領に約束したことを受けて行われたことに表れている。昨年11月にハワイで開かれたAPEC首脳会合の際の日米首脳会談で野田首相は「BSE対策全般の再評価を行うことを決定し、規制緩和に向けた手続きを開始した」と前のめりの話をしたのである。
 APECの場で野田首相が表明したのは、いうまでもなくTPPについて「交渉参加に向けて関係国との協議に入ること」である。
 TPPは物品のゼロ関税だけでなく、食の安全確保などの規制も米国など参加国のルールに合わせて緩和、撤廃しようという協定だ。とくに米国はかねてから牛肉輸入の規制緩和を日本に求めていた。
 つまり、今回はTPP交渉参加を認める「入場料」としてまずこの問題の解決を求め、それに前のめりに日本政府が応えたのが今回の諮問ではないのか、という指摘は根強い。政治的圧力による判断で食の安全が確保されるのか、という重大な問題である。


◆米国の飼養実態と検査体制

 今回の諮問のうち輸入牛肉についての諮問内容は▽輸入を認める月齢を現行の「20か月齢以下」から「30か月齢以下」に引き下げ、その後さらに引き下げた場合のリスク、▽特定危険部位(SRM)のうち頭部・せき髄・せき柱については現行の「全月齢」から「30か月齢超」に変更した場合のリスクの評価である。
 プリオン専門調査会はこれらの評価にあたって▽BSEの病原体である異常プリオンの蓄積部位や蓄積時期などに関する感染実験の最近の知見の評価、▽各国の発生状況や飼料規制、SRMの利用実態など牛群の感染状況の評価、▽SRMの除去やと畜場での検査など食肉の安全確保状況、など5項目について評価作業を進めていくことにしている。
 では、現在、米国では牛はどのように飼養され、どのようなBSE対策が実施されているのだろうか。それを日本やEUとの比較でまとめたのが表3である。

nous1204100602.gif

(↑ クリックすると大きく表示します)


◆飼料に混入の可能性

 日本とEUは牛と牛のSRMから製造された肉骨粉は牛・豚・鶏のすべてで使用禁止措置をとっている。
 一方、米国は豚と鶏に対しては牛と30か月齢未満の牛のSRMから製造された肉骨粉を飼料として与えることを認めている。牛に対しては牛・牛のSRMからの肉骨粉を与えることは禁止しているものの、飼料工場で厳格に区分されていない。そのため牛のSRMが含まれる豚・鶏用の飼料が牛の飼料にも混入する危険性が否定できないといえる。


◆食肉検査は未実施

 日本ではと畜場に出荷される牛のうち20か月齢を超える牛には全頭を検査の対象にしており、2001年10月からこれまでに1200万頭程度の食肉検査を行ってきた。また、20か月齢以下の若い牛についても都道府県の負担で検査を行っていることから実質的に全頭検査が続いている。
 これに対して米国にはと畜して食肉として供給する牛に対する検査は一切行われていない。したがって、食肉の安全性の確認はなされていないといえる。


◆発生状況調査は日本の90分の1


 牧場など生産現場でのBSE発生状況について、日本では24か月齢以上の死亡牛すべてを対象に検査を実施してきている。その数は、2010年度で約11万頭程度だ。
 一方、米国では30か月齢以上のリスク牛(死亡牛・歩行困難牛・疾病牛)だけを対象としている。その数は年間約4万4000頭。年間のと畜頭数をベースに対比すると、農場での発生状況調査数は米国は日本の90分の1である。
 確かに米国はこれまでに2頭しかBSE牛が確認されていない(05年と06年に1頭づつ)。この点について3月23日のプリオン専門調査会では委員から「日本は実質、全頭検査。では、米国は何頭検査して2頭確認されたのか?」との意見も出て今後の評価作業の重要な点になることも示唆された。

 

ずさんな食肉加工管理


◆牛肉トレサない米国

ずさんな食肉加工管理 日本ではBSE発生が確認されて以来、飼料規制とBSE検査と合わせて、トレーサビリティシステムを導入した。現在、わが国の農場で飼養されているすべての牛には耳標が着けられ、10桁の個体識別番号によってどこで生まれ、どこで育ったのかなどをすべて把握することができる。個体識別番号は小売り店やレストランなど国産牛肉を扱う場所で確認でき、消費の現場からも遡って生産履歴を確認できる。トレーサビリティシステムはEUも導入している。
 一方、米国にはこうしたトレサービリティシステムはない。牛肉輸入問題では月齢制限が問題となっているが、米国にはトレーサビリティシステムがないため、現在でも米国産牛肉の月齢は歯列から推定しているに過ぎない。
 歯列による月齢確認では正確ではないとの知見もあるなか、月齢の根拠は「米国の申告」だけという状況にある。こうしたなかでは高齢牛が混入する危険性があるといえるのではないか。


◆違反事例、16件

 米国産牛肉は05年12月に輸入再開されたが、直後ともいえる06年1月にSRMを混載した事例が発覚、日本は再び輸入手続きを停止した。その後、06年秋から再々開されたが輸入条件違反事例は後を絶たない。
 これまでに衛生証明書に記載のない部位の肉が混載されるなど違反事例は16件。昨年12月にもせき髄が混載された商品が日本向けに輸出された事例が発覚した。
 こうしたことを考えると食肉処理業者のずさんな管理によって30か月齢以上の牛のSRMが混入する危険性が否定できないといえる。
 また、日本では承認されている薬がなく使用できない成長ホルモン剤も米国では使用されている。EUは成長ホルモン剤による肥育で食肉に健康影響をあるとして使用を禁止している。
 このようにわが国やEUと米国では牛の飼養状況や検査体制など、食肉安全確保策に大きな違いがあることを理解する必要がある。食品安全委員会も当然、ここで指摘した論点を検証すべきだし、それなくしては消費者の理解は得られない。同委員会のリスク評価作業を注目すると同時に、米国の実態について理解を深めることも重要になる。


(関連記事)
「特に問題なし」 米国の食肉処理施設を定期査察 (2012.04.03)

BSE対策の見直し、評価項目を決める  食品安全委員会 (2012.02.29)

評価までの「時間は読めない」 牛肉輸入規制緩和問題で食品安全委 (2012.02.17)

(2012.04.10)