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食肉流通フロンティア ―全国食肉学校OBの現在

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第8回 養豚生産から自家製ハム・ソーセージの加工・販売まで一貫した取組みをめざして

本場ドイツで高く評価されるマイスター ムラカミ
20年かけて資格を取得後進の指導も熱心に

東京のJR中央線・武蔵境駅を出て、閑静な住宅街の中、国立天文台の本部へ向かう天文台通りをしばらく行くと左手にドイツ風のお洒落な店構えの「マイスター ムラカミ」が見えてくる。マイスター ムラカミは合資会社村上商店の屋号だが、村上繁代表のお父上がこの地で創業したのが昭和9年というから今年で74年の歴史を持っている。

◆本場ドイツで高く評価されるマイスター ムラカミ

宮田 佳祐さん
宮田佳祐さん

 東京のJR中央線・武蔵境駅を出て、閑静な住宅街の中、国立天文台の本部へ向かう天文台通りをしばらく行くと左手にドイツ風のお洒落な店構えの「マイスター ムラカミ」が見えてくる。マイスター ムラカミは合資会社村上商店の屋号だが、村上繁代表のお父上がこの地で創業したのが昭和9年というから今年で74年の歴史を持っている。
 村上さんは、「ハム・ソーセージは肉屋(小売店)が造って、新鮮で味が良いうちに食べてもらうものだ」と考えている。本場ドイツで修業をし、ドイツの味を忠実に再現した自家製のハム・ソーセージ約70品目を精肉や惣菜と一緒に店頭で販売している。
 村上さんが造るハムやソーセージは、DLG(ドイツ農業協会)が主催する世界最大規模の加工食品の国際品質競技会や、ドイツの食品加工協会が主催する食肉加工品コンクール「ズーファ」などで数多く金賞・銀賞を受賞している。

◆ハム・ソーセージは肉屋が造るもの

 村上繁代表
村上繁代表

 村上さんがここまで来るには長い道のりがあった。
 ハムやソーセージは、食品加工会社が製造するものだと考えられ、自家製のハム・ソーセージを売る小売店などない時代に、「ハムやソーセージは肉屋が造るものだ。どうしてもハム・ソーセージを造りたい」と村上さんが決意をしたのは昭和42年48歳の時だ。
 その決意をもって保健所に相談に行くと「あなたにできるわけがない。話にならない相談には二度と来ないでほしい」と言われたという。ハム・ソーセージを製造・加工するためには食品衛生法で「食品衛生管理者」の設置が義務づけられている。
 食品衛生管理者になることができるのは、医師や薬剤師、獣医師の資格を持っている人、大学で医学・薬学・歯学・獣医学・畜産学や水産学または農芸化学の課程を修めて卒業した人や、厚生労働大臣認可の食品衛生管理者養成施設(前者と同様の単位が取得できる大学・大学院)の修了者だが、村上さんはこれらの条件を満たしていなかった。
 残された道は「食品衛生管理者を置かなければならない製造業又は加工業において、食品又は添加物の製造又は加工の衛生管理の業務に3年以上従事」したうえで「厚生労働大臣の登録を受けた講習会の課程を修了」するしかなかった。
 現実に精肉店を切り盛りしている48歳の村上さんには、この資格を取ることができないだろうとみられたことが「二度と相談に来ないでほしい」という保健所職員の言葉になったようだ。

◆20年かけて資格を取得後進の指導も熱心に

マイスター ムラカミの店頭
マイスター ムラカミの店頭

 村上さんは諦めなかった。近所の大学の先生やいろいろな人の力を借りて、食肉加工の実務を積み、厚生労働大臣登録の講習会を受講した。決意してから20年目に念願の食品衛生管理者となり、ドイツでも修業してついに「マイスター ムラカミ」が誕生する。
 常に新しいものを求めていた村上さんは、全国食肉学校の2泊3日の食肉製品製造技術講習会に参加。そこで学校から「加工を目指している卒業生を預かってもらえないだろうか」と要請される。自家製ハム・ソーセージの実現までに苦労した経験から「少しでも後進に道が開けるなら」とこの要請を受け入れ、何人もの卒業生がこの店で修業し独立していった。
 いま、全国食肉学校を卒業して入社3年目になる宮田佳祐さんが食品衛生管理者の資格を取るために頑張っている。

◆学校で「学ぶことが楽しかった」

マイスター ムラカミの店内
マイスター ムラカミの店内

 実家が群馬県伊勢崎市で母豚300頭規模の養豚業を営んでいる宮田さんは、大学の卒業直前まで畜産や食肉の仕事をすることは考えていなかった。「これからは養豚生産だけでは厳しい。加工まで含めた多様性をもった方がいい」と考えていた宮田さんのお父さんの話を聞いて「加工品製造に興味をもった」ところ、「それならお父さんが卒業した全国食肉学校で勉強をしたらどうか」と入学を薦められた。
 平成17年入学の同期は32歳から19歳までの13人。年齢的には宮田さんはちょうど中間に位置していたが、人数が少ない分、第41期生は仲間意識が強く、まとまっていた。
 生きている豚の扱いは飼育の手伝いで知っているが、枝肉になった豚肉を加工するのは学校での実習が初めての経験だった。「全員が一つの方向を目指して、毎日緊張感にあふれ頑張っている」なかで過ごすことで「学ぶことが楽しかったし、それまであんなに勉強したことはありませんでした」と学校生活を振り返る。
 そうした学校での勉強をするうちに宮田さんは、「これからは、実家の農場で飼育した豚肉を加工してハムやソーセージを造って販売し、消費者が何を求めているかを知り、養豚生産にフィードバックすることが大事だ」と確信するようになっていった。

◆親子兄弟が協力して困難な時代を乗り越えるために

ソーセージ加工をする宮田さん
ソーセージ加工をする
宮田さん

 村上商店に入社したのは「原料から製造まで独りで一貫して勉強できる」からだ。食品加工メーカーでは配置された部門のことは習得できても、ハム・ソーセージの加工プロセス全体を短期間で修得することはできない。
  食品衛生管理者である村上さんの下で3年目を迎えた今年は、厚生労働大臣登録の講習会を受講できる資格を得たことにもなる。「ぜひ、資格を取りたい」と宮田さんはいう。昨年、弟さんも全国食肉学校を卒業して実家でお父さんと一緒に働いている。養豚でもっともコストがかかるのは飼料だ。その価格が上昇する厳しいなかで2人が奮闘しているから、自分も1日も早く資格を取り、技術を磨いて実家に帰り、協力してこの困難を乗り越えたいという思いがあるからだ。
  いまはその日のために仕事を覚え、技術を磨き、力を蓄えている。
  ドイツで「マイスター」に求められるのは、食肉の知識や技術に加えて、「弟子の育成」、後進を育てることも大事な要素となっている。
  「肉屋が造るハム・ソーセージ」を実現するために20年の歳月をかけた村上さんが、宮田さんの夢を実現させようと、温かい目で見守りながらしっかり鍛えている。その村上さんの期待に応えて、宮田さんがマイスターになる日はそう遠くはないだろう。

【著者】宮田佳祐(第41期生 平成17年度)
           マイスター ムラカミ

(2008.06.05)