路上の牛馬糞(1)【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第120回2020年10月15日
話をまた1950年代半ば以前、日本農業が耕運機段階に入る前のころに戻すが、そのころ牛馬車は、前にも述べたように、農工商業、庶民の暮らしすべてに関わるきわめて重要な輸送手段だった。そして牛馬はその動力だった。さらに牛馬は田畑の耕起の動力であり、大半の農家が牛馬を飼育していた。
問題はこの動力機関である牛馬の廃棄物である。畜舎にいるときは別にして運搬や移動で歩いているときに路上で糞尿をする。自動車や耕運機のように排気ガスは出さないが、糞尿という廃棄物を出すのである。動物であるかぎりそれは当然のことなのだが、便意・尿意を催したからといって人間のように公衆便所に走るわけにはいかない。そもそもそんなものがあるわけはない。かつては人間の公衆便所すらなかったのだ。糞尿ができるような場所まで待てといっても牛馬に言葉が通じるわけはない。やっていいところ悪いところなどわかるわけもない。バケツはそれを防ぐためのものだ、馬のけつに当てておいてそこに糞をさせるのだ、だから「馬穴」と書くのだ、などと子どものころ真面目に言う奴もいたが、それはまあ誰にもわかる冗談、したがって歩いている牛馬はところきらわず糞尿を垂れ流すことになる。仕事中であれ、休憩中であれ、したくなればやりたいところで糞尿をする。これは生理現象、止められない。飼い主が一々糞を拾って歩くような暇もない。したがってかつては歩きながらやった馬糞、牛糞が道路の真ん中によく落ちていたものだった。
馬糞(私たちはマンクソと呼んでいた)は黄色いまんじゅうが数個積み重なった形をしており、寒いときなどはその糞からほかほかと湯気が立ち、できあがったばかりの饅頭だといってもおかしくないほどだった。しかも馬糞はそれほどきつい臭いがしない。
それで私たち子どもは、できたてほやほやの馬糞を見ると、それを指さしながら「ほら饅頭が落ちてるぞ」とよく笑い合ったものだった。
狐に化かされて饅頭をご馳走になったらそれは実は馬糞だったなどという昔話もよく聞いたものだが、さもありなん、だまされるのも無理はないと思ったものだった。
これに対して牛糞は茶褐色、水気が多く、びしゃっとしている。臭いも馬糞よりはきつい(豚や鶏の糞と比べるとずっと臭くないが)。こっちはさすがに食べようなどと言う冗談は出てこない。
こうした馬糞、牛糞が町の中、村の中を問わず道路に落ちていた。かつては舗装などほとんどしていなかったから糞の水分は土に吸収されるが、固形物は残った。夏になるとその糞に青蠅がたかるなどきれいなものではなかったが、みんなそれほど気にしなかった。道路に面したお店の人が客を気にして掃除をして片付けたり、民家の玄関前に落ちている場合などさすがに目立つのでその家の人が拾って捨てたり、庭畑をつくっている人が堆肥にするために拾うくらいである。こうして拾っても、土に糞が若干くっついてとれない場合がある。その時には水をかけて洗い流す。こうしてきれいにするが、それ以外は放置しておかれる。とくに人家の少ないところの道路、逆に人馬の往来の激しい主要道路、直接店や家の迷惑にならない大きな通りなどではそのまま放って置かれる。
だから道路に牛馬糞が落ちているのは当たり前の風景だった。
垂れ流した尿などはみんなほとんど気にしない。放っておけばやがて道路の土に沁みこんであるいは乾燥してなくなってしまうし、そのうち雨が降るとその水で流されてしまうし、履物にくっついたりもしないからだ。ただし牛馬が尿をするときにその近くにいたら大変だ。何しろすさまじい量と勢い、はねあがって私たちのズボンや足にひっかかってしまう。君子危うきに近寄らず、ともかく後ろにはいない方がいい。馬の場合などは子どものころはましてや近寄らなかった。後ろに近寄ると後ろ脚で蹴飛ばされる、だから近寄るなという年長の子どもたちの忠告があるということもあるが、そもそもあの馬の大きさがこわくて近付けなかった。(次回に続く)
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日