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私と農業

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肥料一筋43年。「かるめご」が原点

その1

 九州中央山地国定公園の標高600mを超える深い山あい、棚田や段々畑が広がり、厳しい自然と向かい合った生活を余儀なくされている山間の地がふるさと宮崎・五ヶ瀬町です。
 昭和31年に町村合併促進法により三ヶ所村と鞍岡村が合併して五ヶ瀬町が誕生、今年で町制53年を迎える。九州のヘソと町広報では紹介されますが、まさしく中九州のど真ん中に位置して、古くからお茶(釜入り)や椎茸などが主産品の典型的な山間地型農業で生きてきた町です。

全国肥料商連合会 興梠欣一理事 九州中央山地国定公園の標高600mを超える深い山あい、棚田や段々畑が広がり、厳しい自然と向かい合った生活を余儀なくされている山間の地がふるさと宮崎・五ヶ瀬町です。
 昭和31年に町村合併促進法により三ヶ所村と鞍岡村が合併して五ヶ瀬町が誕生、今年で町制53年を迎える。九州のヘソと町広報では紹介されますが、まさしく中九州のど真ん中に位置して、古くからお茶(釜入り)や椎茸などが主産品の典型的な山間地型農業で生きてきた町です。
 近年では、九州唯一の天然スキー場開場や公立としては全国初の中高一貫教育校が開設されたことで知られていますが、何といっても代表的なのは西臼杵地区(高千穂町・日之影町・五ヶ瀬町)に伝承される夜神楽が有名です。秋の実りへの感謝と翌年の豊作を神様に祈るために奉納する神楽で、各地区の部落毎に昔は農家、今は公民館等の施設で、勇壮な太鼓と軽やかな笛の音にのり、あでやかな衣装と面で舞う、豪快かつ愛嬌のある踊りです。高千穂町の高千穂神社で、国の重要無形民俗文化財である高千穂夜神楽を毎夜奉納しています。
 そんな山の中での生活から少し変化をみたのが中卒の34年。当時は日本中が経済成長の波をうけ、北九州、近畿、中京地区の二次産業からは金の卵としてもてはやされ、集団での就職が最も盛んな時代でした。当然、自分もその気にあったところ、親から高校進学の言葉があり行った先が、隣町の神話の里、天孫降臨の地で知られる高千穂です。(宮崎には天孫降臨の神話の地が、北の三田井高千穂、南の霧島高千穂の二カ所あり)。
 高校には農業・林業・畜産があり、ここでの農業科経験が農業との関わりのきっかけということになろうかと思います。大学は農業外の選択でしたが、41年卒業と同時に現在の全肥商連に就職、肥料一筋43年となりました。
 最近では、中学、高校の同窓会とか町人会でふるさとの話が話題になる機会が多くなりました。仕事柄、田舎の農業はもっとも関心の深いところで、幸いにも町の広報制度を利用して、町の会報やJAの発行する情報誌「かるめご」(竹や木の弦で編んだ背負いかごから)で、ふるさとニュースに身近に接することが出来ます。

その2に続く)

【略歴】
こうろぎ・きんいち
昭和18年生まれ。宮崎県出身。昭和41年龍谷大学経済学部経営学科卒・全国肥料商連合会入会、
61年事務局長、平成12年常務理事(事務局長兼務)

【著者】興梠欣一
           全国肥料商連合会 

(2009.07.21)