ジャガバター、いも餅、かぼちゃ餅【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第342回2025年5月29日

ジャガイモを主材料とした地域独特のあるいは名物の料理とか菓子とかいうのはあるのだろうか。
日本第二位のジャガイモ産地の長崎県に行ったとき、聞いてみた。そしたら「特にない」と言う。
ジャガイモではしかたがないのかもしれない。そもそもジャガイモは、肉じゃが、味噌汁、サラダ等々、まさにわが国の家庭料理・おかずの主材料になっている。だからとくに地域独特のイモ料理など考えなくともいいし、新しい料理の開発による消費拡大など考えなくともいいのかもしれない。
と思ったのだが、考えてみたら最大の産地北海道には独特の料理として「ジャガバター」があった。
これは有名なので説明の必要はないと思うが、ジャガイモ、バターともに北海道が大産地、この二つを使っているという点ではまさに北海道らしく、さらにきわめて単純ということでも北海道らしい。もちろん、バターばかりでなく、いかの塩辛や鮭のほぐし身、醤油、砂糖などをつけて食べることもあるが、それにしてもやはり簡単にでき、いずれにせよ北海道らしいおおらかな料理ということができる。
しかし、同じくジャガイモ料理でも少し手の込んだものがあった。
「いも餅」である。これは網走に住むようになってから知った。私にとっては初めての新入生オリエンテーションで阿寒湖に行ったとき、同僚の先生が小さな土産物店に案内してごちそうしてくれたのである。ゆでたジャガイモをすりつぶして片栗粉を入れ、直径5センチ・厚さ1センチの円形にしたものをバターで焼いたものだとのことだが、その上に砂糖、醤油のようなものがかけられ、イクラが5~6粒載っているというものだが、なぜかこれが本当においしかった。
家に帰ってその話を家内にした。食べてみたくなった家内は、市内のお菓子屋に買いにいった。お菓子の一種だと思ったからである。そしたら、一軒目では売ってないとの返事、二軒目ではそれは家庭料理なので店では売っていないと言われたとのこと、それを知り合いの奥さん方に話したらみんなから大笑いされたという。
いも餅は家庭料理、そもそもは米の「餅」の代用品としてつくったものらしい。餅米がつくれなかった北海道(もちろんそれは昔の話だが)、しかしジャガイモはたくさんとれる、それでいも餅をつくったのだという。
それで思い出した。「いも餅」は山形の生家の祖母がよくつくってくれた「えべす」(「ゆべし」の山形語)のかっこうとそっくりだということである。
「ゆべし」は,米の粉に醤油、味噌、砂糖を入れて煮、それをこねて、手のひらと指で平らにしながら円形にしたものである。だから上に三本の指の跡がついており、そこに特徴がある。
このゆべしを私はあまりおいしいとは思わなかった。砂糖をたくさん入れるなり、くるみなど何か他のおいしいものを入れたりしたら別だったが、腹が減っているのでともかく食べるというような感じだった。
北海道では、すり潰したジャガイモをこの「ゆべし」の形にととのえて「いも餅」としたのではなかろうか。
いも餅の形を見ていたらそんな風に考えてしまった。
なお、砂糖、蜂蜜、醤油、ごまだれ、バターをつけて食べる等、「いも餅」は家庭によって味付けや食べ方は違うという。最近はお土産屋で売られたり、居酒屋で料理として出されたりもしているらしい。まだ食べておられない方はぜひ食べてみていただきたい。
もう一つ付け加えておけば、ジャガイモではなくカボチャの粉を米の粉の代用として使った「かぼちゃ餅」というのもあるそうである。これは残念ながら食べたことはない。
それにしても、と考えてしまう、なぜカボチャを餅状にして食べるのかと。開拓の初期はカボチャが冬の主食だったという話を聞いたことがあるが、米の餅など食べられなかったころ、少しでも形や味を変えて餅に近いものにして食べたいという本来の餅に対する郷愁からなのだろうか。これも家庭料理だが、最近はお土産屋で売るところもあるとの話を聞いたことがある。しかしそれを食べることなしに私は北海道を去ってしまった。
