農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くために(2)

シリーズ どっこい生きてる日本の農人(5)−1

新路線を拓く農人群像

智恵とパワーで地域に活路を
今村奈良臣 東京大学名誉教授


 昨年の新年号からスタートしたシリーズ「どっこい生きてるニッポンの農人」では、全国各地の農業者を訪ね地域で農業を守ってきた軌跡、その人の信念、そして未来への確信などルポしてきた。2006年の新年号では、農業の担い手づくり、環境重視の農業、消費者への架け橋を築くJAの販売事業と、農政転換の節目となる今年の課題となるテーマを選び、そこに果敢にチャレンジする姿をレポートした。元気な農人の力が各地に広がることを期待したい。

◆農地は子孫からの預かりものである

今村奈良臣 東京大学名誉教授

 私が塾長をしている各地の農民塾ではもちろん、全国各地の講演で、「農地は先祖から譲り受けたものという考え方は当たり前のことだ。そうではなく、まだ生まれて来ない子孫から借り受けている、より良好に維持して子孫に返さなければならない」。この思想というか哲学を広めてもらいたいと訴えてきた。奥会津昭和村の(有)グリーンファームの社訓の「豊かな自然、豊かな大地を未来へ」に、まず強烈な共感を覚えた。年平均気温9度、豪雪で750メートルまである農地、そして過疎、高齢化の激しい昭和村で、「国道から見える地域では遊休地はなんとかゼロになった」という小林安郎グリーンファーム代表取締役に一献差し上げ酌み交わしたくなった。同じ思想の持ち主だ。

◆1村1農場へのさらなる展開

 小林安郎代表は、これからの課題として1村1農場を構想しているという。それは単なる夢物語ではなく、リポートにも詳しく紹介されているように、グリーンファーム創設に至るまでの地域農民(地権者)の話し合いと合意による着実な農地集積と経営展開の上で提起されているのである。昭和村の5分の1の農地の集積を背景にさらなる展望の方向として1村1農場は提起されている。本紙に私が紹介した大分県竹田市九重野の谷ごと農場も1村1農場をめざし(本紙平成16年10月30日付)、また平場では富山のサカタニ農産もそれをめざしている(本紙平成17年10月30日付)。全国各地で1村1農場構想は急速に展開するだろう。

◆ピンピンコロリの望ましい道

 グリーンファームは水稲や大豆を主力に土地利用型経営を担っているが、その法人組織の中に独立採算制を前提とした女性グループや高齢者グループの専門部会を作ったらどうだろうか。山菜の宝庫であり、その加工も手がけたり、会津地どりを飼うなど色々と活動分野は多い。高齢技能者は病院や特養ホームの世話にならず、自らの腕を生かせるものを作って生涯現役でピンピンコロリが望むところではないだろうか。地域のそういう生き様が、外から次代を担う若者を呼び込む道にもつながってくるのではなかろうか。

◆3・3・3・1の原則

 かねてより私は、リスク最小の原則、つまり裏がえして言えば確実にもうかるJAの販売戦略として、3・3・3・1の原則を提唱してきた。3割は直売・直販、3割は加工も含めて契約販売・契約生産、3割がバクチ、つまり卸売市場出荷、最後の1割が新規需要の開拓をめざした多様な作物の試作・販売、というものである。もうかる見込みのないバクチはやめた方がよい。しかし、多くのJAは相変わらず無条件委託という名の農協共販、つまり卸売市場出荷というバクチばかりを打って組合員、とりわけ優秀な組合員に逃げられているのが実情だ。
 もちろん、3・3・3・1という割合は、原則としての考え方を示した割合であって、各JAの実情に即して5・2・2・1でもよいし、2・3・4・1であってもよい。バクチは打ってもよい。しかし、バクチを打つなら確実にもうかる打ち方のバクチを打てと言っているのだ。いま1つ重要なことは新規需要開拓をめざす試作・販売の最後の1割である。これを忘れた産地は間違いなく衰退してきている。胸に刻んでほしい。

◆JA販売革新のトップランナー

 以上述べたような視点に照らしてみると、JA富里市の販売戦略、産地育成戦略は、リポートに詳しく述べられているように、従来からのJAの無条件委託共販路線を一新した斬新な発想のもとに販売戦略が打ち出されていることが判るであろう。重要なことは、消費者、実需者のニーズにきちんと対応した路線を組み立てていること、組合員生産者の手取り最大化をいかに実現するかという販売戦略に徹していることである。たしかに大消費地に近いという地の利もあるが、しかし、地の利を生かして遠隔地のJAとも連携して有利販売のシステムを作り上げようという努力をしていることなど、新しい戦略の推進にたゆみない努力を重ねている。

◆JAは食のベストパートナー

 仲野隆三常務が、JAは食のベストパートナーでなければならない、と言っている言葉の意味は重くかつ重要である。JA富里市はリポートにもあるように量販店、生協、外食・中食産業、加工・原料企業など幅広く対応しているが、地域の食にこだわりを深くもっている。直売所を通した地域の消費者、学校や養護施設、病院など「弱者の食」をいかに総合的に調達し、その多様なニーズにいかに応えるか、という活動である。そのための供給・調達のネットワークを作る多様な努力をしている。地域に根ざしてこそJAの存在価値があることを忘れてはなるまい。

◆赤ん坊を運んでくる鳥

 西欧ではコウノトリは赤ん坊を運んでくると伝えられている。少子化時代の現代、そして人口純減という厳しい現実にさらされている現代、コウノトリはそれを逆転させるための象徴と言うべきではなかろうか。豊岡盆地では絶滅に瀕したコウノトリの人工飼育を経ていま野生にかえそうという運動が進んでいる。しかし野生が繁殖するには良好な営巣地や餌場が欠かせない。豊かな里山や餌の豊かな水田や小川がなければならない。人間と野生との共存する地域農林業が必要不可欠になる。

◆時間軸と空間軸

 戦後60年。食糧増産、高度成長の中で化学肥料や農薬が激増し、コウノトリをはじめ野生動物は激減または絶滅した。いまや時代は変わった。これからの60年の日本を考え、その一端としてコウノトリとの共生も考えなければならない。日本列島には希少動植物の絶滅危惧種が多い。豊岡盆地の救いはコウノトリが増えていく方向にあることだ。野生と共存できる農業と景観、それを維持、推進する主体たるすぐれた多様な人材。豊岡盆地はそういう意味ではこれからの日本の先端を走っているという自負をもってもらいたいと切に願う。

◆農政改革の最先端の姿

 今回の特集リポートの2事例とも、新しい農政改革路線のトップランナーの姿を描いている。昭和村の(有)グリーンファームは、豪雪高冷山村にありながらも、経営所得安定対策の対象たりうる資格とすぐれた経営活動をしており、全国各地の中山間地域の将来像を示してくれている。他方、豊岡盆地のコウノトリとの共生をめざす地域農業のあり方は、農地・水・環境保全向上対策の支援対象の先進モデルと言うべきであろう。この2つは新しい農政の車の両輪である。

◆待ったなしのJA改革

 規制改革・民間開放推進会議のJA改革提案は周知のように取り下げられた。しかし、外部から口をはさまれるのではなく、JA自らが自らの智恵と人材とパワーで新しい改革路線、とりわけ営農・販売事業改革に取り組まなければならない。JA富里市の活動をしっかりと勉強し、自らの改革に取り組んでもらいたい。

(2006.1.11)



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