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2019.05.10 
失うだけの日米FTA―飛んで火に入る夏の虫(東京大学教授 鈴木宣弘)一覧へ

 4月末の米国での首脳会談が「飛んで火に入る夏の虫」になることは目に見えていた。TPP11(米国抜きのTPP=環太平洋連携協定)と日欧EPA(経済連携協定)の発効後の想定以上の畜産物輸入急増で米国のシェアが落ちる中、米国内で日米FTA(自由貿易協定)での日本への圧力強化の要請が強まっていた。

トランプ大統領と対談する安倍首相出典:首相官邸ホームページ

 

 案の定、「5月来日時の交渉妥結」まで迫られ、トランプ大統領ペースで、自動車と為替条項で脅され、農業などを際限なく差し出すだけの「得るものはなく失うだけの交渉」が加速されることを明確にしに行ったようなものだ。
 米国の遅れを取り戻すために農産物関税削減を日米FTAでTPP合意より前倒しするなどの「TPP超え」は不可避な中(そもそもTPP水準が大問題であったことも忘れてはならない)、参院選前だけ「TPP水準堅持」と言っておく思惑だったのだろうが、それも破綻した。 首相は「さっきの5月というのはダメです。日本では夏に選挙がある。その前には妥結できない」と伝え、「大統領選が来年あるのはわかっている。それまでにはちゃんと形にするから安心してほしい」とも約束したという(5月8日、日経新聞)。「何でもやるから今は隠しておいて」とお願いしたことが白日の下にさらされた。もう国民へのごまかしは破綻しているのだ。

 

◆想定以上の輸入増が農産物交渉先行の圧力に

 日欧EPAが発効した2019年2月には、前年同月比で、豚肉が6割、ワインが4割、チーズが3割も増加する一方、米国からの輸入が減少した。TPP11が発効した2019年1月、2年目の関税が適用になった4月にも大幅な牛肉輸入増が生じた(これは、これまで想定されていた以上の影響が、しかも早期に襲ってくる可能性を考慮して対策を検討しないといけないことも示唆している)。
 これが米国の焦りを増幅させている。「失地回復」を急ぐ必要から、初回交渉で、農産物関税などの交渉を先行させる方向性が出された。その物品貿易協定がWTO(世界貿易機関)のガット24条(WTOの無差別原則の例外規定)に整合する(つまりFTAである)とみなしうるものであれば、先行して発効することも可能であることは念頭に置いておく必要がある。

 

◆FTAではないがWTO整合的である??

 日本側は、日米共同声明と副大統領演説まで「改ざん」して、いまだに「FTAでなくTAG=物品貿易協定だ」と言い張っているが、米国側は「交渉目的の概要」で22項目に及ぶ包括的FTAであることを公表し、USJTA(US-Japan Trade Agreement)と命名した。双方で呼称が異なる交渉も聞いたことがないが、言葉がどうであれ、やらないと言っていた日米2国間交渉をやってしまった事実は消せない。
 それにしても、「例外的にWTO整合的とみなす2ないし数か国(地域)間協定」=FTAとしてきた役所自身が、「FTAではないがWTO整合的である」(4月23日の議員会館での筆者の質問への回答)と言い続けているのには哀れと同情の念を禁じ得ない。

 

◆関税削減の前倒しの「TPP超え」は不可避

 「失地回復」のためには、TPP11諸国と同じスピードの農産物関税削減では遅れが取り戻せないので、日米FTAでは、発効時点で少なくともTPP11諸国との差がなくなるように関税削減スケジュールが前倒しされる「TPP超え」は間違いない。

 

◆すでに酪農もTPP水準を超えることが明白

 また、TPPでは米国の強いハード系チーズを関税撤廃し、日欧EPAではEUが強いソフト系の関税撤廃を求められ、今度はソフト系も差し出してしまい、結局、実質的に全面的自由化になってしまった。それが米国にも適用されると考えるのが自然である。
 しかも、TPPで米国も含めて譲歩したバター・脱脂粉乳の輸入枠7万トン(生乳換算)を、TPP11で米国が抜けても変更せずに適用したから、豪州、ニュージーランドは大喜びだが、これに米国分が「二重」に加われば、全体としてTPP水準を超えることも初めから明らかである(TPP11合意に含めてしまった米国分を削除するなど不可能に近い)。

 

