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21世紀日本農業の担い手をどうするか-常識の呪縛を超えて-

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第7回 新基本計画にみる農業構造政策―転換と不整合性のはざま

・従来の構造政策の反省
・農業構造・経営の展望
・政策の転換
・政策体系上の不整合性

 従来の官僚主導型農政の下では全くみられなかったことであるが、新基本計画はこれまでの農業政策を6項目にわたって根本的に反省することから始めている。本稿での問題関心である農業構造政策については、(1)一部の農業者に施策を集中し、規模拡大を図ろうとするだけでは、農業所得の確保につながらなかっただけでなく、(2)生産現場において意欲ある多様な農業者を幅広く確保することもできず、(3)地域農業の担い手を育成することもできなかったと批判した。

◆従来の構造政策の反省

 従来の官僚主導型農政の下では全くみられなかったことであるが、新基本計画はこれまでの農業政策を6項目にわたって根本的に反省することから始めている。本稿での問題関心である農業構造政策については、(1)一部の農業者に施策を集中し、規模拡大を図ろうとするだけでは、農業所得の確保につながらなかっただけでなく、(2)生産現場において意欲ある多様な農業者を幅広く確保することもできず、(3)地域農業の担い手を育成することもできなかったと批判した。
 そして、(1)兼業農家や小規模経営を含む意欲あるすべての農業者が農業を継続できる環境を整備することを重視し(非選別的政策)、(2)多様な形態での就農(農家後継者の就農・雇用就農・多様な学歴をもつ非農家出身者の就農・中高年の定年帰農など)による新たな人材の確保を目指すとともに、(3)大規模効率化を目指す農業者も、小規模でも加工や販売などの6次産業化を通じて特色ある経営を展開する農業者も各々の創意工夫を活かした取り組みの結果、効率的かつ安定的な経営がより多く確保されることを目指すとした。

◆農業構造・経営の展望

 こうしたやや抽象的な構造政策の中味は二つの展望において具体化されている。
 表1のように、農業構造の展望においては、(1)担い手のタイプとして、家族農業経営(=販売農家、とくに主業農家)、集落営農、法人経営の三つが指摘されるとともに、(2)現状で40%に止まるこれらの担い手(主業農家・集落営農・法人経営)への農地面積集積を2020年には50%に引き上げることが目指されるが、(3)その際の重点は先ず集落営農(7.5→18.0%へ10.5%増)、次いで集落営農以外の法人経営(2.2→5.2%へ3.0%増)におかれ、家族農業経営や主業農家は規模拡大が進むものの、それらのシェアはほぼ現状維持に止まるとの見通しが示されている。
 また、こうした構造再編を進める上で、基本計画の三施策体系に合わせて、「平均的な経営規模の農業者や小規模であっても意欲ある農業者が経営発展を目指す際の具体的取組」として合計23のモデルが表2のように提示されている。そこでの特徴は、(1)モデル作成意図からも明らかなように、19の販売農家(主業農家)モデルのうち、8は経営耕地面積の拡大を全く見込んでいないだけでなく、その他の規模拡大を想定した場合でもその程度は決して高くない水準に止まっている、(2)集落営農は新規設立の場合、25〜34.5haという標準的な面積規模と7.5haという小規模のモデルが示され、現実的な展望となっているが、既存経営の場合は規模拡大が想定されず、多角化のみが提起されていることである。

農業構造の展望

経営展望における個別モデル一覧

◆政策の転換

 前回示した構造政策の新たな視点からすれば、新計画で最も評価すべき点は、意欲ある多様な農業者を予め規模などで選別せず、それらの経営存続・規模拡大の可能性を承認して、自給率向上に向けて支援し、幅広く確保していくとしたことであろう。この点を高く評価した上で、新計画のもつ問題点を指摘しておきたい。

◆政策体系上の不整合性

 第1に、「意欲ある多様な農業者」の幅が狭く、副業的農家・自給農家や農業に参加する市民などが構造展望の中に積極的・明示的に位置づけられてはいないことである。これらの階層から主業農家への上昇はもっぱら集落営農の組織化や法人化により確保された常雇の経営者としての自立化に求められており、多様な形態での就農を指摘した新計画本文と整合的ではない。
 第2は構造展望では集落営農の飛躍的拡大に構造再編の命運がかかることになっているにもかかわらず、新計画本文では担い手の三タイプのうちの一つとしての位置づけに止まり、特別の奨励策が示されてはいないという不整合性である。また、集落営農の経営面積の比重増大は多様な規模の集落営農の新規設立によってもたらされるだけではなく、既存の集落営農の規模拡大や合併といった形でも進行することが実態調査などから指摘されるが、経営展望などには後者の具体像が全く示されてはいない。
 第3に、「農地の見通しと確保」においては2020年までに耕作放棄地の再生12万haが見込まれているにもかかわらず、09年度の耕作放棄地復旧事業は当初予算の18%程度の費消(実績は1,040ha)に止まったうえ、2010年度には予算が打ち切られるなど、新計画の政策方向とは異なる政策選択(事業仕分け)が行われるといった齟齬が発生している。
 第4は新計画本文では多様な取り組みの結果、効率的で安定的な農業経営が確保されると指摘しているのだが、構造展望と経営展望のどこにそれらの具体像が示されているかは定かではないことである。この点では基本法・基本計画と民主党農政の基本方向との差違をどのように考えるべきかという周知の根本問題が存在している。
 第5は法人経営が重視されているにもかかわらず、そこには集落営農や家族農業経営からの発展型が指摘されているだけで、すでに政策的認知を受けている一般法人の農業参入、JA出資農業生産法人などの多様な法人類型が考慮されていないという問題である。
 以上、新基本計画においては民主党農政のカラーをもつ様々な建築素材が提供され、とりあえず1戸の住宅が建設された。しかし、設計図の未完成と建築素材間の不整合により、住宅は安心して長期にわたって住めるものにはなりきっていない。自給率問題への回答としての新基本計画の問題性と同様の問題性が構造問題についても指摘されるのである。

【著者】谷口信和
           東京大学大学院農学生命科学研究科教授

(2010.07.12)