「じゃがバター」、北海道の畑作と酪農を一度に味わうことができ、北海道のおおらかな風土を想起させたてくれる。しかし、「いも餅」、「かぼちゃ餅」となると、なぜか開拓当初の貧しい苦しい生活を思い起こさせ、何か辛くなってしまう。
でも、こうしたものを生み出した道民の知恵の産物を北海道の特産品として道内できちんと引き継いでいくと同時に、道外にも売り込むことを考えてもいいのではなかろうか。
と言いたいところだが、「いも餅」は北海道だけの特産品ではなかった。岩手の北上山地でも「いも餅」をつくって食べていた。
それを知ったのは21世紀に入ってからのこと、何度か本稿に登場してもらっている中村勝則君(現・岩手大教授)の故郷、北上山地北部の中心にある岩手県葛巻町に十数年前おじゃましてご両親やお祖父さんからいろいろ昔の話を聞かせていただいたときである。
ただし、その製法や中身は北海道とはかなり違っていた。
ここではまず、ジャガイモを屋外で干して凍らせる。何しろ葛巻の冬は厳しい寒さ、簡単に凍る。その凍ったイモをぬるま湯に入れる。5分くらいすると簡単に手で皮がむけるようになる。皮をむいたイモを長さ1メートル程度のクズの茎に次々に通し、首飾りのような輪にする。それを一週間から十日程度川の水に浸ける。アクを抜くためにさらすのである。それから軒下など屋外の適当なところに吊るして凍らせる。このことを「寒(かん)ざらし」と言うそうだが、2〜3ヶ月すると鳥のカケスが来てついばむようになる。そのころに取り込んで唐臼(からうす)(注)で搗いて粉にする。この粉(澱粉=片栗粉に近くなっている)にお湯を入れて練り、直径10センチくらいの円盤状の餅をつくる。これでいも餅は完成だが、これに田楽(でんがく)のように味噌を塗って囲炉裏で焼いて食べる。あるいは、餅の中に味噌を入れて大きな団子状にし、それを煮て食べたという。
これが葛巻の「いも餅」なのだが、これは隣接する青森県南部の畑作地帯でもつくって食べていたとのことである、そこの出身の東京農大元教授(畜産学)の横浜さんから聞いたら、加工途中の縄で吊るして干しているイモ、これが大好きだったと言う。おいしいのかと聞くとうまいものではない、でもどうしても食べたくなった、だから自分はそれを「異旨(いし)」ではなかったかと思うと言う。犬などが普段は食べない草や石を突然食べたりするのを「異旨」というのだそうだが、それと同じで、ふだんは食べない味の、澱粉に近い干したイモを突然食べたくなるのは、自分たちの異旨としか考えられない、と言うのである。「異旨」、初めて聞いた言葉だったが、そうしたことがわれわれにもあるのではなかろうか。
「いも餅」が岩手の北上山地・青森南部にある、ここは北海道と同じく米があまりとれなかった寒冷地帯、ここに両者の共通点があると言えよう。ただし、北上、南部でそれを食べたのは1960年以前のことで、今はほとんど食べていないそうだ。70年代に生まれた中村君は知らなかったと言う。当然のことながら山形生まれの私は食べたことがない。北海道のいも餅と違ってつくるのに手間がかかることがその主因となっているのだろうとは思うが、これも何とか復活させてC級グルメのコンテスト(こんなのあるのかな)にでも出して、北海道と岩手、青森のいも餅と競争させてみてはどうだろうか。そんなことをやる力もわが国にはなくなってきているからもう無理だろうが。
十数年前、私の個人的なブログ(「随想・東北農業の七十五年」)にイモ餅のことを書いたら、読者の方からこんなコメントをいただいた。
「九州の場合、サツマイモで、餅をつきます」
さすが産地だけのことはある。どのようにつくるのか、どんな味なのか興味のあるところだが、そこでふと疑問になった。サツマイモ、ジャガイモで餅がつくられるなら、サトイモの餅もあるのではないか、どんな餅になるのかと。そのうち調べたいと思っているうちこの年齢になってしまった。ご存知の方があれば教えていただきたいものである。
(注) 稲などのもみがらを落とすために地面を掘って臼を据え、杵の一端を足で踏んで穀類などをつく仕掛けの道具。「足踏みばったり」とも呼ばれている。
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