◆新NAFTAが日米FTAの土台~食の安全基準がTPP以上に差し出される

 米国は新NAFTA(北米自由貿易協定)において、TPPを上回る厳しい原産地規則(自動車部品など)のほか、食の安全基準(SPS)が貿易の妨げにならないようにすることをTPPよりも強化し、遺伝子組み換え食品の貿易円滑化に重点を置いた条項をTPPよりも強化している。新NAFTAが日米FTAの土台になることは間違いなく、それは、すなわち、TPP以上に厳しい内容を受け入れざるを得ないことを意味している。
 しかも、BSE(牛海綿状脳症)に対応した米国産牛の月齢制限をTPPの事前交渉で20カ月齢から30カ月齢まで緩めたが、その撤廃もすでにスタンバイしている。かつて「日米レモン戦争」で日本車輸入を止めると脅され、日本では禁止禁止の収穫後農薬(防カビ剤)を食品添加物に分類して散布を認めてきたが、今度は、そのせいで米国からの輸入レモンなどのパッケージに防カビ剤名が表示されるのを不当とされ、TPPの裏協議(2国間並行協議)で審査の簡素化を約束したが、表示そのものの撤廃の方向が日米FTAで示されるのも既定事実と思われる。これらも「TPP超え」が明白である。

 

◆「科学主義」がより明確に

 食品の安全性については、TPP12でも、国際的な安全基準(SPS)の順守を規定しているだけだから、日本の安全基準が影響を受けることはないという見解は間違いだと筆者はかねてから指摘してきた。なぜなら、米国は日本が科学的根拠に基づかない国際基準以上の厳しい措置を採用しているのを国際基準(SPS)に合わせさせるとかねてより言っている(2011年12月14日、米国議会のTPP公聴会でのマランティス次席通商代表=当時=の発言など)。
 米国の「科学主義」とは、仮に死者がでていても因果関係が特定できるまでは規制してはいけない、というもの。今回のUSTRの交渉目的には、「科学的根拠」に基づいたSPSが明記されており、姿勢はより明確になっている。

 

◆自動車のために永続的に譲歩しても自動車も守れない

 各省のパワー・バランスが完全に崩れ、1省(自動車を所管)が官邸を「全権掌握」している今、自動車を「人質」にとられて食料が格好の「生贄」にされようとしている。自動車の追加関税や輸出数量制限、「為替条項」(円安誘導して自動車輸出を増やしたとして報復する)で脅されて、何を犠牲にしてでも業界(天下り先)の利益を確保しようとしている。
 しかし、外務省も指摘する通り、農や食を差し出しても、それで自動車が守られることはない。米国の自動車業界にとっては日本の牛肉関税が仮に撤廃されても、自動車業界の利益とは関係ないからである。本当は効果がないのに譲歩だけが永続する「失うだけの交渉」が加速する。

 

◆「死に体」のISDSは日米では入るか?

 ISDS(投資家対国家紛争処理)条項についても、NAFTAの再交渉で、「震源地」の米国がISDSを否定する事態となり、最終的には、米加間ではISDSは完全に削除、米墨間でも対象を制限したものとなり、米国の「ISDS離れ」が明確になった。世界的にも、ここ数年で、ISDSの問題点が先進国・途上国問わず強く認識され、国連主導での改革の動きや、貿易・投資協定からISDSを削除する動きが起こっている(内田聖子氏)。 この期に及んで、「死に体」のISDSに日本だけがいつまで固執するのだろうか。米国に盲目的に追従して、あれだけISDSを礼賛してきた日本の法律・経済学者は、ハシゴを外されて、どう説明するのだろうか。
 しかし、今でも米国のグローバル企業はISDSを入れたいから、日米FTAでは国際的潮流に逆行してISDSが組み込まれる可能性がある。これまた、餌食になる日本は「飛んで火に入る夏の虫」だ。笑うに笑えない悲劇である。

 

◆「自由化ドミノ」の連鎖構造

 日豪EPA第2・3条1~3項は、日本が日豪EPAよりも有利な条件を他国に提示したときは、それを豪州にも適用する再交渉ができることになっている。TPPでは項だてはないものの、第2・3条に規定されていて、TPP11でも引き継がれている。
 なお、TPP11では、TPP12を引き継いで、発効7年後に、日本のみが輸出国の要請に応じて農産物関税の見直し協議に応じる義務を負っている。「自由化ドミノ」が確実に進行する連鎖構造ができてしまっていることも忘れてはならない。

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